表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮長戸戦争編
37/91

夏の始まり

 梅雨が終わると世界が変わった。


 

 畑に撒いていた種が芽を出し、殺風景な荒地を青々と彩っている。

 植物の成長は畑だけに限った話ではない。都市部の道路でも端々に草が生い茂ってきているのだ。

 人の手が加えられない都市が早々と自然に飲まれていく。まるで、文明の崩壊を目の当たりにしているような光景だった。

 

 梅雨明けを待って朝倉市との本格的な交流も始まった。

 情報の交換、不足物資の交換、技術提供。生き別れていた家族の再会なんて感動的なこともあったりしている。



 鈴宮高校では、ちょっとしたお祭り騒ぎが起こっていた。


 選挙が近いのだ。

 

 今まで音頭を取っていた須藤政権の続投かどうかが焦点で、まるで議論好きな古代ギリシア人のようにそこかしこで話し合いが行われている。

 実は、須藤先輩に対する批判は小さからぬものがあった。

 梨子が言うには梅雨の間は相当不穏な空気が流れていたそうだ。

 雨で電気が使えない、命がけで戦って勝ったのに生活は楽にならなかった。その他云々。

 朝倉市に対して賠償を求めなかったことも批判の対象になった。

 当の須藤先輩はどこ吹く風、自分の批判を飄々と受け流しているように見えるが、荒瀬先輩曰く、ストレスを溜めているとのこと。さっちゃんをいじめる機会が多くなっているらしいのだ。

 

 選挙日は、7月の10日と決められた。今回の任期は1年、朝食の後に全員参加で投票する……。

 現在、鈴宮高校で生活する人は、200人足らずだ。

 200人という数は、お互いが顔見知りになれる、言い換えれば直接民主制が成立する数だった。

 全ての人間が選挙民であり立候補者である状態は、多くの人間に無関心を許さなかった。

 受動的にとはいえ、俺たちは戦争を経験した。自分たちのリーダーを決めるということは、自分たちの生命と直結する問題である、その事実に全員が気づいていたのだ。


 


 俺たちの最初の夏は、こんな感じで始まった。




「ぅ暑っちい……」

 俺は額から吹き出る汗を拭いながら雲ひとつない青空を眺めた。人間というのは現金なもので、6月は太陽が恋しかったが、7月では雨を求めている。

 俺も夏野菜の育成状況を確認しながら、お天道さまに対する悪態を吐き続けていた。

「直以、そろそろ休め」

 荒瀬先輩にそう言われて、俺は畑横にある簡易休息所に向かった。

 ジャージの前を開け、クーラーボックスに直で入れてある氷入りの水をコップで汲んで、頭からかぶった。

「これ、長時間の労働は無理ですって。熱中症で倒れますよ」

「冷夏よりはマシだ。我慢しろ」

 そう言いつつも荒瀬先輩は長袖をめくり、頭に巻いたタオルを取った。頭からは湯気が立っている。俺もおそらく同じだろう。

 俺は2杯目の水を、今度は一気に飲み込んだ。

 俺たちが長袖を着ているのは外で労働する人間の義務だった。聖曰く、蚊を媒介してゾンビに感染する可能性があるとのこと。

そうなのかもしれないが、現場を知らない人間の意見だろう。この炎天下の中、こんな格好で働けるかってんだ。


 俺は、畑を見た。一台の農耕機がゆっくりと畑を行き来している。朝倉市から来た農家の人だ。

 俺たち鈴宮高校の主体は、高校生だった。それは、専門家がいないことを意味する。

 朝倉市には専門家が、つまり大人がいた。

 農家のおじさんは、技術提供の一環でここで仕事をしてくれているのだ。

 他にも川縁での水田作りや、大地が指揮を執っている学校全体の要塞化などで土木関係の仕事をしていた人が手伝ってくれている。

 作業効率が格段に上がったのは間違いのないことだった。


 俺は、それがなるべく嫌味に聞こえるように荒瀬先輩に言った。

「農作業が自分の手を離れて不満ですか?」

「いや。俺がやっているのはよく言っても家庭菜園だからな。今まで『商品』を作ってきた農家の人はさすがだ」

 ……大人の回答で。

 荒瀬先輩は、水田造成や畑での作業監督をしている。その合間に須藤先輩のボディガードもこなしているし、かなり多忙な人だ。

 俺はというと、基本的には畑で荒瀬先輩の手伝いをしているだけだった。まあ、基本的には、だ。

 朝倉市には技術を提供してもらっている。じゃあ、鈴宮高校は朝倉市になにを提供しているのか、というと、それは軍事力、ということになる。

 朝倉市との戦争に勝っており、その後、しばらく俺が朝倉市に残って地域開放を指揮したこともあって、既定事実としてそういうことになってしまった。

 朝倉市にはなくて、鈴宮高校にあるもの、そのひとつは大量の銃器だ。

 今でも松村が朝倉市に残ってゾンビ掃討の指揮を執っている。基本、現地の人間が戦っているのだが、数が多かったり、中度感染者なんかがいたりすると、俺たちが武器を持って向かうことになるわけだ。

「直以くぅん、お願いね♪」

 先の尖った尻尾を振りながら須藤清良はそんなことを言いやがる。

 すると、俺は農作業を中断して、遠路朝倉市まで出張しなければならないのだ。


 俺は、簡易休息所で汗を拭って座った。だが、休めなかった。この炎天下ではじっとしていても体力が奪われていくのだ。

 とにかくじっとしているのがつらい。俺は、特に意味もなく荒瀬先輩に話しかけた。

「もうすぐ選挙ですね。須藤先輩はどうですか?」

「さあな。だが、どうせなにか悪巧みをしてんだろうな」

「それはそれで須藤先輩らしいですね」

「おまえは、どうすんだ?」

「俺? 別にどうもしませんよ。誰が首班になっても同じ。妥当ならば従うし、気に入らなければ従わない。荒瀬先輩もそうでしょ?」

 荒瀬先輩は、答えなかった。もともとが寡黙な人だ。話自体が盛り上がらないのはいつものことではあるのだが、今回は珍しく言いよどんでいるようにも見えた。

「どうかしたんですか?」

「……清良が首班を取らなければ、ここを出て行くことになるかもしれないな」

「いや、大丈夫でしょう。今どきオストラシズムでもない」

「清良のほうから出て行くと言うかもしれん。あいつはあれでプライドが高いからな」

 いや、須藤先輩がプライド高そうなのは見たまんまでしょ。

「それでも別に大した問題じゃないでしょ? 須藤先輩も、あなたも今の地位に固執してないでしょうし」

「立場なんてものには執着しねえよ。だが、この畑の収穫はしたい」

 荒瀬先輩はそう言って、遠い目をして生い茂っている畑の葉を眺めた。

「須藤先輩と一緒に動くのは決定事項なんですね」

「……ああ。それは仕方ない。腐れ縁ってやつだ」

 俺だけじゃないだろう。学校にいるほとんどの連中は、荒瀬先輩と須藤先輩が恋愛関係にあると思っていた。

だが、俺はこの2人と接する機会が多くなって、それが間違いだと気づいた。

 もっとも的確に表現するなら、それはやはり腐れ縁になるのだろう。恋愛至上主義者にはけっして理解できない、特別な絆がこの2人の間にはあるのだ。

 無理やり関係性を恋愛に結びつけるのなら、長年連れ添った夫婦ってところだろうか。

 

「おまえも今回はそれなりの票を得そうだがな」

「俺? 俺は無理でしょう。俺は大地と違って選挙活動なんてしてませんもん」

「おまえはしてなくても、おまえんとこのチョコマカしたやつが色々やってるみたいだぞ」

「直以お兄ちゃんいますか~?」

 絶妙のタイミングで、そのチョコマカしたやつは簡易休息所に顔を出した。

「おう、梨子。どうしたんだ?」

「うん。今日は暑いね」

 梨子はサマードレスにYシャツを羽織るといった格好をしていた。よく見るとあのYシャツ、俺のだな。

「おそとで働く直以お兄ちゃんのために、これをもってきました~。はい、荒瀬先輩も」

「? ああ。悪いな」

 俺と荒瀬先輩は、梨子からタオルに包まれたペットボトルを渡された。どうやら凍っているようで、中身はガチガチだった。

「おいおい、これじゃあ飲めないよ」

「ちがうちがう、飲むんじゃないの。これは、アイスノン代わり」

 なるほど。俺はペットボトルを脇に挟んだ。動脈を通して冷えた血液が全身に回る。すこしだけ、体温が下がった気がした。

「私の部屋ってエアコンがなかったんだ。だから、夏とかは暑くて眠れないことがあって。そういうときは、これで涼んでたんだ~」

「久しぶりに出たな。梨子のサバイバル術」

「生活の知恵ってやつか」

 俺が荒瀬先輩と感心していると、梨子は俺のコップを両手に持って、クーラーボックスの水を飲んでいた。

 飲んだ直後から汗が噴き出している。その汗がYシャツを濡らして素肌を透けて見せた。その様子は艶かしいと言えないこともない。

 まあ、こいつのお色気は今後に期待だな。

「そうだ、梨子。ちょうどおまえの話してたんだよ」

「私の? なになに?」

 俺は、油断する梨子に近づくと、頭を抑えて俺の汗ばんだ胸板に押し付けた。

「てめえ、今度の選挙でなんかいろいろと画策してるらしいな!」

「いや~ん、あついあつい~♪」

 梨子は、小癪にも嬉しそうにもがいた。俺が早々に放すと、梨子は少し残念そうな顔をしながら乱れた髪を手櫛で整えた。

「別に……、そんな大したことしてるわけじゃないよ。たまに今度の選挙は私に入れるって言ってくれる人がいるんだけど、その人に私じゃなくて直以お兄ちゃんに入れてってお願いしてるだけ」

「票を一本化しているんだな」

「余計なことを……」

「余計なことじゃありませんー。でも、直以お兄ちゃんって人気があるのかないのかわかんないよ。私がお願いした人は、おう、わかったって笑顔で言ってくれるか、露骨に顔をしかめるかのどっちかだもん」

「無駄に大声張り上げて怒鳴り散らしているやつが人気あるわけないだろうが」

「そっかなあ? そんなことないと思うけど。ね、荒瀬先輩」

「ん? ああ、知らん」

 急に話を振られた荒瀬先輩はぶっきらぼうにそう答えた。

「でも、みんな今度の選挙のことで持ちきりだよ」

「もともと娯楽が少ない、ていうかほとんどない状態だからなあ。茶飲み話の話題性にはなるんだろうよ」

 ゾンビ発生以来、俺たちは生き残るため、そして生き残れる体制を作るために必死になってきた。それが、この3ヶ月で茶飲み話ができる程度には余裕ができた、ということだった。

 稚拙なりにも生きていく体制が確立できた今、今度の選挙は、これからどうするかの方向性を占うことにもなっていた。

 須藤先輩支持なら、現状維持を。それ以外なら新しいなにかを。

「……結局のところ、須藤先輩対その他大勢って図式なんだよなあ」

 対抗馬であるところの大地は、健司辺りが須藤先輩批判を声高にのたまっているが、具体的な戦略性についてはなにも語っていない。須藤先輩批判のひとりに過ぎなくなっているってことだ。

「……須藤先輩に続投してもらったほうが無難だよなあ」

 俺は、梨子に渡されたペットボトルを見た。

 

この暑さで、もう半分以上の氷が解けていた。


どぶねずみは基本的にエアコンの類は使いません。環境問題云々というよりは、単に貧乏で電気代が怖いだけですが。


そんなどぶねずみの必須アイテムは、冬なら湯たんぽ、夏なら凍らしたペットボトルと水枕です。


今年の夏、エアコンが使えないときにはどうかお試しください。




・・・荒瀬との会話、すっげえ盛り上がんねえ。

この人、この作品で唯一のチートなんでもっと活躍させたいんですけどね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ