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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
谷川村バカンス編
57/91

阿頼耶と阿摩羅

 神殿と呼ばれている建物は、10階建てのビルに相当する、谷川村内においては異質な建物だった。

 無駄に大きい鳥居を潜り、無駄に厳重な門を通過してそこに辿り着いた俺たちは、やはり無駄に豪勢な歓迎を受けた。


 よろける梨子に肩を貸しながホールに入る。そこで俺たちは、肌寒いほど冷やされたエアコンの空気と、大音量のファンファーレに出迎えられた。

 吹き抜けのホール、赤絨毯、居並ぶ人たちは和装だ。どこか、ちぐはぐな感じが否めない。新興宗教だから、といえばそれまでなのだろうが。

「もうちょっと慎ましくしてくれないもんですかね。こっちが恥ずかしくなりそうだ」

「あなたたちは我々が招待した正式な国賓ですから。さあ、行きましょう」

 国賓、ね。俺たちは尾崎さんの後に続いて赤絨毯の上を歩いた。

 その先で待っていたのは、3人の女性だった。

 

 左に立つのはこの真夏日に重そうな紫紺の着物を着た女性。赤い唇に泣きほくろ。匂い立つような艶のある女性だ。

 右に立つのは紫紺の羽織袴をまとった女性。こちらは左に立つ女性とは対照的に動きやすそうな格好も相まって活発な感じだ。

 2人とも、年齢ならば30代の中頃くらいに見えたが、キャリアウーマンのように現役で綺麗な人たちだった。


 そして、中央に立つのは、俺たちとそう歳の変わらない女の人だった。

 黒絹の髪を背中に流し、切れ長の瞳を伏せている。格好は緋袴に千早。

 どこか憂いのある美少女。

 ……正直に白状するのなら、俺のタイプだ。

 豪奢さでは左右の女性に敵わないが、色合いからか、あるいはそう演出しているのかもしれない、一見目立たないはずのその女の人が一番目立っていた。


 尾崎さんは俺たちを誘導すると、そっと脇に逸れた。結果、俺たちはその3人の女性と相対した。

「ようこそいらっしゃいました、鈴宮市からのお客人。私たち、谷川村はあなた方を歓迎したします」

 そう淀みなく言ったのは左の女性だ。俺が視線を向けると、にっこりと微笑み返してくれた。その仕草は、余所行きバージョン全開の須藤先輩を思わせた。

「私は、阿摩羅あまら。右に立っているものは阿頼耶あらや。そして、我らが主、月読さまであらせられます」

 紹介された右に立つ女性、阿頼耶さんは軽く俺たちに頭を下げた。なんというか、隙のない女性だ。なにか武道をやっているのかもしれない。


 俺は、俺の右やや後方に立つ荒瀬先輩を見た。俺の視線に気付いているだろうにドン無視、ここは俺にやれってか。

 俺は軽く咳払いをして、名乗った。ちなみに、俺たちは途中で着替えたのでちゃんと正装を着ている。

「盛大な歓迎、ありがとうございます。おれ……、僕は菅田直以。こちらが荒瀬宏で、遠野梨子です」

 梨子は、紹介されると俺から少しだけ離れてお辞儀をした。さっきから下を向いて微動だにしない友人の様子が気になっているようで、困惑気味だった。

「長旅でお疲れでしょう。部屋を用意していますので、まずはお寛ぎください。しばらくしたらお呼びに上がりますので、お昼は会食にしましょう。夏海、引き続きお客人のお世話を」

「はい、了解しました」

 夏海と呼ばれた尾崎さんは、敬礼ではなく頭を下げて阿摩羅さんに答えた。

「それでは、後ほど」

 阿摩羅さんは、完璧な形式美を保ったまま、俺たちに背を向けた。

 慇懃ではあるが、一方的に俺たちに用件を伝えただけだ。別にいいんだけども、どうもやられっぱなしな気がした。

 このままってのも癪なので、俺は梨子の腰を少し強めに押して、前に出した。

 梨子は少しよろけながらも振り返って、避難がましく俺を睨んだ後、背中を見せる友人に声をかけた。


「月子ちゃん!」


 月読、もとい月子の動きが止まった。梨子は追い討ちをかける。


「月子ちゃん、久しぶり!」


 月子は、振り返り、梨子を見ると憂いを帯びた仮面を取り払い、装束を乱しながらも駆け寄って梨子を抱きしめた。


「梨子ちゃん! よかった、本当によかった……、すごく心配したんだよ」

「うん。私も心配だった。よかったね、よかったね」


 梨子と月子は抱き合ったまま、声を上げて泣き出した。

 見てみると、阿摩羅さんは困ったように頬に手を当て2人を眺めているし、阿頼耶さんは眉間に皴を寄せている。尾崎さんはもらい泣きしてしまって、目元をこすっていた。

 ここまでなら感動の再会で終われたのだが、残念ながらそううまくはいかなかった。

「ぃよう梨子! 無事だったんだな」

 その演技掛かった声は、ホールの2階から聞こえた。

 俺たちと同じ歳くらいの私服の男だ。やけに色の白い男が俺たちを見下ろしていたのだ。

 梨子は顔に驚きの表情を浮かべながら、その男の名を呼んだ。

「……陽一くん?」

「そう、陽一だ。久しぶりだなあ」

 男は階段を駆け下り、やけに臭う化粧の香りを残して俺の横を過ぎ去った。

 そして、やたら大げさに両手を広げ、梨子と月子を抱き締めた。

「ぅーん、梨子、真っ黒だなあ」

「う、うん……」

 その馴れ馴れしい所作を見ていた阿頼耶さんは、男の襟首を掴むと、強引に梨子たちから引き剥がして赤絨毯の上に転がした。

「ぃ痛いなあ、なにするんだよ、阿頼耶」

「下がれ! この場に貴様を呼んだ覚えはない!」

 その大喝に場は一瞬で引き締まった。梨子も月子も、俺も身を竦ませてしまった。平然としているのは、荒瀬先輩と空気を読んでいない男だけだった。

「なんだよ、俺だって梨子と再会したかったんだよ。なあ、梨子、おまえだってそうだろ?」

 返答に窮している梨子の肩に俺は手を乗せ、さりげなく引き寄せる。

「梨子、知り合いか?」

「うん……。日野陽一くん。飛行機事故のとき、私と月子ちゃんと、もうひとり生存した子なんだけど……」

 日野陽一という少年は、梨子の肩越しに俺を睨みつけてきた。

「おまえ、なんだよ」

 俺は思わず苦笑してしまった。なるほど、場違いだ。仮にも客として扱っているものに向かって、おまえ、とはね。

 と、突然、陽一の顔色が変わった。俺の視覚野にいる全員が俺と梨子を見て驚愕の表情を浮かべた。

 物事に動じなさそうな阿摩羅さんすらも眉を寄せていた。

「……梨子?」

「……ふえ?」

 俺は梨子の顔を見た。そして、俺は周りの人間と同じ表情になった。

 梨子の鼻から下が、真っ赤に染まっているのだ。

 ……鼻血だ。

 梨子は焦点の合わない目で俺を見上げ、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 慌てて俺は梨子を抱き止める。

「梨子、おい梨子!」

 梨子はすでに意識がないようで、荒い息を吐いて苦しそうに目を閉じている。

 そのとき、梨子の身体が浮き上がった。

 荒瀬先輩が俺から梨子を奪い、抱き上げたのだ。

「直以、荷物を持て」

「あ、はい」

 俺は空いた手で3人分の荷物を持った。余談ながらかなり重い。この人は、これを片手で優々と持っていたのか。

 その間に荒瀬先輩は梨子の容態を見ると、周りに言った。

「医務室は?」

「4階です」

 即座に答えたのは阿摩羅さんだ。

 その声に反応して阿頼耶さんも周りに指示を出す。

「エレベーター、それに担架を!」

「必要ない。階段は?」

「あの防火扉の向こうだ。夏海、案内しなさい」

 荒瀬先輩は梨子を抱えたまま、一気に階段を駆け上って行った。








「過労ですな」

 初老の常勤医にそう言われて、俺はようやく安堵のため息を吐いた。

「今日一日静養すれば問題ないでしょう。それとあなたたちにも言っておくが、日に焼け過ぎですよ。日焼けは、低温火傷と変りありませんからな。以後気をつけることです」

 後で俺たちにも精密検査を受けるように言うと、常勤医は医務室から出て行った。

 俺と荒瀬先輩、それに尾崎さんは頭を下げて常勤医の先生を見送った。なんか、さすがのお医者さま、さっちゃんとは大違いだった。

 医務室に残された俺たち3人は、ベッドで寝ている梨子を見た。エアコンと氷嚢のおかげか、今は呼吸も楽になり、安らかな寝息を立てていた。

「尾崎さん、すいませんね。なんか失態見せちゃって」

「あ、いえ。体調不良ですから。それに気付かなかった私の責任です」

「あんた、なんでも自分のせいにする癖があるみたいだね。別に誰もあんたのせいだなんて思っていないから、変に畏まらなくていいよ。なんか、こっちまで恐縮しちまう」

 言葉を崩した俺に尾崎さんは少しだけ困惑した後、微笑を浮かべて彼女自身も少しだけ口調を崩した。

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」

 と、毛布から目元だけを出して、梨子が俺を見ているのに気付いた。

 俺は枕元のイスに腰かけると、梨子の冷えた額を撫でた。

「ずっと働きっぱなしだったもんな。昼の会食はキャンセルになったからゆっくり休めよ」

「うう~、鼻血なんて恥ずかしいところ見られちゃったよ~、もうお嫁にいけない」

「大丈夫だよ。いざとなったら雄太に引き取らせるから」

「こういうときは嘘でも直以お兄ちゃんが嫁にもらってやるって言ってください!」

 いや、なんか、さ。今言質をとられるとまずい気がして……。

 梨子はゆっくりと半身を起こした。

梨子が今着ているのは病人用の浴衣だ。胸元が寂しいのは、まあ、ご愛嬌というものだろう。

「直以お兄ちゃん、ごめんね。また迷惑かけちゃった」

 俺は尾崎さんと顔を見合わせ、笑った。

「? なあに?」

「別に誰もおまえを迷惑なんて思ってないってえの。俺たちは部屋に荷物を置いてくるから、大人しく寝てろよ」

「傍にいてくれないの!?」

「すぐに戻ってくるから」

 梨子はアヒル口を作って恨みがましく俺を睨んでくる。

「うう~、本当にすぐ戻ってきてね」

 梨子をベッドに寝かせて毛布をかけてやると、俺と荒瀬先輩は尾崎さんに先導されて医務室を出た。



 案内されたのは、八階にある一室だった。

 手前は畳敷きの和室で、襖で区切られた続きの部屋から外を見れば、山脈が奥のほうまで見渡せる。

 掛け軸にお茶請け、隅にある電話にはルームサービスまである始末。まるで旅館宿だ。

「滞在中はこの部屋をご自由に使ってください。私は向かいの部屋に待機しているので、出かけるときやなにか用があったら気兼ねなく声をかけてください」

 尾崎さんはそう言って部屋から出て行った。

 俺と荒瀬先輩は荷解きをすると、一息吐いた。

「さっきはありがとうございました」

「あ? なにがだ?」

「梨子が倒れたときですよ。不覚にもパニックになっちまったから助かりました」

「ああ……」

 荒瀬先輩は無愛想に軽く頷いた。

「直以、おまえはどう思う?」

 主語は省略されているが、意味はわかる。この教団のことだ。

「臼井先輩に事前に聞いていたのと同じですね。月読っていうのは、象徴で飾り。実質的にはあの阿頼耶と阿摩羅、それに自衛隊が主導権を握っているみたいですね」

 もっとも、それならなぜ梨子を名指しで呼んだのかが疑問になってくる。月読の単なるわがままだったのか、それ以外になにか理由があるのか。わがままだったのなら、俺たちが目的を果たして帰るのにも苦労はなさそうだが。

「まあ、阿頼耶と阿摩羅(最小の一歩前)というには派手な女の人でしたけどね」

 荒瀬先輩は苦笑する。

 数字の位には単位が存在する。

 大数では一、十、百、千、万といった具合にだ。これが、少数に向かうと分、厘、糸となる。野球で打率を表すやつだ。

 この単位のうち、存在する最小のものは涅槃寂静という。その一つ前の位が阿摩羅、その前が阿頼耶だ。


 谷川神道教は陽のアマテラスに対する陰のツクヨミを信仰する教団だと聖が言っていた。

 役職名に少数の単位を使っているのもそういった理由だろうとのことだ。

 もっとも、阿頼耶も阿摩羅も仏教用語ではあるのだが、そういった緩さは新興宗教だから、というより、盆暮れ正月にクリスマスまで祝う日本独自の文化によるものだろうが。


どっちにしても谷川村が味方となるのか敵になるのか、谷川村に弱みがあるのか、またその弱みは致命的なものか、俺たちの得になるのか、その辺の見極めから始めることになりそうだ。




 慣れない外交戦、その幕はすでに上がっていた。


うなりやベベン、格好ええ。

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