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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
谷川村バカンス編
53/91

また厄介事の予感が満載だなあ

 俺と梨子が須藤先輩に呼び出しを喰らったのは8月も下旬に差し掛かった頃だった。

 交替の兵と一緒にバスに乗り込み、下から生えた草に割られたアスファルトの上を走ること数時間。

 ほぼ1ヶ月ぶりに戻った鈴宮高校は、緑に溢れていた。

「おお~! すっげえ!」

 俺と梨子は窓から身を乗り出して元は荒地だった場所を見た。

 そこには、見事な畑が広がっていた。たった一ヶ月、それだけの期間で生い茂った野菜が芽を出し、花を咲かせている。くっそう、立ち会いたかったなあ。

「梨子ちゃ~ん!」

 畑からは働いている人が梨子に気付き、手を振っていた。梨子も俺に身体を支えられながら、両手を振り返した。

「ふむ、生育が早いな。これは、来月にでも収穫できるんじゃないのか?」

 当然のように俺たちについてきた聖は煙草の煙を窓の外に吐き出した。

「み~んなー! 台風は大丈夫だったぁー!」

「おーう、けっこう大変だったけど、なんとかなったよ!」

「そっか~! よか、た~~!」

 梨子は手でメガホンを作って大声で叫ぶ。畑からは、笑い声が上がっていた。梨子のやつ、愛されてるなあ。


 バスが校門を通り、ロータリーで止まったときに、俺は軽い違和感を覚えた。人が多いのだ。

 原因の一端はわかる。負傷兵だ。

 周防橋で出た負傷兵は、程度を問わず一度、ここ、鈴宮市の第1地区に運ばれることになっている。

 医者不足のため、医者と負傷者を一箇所に集めていることと、電気を自家発電している鈴宮高校なら比較的多くの電力を使えることが理由だが、どうもそれだけではないように思えた。

 俺は、バスから降りると校舎には入らず、体育館に向かった。

 そこは、まさに野戦病院という表現が的確な有様だった。

 所狭しと並べられたパイプベッドとそこで唸る負傷兵。申し訳程度に巡らされた白いカーテン、その内側からは悲鳴が聞こえてきている。

 エアコンは全開になっているようだが、いかんせん広さと人口密度から利きが悪かった。まあ、それでも外よりははるかにマシではあるが。

 と、突然俺は殺気を感じた。

 反射的に身をひるがえして、突撃してきたちっこいのをかわした。

「ちょわ~~!」

「っとお、いきなりなにするんだ、さっちゃん」

 俺は、真横から飛び蹴りしてきたさっちゃんの襟首を摘み上げた。

「なーおい~~! いそがしすぎるう~ぅうー!」

 そう言ってさっちゃんはじたばたと暴れる。さっちゃんの声に、比較的軽傷のやつらが、俺の周りに集まってきた。

「菅田! 橋のほうは大丈夫なのか?」

「ああ。今は小康状態。俺がここに来れる程度にはな」

 俺は現在の戦況を説明した。ここにいるほとんどは周防橋で負傷した連中だ。俺の話しに興味があるのは当然だった。

「さっちゃん、こっちはどうだ?」

「だから、いそがしすぎる! 医者がぜんっぜん足りないんだって。それに器具も。とりあえず麻酔とレントゲン! 患者が起きたまんまショットガンの弾を目視で取り出すとか無理だから!」

「須藤先輩には言ったのか?」

「……私、あのオンナ嫌い」

 あ~、相変わらずいじめられてるのか。

「わかった。後で俺が伝えておくから。さっちゃんも必要なことはちゃんと言えるようにするんだぞ」

「うー、うッっさい! わたしはいそがしいんだ。直以も手伝え!」

「後でな。今から須藤先輩に会ってくるから、っと、そうだ。なんか、人が多くないか?」

「直以たちがへたな戦争してくるからっしょ! もっと怪我人でないようにせんそーしろ!」

「あ~、胸に痛いし、相当な無茶振りだな。そういうんじゃなくて、さ。なんか見た覚えのないやつら多い気がして」

「ああ、それなら雄太のせいよ。アイツが昨日戻ってきたときに、いっぱい人を連れてきたの」

「……雄太が、戻ってるのか?」

「おう、呼んだか?」

 俺たちはその声に振り返った。


 そこには、今まで待ち続けていた親友の姿があった。




「雄太おにいちゃ~ん!」

「おおっと、梨子。真っ黒に焼けたな」

 雄太は抱きついてくる梨子を持ち上げた。

「やれやれ、しぶといな。どこかで野垂れ死んでいるかと思ったぞ」

「生憎だったな。俺は梨子のウェディングドレス姿を見るまでは死なないことにしてるんだよ」

「うん、一緒にバージンロード歩こうね~♪」

 それを聞いて聖は肩を竦めた。

 梨子のバージンロード……、なんだ、この胸のもやもやは。

「そっちはそっちで大変だったらしいな」

 雄太は梨子をお姫様抱っこに抱え直し、俺に向かった。

「ああ、本気でおまえを心待ちにしていたんだぞ」

 これで、ようやく反撃できる。そう意気込む俺に雄太は待ったをかけた。

「反撃は、もう少し後だ」

 怪訝な顔を浮かべる俺に雄太は梨子を渡してきた。

 梨子の脇と膝の下に手を入れて受け取る。ぺっとりとした汗に湿った肌が心地いい。

「それで、長戸市の様子はどうだったんだ?」

「ああ、なかなかひどい状況だったよ」


 雄太は見てきたことを話した。

 長戸市の差別体質。劣悪な衛生状態。その不満を発散するように周囲の集落を略奪して回っていること……。


「おかしいな」

「なにがだ、聖。雄太の話は前々から俺たちで想像していた通りだろ」

「長戸市には霧島明俊がいる。低能は低能なりの仕事をするとは思うんだが……」

 言われてみれば、なるほど、うまく組み合わない。美紀さんが、生活というもっとも根本的な部分を劣悪なまま放置するとは思えなかった。

 あるいは、放置することに意味があるのか……。

 と、思考の袋小路に陥り始めたとき、梨子に頬を突付かれた。

「……梨子、そろそろ降りない?」

「い~や!」

 密着した肌の部分がじんわりと熱を溜めてきている。ぶっちゃけるのなら、暑い。

 俺は梨子から手を離して落とそうとしたが、梨子は俺の首にぶら下がって落下を防いできた。身体を揺すって振り落とそうとするが、梨子は手と足で俺にしがみついて放れようとしない。

「そうだ、なかなか面白いことを聞いたぜ」

「はあはあ、なんだよ」

「おまえがご執心の原田美紀のことだよ」

 ぴたりと、俺と梨子は止まった。

「……どうだった?」

「評価は真っ二つ。圧倒的によく言うやつと圧倒的に悪く言うやつ。比率的には7対3くらいだったかな。あの女については好きか嫌いかのどっちかで、どうでもいいって人はひとりもいなかったよ」

「敵と味方をはっきり分けてるんだろうな。あの人らしいといえばあの人らしいが、痛ってえ!」

 と、突然梨子が俺の頬に爪を立ててきた。

 梨子は俺から離れると、一度俺に短い舌を突き出し、雄太に向かった。

「雄太お兄ちゃんは今まで長戸市にいたの? 私たち、なかなか戻ってこないから心配していたんだよ」

「まあ、大半は長戸市だったけど、長戸市の周りの集落も回ってきたんだ。長戸市が略奪の対象にしているところだな」

「それで、どうだった?」

「まあ、話すことはいくつかあるんだけど」

「なんだよ、歯切れが悪いな。さっさと言えよ」

「噛まれていないのに、ゾンビになった子供が出た」


 一瞬、心臓が止まった。

 今、雄太の言った言葉の意味を反芻する。頭ではわかっていても、それの意味するところが言葉にならなかった。


「……まさか、空気感染?」

 搾り出すようにそう言ったのは聖だ。

「いや、違うとも言い切れないんだけどな。だけど、俺たちが警戒していた通り、蚊とか虫を媒介して感染した可能性もあるし、そこは上下水道の区別もつけてない場所だったから、なにかの拍子に感染するものを摂取してしまったのかもしれない」

 雄太の言ったことは、多少のなぐさめにもならなかった。

 俺たちは、ゾンビには噛まれなければ大丈夫だという安心感の元に生活を築いてきた。だが、もし空気感染でゾンビになるのならば、なにもしていない、普通の生活の中でもゾンビに感染する恐怖と戦うことになるのだ。

「とにかく、俺はそういう場所で一々生活を立て直す手伝いをしてきたんだ。どうしようもないところは集落ごと放棄して、そこにいた人たちをここまで連れてきた。ほとんどが徒歩だったから、それに時間を喰っちゃったんだけどな」

「それで、やたら人が多いのか」

「お優しい雄太くんだ。それが私たちの利益に繋がるのか?」

「まあ、ね」

 雄太は聖の嫌味を正面から受け止め、言った。

「9月10日だ」

「? 雄太お兄ちゃん、なにが?」

「俺が回ってきた集落と、長門市内の一部が一斉に蜂起する。全方位から、長戸市を攻撃するんだ。俺は、その約束を取り付けてきた」

 俺は雄太の言葉を吟味した。謀を伐ち、交を伐つ。悪くない戦略ではある。だが、問題もある。

「そいつら、戦力として期待できるのか?」

「まず無理だろうな。数だけならそれなりになるけど、銃の1丁も所持していない集落がほとんどだ。いいところ、牽制程度だろう」

「主力を周防橋に釘付けにしてその連中に長戸市の中心を攻めさせるか、あるいは長戸市の主力を周防橋から撤退させて、我々はその後背を攻めるか、なかなかに興味深いところだな」

 聖は腕を組んで煙草を噛んだ。俺は聖から煙草を奪い取った。

「でも、まだ2週間以上あるよ。ばれないかなあ」

「なに、ばれてもいいのさ。長戸市が我々の行動を察知するなら、動きが生まれる。そこに、我々は乗じればいいだけのことだからね」

 聖は新しい煙草を取り出し、火を点けようとしてやめた。

 頭の中ではこれからの戦略が渦を巻いているのだろう。

 聖はひとり嬉しそうにくつくつと笑い出した。頼もしいやら不気味やら、俺は先ほど聖から奪った煙草を咥えようとした、が、寸前で梨子に握り潰された。



 と、そのとき背後で空気が揺れた。

 そこには、今まで見たことのない女性が立っていた。


 その女性は、白いスーツを着て白いタイトスカートを履いていた。右脇には正帽を抱え、文句の付けようのない起立をして俺たちに向かっている。紅のような硬さを感じるが、年の功というべきだろうか、その中にも柔らかさが見え隠れしていた。

 俺は、雄太を小突いたが、雄太も女性を知らないようだった。

 女性は、俺たちの視線に気付くと、一歩前に出て、俺、ではなく梨子に敬礼した。

「梨子さま、お初にお目にかかります。私は、谷川村から派遣されました尾崎2等海尉です。以後、お見知りおきを」

 ああ、どこかで見たことあると思ったら、この女性の着ている服と帽子は海上自衛隊の制服か。……って、自衛隊!?

「自衛隊の人がなんの用ですか? ひょっとして、救援隊が来たのか!?」

「詳しいことは鈴宮市の区長にお尋ねください。ここで私が説明すると、礼を失することになりますので」

 そういって女性自衛官、尾崎さんはにっこりと笑った。くそう、反論を許さない、いい笑顔じゃねえか。

「直以お兄ちゃん……」

 梨子は、不安げに俺の小指を触ってきた。俺は安心させるために、梨子の手を握った。

「とにかく、あの爆弾女に話を聞こう」

 俺は梨子の手を握ったまま歩き出した。雄太と梨子もついてくる。尾崎さんも、一定の距離を保ってついてきていた。

「ところで梨子、自衛官の人に様付けされるって、おまえなにもの?」

「ぅええ! そんなの知らないよお」

 梨子の慌てように嘘はなさそうだ。


 なんか、また厄介事の予感が満載だなあ。


「……直以、ひとつ議題を出そう。自衛隊は、強いか弱いか」

 聖は、俺の横に並んでそんなことを言った。尾崎さん自身にも興味のある話題なのだろう、俺が振り返って彼女を見ると、彼女は笑顔で俺に微笑み返してきた。

「まあ、単純に言って強いだろう。俺に自衛隊の訓練をやれって言われても、普通にリタイアする自信があるぞ」

「嫌な自信だなあ」

「うるせえよ。自衛隊は国から金貰って鍛えているだけのことはあるんだって。世界的に見ても自衛隊の評価はかなり高い。自国内の評価とは裏腹にな。世界でも有数の防衛費、志願制で士気も高く、識字率は100パーセントでそのほとんどが高卒以上の学力を持っている。外国の研究機関が自衛隊を評価するときに今のところは必ず上がるな」

「ふむ、直以が言うことはもっともではある。だが、ひとつ、絶対的な前提を除いているな」

「聖お姉ちゃん、それはなあに?」

「自衛隊は、軍隊ではないということだ」

「……それに、俺にどう答えろと? 今さら憲法9条がどうとか話すのか?」

「いや、そんなことではない。自衛隊員の多くが自分たちは軍隊ではないという、その理由がわかるか?」

「そりゃ、自分たちが軍人だ、とは言えないからじゃないのか?」

「そうじゃない。理由があるんだ。自衛隊には、軍法会議がないんだ」

「……どういうこと?」

「戦争という非常事態において、平時における法律に基づいて行動しなければいけないということだ」

「えっと、日本の戦車にはウィンカーがついているって聞いたことあるけど、そういうこと?」

「うむ、わかりやすいな。戦場でライトをつけ、ウィンカーを点灯させなければ戦後に道路交通法で処罰される。そんなことを考えながら戦わなくてはいけない」

「それ、戦えるの?」

「無理だろうな。非常事態において、最善を尽くせないということはそれだけで致命的だ。自衛隊は、そういった法的制約を受けているのだよ」

「おまえの言うことのほうが前提がおかしいだろう。その法的制約ってのは日本国憲法によるものだろう。今現在、日本って国が機能していないんだからその前提は無意味だ」

 聖はそういうと、にやりと笑って俺に顔を近づけてきた。聖の煙草臭い息が俺の顔にかかる。

「直以、その通りだよ。つまり、法的制約の受けない自衛隊は強いということだ。味方になるのか、それとも敵対するのかはわからないが、そのことだけは心に留めて置いたほうがいい」

 俺は、梨子と手を繋いでいないほうの手で聖を押し退けた。

「わかったよ、とりあえずは、俺たちの親分に話を聞くことにしよう」

 俺は、重厚な扉のノブに手をかけた。


今回は、いつにも増して突っ込みどころ満載でお送りいたしました。


とりあえず、この小説における自衛隊が最強の軍事的組織であると思って頂けたのなら幸いでございます。

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