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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮長戸戦争編
38/91

せんきょ☆☆

 今日の朝は食堂に鈴宮市で生活する人間が全員押しかけてきていた。

 食堂の収容人数は150人だ。席からあぶれたやつは体育館から持ってきたパイプイスに座っている。

「どうせやるなら体育館でいいじゃねえか」

「体育館にはエアコンがないからな。長々と話してたら倒れるやつが出るよ」

 俺は、窓から外を見た。なにか、陽炎が立っている。

 今日も絶好調に真夏日だった。


 7月10日、選挙当日のことだ。


 俺は、梨子の入れてくれた冷えた麦茶を飲んだ。

 食堂には弱冷房が入っており、外よりははるかにマシな温度になっている。あくまで外と比べて、だ。

 食堂内には、正確な数で187人がひしめいている。これだけの人数がいると呼気だけで室温が上がりそうだ。

「それにしても、俺が朝倉市に行っている間にまた増えたんだなあ」

「うむ、今までは5人、10人と小集団でまとまっていた鈴宮市民が少しずつ集まってきたのだよ」

「まあ、朝倉市で1500人の生存者がいたんだ。鈴宮市だって俺たち200人だけってことはないだろうけどな」

「これからも増えるってこと?」

「鈴宮高校では無理だろう。だから、朝倉市みたいに場所作って分散させることになるな」

「ギリシアのポリスかローマのコローニアってところかな」

「……話、長いね」

 梨子がそう言うと、俺たち4人は同時にため息を吐いた。

 

 朝食後、俺たちは選挙をやることになっていた。いや、これからやることはやるんだろうが、その過程が長いのだ。

 全員が朝食と小休止を終えた午前9時、まず始まったのがこの3ヶ月における活動報告。

 ……それがもう1時間以上も続いている。

 須藤清良反対派にとっては、それにケチをつけることは最後の追い込みにもなるし自分たちの寄る辺ともなっている。一語一句聞き逃すまいと熱心に聴いていた。

 だが、そんなことはどうでもいい俺たちにしてみれば、ただ単に退屈なだけだ。

 1時間以上立ちっぱなしで話している紅には悪いが、さっさと終わって欲しかった。

「よーお~、なおい~、のんでっかぁー」

「飲んでねえよ、ていうか朝から飲むなよ」

 退屈しているのはなにも俺たちだけではない。ここにも退屈に耐え切れずにワンカップに手を付けた成人女性(実年齢だけ)がいた。

「ほら、さっちゃん。大人しく座ってろよ」

「やーだ~。だって暇なんだもん」

「まったく、研修医って言ったってさっちゃんはお医者さんだろ、っ痛え、なんで殴んだよ」

 さっちゃんは、俺が言い終わるより早くなぜか俺を殴り出した。それも、いつもの白衣の長袖ビンタではなく、さっちゃんなりに本気のグーパンチだ。

「うーうう~!」

 さっちゃんは、唸りながら俺を殴り続ける。

「なんなんだいったい。聖、説明しろ」

「ふ……む。どうやら研修医という言葉がさっちゃんの琴線に触れたらしい」

「ううう~~~!! うぷ」

 さっちゃんは、急に俺を殴るのを止めると、口を押さえてうずくまった。

「まったく、怒りすぎて吐くってどんだけ子供だよ!」

 俺はさっちゃんを抱えると、急ぎ便所に向かって走った。




「ぅおえ~、えろえろえろ」

 便器にしがみつくさっちゃん。その背中を撫でる俺。

 一階男子トイレは、弱冷房のかかっている食堂とは比較にならないほど蒸し暑かった。

「朝から吐くほど飲むなよな」

「……そんなに飲んでないもん。ワンカップの半分くらいだもん」

「さっちゃんは身体も小さいから、ちょっとの量でも一杯なんだろう?」

「……それ、わたしのせいじゃない」

「なにかのせいにしたって仕方ないだろう。事実なんだから」

 俺がそう言うと、さっちゃんは便器を抱えたまんま、今度は泣き出した。

「びええ~~! なんでこんなことになっちゃってんのよ~!」

 酔っ払いの相手がこんなに大変だとは知らなかった。

「ひっぐひっぐ、ほんとうならさ? わたしはさ? 内科医になってさ? どくりつしてさ? おかねいっぱいでさ? 休日はごるふでさ? けっこんもしてさ? うう~、全部台無しじゃない~」

「あ~っと、そんな将来設計をしていたのか」

「一生懸命勉強して医大に入ったのにさ~、どうしてくれるのよお~おぅ」

 さっちゃん号泣。


 さっちゃんの思っていることは、きっとほとんどの人間が思っていることだろう。

 単純に、エアコンも満足に使えない夏というのは今までにはなかった生活だ。俺たちの生活は、ゾンビ発生で確かに否応なく変わってしまった。

 俺なんかは学生だったし、その生活自体にもそれほどの魅力を感じていなかったからまだいい。せいぜいが昔は便利だったと懐かしむ程度だ。

 だが、さっちゃんのように社会的地位を確立して順風満帆だった人には、今は俺とは比較にならないほど苦痛なのかもしれない。


 もっとも、世の中にはいろんなやつがいるもんだ。

 例えば、以前より今のほうがいいと考えるやつ。

 そいつは、男子トイレの前で俺を待っていた。




 俺がぐったりしたさっちゃんを抱えてトイレを出ると、珍しい組み合わせの2人組が待っていた。

 ひとりは梨子だ。こいつは、俺の後を追ってきたはいいが、男子トイレに入れずにおたおたしていたのだろう。

「あ、直以お兄ちゃん。さっちゃんは?」

「ああ。大丈夫だ」

 俺は、さっちゃんを梨子に渡した。梨子は多少よろけながらもさっちゃんを受け取った。

 そして俺は、俺を待っていたもうひとりに向き直った。

「こっちは男子トイレ。女子トイレは隣ですよ、支倉先輩」

「ふふ、ご機嫌よう、直以くん」

 嫌味も通じない。支倉涼子は、女優が舞台で浮かべるような「笑み」を口元に貼り付けて、俺を見ていた。

「梨子、先にさっちゃんを連れて食堂に戻ってろ」

「え? でも……」

「支倉先輩は俺に用があるみたいだから」

 梨子はしばらく逡巡していたが、俺に従って食堂に戻った。

「……で、なんの用ですか? ぶっちゃけ、あんたが俺にある用件なんて、まるっきり思いつかないんだけど」

「つれないのね、直以くん。私はあなたともっと親交を深めたいのに」

「便所の前で? 本気で言ってるなら、時と場所をわきまえてほしいね」

「……それも、そうね」

 支倉先輩は、威圧感を俺に向けて一歩近づいた。

「この後の選挙、あなたはどうなると思う?」

「結果を見るまでもない。須藤先輩の圧勝ですよ」

「それは、なぜ?」

 俺は、支倉先輩からの威圧を受け流しつつ答えた。

「対抗馬がいないからですよ。今は活動報告してるけど、この後は質疑応答って形の須藤先輩への批判大会が始まるでしょね。それが釣りだとも知らずに」

「……なるほど、清良に口で勝てる人はいないと?」

「須藤先輩を批判する連中はその場でこぞって意見するでしょうね。批判を自分たちの寄る辺にしている以上、黙認は須藤先輩を認めたことになる。だけど、それが須藤先輩の弁論に繋がる」

 須藤先輩は、これから一個一個上がってきた自分への批判に反論できるわけだ。なぜ今まで自分への批判を黙認していたのか、まさにこれをするためだったのだろう。寸前に反論すれば批判派は体制を直せないし寄る辺を失う。

「……相変わらず小細工がすぎるわね」

「小細工? それは違いますよ。須藤先輩は自分への批判を正面から受け止めた上でへし折ろうとしてるんだから。批判派も、ただケチをつけるんじゃなくてこれからどうするっていう政策で勝負するべきだったんだ」

「そうすれば清良に勝てたかしら?」

 俺は、少し考えて答えた。

「無理でしょうね。そうなった場合、やっぱり須藤先輩の口のうまさが物を言っただろうから」

「ひとりのデマゴーグによって扇動される政治。まさに衆愚政治ね」

「須藤先輩なら大丈夫でしょう。あの人は反対の意見でも賛成できれば普通に取り入れますから。ところでもういいですか?」

 俺は支倉先輩に背中を向けた。だが、支倉先輩は構わずに話し続けた。

「それで、あなたはどうするつもり?」

「……どういう意味です?」

「清良が首班を取った後も、大地くんを支持してくれるの?」

「意味がわかりませんね」

 背中越しに、くすんだ笑い声が聞こえる。

「大地くんは直以くんのことを味方だと思っているようだけど、私はそれほどあなたを信用できないの。できれば教えて頂きたいわね。あなたは清良を支持するのか、大地くんを支持するのか」

 俺は、敬語をやめた。気づかれないように、わずかに膝を折る。

「答える必要はない。第一その質問は意味がない。大地と須藤先輩は対立していないからな」

「奇麗事、を!」

 

 瞬間、背後で床を蹴る音がした。俺は全力で真横に飛んだ。直後に支倉先輩が俺の前に飛び出してくる。

「背後からの斬り込みをかわしましたか、をかし、ですねえ!」

「この、バトルマニアが! いきなり盛ってんじゃねえよ!」

 支倉先輩は振り返ると、いつの間にか握られている警棒を振るってきた。視認できるスピードじゃない。俺は、必死で支倉先輩の連撃をかわしつつ、間を取るため大きく後ろに下がった。

「すぅぅ!」

 支倉先輩は、わずかに身を屈めると、一気に跳ねた。

 十分に開けたはずの間は一瞬で消され、警棒は鞭のようにしなりの残像を見せて俺の額に向かってくる。

 俺は、背中がきしむのも構わずに、思いっきり仰け反った。

 

 ……そのまま背中から床に倒れこむ。


「木刀ではなく短い警棒とはいえ、これもかわしましたか。ますます、をかし、ですね」

 俺は、ゆっくり身体を起こした。警棒がかすった額から一筋の血が流れ落ちてくる。

「いや、舐めてたよ。剣道がここまで速くて遠いとは知らなかった」

「武道経験者を舐めないことです。例え女であっても、あなたのような素人では絶対に勝てませんよ」

「悪いけど、一方的に殴られて泣き寝入るほど大人しい性格はしてないんだよ」

 支倉先輩は中段に警棒を構えた。俺も前傾姿勢で腰を屈める。

 

 高まる緊張、だが、これ以上の衝突は起こらなかった。


「その辺にしておけ」

 ……声の主は、荒瀬先輩だった。

「支倉。これ以上はやめろ。それとも俺が相手になるか?」

 支倉先輩は、しばらく逡巡していたが、荒瀬先輩に睨まれると構えを解いた。

「直以も今日のところは引いておけ」

「……わかりました」

 俺も身体を起こす。

 支倉先輩はしばらく荒瀬先輩の顔を睨んでいたが、やがて無言で食堂に戻っていった。

 俺はその様子を見てようやく一息ついた。

「相変わらずのタイミングで。俺のことを助けにきてくれたんですか?」

「そんなわけねえだろ。たまたまだ」

「まあ、俺としては助かったんだからいいんだけど。それよりなんなんです、あの支倉って人。急に殴りかかってきましたよ」

「ん、ああ。知らん」

 答えたくないのか、それとも本当に知らないのか。荒瀬先輩はそのまま食堂に戻っていった。

「……便所にも寄らずに、か。結局また助けられたのか」

 俺も額の血を拭うと、荒瀬先輩に次いで食堂に戻った。




 選挙の結果は、まあ、予想通りになった。

 須藤先輩が76票で1位。2位は大地で39票、健司が須藤先輩批判で痛烈なしっぺ返しをされなければ、おそらくは50票は獲得できたんだろうが。

 他にも今回は票が割れた。10票以上獲得した人が何人もいた。ちなみに、その中には内藤も入っていた。

 おそらくは寸前まで1本化していた連中が須藤先輩の批判失敗でばらばらと崩れた結果だろう。

 ……まあ、俺のことも少しは話しておくべきかもしれない。

 俺は、37票で3位だった。全部梨子のせいだ。

 その梨子も12票を獲得している。

「直以お兄ちゃん、やったね♪」

 そう嬉しそうに言う梨子の低い鼻を、俺は思いっきり捻ってやった。



 なんにしても須藤先輩の続投は決まり、鈴宮高校では新しい生活がスタートするのだった。


レビューもらいました。紅は俺の嫁さま、あざーっす!


どぶねずみはこの小説を書きたいように書いています。そのどぶねずみにとって万人受けしないってのは最高の褒め言葉です。どうもありがとうございました!


・・・でも、紅は嫁にはあげません。

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