組織再編♪
夏はいよいよ暑さを増してきている。
俺は凍ったペットボトルで首筋を冷やし、額の汗を拭った。
「今年の夏はマジで人死にが出るぞ」
「そっかなあ。確かに猛暑だけど、もっと暑い日とか以前もあったよ?」
「……おまえは今までもエアコン使ってなかったから大丈夫かもしれんが、普通に科学の恩恵を受けてきた俺たちにはかなりきついんだよ」
梨子は不服そうな顔をすると、俺からぺットボトルを奪って自分の首に当てた。
真夏の、といってもまだ7月中のある日、俺と梨子は校内を巡察していた。
須藤先輩が首班に選ばれ、まず最初にやったのは班の再編成だった。数が増えたために構成単位を変えたのだ。
それに伴って新たに組というのを作った。1組5班で4組体制。
この組という呼び名、実は紆余曲折があってこう呼ばれることになった。
「そろそろ自分たちの集団の名前を決めましょう。私も、フューラーとかコンスルとか、決まった名前が欲しいもの」
須藤先輩はそう提案し、大々的に募集をかけた。その中には「セイラと愉快な仲間たち」とか「さっちゃんズ」とかもあったが、紅に一瞥されただけで却下されていた。
結局なところ採用されたのは無難で当たり障りのないものだった。
「呼び名などに独創性はいりません。みなが呼びやすくてわかりやすいものでいいんです」
という紅の絶対的に正しい正論に誰も反論できなかったからだ。いや、そのとおりだけど、ロマンのわからないやつだ。
そして、その呼び名で言うのなら須藤先輩は「鈴宮市第1区長」。俺は、「鈴宮市第1区1組1班所属」となる。無味乾燥な呼び名だ。
「直以くん、私のことは天光光と呼んで」
「わかりました、俺のことは天星丸、梨子のことは天飛人とお呼びください」
そんな俺と須藤先輩のささやかな抗議を込めた松谷さんちのお嬢さんネタを、紅は一瞥もせずに完全に無視してくれた。
班の再編成を終え、試運転で正常に機能することを確認すると、須藤先輩は朝倉市の各区の代表との会合を開いた。前々から要望されていたことではあるが、選挙が終わるまで待たせていたのをついに開くことにしたのだった。
「それじゃあちょっと行ってくるわね。留守の間は直以くん、よろしくね♪」
そう言って須藤先輩は会合場所である朝倉市役所に向かった。同行者は、荒瀬先輩に大地。それと聖だ。
それとは別に雄太が非常事態に備えて隠密裏に同行している。朝倉市はつい先月まで俺たちと戦争していた連中だ。確率は低いだろうが、出向いた先で危害を加えられることがあるかもしれない。雄太は、そういったときの備えだった。
「しばらくは直以お兄ちゃんがここの代表だね」
まあ、須藤先輩が留守の間はそういうことになってしまった。長くても1週間ほどだろうが、厄介ごとを押し付けられた感じだ。
幸いにも、外枠は須藤先輩が用意していってくれた。期間の短さもあり、新しいことをやる必要もなく、各組長はそれぞれ自分のやることを熟知している。俺がやることは各組が円滑に仕事をできるようにして、問題があればそれに対処するだけでよかった。
そういう意味での巡察ってことだ。
まず最初に、俺は2組の仕事場を見に行った。2組は学校の外周に堀を作ったり、金網を補強したりと学校の防衛上の作業をしている。組長は大地だが、今は須藤先輩について朝倉市に行っているので留守だった。
俺は、大地の代わりに現場の指揮をしている門倉健司に声をかけた。
「健司、調子はどうだ?」
「暑いよ!」
健司は作業の手を止めて俺と梨子のところに歩いてきた。
「この炎天下に長袖だ。交代制で休み休みやってはいるけど、作業効率はぜんぜんあがらないよ」
「4組みたいに早朝と夕方に仕事時間をずらしたらどうだ?」
「8月はそうすることになるだろうけど、それは大地が帰ってきてからだ」
俺は、2組の作業現場を見た。朝倉市から派遣された技術者の指示を受けながら2組の作業員は人海戦術で土木作業に従事している。
「なあ、健司。最近どうだ?」
「? なんだよ急に」
「いや、おまえとじっくり話してないなと思ってさ」
健司は、肩の力を抜くと自嘲気味の笑みを零した。
「いいわけがないだろ。こんな状況なんだから」
「それは、まあ、全員がそうだからな」
「ああ、違う違う。僕の言うこんな状況っていうのは、ゾンビが発生して今までの生活が送れなくなったことじゃなくて、この前の選挙に大地が負けたこと」
「負けじゃないだろ。大地は堂々の2位だったんだし。単純に須藤先輩がそれより多く票を獲得したってだけだ」
「直以、僕はもっと積極的に君に大地を応援してもらいたかったんだけどね。君、僕たちの間ではけっこう評判悪いぜ。須藤先輩と大地、どっちつかずの蝙蝠だってね」
「嫌われるのには慣れてるけどな。それにしてもおまえら、視野が狭いよ」
俺は先日急に喧嘩を売ってきた支倉先輩を見た。支倉先輩は俺の視線に気付くと、優雅に一礼した。
「どういう意味だよ」
「愚者は他人を敵味方に分けるが賢者は分けない。誰が味方になるかわからないからって格言があるんだよ。大地と須藤先輩に対立する理由はないだろ? なら仲良くやっていけばいい。それでも騒いでいるおまえらは、俺に言わせれば、ただパワーゲームに興じているだけに見えるよ」
「……もし対立する理由があったら?」
「そのとき考えるよ。梨子、次行くぞ!」
俺は、犬のように舌を出して体温調節している(意味ないって……)梨子を連れて次の場所に移った。
次に向かった先は、3組の仕事場である校舎内だ。3組は炊事や校内の清掃にごみ処理といったことを担当している。他の班の作業服の洗濯もこの組の仕事だ。ちなみに、当然のことながら下着や私服は各自でやることになっている。
俺は、3組の組長を見つけて声をかけた。
「おーい、内藤」
「あ、直以くん。どうしたの?」
3組の組長である内藤晴美は、大きな胸を揺らして小走りに俺たちのところに来た。梨子が険のある目を向けてきたが気付かなかったふりをした。
こいつを組長に選ぶ辺りが、須藤先輩の人事の非凡さが窺える。内藤は、多くの場合において須藤先輩に反対してきたやつだ。その上で、須藤先輩はこいつを抜擢する。能力重視というべきか、自分に反対しようが関係ないというパフォーマンスのつもりなのか……。
「3組はどうだ? なんか問題とか起こってないか?」
「あ、うん。ぼちぼちってところかな」
内藤は歯切れ悪そうにそう言った。
俺と内藤の関係は、まあ、小康状態だ。もともと親しかったわけでもないが、それでもこいつと話すのには少々の演技を必要としていた。
「なにか問題があるなら言っておいてくれよ。須藤先輩が帰ってきたときに報告するのが俺の仕事なんだから」
「うん……。細々としたことはいっぱいあるんだけど」
「それでいいよ。教えてくれ」
「まず、洗濯機が足りない。欲を言えば性能のいいものを調達してきてくれればありがたいかな。それに、資材も足りないし、安全の上からももうちょっと指導員に付き添ってもらいたいな」
3組の仕事のひとつに、必要物資の生産がある。木工や黒色火薬の調合なんかもそれに入る。危険を伴う作業だし、以前やっていた小峰たちに作業手順を見守ってもらいたいわけだ。
「わかった。これはすぐにでも伝えておくよ。梨子」
「はいはい」
梨子は俺の横でメモ帳で内藤の言葉をメモっていく。
「あの、直以くん。聞きたいことがあるんだけど」
「俺で答えられることなら」
内藤は、胸を揺らしながら聞いてきた。
「組の仕事って固定なの?」
「今の仕事は嫌か?」
「ううん、逆。外に出てゾンビと戦うなんて私にはできないから。むしろ今の仕事のほうが向いてるかな」
「一応、固定ではないってことになってる。内藤が今の仕事がいいんなら、そう伝えておくよ」
「うん、お願いね」
内藤は、馬鹿でかい双丘と共に軽く頭を下げた。
各組には、それぞれ特徴がある。2組は男子学生が中心だし、3組は女子が多い比率になっている。仕事は固定ではないにしても、向き不向きはあるわけだ。運動に向かない文化部女子に土木作業は向かないって話だ。
では、4組の特徴はなにか、というと、学生が少ない。それは新参者が多いってことだった。
俺は食堂で休んでいる4組の組長を探した。
「おいちゃん、いるかい?」
俺の声に反応して、食堂の奥のほうで手を振る40絡みのおじさんがいた。
「おーい直以くん、こっちだ!」
この人が4組の組長で島田春樹さん。兼業農家だったらしく、4組はこの人を中心に農作業に従事してもらっている。
「あ、りこちゃ~ん、元気だったかい?」
わらわらといつの間にか梨子の周りに人が集まる。梨子のファンが多いことも4組の特徴だった。
「おいおっさん! 梨子は後回しにして話を聞け」
「なんだいにいちゃん。嫉妬かい?」
「そうなの? 直以お兄ちゃん」
「違えよ! ほら、それより4組に問題はないんですか?」
「ああ、今のところは順調だよ。だけど、そろそろ準備しておかないとまずいな」
「なにがですか?」
「台風対策だよ。下手したら一発で作物が全滅することもあるからね」
「……それに必要なものは?」
おいちゃんは俺に紙を渡してきた。そこには、必要なものがリストアップされていた。さすが社会人経験者だ。仕事が早い。
「わかりました。チェックして、すぐにでも用意します。梨子、次行くぞ」
「あ、は~い。それじゃおいちゃんたち、待ったね~♪」
梨子が手を振ると、中年どもは顔をふやけさせて手を振り返していた。
「おまえがおっさん殺しだったとは知らなかったぞ」
「そんなんじゃないよお。それで、次はどこ?」
「保健室」
1組は、他の組とは性格が違う。組単位ではなく班単位で動くのだ。それは、各班ごとに専門的な仕事に従事しているということでもある。
例えば、5班は医療班だ。
「さっちゃんいるか?」
俺は保健室のドアを開けた。弱冷房がかかっているのか涼やかな風が俺と梨子の間をすり抜けた。
「あ、直以くん。先生に御用ですか?」
答えたのは、中年の女性だった。以前は看護士さんをやっていた人だ。
「班長はいる?」
「ええ。いるにはいるのですが……」
困惑気味のおばさん看護士。俺は全てを悟ってベッドのカーテンを開けた。
そこには、5班の班長であるさっちゃんがよだれを垂らして寝ていた。もちろん腹は丸出しだ。
「ったく、おい、さっちゃん、っと、危ねえ」
俺が軽く肩を揺すると、さっちゃんは寝返りを打って俺に裏拳を飛ばしてきた。
「直以くん、どんなご用件ですか?」
「ん、ああ。ちょっとね」
「私が聞きますから、外岡先生は寝かしておいてあげてください。これでも、先生は頑張っているんですよ」
「……とてもそうは見えないけど」
おばさん看護士は、さっちゃんの肩に毛布をかけた。さっちゃんはさっそくその毛布を蹴飛ばして跳ね除ける。
「本当なら外岡先生は研修医で医師としては初心者の位置づけにいる人です。でも、今は一人前以上を求められて器具も薬もない状態でなんとかしようと努力なさっているんです」
ふと見ると梨子が俺の袖を引っ張っている。
「それじゃあ伝言をひとつ、腹出して風邪だけは引くなって伝えてください」
俺と梨子は保健室を後にした。
次に向かったのは校庭だ。そこには、3班と4班の計20人がいた。
「お、直以先輩うい~っす」
「ああ、隆介。こんなに集まってどうしたんだ?」
俺は3班の林田隆介に聞いた。
「ああ、なんかの実験っす」
「実験?」
俺は集団の中心に向かった。
「あ、な~おい、いいところに来たわねん♪」
「っち!」
俺は正反対の2人に迎えられた。ひとりは3班長の伊草麻里でひとりは4班長の小峰卓也先輩だ。
4班は小峰先輩を中心に科学技術班。3班は雄太が班長をする2班と同じ即応部隊として機能している。
ちなみに、雄太は異色ながら2班の班長であると共に1班にも所属している。これは、俺の所属している1組の1班が全体のキャビネット(内閣)としての性格を持っているからだ。
「よう、なにしてんだ?」
「ん~、説明するより見たほうが早いわね。小峰先輩、やってみて」
「はい、マリしゃん」
小峰は、長方形の固定された木材に火を近づけた。わずか前方には土嚢がある。なにがあるのかと疑問に思い、周りを見渡した。その全員が耳を塞いでいるのに気付いたとき、俺は反射的に梨子の耳を塞いだ。
轟音!
梨子は飛び跳ね、俺の耳は鼓膜が破けたと思えるほどの痛みが走った。
梨子は俺の腰に抱きついてくる。なにかを言っているが聞こえない。察するに、びっくりしたと言っているようだ。
耳が正常に動作するまできっかり1分がかかった。
「……どう? びっくりしたでしょう?」
どこか元気なさ気に麻理が聞いてくる。
「……なんでおまえまでダメージ受けてんの?」
「……すごい音とは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったもの」
「……それで、これはなんだ?」
それに答えたのは、小峰先輩だった。
「これは、いわば火縄銃の原型みたいなものかな? マリしゃんにせっかく黒色火薬があるんだから火縄銃が作れないかとの要望を受けてね」
「火縄銃?」
「弾は石だが、まずまずの成功だ」
「命中精度は低いみたいだけどな」
俺は、土嚢を見た。まるで傷ついた様子はない。その遥か後方で黒ずんだ地面が煙を上げている箇所があった。
「き、きみぃ! これがどれだけすごい発明かわかっていないようだね!」
麻理は、小峰先輩の言葉を遮った。
「命中精度はしょうがないわよ。ライフリングもないただの組み合わせた木だしね」
「そういえば中国の初期の大砲は竹の使い捨てだったらしいな。そんな感じかな?」
使い勝手の難しい武器だ。そんなことを考えていると、ひとりの少女がそっと俺の前に立った。
進藤紅だ。
「直以先輩、お疲れ様です」
「紅、こんなところまで来てどうしたんだ?」
「緊急の連絡がありました」
「……須藤先輩になにかあったのか?」
「いえ。そちらからの連絡はありません。今、朝倉市の第3地区から援軍要請がありました。現在、ゾンビの大軍に避難地域を包囲されているそうです。どうしますか?」
相変わらずの無表情、どうしますか、じゃないだろう。
俺は天を仰いだ。蒸し暑い夏空、どうやら楽はできそうになかった。
今回は難産でした・・・。
いや、天光光の件でまさかの2日1文字もかけずっての、久しぶりにやりました。
ちなみに、園田(旧制松谷)天光光女史は日本で女性初の代議士さんです。
本当はここ、最後の晩餐の件を入れる予定だったんですが、日本では皇室とジェンダー、それと宗教はなにを言っても批判されるって聞いてガタブルになって急遽変更しました。
でも、最後の晩餐はもう少ししたら入れようと思います。
2012,1,9
火槍→初期の大砲
に訂正しました。