周防橋の戦い2
立ち昇る陽炎にシンクロするように、橋が揺れた。
ジープが横一列になって、こっちに突っ込んできたのだ。
「まあ、セオリーどおりかな。これなら対策はある」
俺は後方にいる大地たちに援軍を要請し、麻理たちに襲撃に備えるように指示を出した。
炎暑の中、多少ダレはあるものの、予定通り部隊は展開していく。
ただ暑さに耐えてじっとしているのよりはマシ、ってところか。
迫るジープ。やかましくがなり立てるエンジン音が俺たちを無駄に威圧する。
このままいけばジープは俺たちの前にある申し訳程度のバリケードを易々と突破し、そのまま俺たちを蹂躙することになるだろう。
「直以!」
「大丈夫だ。このまま待機!」
ジープはすでに運転手の顔が確認できる距離まで迫っている。後部座席にはドスやら日本刀で武装したやくざが舌なめずりをしている。
ジープはさらに迫る。運転手は、最後の追い込みとばかりにアクセルを全開にした。
途端、横一列に並んでいたジープが一斉に転倒した。
一台はスピンして横のジープに衝突。一台は片輪を持ち上げてそのまま横滑りして橋から落ちていく。正面から回転して仰向けになった亀のように天井を地面につけるジープもあった。
「……これは、予想以上だな」
俺は感嘆した。長戸市のジープは、俺たちの設置した罠を踏んだのだ。
前方に設置されるのは火薬を詰めた地雷、撒きビシ、他にも対朝倉市用に開発した針金の車避けなんてのもあった。これに引っかかったジープは、車軸に針金を絡ませて運が良くて停止、悪ければ方向性を失って他のジープやガードレールにぶつかっていた。
長戸市の先陣部隊は、俺たちのバリケードに到達する前に大混乱に陥っていた。
「よし、後続が来る前に一気に殲滅するぞ」
俺たちはバリケードをどかし(それができるように簡易にしている)、出撃した。
俺も戈を持って前に出ようとする。
だが、それを止める影があった。
聖だ。
大地たちへの援軍要請を聞きつけてここまで来たのだろう。隣には梨子もいた。
「直以、どうやら始まったようだな」
「ああ。聖、梨子。おまえらは下がっていろ」
「直以お兄ちゃんはどうするの?」
「俺は前に出る」
俺は、聖の横を通り過ぎようとした。が、聖は俺の肩に手を置き、梨子は俺の肘を押さえて止めた。
「……なんだよ」
「直以、きみまで前に出ることはない。きみはここの指揮官である以上、少し下がった位置で指揮を取るべきだ」
「そんなことできるわけないだろ!」
「おや、なぜだい?」
わざと焦らすような聖の言い方。ったく、時間のないときに。
「俺が率先して動かないと周りがついて来ないからだよ」
バスケ部のときからそうだった。先輩でも同級生でも後輩でも、口で言っただけでは誰も俺について来なかった。リーダーシップを発揮するには、規範が必要なのだ。
「直以の言ったことには真理が含まれているな。だが、一面を捉えているに過ぎない。きみは、これから起こる全てのことにひとりで対処する気かい?」
聖は正面から俺の目を見据えてきた。
「なに、規範なら他の人間が示してくれるよ。……私にとっては極めて不愉快なことながら伊草麻理などがね」
俺は舌打ちして視線を聖から逸らした。
戦場を見てみる。すでに粗方の戦闘は終わっていた。
長戸市の兵は多くが罠のショックで大した抵抗もできすに捕虜になり、車外に出て抵抗する連中も組織的な行動をとれずに朝倉市の兵によって制圧されていった。
俺の出る幕は、確かになかった。
「……梨子、捕虜と負傷兵を後ろに送る手はずを整えて。できるか?」
「う、うん♪ すぐに始めるね」
梨子は、なにが嬉しいのか小躍りするように去って行った。なんだ、あいつ。
俺は、戦闘がひと段落するのを待って聖に聞いた。
「聖、おまえは俺になにをさせたいんだ?」
「直以、きみはやくざの統率力を過大評価しているようだね」
質問に答えずに側面から切り込んでくるのはこいつの悪い癖だ。
「……ああ、朝倉小学校でのゾンビ掃討といい、今といい、すごいと思う」
「私に言わせれば、あいつらの指揮統率などはお山の大将ってところだよ。私に言わせれば、だがね」
「どういう意味だよ」
「暴力で従え、望まぬことを強制するなんてのは山賊レベルだって話さ。そんなものが通じるのはせいぜいが100人、大声を張り上げて届く範囲までさ」
「耳が痛いな。大声上げて無理やり兵を動かすなんてのは、まんま俺のやり方じゃねえか」
「そうだね、直以。だけど、私は、直以がお山の大将レベルで満足してもらっては困るのだよ」
聖は、慈愛すら感じられる表情で白い指を俺の頬に当てた。ひんやりとした感触は、一瞬で全身を覆った。
俺は圧倒されそうになる感情から聖の手を払って逃れた。
「ちょっと前まで落ちこぼれてた高校生になにを望んでいるんだか」
「以前なにをやっていたのかなんて、まるっきり関係のないことだよ。スタートラインは同じさ。大人も子供も。男だろうが女だろうがね」
「直以せんぱ~い、こっちはだいたい終わったっすよ」
そのとき聞こえた隆介の声で、聖の呪縛から俺は逃れた。
「あ、ああ。わかった。悪いがもう少し頑張ってくれ。大地たちが来たら交代させるから。罠の再設置して、ジープは可能な限り端に寄せて視界を確保してくれ」
「うい~っす!」
俺は口頭だけで指示を出す。周りのみんなは、それだけでも俺に従ってくれていた。
聖は細い指で俺の肩を撫でた。
「まあ、早く慣れることだね。それと自分を過小評価しないことだ。はっきり言っておくが、今のままでは……」
聖は、わざとらしく一度言葉を切った。
「原田美紀には勝てないぞ」
俺は聖に向き直った。してやったり顔の聖は、笑いをかみ殺している。
「……雄太か?」
「ああ。梨子くんと2人で詰め寄って白状させた」
「なんか前にもこんなことあったな。俺、なんか女性不審になりそうだ」
「おや、嬉しいね。私を女と見てくれるのか?」
「なんだ、女として見て欲しいのか?」
聖は、言葉を詰まらせて顔を赤くした。してやったりだ。聖には最近やり込められてばっかりだったからな。
「わ、私は! 私は、女としても(・)、見て欲しいのだよ」
「聖、そこまでだ」
俺は聖の言葉を遮り、双眼鏡で長戸市の連中を見た。なにやら動きがある。
「……第2派か?」
以前と変わらずわめき散らしている霧島。以前と違ったのは、美紀さんが霧島の横に立って色々指示を出していることだった。
美紀さんは、俺が見ていることに気付いたのか、手で鉄砲を作ってこちらに向けてきた。
武者震いってやつだろうか、軽く身震いがする。
俺の想い人は、ようやく俺に向き合ってくれるのか。
「直以、きみは存分に楽しむといい。霧島明俊は私が引き受けよう」
「ああ、頼むぜ。相棒」
俺がそう言うと、聖は形のいい眉を上げて満面の笑顔を作った。俺も自然に笑みが浮かぶ。
俺は聖に拳を突き出した。
聖は、勢いよく俺の拳に自分の拳をぶつけた。