周防橋の戦い3
複数の車が橋を渡ってくる。
第1派との違いは、車がジープではなくワンボックスカーであること。さらにその後ろには長戸市の兵が前進してきていること、だ。
いや、違いはもうひとつあった。
ワンボックスカーの進行方向がおかしい。隊列を揃えることなく、傾きながら向かってきている。
その理由はすぐにわかった。運転手が乗っていないのだ。おそらくハンドルとアクセルを固定しただけなのだろう。俺たちの設置した罠にかかるよりも早く、ある車は路側帯に乗り上げ、他の車はガードレールに側面をこすり付けて横転していた。
「わざと車を突っ込ませて罠を突破しようってことかな?」
「いや、それにしては効率が悪い」
聖の言うとおり、ワンボックスカーの半数以上が罠に辿り着く前に横転し、残りも第1派と同じように罠に引っ掛かり、簡易バリケードまで辿り着くことはなかった。
罠に引っかかった車は長戸市の後続との距離もある。これなら罠を再設置する時間も十分だ。
敵の単純な作戦ミスか? そう思った次の瞬間には、敵の作戦の目的が読めた。
ワンボックスカーの一台が罠にかかり横転し、そのままスピンして路肩で止まった。一拍の間を置いて、その車は炎上した。
橋が揺れるほどの轟音、その後に続いたのは、ゾンビだった。
ワンボックス内に大量のゾンビを詰め込んでいたのだ。
他の車も同様だった。転倒したワンボックスカーから大量のゾンビが出てくる。
「直以先輩、あいつらどうしますか!」
「無視しろ! 大丈夫だ。放っておいても問題ない」
俺はそう言ったが、そうは思わないやつもいた。その中のひとりが、ゾンビに向かって発砲した。
甲高い銃声と共にひとりのゾンビが倒れた。が、そのゾンビはすぐに立ち上がり、簡易バリケードに向かって歩いてきた。他のゾンビも同様だ。ゾンビたちは、一斉に俺たちに向かってきた。
焦った他の部隊もゾンビに向かって発砲を始める。
俺は背筋に走った悪寒を吹き飛ばすために大声で叫んだ。
「やめろ、撃つな! 麻理、すぐに射撃を中止させろ!」
麻理や隆介は必死で周りをまとめるために奔走した。その甲斐もあって射撃中止は1分もかからずに全部隊に行き渡った。
……手遅れではあったが。
一斉射撃に近い形で行われた発砲によってゾンビたちはほぼ全滅し、残りも銃を使わずに掃討された。
俺たちに実害は、まったくなかった。
「くっそ、俺の統率力の低さを露見したな」
「なあに、むこうはむしろ感心しているんじゃないか? 一度は暴走したものの、短時間にうまくまとめあげるのに成功したんだから」
「そう誤認してくれるのならいいな。だが、問題は……」
「ああ、私たちが丸裸にされたことだ」
古今東西を問わず戦争の初動は情報戦によって行われる。
今回、俺たちはその情報戦によって常に後手に回っている。
そして、今回も、向こうのカードを知り得ないまま、こちらの手の内を暴露されてしまったのだ。
どんな種類の銃が何丁あるのか?
先の前哨戦で捕獲されたショットガンは何丁か?
それがどこにどう配置されているのか?
組織的な運営はしているのか?
銃の命中精度は?
そして、俺たちがどれだけ銃に慣れているのか?
それだけのことを美紀さんは、自分の兵をひとりも損なうことなく入手したわけだ。
逆に俺たちは相手に対するそれだけの情報をまったく知らない状態で戦うことになる。
「なかなかやるじゃないか。これなら私も退屈せずに済む」
聖はさもおかしそうにウェーブのかかった髪を後ろに払った。
「楽しんでいる場合か」
「いやいや、これを楽しまずになにを楽しむというんだい? それで、直以。どうする?
部隊配置を組み直すかい?」
「……そんな暇はないようだ」
炎上する車の後ろから、長戸市の第3派が迫っているのが見える。
あれがおそらく本命だろう。
「聖、大地たちはまだか?」
「後ろの本陣で待機中だ。ここに兵を集めるかい?」
「いや、いい。そこにいてくれるんなら大丈夫だ」
俺たちがいる簡易バリケードのある場所を先陣とするなら、ここから100メートルほど後ろにある大地のいる場所が俺たちの本陣だ。
そこは、車を何台も並べた堅牢なバリケードを築いている。大型トラックに突っ込まれても早々は崩れないだろう。
「おや、直以。ひょっとしてもう後退を考えているのかい?」
「まさか。あまり早すぎても味気ない。せいぜい飽きられない程度には楽しんでもらうさ」
俺は通信機で本陣に連絡を入れた。ちなみにこの通信機は携帯でも無線でもなく、有線でコードを本陣まで繋いだもの。
しばらくすると、受話器の向こう側から雑音交じりに少女の声が聞こえる。
「紅、そっちはどうだ?」
『直以先輩ですか。はい、こちらの準備はできています。すぐにでもそちらに駆けつけられますが、どうしますか?』
「いや、紅は大地のサポートを頼む。ちょっと大地に変わってくれ」
『……わかりました』
わずかな間を置いて紅は答え、代わりに大地の声が聞こえてきた。
『直以、そっちはどうなってる?』
「もうすぐ戦闘に入る。そっちで使っている銃や火薬棒をこっちにまわしてくれ」
『わかった。援軍は?』
「まだいい。それより怪我人が出たらすぐに後ろに送るから受け入れ態勢を整えていてくれ」
俺は、他にも2,3件大地と軽く打ち合わせた。
「直以、そろそろ来るぞ」
聖の言葉に俺は無言で頷き、通信機を切った。
俺は前方を見た。
ゆっくり走るジープを盾にゆっくりと接近してくる長戸市の兵。
俺は額の汗を拭った。
ふと見ると、足元で蝉が死んでいた。