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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮長戸戦争編
43/91

緊要地形

「くっそお! またかよ」

 外気が40度を超えようかという8月、健司は荒らされた施設を見て怒鳴った。

「……これで3度目、か」

 長戸市は、幾度となく朝倉市の地区を襲撃していた。

 俺たちはその度に出張ってきていたが、未だに正面からの軍事的衝突はなかった。

 俺たちが到着する前に、長戸市の兵は撤退を完了しているからだ。


 最初の1回目、肩透かしを喰らった俺たちは素直に鈴宮高校に帰った。

 その翌日には長戸市は別の地区を襲撃。今度は俺たちは朝倉市に残り、長門市の再襲撃を警戒した。

 だが、7日ほど滞在した期間、長戸市の襲撃はなかった。俺たちはしぶしぶ鈴宮高校に帰還した。それが、昨日だ。

 そして3度目の襲撃を受けたのは今日。俺たちが朝倉市から撤退した翌日の行動だった。

「完っ全に情報力で負けてるな」

 長戸市の連中は、食料を略奪し、施設を破壊し、抵抗する市民を殺していった。やっていることはまるっきり野盗だが、やられるほうとしてはこれほどの嫌がらせもない。

 

 低俗ではあるが、効果的な戦略だった。


「直以、そろそろいい加減、なんとかしてよね」

 麻理はそう言って俺に詰め寄る。

「おや、伊草麻里は嫌いな直以に頼るのか。やれやれ、程度の低いことだな。自分でなんとかしようとは思わないのかね?」

「私は直以に従ってここまで来てるの。直以には、わ・た・し・に! 答える義務があるのよ」

 そう麻理に言い返されて聖は言葉を詰まらせた。なかなか珍しい光景だ。あの聖が言い負かされるとは。よく考えもせずに無駄に食って掛かったりするからだ。

「だけど、そろそろなんとかしないとまずいな。直以」

「ああ、わかってる」

 俺は大地に頷いた。

 長戸市の脅威にさらされている地区はろくに仕事もできず、ただ脅えていた。自分たちに危害を加える人間の存在は、ある意味ゾンビ以上に深刻な問題だった。

 俺たち援軍に来るものも、必要ではあるが手ごたえのない受動的な状態にダレが出始めている。

 最初の援軍要請のときは、俺たち鈴宮市の2組と4組、合計100人に加えて他地区から300人ほどの総出で駆けつけていた。だが、今は2組と麻理たち3班の60人に、他地区からの150人ほどに減っている。

 自分たちが駆けつけてもそのときには長戸市は撤退している。それならばわざわざ来る必要はないんじゃないか?

 そういう空気がちらほらと出始めているのだ。

 この空気が増し、援軍の数がさらに減ったときに長戸市は洋々と俺たちの撃破に動くだろう。そのときには、須藤先輩の進めてきた鈴宮市と朝倉市の連合体は崩壊し、長戸市に各固撃破されるのを待つだけになるのだ。


 そうならないためにも、今、手を打っておく必要があった。


 そして、俺はそのために聖を連れてきた。


 俺は聖を見た。聖は横にいる梨子を見た。梨子は俺を見ると、俺の前に朝倉市と長戸市の載っている白地図を広げた。

 

 ……一応断っておこう。今回の援軍には梨子も参加している。

「別に直以お兄ちゃんについてきたんじゃないもん。聖お姉ちゃんについてきたんだもん」

 とは梨子の談。なんでも一週間ぶりに戻ってきた俺が日も置かずに出張るのがおむずかりだったらしい。

 まあ、連れて行く連れて行かないでひと悶着はあった。結果は、梨子がここにいることでお察しいただきたい。


 俺の前に広げられた白地図に、その場にいる全員が集まる。具体的に言うなら、大地と2組の各班長に各地区から兵隊連れてきた代表たち。あとは、俺、紅、聖、麻里、それと梨子だ。

「簡単にまとめるのなら、朝倉市の各地区は長戸市からの兵に度々襲撃を受けている。長戸市の兵は我々を避け、ヒットアンドアウェイで攻めている。我々は、なんとか長戸市の兵を捕捉し、撃破しなければならない」

「孫子には『上兵は謀を伐つ』とあり、『兵を伐つ』のは下策であるとしています。なにか他の手段はないものでしょうか?」

 俺の隣にいる紅がそう言うと、聖の隣にいる梨子は、なぜか紅を睨んだ。梨子も最近孫子を勉強しているから、自分が言いたかったのかもしれない。

「ふむ、直以。どう思う?」

「おまえの言い方が悪かったんだよ。ここで言う『謀』とは、長戸市のヒットアンドアウェイ戦略だ。俺たちは、長戸市の『兵』を伐つんじゃなくて、長戸市の戦略を伐つんだ」

「なるほど、理解しました」

 紅は素直に引き下がる。梨子はというと、頬を膨らませて今度は俺を睨んでいた。

「それでは少し言い方を変えようか。我々は、いかに長戸市の戦略を阻止するか」

「言い方変えたって同じだろ。要はどうやって敵を倒すか、なんだから」

 健司がそう言うと、周りから同意の相槌が起こる。まあ、そう考えるのがわかりやすいよな。

「じゃあどうやって?」

 麻理がそう言うと、相槌を打っていた連中は揃って黙った。それを引き継ぐように大地が発言する。

「どこかに、罠でも張るか?」

「いや、難しいな。情報力で負けている今、罠を張ってもばれるだろう」

「ばれてもいい罠。ううん、長戸市が見過ごせない行動……」

 梨子が呟くように言う。

「梨子くん、長戸市が見過ごせない行動とは?」

「え? えっと……。その、わかりません」

 梨子は下を向いて押し黙る。俺は、一押しした。

「梨子、思いついたことを言ってみろよ。俺たちは、全員が素人だ。専門的な解決法なんて誰も思いつかないんだから」

 梨子は、俺の顔を見ると人差し指を下唇に当ててぽつりぽつりと話し始めた。

「えっと、長戸市はヒットアンドアウェイで、私たちが来る前に逃げる。じゃあ、逃げられないようにすればいいわけで……」

 俺は聖を見た。聖も驚いた顔をしている。手探りではあるが、梨子の考えていることは、事前に俺と聖が話し合っていたことに近かった。

 聖は、赤いマジックペンを取り出し、紅に渡した。

「紅くん、戦略上重要だと思うところにマジックで印をつけたまえ」

「わかりました」

 紅は白地図に迷うことなく印をつけていく。そこは、朝倉市の各拠点だった。

「悪くない回答だ。拠点は長戸市が襲ってくる場所。長戸市が目標としている場所だからな。梨子くん」

「ふえ、はい!」

 梨子はひとりで物思いにふけっていたのを急に聖に引き戻された。

「長戸市の状況は今どうなっているのかな?」

「え? それは、わからないよ」

 聖は頷くと、長戸市の上に大きく×を描いた。

 実は、長戸市がどれだけの規模なのか、どこを拠点にしているのか、そういった具体的なことはわかっていない。ぶっちゃけるのなら、なんで長戸市は俺たちに喧嘩を売っているのすらわかっていないのだ。それらのことは全部、今、雄太が2班を引き連れて調査中だ。

 この戦争がどれだけ俺たちにとって受動的かってことだ。

「伊草麻里。きみは緊要地形を知っているかな?」

「牧原聖。あんたも私にくんとかさんをつけなさいよ。えっと、緊要地? 英語訳は?」

「クリティカルテレイン、だったかな」

「ああ。もちろん知ってる。ミリシアで習ったわ。え~っと、港とか空港とか、他には道路が集まる場所とか、射撃が容易な場所。簡単に言うなら、軍事的に重要な地形ってところかしらね」

「この地図でいうと?」

 麻理は聖からマジックを受け取り、地図を見下ろした。そして、固まる。

「伊草、どうしたんだ?」

 大地に肩を揺すられ、麻理は我に帰った。

「ああ、ごめんなさい。まさか、こんなのが言われるまで気付かないなんてね」

 麻理は、地図の1点に大きな丸を書いた。

 そこは、長戸市と朝倉市の間に架かる、長大な橋だった。

「……周防橋?」

「そう。長戸市と朝倉市の間に架かるこの橋を押さえれば長戸市の兵は行き来が困難になり行動を阻害される。この橋を使わなければ、近くても10キロ下流の橋を使わなければいけないからね」

「橋を押さえる、か。うん、わかった。早速確保に向かおう。健司、先遣部隊としてすぐにでも出発してくれ」

 大地の言葉を合図に会議は終わり、各々は行動を開始する。

「……やっぱり、統率力では俺は大地に敵わないな」

 俺の独り言を隣にいた紅は聞きとめる。

「なんでそう思うんです?」

「俺がここの連中をまとめようと思っても従ってくれないだろう。大地だから青二才の俺たちに朝倉市の兵は従ってくれてるんだよ」

「そうでしょうか? 朝倉市が従っているのは、我々鈴宮市であり、木村先輩個人ではないと思いますけど」

「同じことだろ。同じ立場の大地に可能で俺には無理なんだから」

「いえ、私が言いたいのは、直以先輩にも衆をまとめる能力があるという……」

「身びいきにもなってないよ。俺が人を使うのが下手なのはおまえだって知ってるはずだろ。聖!」

 俺は紅との会話を打ち切って聖に話しかけた。

「俺たちは予定通り行動する。おまえは後からゆっくり来いよ」

「うむ。だが、現在に至っても状況不明は続いている。無理だけはしないでくれよ」

「ああ、わかってる」

「直以お兄ちゃん」

「悪い、梨子。ちょっと待ってくれ。麻理!」

 俺は話に割り込んできた梨子を退かし、麻理に話しかけた。

「班をすぐにまとめてくれ。俺たちもすぐに出発するぞ」

「ええ、わかったわ。門倉の班と一緒に行動するの?」

「いや。向かう先は周防橋だけど別行動を取る。目的は行軍途中で説明するよ」

 俺は麻理と2,3の打ち合わせをすると紅を見た。

「俺は麻理たちとすぐに出発するけど紅はどうする?」

「直以先輩に同行します」

「わかった。それじゃあすぐに出発できるように準備してくれ。よっし、梨子、待たせたけどなんだ?」

 梨子は思いきりふくれっ面を作ると俺を睨んできた。

「なんでもありません!」

「? そうか」

 梨子は肩を怒らせて俺に背中を向けて歩いていった。その背中を、紅が追いかけていった。

「……直以。少しは梨子くんにも気を使ってやってくれ」

「なんだ、聖。雄太みたいなこといいやがって。ものには優先順位があるだろう。今は梨子になんてかまってられねえよ」

 ここ最近は出張続きだったし、確かに最近は梨子をおざなりにしてきたかもしれない。


 だが、今の俺の胸を占めるのは、美笑を浮かべる女だった。








 周防橋は、朝倉市と長戸市の間にかかる、橋長1500メートル、幅50メートルの大橋だ。

 先遣隊として到着した健司たちは、後続の部隊が到着するまで朝倉市側の橋の麓に陣取った。

 だが、真夏の炎天下に加えて遮るもののない陽光の真下だ。健司たちがダレるのも早かった。

 先遣隊の兵数は健司たちの班と各地区から派遣された兵の一部で、合計するなら40人といったところだった。

 その部隊は、気付いたときには囲まれていた。

 右、左、後ろ。等間隔、等速度で迫る長戸市の兵に、健司たちは慌てて乗ってきた車を並べてバリケードを作った。その車に容赦なくショットガンが撃ち込まれる。

「門倉先輩たち、防戦一方ですね」

「虚を突かれちゃったからなあ。落ち着けばそんなに数がいないことはわかるだろうに」

 3方から攻め込まれていはいるものの、長戸市の兵はそれほどの数ではない。

 それを観察する俺たちは、健司たちを包囲する長戸市の兵の、さらに外側にいた。


 朝倉市と長戸市の間にかかる周防橋は軍事上重要な意味を持つ緊要地形だ。それは、なにも朝倉市に限ったことではない。長戸市にとっても重要なのだ。

 案の定長戸市は伏兵を配置していた。俺たちの先遣部隊を一気に殲滅して後から来る本軍に備えるつもりだったのだろう。


「そう簡単に思い通りにさせたら失望されちまうよな」

 俺は戈を肩に担いで隆介の運転するバイクのタンデムに跨った。

「よっし、俺たちは長戸市のやつらを叩く。一気に刈り取るぞ!」

 周りから喚声があがる。俺たちは、健司たちに奇襲をかけた長戸市の兵に奇襲をかけるのだ。健司たちには囮になってもらったが、まあ勘弁してもらおう。

 俺は隆介の肩を叩いた。隆介を先頭に、俺たちは一直線に敵に突っ込んだ。


 長戸市の兵はショットガンで健司たちを牽制しながら前進。ゆっくりと距離を詰め、間合いに入ったら一気に接近戦で決着をつける、という戦法を取っていた。乱戦になればやくざである自分たちに分があると思っているのだろう。

 だが、その戦法は俺たちの参入により簡単に崩れ去った。

 俺たちに突っ込まれた一隊は、一撃で崩壊した。まさに、射撃戦から接近戦に移行しようとした瞬間に、背後から複数の車両に突っ込まれたのだ。

 俺は、Uターンするバイクの慣性に任せて戈を振るった。長戸市の兵が持つショットガンが握った腕ごと中空に飛んでいった。

「よっしゃ! 次行きましょう」

「おう、次……、次?」

 俺は周りを見渡した。次は、いなかった。

 俺たちが攻撃したのは、健司たちが橋に向かって、真後ろにいた部隊。残りは右と左の2部隊がいるはずだった。だが、いなかった。

 すでに、撤収していたのだ。

「敵さん、逃げたみたいっすね」

 長戸市の奇襲部隊は、俺たちが攻撃した部隊を残してさっさと撤収していた。救援も援軍もなしに、だ。

「形勢が不利になれば躊躇せずに退却、か。やるじゃない」

 いつの間にか来た麻理が俺の隣に立つ。

 すでに、戦闘は完全に終息していた。

「ああ、綺麗な引き際だな」

 俺たちは健司たちと合流し、橋の先を見た。長戸市の残兵の姿が、小さく見えた。

 そして、さらにその先には、俺の想い人がいた。


 まだ前哨戦でしょう? そんなにがっつかないの♪


 そう言っているように、美紀さんは遠くから俺に美笑を向けた。

「……さすが大人の女性。焦らしがうまいね」

 俺は、美紀さんに答えるように、戈を頭上に持ち上げて、一振りした。


不完全燃焼が続きました。

次は、つぎこそはまともなアクションシーンを書こうと思います!

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