なんで私なんですか!?
「それで、これからどうする?」
一種の興奮が冷めると、次は実務面での話になる。当然だ。なにもしないならつるむ意味もない。
「基本戦略は決まっている。まずは安全の確保。これは当面は大丈夫だろう」
「職員室に篭っていれば、てことか?」
「ああ、そうだ。だが、篭っているだけでは屋上にいるのと変わらない。そこで次に重要になってくるのは水食料の確保」
「……購買ですか?」
「いや、購買の食料ではよくて10日が限界だ。賞味期限の問題もあるしな。正直それでは心もとない」
「学校を脱出してどこか別の場所に行くか?」
「それでは安全の確保が崩れる」
「じゃあどうするんだよ」
聖は、にやりと笑った。
「雄太、ここはどこだ?」
「は? ここは学校だろう?」
「それでは及第点はやれないな。ここは、緊急災害時の非難場所だ」
「あ!」
遠野はなにか気づいたのか大きな声を上げた。
「なんだ、遠野。言ってみろ」
「私、入学初日に聞きました。この学校は大地震が起こったときは地域の住人が集まるって。それで、1000人分の水食料と毛布が3か月分、地下室に常備されてるって!」
「……直以、知ってたか?」
「……いや、初耳だ」
「……ああ、そうだろう。そういうことは君たちには期待していないからね」
聖は立ち上がると、かぎ掛けからひとつの鍵を取った。
「これが地下室の鍵だ。私がここを目指した理由のひとつがこれだよ」
「そうか、これで食料はなんとかなるのか?」
「ああ。もうわかっただろうが私の基本戦略はここ、鈴宮高校での立て篭もりだ。この学校はソーラーパネルを使っているから電気の供給も問題ないしな。ここまでは君たちにも異論はないんじゃないかな?」
「なにか奥歯にものが挟まったような物言いだな」
「ん、ああ」
聖は、ちらと俺を見た。
「そのために必要なのはここ、特別棟だけだ。だから、他の棟とは防火扉で隔離して安全を確保しようと思うんだが……」
「? それになんの問題が?」
「おそらく、この学校のあちこちにまだ生存者がいるだろう。私は、彼らを見殺しにすることを提案する。彼らの面倒を見ていたら、私たち4人の生存率まで下がるし、人数が増えれば厄介な問題も起こるだろう」
遠野は目を見張り、雄太は目を細めた。聖はじっと俺を見ている。
俺は、聖に言った。
「俺がなんて言うかわかってんだろ?」
「……ああ、わかっていたさ。君がどうしようもない馬鹿だってね!」
聖は、言葉とは裏腹に顔には笑みが浮かんでいた。雄太の顔にも笑みが浮かんでいる。ひとり理解できていない遠野に俺は言った。
「ひとりを救えないんなら群れる意味がないだろ?」
「えっと、つまり?」
「今から生存者を助ける! 行け遠野!」
「はい! ……はい?」
俺たち3人は遠野を残して職員室の一角に集まった。そこには放送機材があった。
生徒を職員室に呼び出すときは、ここから放送するといった寸法だ。
「ほら、遠野。アナウンスしろ」
「なんで私なんですか!?」
「おまえは1年だから知らないだろうが、俺と雄太は校内で嫌われ者なんだよ」
「知ってます!」
「「…………」」
「……はッ!」
「いいから早くやれ!」
「わかった、わかりま~しーた!」
遠野はぶーたれながらもマイクの前に立った。
マイクのスイッチをオンにすると、軽快な音楽がスピーカーから流れた。
『えーっと、みなさんこんにちは。今、私は職員室から放送しています。どなたか、生きている方、職員室まで来てください。もし自力ではたどり着けない方はなにか合図をください。直以せんぱい が! 助けに行きます』
このやろう! 俺は遠野に手を伸ばすが、遠野はすばしこくかわし、俺に舌を出した。ちくしょう、かわいいじゃねえか。
『それと、ゾンビは大きな音に反応するようです。気をつけてください。みなさん、きっと生きて再会しましょう! それでは一旦放送を終了します。……ドーゾ』
遠野はやり遂げた顔をして、かいてもいない額の汗を拭った。
「最後のドーゾってなによ」
「トランシーバーとかって交信終わるときドーゾって言いませんでしたっけ?」
「校内放送はトランシーバーじゃないだろ。さて、雄太。廊下のゾンビを片付けるぞ。それが終わったら購買から食いもんを持ってこれるだけもってくるぞ」
「ああ、そうするか……、直以、あれを見ろ!」
雄太の指差す方向を見ると、そこは校門だった。
そこから走ってくる集団、それに俺は見覚えがあった。
「あれは……大地!」
その集団は、俺と同じクラスの連中だった。一度学校を脱出したが、町の様子を見て戻ってきたのかもしれない。
「助けて!!」
大声で集団の中の女が叫んだ。怪我人がいるらしく集団の足は遅い。加えて今の大声で校内のゾンビどもも群がってきていた。
俺は舌打ちすると指示を出した。
「聖、遠野! あいつらが駆け込めるように下駄箱のドアを開けてきてくれ! 雄太は2人の護衛とゾンビの掃討!」
「わっかりました!」
「やれやれ。肉体労働は向いていないんだがね」
俺は職員室の窓からとにかくモノを手当たり次第に投げた。その音に引かれて一部のゾンビが向かってきたが、ほとんどが女の悲鳴のほうに群がっていった。
「くそ、大地! 校舎に逃げ込め!」
大地は俺を見上げるとひとつ頷き、速度を上げた。立ちはだかるゾンビを素手で跳ね飛ばし、校舎内に飛び込む。それに続いて数人の男女が校舎内に入った。
あと2人、怪我をしているのか、女子生徒が女子生徒を担いでいる。
その2人が、転んだ。
下から声が聞こえる。
「もう扉閉めろよ! ゾンビが入ってくるだろ!」
「え、でも……」
「いいから閉めろ!」
扉を引きずって閉める音がここにも伝わってくる。
それを見て絶望を顔に浮かべる女子生徒。
群がるゾンビ、完全に、囲まれていた。
俺は、一瞬だけ目を閉じると、行動した。
床に転がっている鉄パイプを掴み、職員室の2階の窓から外に飛び出す。
そして、女子生徒に、今まさに噛み付こうとしているゾンビの後頭部を吹き飛ばした。
「すが……た?」
倒れた女子生徒は、伊草麻里だった。俺は伊草を一瞥して言った。
「立てるな。走るぞ」
「え、でも……」
伊草は肩に担いでいる友人を見た。おそらくゾンビに噛まれたのだろう、ぴくりとも動かず、肌の変色も始まっていた。
「あきらめろ。もう、ゾンビになっている」
俺は、伊草を無理やり立たせ、すでにゾンビと化している伊草の友人の頭部を潰した。
「あ、あんたなんてこ、と!」
俺は、無言で伊草の胸倉を掴んだ。伊草は言葉を詰まらせた。
「……今から走るぞ。死にたくなかったらついて来い」
俺はそれだけ言うと、群がるゾンビをフルスイングで一掃し、走り出した。
後ろを振り返ると、伊草はついてきていた。
しばらく校舎沿いに走ると、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「直以先輩、こっちこっち!」
俺は伊草の襟を掴むと、窓を開け放っている部屋に放り込んだ。1テンポ遅れて俺も室内に入り込む。絶妙のタイミングで、聖は部屋の窓を閉めてゾンビどもを締め出した。
俺は室内を見回した。
白いシーツにベッド。ここは、保健室だった。
「もう、びっくりしましたよ。いきなり直以先輩、上から降ってくるんだもん」
「ああ。ありがとうな。正直非常階段まで走るつもりだったから助かったよ」
そう言うと、遠野はにっこりと笑った。
俺は、立ち上がるとへたり込んでいる伊草に言った。
「伊草、怪我はないか?」
伊草は、なにも答えずに座った姿勢のまま俺を睨みつけてきた。ゾンビ化していたとはえ必死に守ってきた友人を目の前で殺されたのだ。当然の反応だろう。
「伊草。俺たちは今、職員室を拠点にしている。少し休んだら来てくれ」
俺はそれだけ言うと保健室を出た。
隣に聖が並ぶ。
「相変わらずらしいな。彼女との関係」
「俺は嫌われてるんだよ。人の好き嫌いはどうしようもないだろ」
「君と彼女の場合はそんな単純なものでもないんだがね」
「いつもの知ったかぶりか?」
俺たちは、そのまま職員室に向かった。