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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
谷川村バカンス編
54/91

ビニールプールとビキニ

 時として一番難しいのは現状認識である。そんなことを考えてみる。

 ……え~っと、つまり、なにが言いたいのかというと、俺の見た非常識な光景に頭が追いついていないのだ。

 とりあえず理解できることから一個一個確認してみよう。



 俺はドアノブに手をかけ、回した。重厚な扉はゆっくりと開き、部屋の姿を俺の目に映した。

 あ、この部屋というのは鈴宮高校3階にある校長室のこと。いわば、ここは俺たちにとってホワイトハウスの執務室。ここにいる俺たちのリーダー、須藤清良の呼び出しに従って俺と梨子、あとおまけで聖と雄太、さっき会ったばかりの尾崎さんは出頭したのだ。

 うん、ここまでは大丈夫、なんの問題もない。

 部屋の中にいたのは3年の3人。

 ひとりは臼井海斗。今まで谷川村への使節団に参加していたらしいが戻ってきたのだろう。そういえば尾崎さんは谷川村から来たって言ってたな。

 もうひとりは荒瀬宏。我らが頼るべき兄貴分だ。荒瀬先輩はいつものように格子窓から外を見ていた。俺たちがノックもせず校長室に入ってきた際にも一瞥しただけで視線を外に戻した。うん、いつも通りのお人だ。


 そして、問題は最後のひとり、俺たちを呼び出した張本人だ。

 

 須藤清良。


 鈴宮市第1地区長にして2000人近い鈴宮朝倉連合の実質的リーダー。

 見た目天使、中身大魔王のこの性格破綻者がここにいるのはいい。当然だ。いると思ったから俺たちはここまで来たのだ。


 だけど、さ。あきらかにおかしいだろう。

 そういう結論に至った俺は、とりあえず叫ぶことにした。


「あんた……。ふっざけんじゃねえよおおぉ!」


 とりあえず目に入ったことを確認してみる。

 ここは校長室、無駄に豪華な赤絨毯が敷かれているのはいつも通りだ。

 いつもと違うところは中央に置かれているはずのガラステーブルと来客用ソファが端に寄せられ、代わりにあるのが子供用のビニールプールだったこと。

うん、突拍子のないことを言っているのはわかっている。だが、事実だ。

 そして、そのプールに浸かるは我らが指導者、艶かしい姿態をビキニで包み、絨毯の上に水飛沫を垂らしまくっているのだ。


「あ~ん、直以く~ん、久しぶりぃー、セイラ、直以くんにあえなくて寂しかったわ~ん♪」

 そんなことをのたまって須藤先輩は子供用プールから勢いよく立ち上がって(当然絨毯はびしょ濡れだ)俺の前まで来た。

 そして、腰を屈めて胸の下で腕を組む。これがなにかのグラビアだってんなら俺も楽しめるんだけどさあ。その、あんたのしてやったり顔を見ると白けるんだよ。

「荒瀬先輩、相変わらずこの人はふざけてますね」

「ん? ああ、今は進藤がいないからな」

 荒瀬先輩は俺に視線も向けずにそう言った。そうか、いつもなら紅がぴしゃりと締めてくれてたんだな。

「も~う~、頑張ってきた直以くんのためにこんな恥ずかしい格好して待っていたんだよ~♪」

 そんなことを言いながら須藤先輩は、どこからか取り出した水鉄砲で俺の顔に水をかけた。梨子、なにを勘違いしているのかは知らないが俺を睨むのはやめろ。

「ていうかさ、あんたもそろそろ気付けよ」

「ん~、なーにがー?」

 俺の腕に、無駄にでかい胸を押し付けてくる須藤先輩に、俺は親指で俺の後ろを示した。

 ぴたりと、須藤先輩は固まった。俺が指し示した先には、須藤先輩を見てやはり同じように固まっていた尾崎2等海尉がいたからだ。

 瞬間、脇腹に激痛が走った。

「梨子ちゃん、覚えておいて。ここのツボは大抵の人が苦しむ急所だから」

「梨子にいらんことを教えるな!」

 須藤先輩は俺の言葉を無視して颯爽と俺から一歩離れた。極めて癪なことだが、着ているビキニもあって一流モデル並みに格好がいい。この人はええ格好しいだから尾崎さんを見て余所行きモードに入ったのだろう。

「お見苦しいところをお見せしました」

「え、あ、いえ。見事な暑さ対策です。エアコンに慣れすぎてる私としては見習いたいくらいです」

 尾崎さんはわたわたと慌ててそう答えた。案外可愛い人だな。

 俺は、執務用の机の上に腰を下ろし、臼井先輩を見た。どの年代からも好かれる癖のない美青年だ。

「臼井先輩、久しぶり。谷川村はどうだった?」

「うん、悪くない手応えかな。このまま話し合いが進めば来月にでも谷川村から電気が送られてくるよ」

「それは重畳、せめて水だけでも確保できれば、と思っていたからね。それで……」

 俺は一度言葉を切って尾崎さんを見た。

「無料で?」

 臼井先輩は苦笑を浮かべた。

「いや、話が早くて助かるよ。向こうからの要求は2つ。谷川村と鈴宮市の間には幾つかの市を挟んでいるのは知っているだろう? その幾つかと谷川村は敵対している。鈴宮市に電気を通すには、その敵対している市にも供給することになるんだ。まずはこれをなんとかすること」

「やれやれ、揉めているのは鈴宮市と長戸市だけじゃないってことだな。それで、もうひとつは?」

「もうひとつは遠野を谷川村に連れてくること」

「……は?」

 思わず間の抜けた声を吐き出してしまった。いや、正直爆弾女のビキニより驚いた。

 俺は、梨子の栗色のおかっぱ頭を撫でた。

「遠野ってこいつのことですか?」

「名簿で確認したから間違いないよ。鈴宮高校の学生で遠野梨子はその子しかいない」

 俺は、思考をまとめるために深く深呼吸した。梨子は話の展開についていけないでおたおたしているし、聖は顎の先に手を当てて黙考している。いち早く質問したのは雄太だった。

「それ、どういうことですか?」

「さて、僕としても理由については聞かなかったんだけど。でも、悪い条件じゃないんじゃないかな? 彼女が谷川村に行くだけで2000人以上が電気の恩恵に授かれるんだから」

「ふざけんなよ! 梨子を身売りしろってのかよ!」

「悪いが、梨子くんの処遇がわからない以上、はいそうですかと渡すわけにはいかないな」

 雄太と聖の反論に臼井先輩は仰け反っていた。

 梨子は、そっと俺に寄り添ってきた。微かに震えている。いきなり話の渦中に立たされて不安なのだろう。俺は、すでに汗ばんでいる握りっぱなしの梨子の手をぎゅっと握った。

「少しだけ説明させていただきます。梨子さま、月子さまのことはご存知ですね?」

「月子? ひょっとして、高橋月子ちゃんのことですか?」

「梨子、それ、誰だ?」

「えっと、前に谷川村には飛行機事故で生き残った友達がいるって話したよね。月子ちゃんはそのひとりなんだけど……」

 梨子の顔には、その彼女がなんで? と疑問が浮かんでいた。

「月子さまは親友の梨子さまのことで常に心を痛めていました。それが今回運良く生存が確認できたので、これを機会に保護しようとお考えになった次第です」

「ふ……む、なるほどな」

「聖、もったいぶらずにわかったことは言え」

 聖は、気取った足取りでビニールプールの前に立った。

「谷川村には特徴があってね。谷川神道教という新興宗教の本部があるんだ。尾崎さん、ひょっとしたら、きみはそこの信者ではないのかね?」

「はい。私を含めた自衛隊の一部は、ゾンビ発生後、電気が使え、比較的被害の少なかった谷川村に土地を提供してもらって部隊を維持しています」

 自衛隊の中に尾崎さんみたいな信者がいたことで、いち早く谷川村と連絡が取れて部隊を維持できたってことか。

「梨子くんの友人である『月子』なる女性は、おそらく教団内で高い地位にいるんじゃないかね?」

「そうです。月子、月読つくよみさまは谷川神道教を初め谷川村一帯を指導なさっております」

 月読、ね。信者の前では言えないが、そこはかとない安っぽさがいかにもな新興宗教だ。

「で、でも月子ちゃんがそんなのやってるなんて、私まったく知らなかったよ」

「隠していたのか、それともここ数年でそういった地位になったのかはわからないが、今現在そういったことをやっているということなのだろう。ここ数ヶ月で谷川神道教の実権を握る『なにか』があったことと共にね」

「きな臭いな。だが、そんな話はどうでもいい。用は梨子をどうするか、だろ?」

「それについてはもう結論は出ているわ。梨子ちゃん、谷川村までちょっと行ってきてくれる?」

「それ、聞こえませんよ。本人の意向はまったく無視ですか?」

 俺は、須藤先輩を睨んだ。が、須藤先輩は俺の態度を予想していたのだろう、俺の眼光を軽く受け止めていた。

「大丈夫。向こうは一度顔を見せろって言ってるだけなんだから。用が済んだら戻ってくればいいのよ」

「そううまく行きますか?」

 谷川村は、いわば敵地だ。もし、戻ってくることを妨害されたら、それっきり。監禁されることになるだろう。

「う~ん、気になるなら、直以くんも梨子ちゃんについていったら?」

 俺は、梨子の腕を放し、肩を掴んだ。

「当たり前です。梨子を危険な一人旅なんてさせられるわけないでしょ」

「それでは私も行こう。直以と梨子くんの2人だけでは不安だからな」

「俺も行く。まあ、当然だな」

 俺と聖、雄太は梨子を囲むように立った。梨子は、涙ぐみながら俺に寄りかかった。

「ん~、雄太くんと聖ちゃんは駄目。雄太くんは『9月10日』の顔役になってもらうし、聖ちゃんは雄太くんと一緒に色々と微調整やってもらうから。というより、4人で行ったら戻って来ないかもしれないから、2人は人質ね」

「よく言った。だが、私たちが素直に言うことを聞くと思っているのかね?」

 須藤先輩を見る聖と雄太の目は、もはや敵を見るそれだった。

 それに対して、須藤先輩は平然と、最強のカードを切った。

「宏、直以くんと一緒に谷川村まで行ってきて」

「ああ、わかった」

 しゅっと、口の中が乾いた。

 食後にお茶。そう自然に流れるように須藤先輩は言い、荒瀬先輩は応じた。

 この場にいる、尾崎さん以外の全員が瞬時に理解した。

 この数ヶ月、家族のように生活してきた梨子に関することですら、聖と雄太を黙らせる力がある。荒瀬先輩が動くということはそういうことだった。

「……ここで荒瀬先輩を使いますか?」

「直以くんたちにとって梨子ちゃんが大切な存在だっていうのは知っているわ。それは、直以くんたちに限らず、他の多くの人にとっても、私にとってもそう。だけど、谷川村からの水と電気供給は梨子ちゃんを送り出さなければいけないほどの重要案件なの。それなら、私たちも出し惜しみしてられないものね」

 俺たちの持ち得る最強のカード。

 言ってみれば、俺たちが周防橋に戦力を集中して後方を疎かにできるのは、荒瀬先輩がいるという安心感からだ。

 いくら近日中に大きな戦闘はないだろうと目測が立てられるとはいえ、鈴宮高校の鎮守を動かす。

 俺たちの切り札を使うというその意味を俺たちは理解しないわけにはいかなかった。


 が、その上でも俺たちが梨子を手放すという選択肢はなかった。引くに引けない状態、それを打破したのは渦中の張本人である梨子だった。

「直以お兄ちゃん、私自身の意向は無視なの?」

「おまえは黙ってろ」

「な・お・い! お兄ちゃん」

 梨子は肩に置かれていた俺の手を払うと、身体を半回転して俺に向かった。

「だーいじょうっぶ♪ 私、谷川村に行くよ。月子ちゃんとは友達なんだから、ひどいことはされないと思うし、ね」

 梨子はそう言って微笑んだ。無理しているのが丸わかりな微笑だ。俺がなにかを言おうとすると、梨子は慌てて止める。

「直以お兄ちゃんが言ってくれることは嬉しいよ。だけど、私は直以お兄ちゃんの足手まといにはなりたくないの。少しでも、役に立ちたいの」

 それだけを言うと、梨子はさっと俺から離れた。

「あ、ほら。私さっちゃんのお手伝いしないといけないから」

 そのまま後退り、梨子は脱兎の如く校長室から出て行った。

「決まりね、直以くん。本人の意向はさすがに無視できないわよね。出発は明日だから、用意はしておいてね」

「……貸しだからな」

「身体で返しましょうか?」

 そう言って須藤先輩は、尾崎さんがいるにも関わらず自身の胸を揺すった。この人、本気でうぜえな。

 俺は、荒瀬先輩を見た。

「よろしく。悪いけど、全面的に頼らせてもらいますよ」

「ああ。だが、フォローはしておけよ」

 俺は、苛立ちを隠しもせずに大きな舌打ちをした。

「ああ、わかってますよ!」

 俺は、校長室を出て梨子を追った。


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