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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮長戸戦争編
40/91

全体の効率を考えて死んでください

 蒸したバス内にエアコンが効き始め、ようやく涼しさを感じ始めた頃、俺たちは朝倉市に到着していた。

「よっし、そろそろ目的地だ。最終確認しておくぞ。3班は2手に分かれる。1手は俺と一緒にゾンビを蹴散らしつつ敵中を突破。立て篭もっている連中と合流する。隆介、はぐれるなよ」

「ういっす! 俺の活躍に期待していてください」

「それともう一手はバス内から銃で俺たちの援護。麻理、中度感染者を集中的に狙ってくれ」

「ええ。銃声とクラクションでゾンビを引きつければいいのよね」

「ああ。無理は必要はない。ヒットアンドウェイでな。俺たちが校内に入ったら離脱。後続の2組と合流な」

 俺と紅、それに麻理の率いる3班は先遣部隊として朝倉市の第3地区に向かっていた。

第3地区は朝倉小学校を拠点として活動していた。そこに、今朝方大量のゾンビが押し寄せたのだった。


 実は、ゾンビが拠点に大量に来るなんてのは初めてのことだった。今まではハグレが数匹迷い込んでくることがあった程度だ。

「なにかお悩みですか?」

 紅が顔を近づけて聞いてくる。俺は、深刻な表情を崩した。ゾンビの特性については、俺ではわからない。そういったことは聖に丸投げすればいいのだ。

「颯爽と救援に駆けつけたらけっこう格好いいと思わないか?」

「……」

「なんで答えないんだよ」

「私は直以先輩の顔を見て好きになったわけではありませんから」

「……」

 いや、そりゃあ雄太や大地の隣に並べば俺の顔が見劣りするのは認めるけどさ。

「なんか今すげえこと聞いた気がするんすけど。進藤って直以先輩のこと……」

「おまえは黙ってろ!」

 八つ当たり気味に隆介を黙らせると、もう眼前に朝倉小学校は近づいていた。

「けっこうな数ですね」

「ああ、200、いや、300はいるかな」

 ゾンビどもはすでに朝倉小学校の正門を破壊し、校舎に迫っている。立て篭もっている連中はバリケードを築き、なんとか侵入を防いでいる状態だった。

「あの中を突っ切るんすか?」

「怖気づいたか?」

「い、いや! 大丈夫っす。俺、直以先輩を信頼してますから」

「信頼されても困るけどな。よっし! 行くぞ」

 俺たちはバスから下車した。バスはそのまましばらく走り、俺たちから距離を置いたところで止まった。

 麻理が俺に手を振る。俺も手を振り返した。


 麻理は、バスの窓枠に腰をかけ、狙撃銃を構えた。

 

一瞬の静止、麻理は、狙撃銃を撃った。

 

 辺りに銃声が木霊する。その余韻が消えるタイミングで、バスのクラクションが鳴り響いた。

 ゾンビどもは一斉に向きを変え、バスに殺到して行った。

 俺は戈を握り直し、その間隙を縫って小学校に向かって一気に駆けた。一歩遅れて隆介と紅が、そのさらに一歩後ろから3班の連中がついてくる。

「っち!」

 進行方向にゾンビが立ち竦んでいる。そのゾンビは、首を俺たちに向けた瞬間、真横に跳ね飛んだ。麻理にこめかみを撃ち抜かれたのだ。

「いい腕ですね。伊草先輩は正規の射撃訓練を受けたのですか?」

「らしいな。それより紅、どうだ?」

「……節操がないですね。所かまわず、といったところですか」

 梨子を鈴宮高校に残して紅を連れて来たことには理由がある。紅は空手をやっていて戦力になるというのも理由のひとつだが、それだけではない。

 理由は、朝倉小学校の被害状況とゾンビの行動を確認させるためだ。

 ゾンビが大挙して拠点に攻め寄せてくるなんてことは、今まで経験のなかったことだ。

 ゾンビたちはどんな行動をしてどのように攻めるのか、朝倉市の防備はどれが有効でどれだけ効果があったのか。

 それらを紅に記録させているのだ。

「全方位からからゾンビは校舎に向かっているようです。門も柵も破壊して進んでいます」

「ああ。この様子じゃあ校内に入り込まれるのは時間の問題みたいだな」

 すでにゾンビは校舎を包囲している。ゾンビたちは、そこが扉だろうがガラスだろうが関係なく進んでいる。

避難民たちは出入り口をイスや机で補強して防戦。ガラス戸はゾンビたちに叩き割られていたが、幸いにも小学校のガラスは割れにくいように金網が練りこんであり、進入までには至っていなかった。

 俺は、バリケードに群がるゾンビに後ろから戈を首にかけ、一気に刈った。首の半分を切断されたゾンビは血を撒き散らしながら倒れた。

「隆介、しばらく援護してくれ」

「わっかりやした!」

 隆介たち3班のやつらは俺と紅を囲むように円陣を組んだ。

 俺は、バリケードに寄った。

「大丈夫か! 俺たちは鈴宮高校からの援軍だ」

「そうか、助かった……」

 バリケードの奥から安堵の歓声が上がった。

「安心するのは早いよ。中の様子はどうだ?」

「あ、ああ。みんなでなんとか持ち堪えているよ」

「噛まれたやつはいるか?」

「……可哀想だけど、噛まれたやつは外に放り出した」

 非常ではあるが的確な判断だ。もし情に流されていたら内と外から攻められてとても持ち堪えられなかっただろう。

「今こっちにうちの本隊が向かっている。もう少し耐えられるか?」

「駄目だって言ったらどうするんだよ」

「直以先輩!」

 隆介の声に振り向くと、取りこぼしのゾンビが俺に迫ってきていた。

 そのゾンビと俺の前に、紅が立つ。

 紅は表情ひとつ変えないまま、ゾンビの伸ばした手をやり過ごして足払いを食らわせた。バランスの悪いゾンビは前のめりに俺の前に倒れこんだ。俺は頭を足で押さえつけ、ゾンビの延髄を切った。

「紅、助かった」

「いえ、ですがそろそろ話し合いは切り上げてください」

 そう言うと紅は隆介の隣に並んで防戦に参加した。

 俺は再びバリケードの内側の人間に声をかけた。

「もし無理なら残っている人間をまとめろ。ここから脱出する。退路は俺たちが確保するから」

 中からはざわめきが起こった。

「……ここを捨てるのか?」

「早く決めてくれ。しばらく生活して愛着があるのはわかるけど、また戻ってこれるから」

「わかった。ここを脱出する。みんなをまとめるから少しだけ時間を稼いでくれ」

 俺はそれを聞いてバリケードに背を向けた。

 そこでは、ゾンビたちと隆介たちの戦闘が行われていた。

 ゲーム感覚、というには余裕がないが、それでも幾度となく戦ってきた3班の仲間は、少数ながらも効率的にゾンビをさばいていった。

 隆介は金属バットを二刀流にして振り回していた。荒が目立つが、それでも隆介は勢いと戦闘力の両面から貴重な戦力だった。

「直以先輩。話は終わったんすか?」

「馬鹿、油断するな!」

 俺が叫んだのと同時、隆介の横にいたゾンビが腰を屈めてタックルをした。

 隆介は押し倒された。

 馬乗りになったゾンビは隆介の首元に唾液に塗れた歯を食い込ませる、そんなことにはならなかった。

 寸前でゾンビが倒れた。屈んだゾンビの頬に、紅の肘が叩き込まれたのだ。

「し、進藤。助けてくれたのか」

 紅は隆介に見向きもせずにひと言。

「ここであなたに死なれては大幅な戦力ダウンになります。全体の効率を考えて死んでください」

 紅は隆介を絶句させると、弾けるようにゾンビの群れに突っ込んだ。


 膝裏を蹴り、踵を払い、靴を踏みつける。


 流麗。


 まるでフィギュアスケートの選手だ。

 速く、滑らかに紅はゾンビたちの間を疾駆していく。


 紅はゾンビを転ばせることに特化した戦い方をしていた。倒れたゾンビは他のやつが余裕を持って頭を砕いている。

「……戦い慣れてやがる」

 俺や隆介のように喧嘩の延長としての戦い方ではない。麻理のように、出発点から違う体系化した戦闘を紅はしていた。

 息ひとつ乱さずに俺の隣に立ち、紅はわずかに乱れた着衣を直した。

「直以先輩。今後の方針は?」

「しばらくはここで時間稼ぎをする。その後はゾンビを引きつけて立て篭もっている連中の逃走経路を確保」

「了解しました」

 紅は独楽のように勢いをつけてゾンビの群れに突っ込んでいく。俺も戈を振るい迫るゾンビを撃退した。

 俺たちは優勢に戦闘を進めていったが、ゾンビは俺たちが倒しきれる数ではなかった。

 じきに疲れが出て動きが鈍くなったときに、俺たちはゾンビに捕まるだろう。

 そんなことを考える程度には疲労が蓄積されてきた頃、俺たちの真上、2階から合図があった。

「よし、次は逃走経路の確保だ」

 ここに来たときに麻理がやっていたことを、今度は俺たちがやって道を作るのだ。

「校庭にでも誘導しますか?」

「……いや、校舎内に引き込もう。ほら、紅」

 俺は、懐に入れていた拳銃を紅に渡した。

「ご自分では使われないのですか?」

「俺が撃ったって当たらないからな。隆介、手伝え」

 俺はバリケードに手をかけた。すでにガタガタで、ゾンビに『押す』だけではなく『引く』という機能がついていたのなら、簡単に崩れていただろう。立て篭もりではなく脱出という手段を選らんだのは正解に思えた。


 背後では銃声が響いた。紅が発砲したのだ。その音がゾンビどもを引きつける。

 俺と隆介はバリケードを崩し、校舎内に入り込んだ。

 その後に続いて紅と3班の連中、そして穴から水が漏れるようにゾンビが続々と入り込んでくる。

 音で誘導し、ゾンビどもを校舎の奥に誘い込む。これで表にいたゾンビは相当数を減らしたはずだ。

 確認のために窓から外を見ると、数人単位でまとまって校門に走っていく人影が見える。脱出はうまくいったようだった。

「直以先輩、そろそろ俺たちも脱出しないと逃げられなくなるっすよ」

「ああ、そうだな。よっし、そろそろ俺たちも脱出するぞ」

 俺は落ちていた缶を蹴飛ばした。缶は甲高い音を上げてゾンビを俺たちから遠ざけた。

 俺たちは、脱出を開始した。

 隆介を1番手に窓から雨樋を使って地上まで降下する。

 全員が下り、残りは俺と紅だけになったときに、俺は気付いた。

「直以先輩、私たちも行きましょう」

「……ああ、先に行ってくれ」

 俺は窓から離れてゾンビに近寄った。

 

 ゾンビは、手の触れられる距離まで接近しても、俺には無反応だった。ゾンビは目が見えない。それ自体はおかしいことでもない。

 俺が気になったのは、ゾンビが、ある方向に向かって歩いていることだ。音にも反応せず、だ。

 俺は、戈で窓ガラスを割った。数人のゾンビはその音に反応して向かってきたが、ほとんどのゾンビはそれすら無反応だった。

 と、そのとき袖を引かれた。

 紅だ。

「……なんで隆介たちと一緒に行かなかったんだ?」

「直以先輩を置いてはいけません。ここは危険です。早く退避しましょう」

 小声でのたまう紅を無視して、俺はゾンビどもの向かっている方向に進んだ。

 その方向は、屋上だった。


 それは、異様な光景だった。

 まるでカテドラルに祈る信者のようにゾンビたちは屋上に集まっている。

 俺と紅は、まるで俺たちに反応を示さないゾンビの間を縫って、先に進んだ。


 微かに伝わる振動と駆動音。


 そこにはガソリンで動く自家発電があった。

「まさか、これにゾンビどもは反応して集まったのか?」

「いえ、どうやら発電機ではなく、あれのようです」

 紅が指差した先には、発電機に繋がれたアマチュア無線機とアンテナがあった。

「無線基地? ゾンビは電波に反応しているのか?」

「そうかもしれません。理由は不明ですが」

「これは……、聖が喜びそうなネタを仕入れたな」

 俺は発電機に手を伸ばした。それを紅が遮る。

「今、発電機を止めたら無線機が動作しなくなります。すると、ゾンビは電波からの関心を捨てて、私たちに注目するかもしれません」

「……それは、ぞっとしないな」

 今、俺たちは大量のゾンビの中に紛れ込んでいる状態だ。とてもじゃないが、戦って生き延びれる環境にはない。

 俺たちは大人しく退散することにした。


 


 と、そのときだった。




 大音量の洋楽が流れてくる。

 場所は、校門からだった。

 屋上から見下ろすと、数台のジープが入り込んでくるところだった。

5台、10台、いや、もっとか。かなりの数だ。

 その連中は、ショットガンやら日本刀やらを振り回してゾンビ掃討を始めた。

「……朝倉市からの援軍ですか?」

「いや、わからん。あんな連中初めてみるけどな」

 指揮を執っているのは、白いスーツを着た男だった。ひょろりとした外見でジープの上からやくざらしい男たちに指示をしている。


 その隣には女がいた。


 赤茶けた髪を後ろでひとつにして、サングラスをしている。

 女はサングラスを外して、ジープから立ち上がった。


 そして、屋上にいる俺をまっすぐに見上げてきた。


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