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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮長戸戦争編
49/91

シャワー室の誓い!  エクストラストーリー4

今回は骨休めに梨子視点です。

 日に焼けた肌にシャワーをぶちかける。身体を冷やす心地よさと火傷に沁みる痛痒が同時に駆け巡った。

「痛った~! これ、絶対やばいわよ」

 隣にいる麻理先輩は真っ黒に焼けた肌を摩っている。適度についた筋肉が強調されていて、すごく綺麗な身体つきだ。

「しかし、この猛暑の中動き回るのは無理があるな。条件は同じなのだから、長戸市の連中も少しは考えて行動してくれればいいのだが」

 そう言ったのは聖お姉ちゃん。出るところは出てるのに、全体的に身体は引き締まっている。同じ女としてうらやましい体型だ。

「これ以上の対陣はお互いにとっても益がないはず。このまま引き下がってくれるといいのですが」

 後方にいたために比較的肌の白い紅ちゃん。手も足も長いし、すごくスタイルがいい。

 私、遠野梨子は、自分の胸と紅ちゃんの胸を見比べた。

 絶対的に見たら少しは負けているかもしれない、でも、相対的に見たら紅ちゃんのほうが身長が高いから、比率的には……。

「あの……、梨子さん。どうかしましたか?」

「ッは! ううん、まるっきりなんでもない!」

「? そうですか」



 ここは後方の監視塔代わりの砦予定地だ。飾らずに言うのなら廃ビルの中。

 私たち前線にいた部隊は門倉先輩と他の地区の部隊の人たちと交代で、後方で今は休息中。ついでに、紅ちゃんたち本陣にいた女性も一緒に休憩中だ。


 私はリノリウムの床に座った。冷たい床の感触が心地よかった。

「……お風呂入りたいね」

「そうですね。手足の伸ばせる大きなお風呂がいいです」

 紅ちゃんは、私の隣に腰を下ろした。

「熱っついお風呂かあ。贅沢ねえ」

「温泉がいいな。露天風呂」

 そう言って麻理先輩と聖お姉ちゃんも床に座った。

 シャワーが吐き出す水のカーテンの中、女4人は床に直座りして笑いあった。

「しっかし、いつまで続くのかしらね、こんな生活」

「それは、周防橋での対陣のことか? それとも、4月から始まった非文明的な生活のことかな?」

「両方よ」

「もうすぐ、半年が経つんですね」

「今年はゴールデンウィークも夏休みもなしだったもんねえ。あ~あ、みんなで海に遊びに行けたらきっと楽しかっただろうな~」

「なに、行けばいいさ。さすがに今年は無理だが生活が落ち着いたら海でも温泉でも好きに行ったらいい」

 聖お姉ちゃんはそう言う。行きたいところに行く、そんな当たり前のことも今はすごく非現実的に思えてしまう。

「それで、私たちはいつまでこんな肌に悪いことしなくちゃいけないのよ」

「雄太が戻ってくるまでだ。それまで我々は受身の状態だな」

 麻理先輩は重いため息を吐いて水に濡れた髪を絞った。

 

 雄太お兄ちゃんは今、長戸市に潜伏して情報収集をしている。橋が塞がっているために帰還に苦労しているのではないか、とは聖お姉ちゃんの言葉だが、雄太お兄ちゃんなら滅多なことはないだろう。


「それで、聖お姉ちゃん。なんで長戸市の人は私たちを目の仇にしているの?」

「ふ……む、それも正確なことは雄太待ちなのだが、察するに、長戸市も以前の朝倉市と同じなのだろう」

「? どういうこと?」

「我々は早い段階から食料を自給自足できるように行動している。だが、長戸市はそれを外に求めたのだろう。略奪という手段に」

「人がいるところには食料がある。それを奪うというわけね。やってることが野盗と同じじゃない。さすが、まとめているのがやくざってことかしら」

「ですが、そうなると疑問があります。私たちはすでに長戸市に抵抗の姿勢を見せています。食料調達が目的なら、それが容易に達成できないことは伝わっているはずです」

 うん。私たちの目的は長戸市の略奪阻止であり、それは成功している。だから、長戸市には無理に私たちに拘る理由は本当ならないはずだ。だって、略奪したいなら他の簡単な場所ですればいいんだから。

「これも、憶測ではあるんだが、おそらくは長戸市の内的な欲求によるものなのだろう」

「どういうこと?」

「人は、暴力のみではまとまることはできない、ということだ」


 ゾンビ発生から約半年。長戸市を取り仕切るやくざは今までは暴力を主体として取りまとめて来た。

 それを如実に表すのが長戸市の『身分制』だ。

 炎天の中、日除けもなく直立で立つ兵と日陰で団扇で扇がれている指揮官との差は激しすぎる。

 それは暴力によって築かれたものだろうが、そんなことをしていれば当然不満は募る。

 その不満の捌け口として向けられたのが、私たちだった。

 集団をまとめる上でもっとも簡単な方法は共通の敵を作ることだ。私たちは、長戸市がまとまるために『敵』として認識されたようだった。


「あまり弱すぎても『敵』にはならない。でも、強すぎても困る。私たちは、その点ちょうどいいってわけ?」

「不愉快な評価ではあるな。いずれはそれが間違いだとわからせてやることにしよう」

 麻理先輩と聖お姉ちゃんは2人で盛り上がっている。ひょっとして、この2人はけっこう気が合うのかな?


 だけど、そうなるとひとつ疑問が出てくる。

 私は、その率直な疑問を聖お姉ちゃんにぶつけてみることにした。

「でも、聖お姉ちゃん。それだと、長戸市の人は私たちに勝つ気でいるんだよね。でも今日みたいな肉弾戦じゃあきっと私たちは負けないよ。負けるにしても長戸市の人もすごく犠牲になると思う。長戸市の人には、私たちに勝つなにか秘策みたいなのがあるのかな?」

 聖お姉ちゃんは言い淀んだ。答えられないんじゃなくて、答え難い感じ。

「なによ。気になるから答えなさいよ」

「ひとつ確実なのがある」

「それは、なんですか?」

「暗殺だ」

 そのひと言で、ここにいる4人はその意味を正確に理解した。

「直以お兄ちゃんを、暗殺?」

「うむ。今日の戦闘ではっきりわかった。直以は狙われている」

「もし木村先輩が暗殺されても直以先輩が立て直すでしょう。ですが、逆は無理。私たちの(かなめ)は、直以先輩ということですね」

「そうなの?」

「ええ。くやしいけど、私じゃあ、私たちだけじゃあ今日の戦闘に耐えられなかったかもしれない。直以が指揮を執っていたから、私たちは勝てたのよ」

 そういう麻理先輩は、どこか誇らしげだった。

 私も誇らしい。直以お兄ちゃんはやっぱりすごい。他の3人と違って私は、直以お兄ちゃんのどこが、とかははっきり言えないけど、それでもすごいことはわかった。

「それで、だな。伊草麻里。きみにひとつ頼みがある……」

 どこか言い辛そうに聖お姉ちゃんは言った。

「直以を守ってくれ」

「ハア? あんたなに言ってんの!?」

 麻理先輩は小馬鹿にしたように言う。

「そんなの当たり前じゃない。あんたなんかに頼まれる筋合いないわよ!」

 聖お姉ちゃんは顔を上げて睨み、麻理先輩も正面から睨み返した。

 

 え、なに? 急に喧嘩? 

 ま、まあ、仲良く喧嘩しているみたいだから放っておくことにしよう。


「梨子さん」

 と、紅ちゃんに声をかけられる。

「な、なあに、紅ちゃん」

「すいませんでした」

 そう言って紅ちゃんは私に頭を下げた。

 こっちも意味がわからない。

「えっと、ごめん。紅ちゃん。なにを謝っているのかぜんぜんわかんない」

「いえ、私もわからないんですが、最近の梨子さんを見ていると、どうも冷たくなったような気がして。なにか気に障ることをしてしまったんじゃないかと思ったんです」

 私は、ピンと来た。うん、思い当たることはある。

 だけど、それは紅ちゃんのせいじゃない。

 恥ずかしいことだけど、私は直以お兄ちゃんの傍にいる紅ちゃんに嫉妬しているのだ。

「ううん、私のほうこそごめんね。紅ちゃんはなにも悪くないよ」

「そうですか。あの、よければ私に相談してください。悩み事ならば口にするだけでも楽になるものですから」

「う……ん」

 私は壁に寄りかかった。

「直以お兄ちゃんがぜんぜんかまってくれないんだぁ」

 

 その理由はわかっている。


 私が役に立たないからだ。


 私は聖お姉ちゃんみたいに頭がよくないし、麻理先輩みたいに強くもない。紅ちゃんにいたっては頭もいいし強いし、しかも、すっごい美人だ。

 この3人は、私の劣等感を刺激するには十分すぎる人たちだ。

「失礼ですが梨子さんは直以先輩と似た悪いところがあるようですね。自分を過小評価するところがあります」

「……ありがと。だけど、私は自分で自分が足りてないってわかるから」

 私は体育座りをして顔を隠した。

 

 今日、直以お兄ちゃんに仕事を渡されたときはすごく嬉しかった。

 少しでも直以お兄ちゃんに認めてもらえるように私は頑張った。

 でも、駄目だった。

 全体に影響があるほどではなかったけど、本当ならもっとうまく、効率的にことが運べたはずなのだ。

 私は、直以お兄ちゃんの足元にも及ばない。

 このままでは、見捨てられる。ううん、直以お兄ちゃんは優しい人だから、きっと私を傍に置いてくれる。

 でも、役にも立たずにただいるだけなんて、私が耐えられない。


 ……居場所が、なくなる。


「私は、直以お兄ちゃんの傍に一秒でも長くいたいのに、足手まといにならないことすらできないんだもん」

 紅ちゃんは、なにかを言おうとして言葉を飲み込んだ。なにを言おうとしたのかはわからない。だけど、次に言った言葉は、私の理解の範疇を超えていた。

「梨子さん。私はあなたに謝ることがあります」

「またぁ? 紅ちゃんは悪くないって」

「ええ。私は悪くありません。それでも、友人の梨子さんに謝っておきます」

 私は、顔を上げた。

 紅ちゃんは相変わらずの無表情で私を見ていた。


「私は、直以先輩を愛しています」


 ぴたりと、時計の針が止まった。後ろで仲良く喧嘩していた聖お姉ちゃんと麻理先輩も凍る。

 しばらくシャワーから水が出る音だけが響いた。

「……なんで今そんなことを言うの?」

「私は梨子さんをかけがえのない友人だと思っています。この気持ちを抱えたまま、欺瞞を抱えたままでいたくありませんでしたので」

 私が言い淀んでいると、横から麻理先輩が割って入ってきた。

「進藤、なかなか面白いこというじゃない。でも、キャンペーンラブって知ってる? 同じ目的を持っている男女はその感情を恋愛感情と勘違いすることがあるのよ。その点、私は違うわね。なにしろ小学校のときから直以のことが好きだったんだから」

 ぅえ? 麻理先輩も!?

 私は、聖お姉ちゃんを見た。聖お姉ちゃんは肩を竦めた。

 え? え? なにが始まったの?

「私の感情はキャンペーンラブなどではありません。伊草先輩は内容が薄いから年月に換算しているのではないですか?」

 うーわ~、紅ちゃん、言うこときっついなあ。麻理先輩もぎりと歯を噛み締めている。

 そして、聖お姉ちゃんもこのわけのわからない舞台劇にオンステージする。

「その点私は付き合いの長さでも内容の濃密度でも一番だな。直以と私は、恋愛感情を超越した関係にあるからね」

「単に女として扱われていないだけじゃない」

「それでは牧原先輩は直以先輩を愛情の対象として見ないんですね」

 集中砲火を浴びて聖お姉ちゃんはたじろぐが、さすがというべきか、すぐに立て直した。

「別に、そういうわけではない。もしこの中の誰かが直以と付き合うことになっても私と直以の深い関係は変わらないということだ」

「へえ、自分は退路を確保して安全なところからしか参戦しないってわけね」

「私としては牧原先輩が積極的に直以先輩にアプローチをかけないことは助かります。ライバルがひとり減りますから」

「い、いや。別にアプローチをかけないとは言っていない」

「白状しなさいよ。直以のことが好きだってね。見てて丸わかりなのに誤魔化そうとするの、イライラすんのよ!」

「そうだ! 私は直以が好きだ! 文句あるか!?」

 おお、いつも論理立てて話をする聖お姉ちゃんの逆切れ、なかなかレアだ。


 ……ん? ちょっと待って? 私、完璧に乗り遅れてる!?

 まずいまずいまずい!

 このままではまずい! そう思った瞬間、私は全裸で立ち上がって叫んでいた。


「私だって直以お兄ちゃんが好き!」


 再び、シャワーがぱらぱらと水を吐き出す音が響く。

 やってしまった感は、ある。

 他の3人と比べて私が見劣りするのもはっきり自覚している。

 だけど、それでも私は引けない。絶対に譲りたくない。

 女には、やらなくてはいけない場面があるのだ!


「……っぷ!」

 誰ともなく、私たちは笑い出した。心から面白くて、おかしくて、私たちはその場で大笑いしてしまった。

「まったく! 私たち、揃って見る目がないわね」

「まったくだ。背も低いし顔も10人並み」

「特段お金持ちでもなく、家庭的な性格もしていませんね」

「でも、私たちは直以お兄ちゃんが好きなんだね」

 たぶん、探せば理由なんて、マイナスな理由以上にいくらでも思いつけるだろう。

 でも、直以お兄ちゃんを好きなのに理由なんていらない。きっと、言語化する意味なんてないのだ。


 私は、右手を3人の前に差し出した。

「それじゃあ私たちはライバルだね♪ せーせーど~どーと戦おう!」

 私の手の上に立ち上がった紅ちゃんが自分の手を乗せる。

「私は、この中の誰が直以先輩に愛されようとかまいません。私が直以先輩を好きなのは変わらない事実ですから」

「なかなかずるいこと言うじゃない。まあ、直以と誰がうまく行っても恨みっこはなし、それだけは約束しましょう」

 麻理先輩は紅ちゃんの上に手を乗せた。

 3人の視線が聖お姉ちゃんに集まる。

「やれやれ、このご時世に色恋沙汰とはね」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと手を乗せなさい」

 麻理先輩に言われて聖お姉ちゃんも手を乗せる。麻理先輩、けっこう強いなあ。

「ごほん! それじゃあ私たち、直以お兄ちゃんが好きな4人はここに、直以お兄ちゃんを通じての変わらぬ友情をこのシャワー室とお互いの良心に誓いまっす♪」

「……牧原、別に私たち友達じゃないわよね」

「ああ。恋のライバルというならやぶさかではないが、友人というと疑問符が残るな」

「もう! これを機会に2人は友達! 4人は友達になったの!」

 私は強引に(こういうことには勢いが重要だ)そう諭すと、紅ちゃんは、ふっと柔らかい微笑を浮かべた。

 同姓の私でも見惚れるその微笑に、全員が同じように笑いあってしまった。


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