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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮朝倉戦争編
36/91

おかえりなさい♪  エクストラストーリー3

梨子視点です。

 最近、聖お姉ちゃんの機嫌が悪い。

 

 えっと、ちょっといきなりすぎるかな。

 まず最初に言わなくちゃいけないことがある。

 それは、聖お姉ちゃんに限らず、鈴宮高校で生活する全員の機嫌が悪い、ということだ。


 6月の梅雨どき、重く低い空からは、雨が一時も止まずに降り続いている。

 

 鈴宮高校にとって、雨が降るということは切実な問題だった。

 鈴宮高校では、電気をソーラーパネルで賄っているからだ。

 雨が降るということは、十分な電力供給を得られない、ということだった。

 必然的に、鈴宮高校で生活する人たちは電気節約の我慢を強要されることになった。

 必要なこととわかっていても不満というのは募るものだ。

 湿気の不快感も合わさって、数日以内に雨が止まなければ暴動でも起こるかもしれない。

 そんなことを考えるほどみんなの機嫌は悪くなっていた。



 それらを全部含めたうえで、ううん、全部を除外したうえで同じことを言おう。


 聖お姉ちゃんの機嫌が悪い。


 理由はわかっている。なぜなら私も同じ思いで同じことを考えているのだから。


 ここ最近、私と聖お姉ちゃんの機嫌が悪い。



 理由は、直以お兄ちゃんが帰ってこないからだ。






 直以お兄ちゃんが朝倉市に行ってからひと月近く経つ。最初は長くても1週間ほどで帰ってくるはずだった。

 事実、雄太お兄ちゃんはそれくらいで帰ってきた。

 だが、直以お兄ちゃんは帰ってこなかった。

 直以お兄ちゃんと伊草麻里先輩、あと、同じクラスだった林田隆介くんの3人は朝倉市に残り、いつまで経っても帰ってこなかった。

「どうせ面倒事を押し付けられて走り回っているのだろう。直以らしいといえばその通りだが」

 初めのうちはそんなことを言っていた聖お姉ちゃんは、時が経つに連れて段々と長いままの煙草を握り潰すことが多くなった。

「いったいいつになったら直以は戻ってくるんだね? まさか、もう戻ってこないつもりなのか?」

 そう言って聖お姉ちゃんは雄太お兄ちゃんの肩を揺さぶる。聖お姉ちゃんがやらなければ私がやっていたところだし、白状するなら何度となくやってしまっている。

 すると、雄太お兄ちゃんは決まって苦笑を浮かべるのだ。

「7月の選挙までには戻ってくるように須藤先輩のほうから伝えてもらってるよ。それまでに戻ってこなかったら俺たちの方から会いに行こう」

 雄太お兄ちゃんはわかっていない。いや、ひょっとしたらわかって言ってるのかもしれない。

 聖お姉ちゃんも私も、選挙などはどうでもいいのだ。

 私たちは、今、直以お兄ちゃんに会いたいのだ。

「まったく、直以も直以だ! 私たちを放っておいて! しかも! よりにもよって伊草麻里と一緒だと!? 一体どういうつもりだ!」

 そう言われると凄く不安になる。


 伊草麻里先輩は、明るくて社交的で、男女共に人気のある人だ。私も気軽に話しかけてもらって助けられたことが何度もある。見た目も垢抜けていて、同性の私が見てもすごくモテそうだと思う。

 そんな人が直以お兄ちゃんと一緒にいる。

 麻理先輩は直以お兄ちゃんのことが嫌いで仲もよくないって話はよく聞く。

 だけど、私が見る限りではそんなに仲が悪そうに見えなかったし、もしそうだったとしても、一緒にいるのなら、直以お兄ちゃんの優しさは伝わるだろう。

 

 私は聖お姉ちゃんを見た。聖お姉ちゃんは、無言で頷いた。

 

 女2人の意思疎通はそれだけで十分だった。


 ちなみに、頭の隅で金髪の同級生がなにやら騒いでいたが、ご退場頂いた。






「それで、どうやって朝倉市まで行くの?」

「ふ……む。実はそれが実は一番の問題なんだ。さすがに歩いて行くわけにもいかないが、私たちは車の運転ができない」

「雄太お兄ちゃんに頼んでみたら?」

「いや、駄目だ。あいつのことだ。この話をしたら反対するばかりか妨害までしてくるだろう」

「だけど、雄太お兄ちゃんひとりを残して行っちゃうのは、さすがにひどいんじゃないかなあ?」

「なに、置手紙でも残していけば問題ない。翌日には私たちを追って朝倉市に来ているよ」

 私と聖お姉ちゃんの『鈴宮高校だっしゅつ! 直以お兄ちゃんに会いに行こう』作戦は秘密裏に計画されていった。

 計画、考察、修正、再計画。

 それらを何度も何度も繰り返して、これなら大丈夫だって作戦ができたのは、6月の下旬のことだった。




 私は、自分と聖お姉ちゃんの荷物を簡単にまとめて、雨が止むのを待った。

 雨上がりを待って出発。そのはずが雨がや止まずに、ここ数日、私たちは足止めを喰らってしまっていた。

「……嫌な雨」

 私は薄暗い図書室の窓から振り続ける雨を見て、軽いため息を吐いた。

 考えてみれば直以お兄ちゃんに会っていないのは梅雨に入ってからだ。会えないのは、雨のせいだ。この雨が降り続いている限り、私は直以お兄ちゃんには会えない。

 そして、雨はいつまでも止む様子を見せない……。

 私は、鬱に入りそうになる感情を頭を振って追い出した。


 と、そのとき、図書室のドアが開いた。

 入ってきたのは、当然直以お兄ちゃんではない。

 雄太お兄ちゃんでも、聖お姉ちゃんでもなかった。

 数人の男の人だった。その中の、一番背の高い人は、私でも知っている人だった。

 

 木村大地先輩。直以お兄ちゃんの幼馴染だ。



 古い付き合いだからだろう。直以お兄ちゃんは木村先輩のことを信頼しているようだった。

 だけど、雄太お兄ちゃんと聖お姉ちゃんは直以お兄ちゃんとは逆の感情を持っているようだった。

 率直に言うのなら、嫌っているのだ。

 私について言うのならば、聖お姉ちゃんと同じような感想を持っている。

 嫌うというほどじゃない。嫌えるほどこの人のことを私は知らない。

 だけど、どうもこの人のことを私は信用できないのだ。


 もし私が木村先輩を表現するのなら、それは、『単色』だ。

 木村先輩は、常に正しいことを言い、正しい行いをする。

 木村先輩は、その明快なわかりやすさが他人からの支持を集め、信頼されているのだろう。

 

 でも、人間というのはそんな単純なものじゃない。いろんなものが混ざり合って、練りこまれてできているはずだ。どこから見ても同じ色なんてことは、あり得ないんだと私は思っている。

 だけど、木村先輩はどこから見ても単色だ。そのあり得ないことに私はこの人から欺瞞を感じてしまうのだ。

 


 木村先輩たちは無遠慮に図書室に入ってきた。音を立ててイスを引き、机の上に飛び乗る。

 粗野な所作。私は、部屋を土足で荒らされた気分になった。

「遠野梨子ちゃんだね。いつも直以の傍にいるからよく顔は合わせているけど、話すのは初めてだよね」

 木村先輩は、丁寧な口調に優しい声量で、でも、一緒に来た人たちがやりたい放題に図書室を荒らしているのを注意せずに、私に笑顔を向けた。

「……雄太お兄ちゃんも聖お姉ちゃんも留守ですよ」

「いや、今日は梨子ちゃんと話そうと思って」

 木村先輩は、そう言うとイスに座った。座って話そうということだろうか?

 でも、私は黙って立ったままでいた。すると、いきなり怒声が飛んできた。

「おい! 大地がわざわざ話そうって言ってるんだぞ! なんでなにも答えないんだ!」

 私は、気圧されそうになるのを必死で耐えて、言い返した。

「……私から望んだことじゃありません」

 私を怒鳴った人は、顔色を変えて私に掴みかかろうとしてきた。それを、木村先輩は止めた。

「怖がってるじゃないか。女の子を脅してどうするんだよ」

 木村先輩は再び私に笑顔を向けた。

「なにか、警戒されてるみたいだね。今日はそういう壁を壊そうと思って来たんだよ。よかったら少し話そうよ」

 そう言って、木村先輩は自分の前にあるイスを音を立てずに引いた。これに座れということなんだろう。

 私は、無言でイスに座った。

「直以のやつはいつ頃帰ってくるの?」

「知りません。私が聞きたいです」

 そっけなくそう答えると、やっぱり周りの人たちはいきり立って私を怒鳴ってきた。そして、やっぱり木村先輩に窘められる。

 これって、ひょっとしてなにかのコントだろうか? そう考えられる程度には私はこの人たちに慣れてきた。

 それからしばらくの間、木村先輩と私は色々と話した。もっとも、木村先輩が一方的に話して私が、はい、いいえ、わからないの受け答えをするだけだったが。

「もうすぐ選挙をやるね。梨子ちゃんはこれからどうなると思う?」

「わかりません。あんまり興味もないです」

「でも、今度の選挙は梨子ちゃんも票を集めることになると思うよ。朝倉市と戦争する前に放送したでしょ。あれがけっこう人気あったみたいでさ」

「あれは直以お兄ちゃんに言われてやっただけです。だから、私の票は直以お兄ちゃんのものです」

「それならいいんだけどね」

「……どういう意味ですか?」

「直以は、俺の味方だっていうこと」

 木村先輩は、初めて私が喰い付いた話題に満足そうな笑みを浮かべた。

「私は直以お兄ちゃんのことが好きだし支持もしていますけど、直以お兄ちゃんが木村先輩を支持するかはわかりませんよ」

「いや、あいつは俺の味方だよ」

「なんでわかるんですか?」

「あいつとは古い付き合いだからね。あいつのことは、何でも知っている」

 勝ち誇ったような笑み。

 私は、悔しいが木村大地先輩に興味を引かれた。

 この人は、私の知らない直以お兄ちゃんを知っているのだ。

 私は直以お兄ちゃんの昔のことを聞こうとした。

 


 そのとき、ちょうど聖お姉ちゃんと雄太お兄ちゃんが図書室に帰ってきた。

 むう、いいタイミングで。どうせなら、もっと早く帰ってきてくれればいいのに。

「おやおや、相変わらずの大人数で表敬訪問とはね。だが無駄足だな。きみも知ってのとおり、直以は遊び歩いていてここには戻って来ないんだ」

 聖お姉ちゃんと雄太お兄ちゃんは私をかばうように木村先輩の前に立った。

「……今日は直以に用があって来たんじゃないよ。梨子ちゃんに用があったんだ」

「なるほど、それで私たちが留守の間に図書室に押しかけたんだな」

「おまえに用があっても梨子には用はない。俺たちの梨子に無駄にモーションかけるのはやめろ」

 いきり立つ周りの人。だけど2人はまるっきり動じない。

 木村先輩は、埒が明かないと見たのか、イスから立ち上がった。

「青井、牧原。俺がおまえたちに好かれていないことは知っているよ。でも、俺はおまえたちとも仲良くしたいんだ」

「残念だが、私たちにその気はないし必要も感じないな」

「……これからも鈴宮高校での共同生活は続く。これからは、今まで以上に団結が重要になってくるはずだ」

「やれやれ、ここまで私に言わせるとはな。私たちは、それを承知した上できみがいらないと言っているのだよ」

 さすが聖お姉ちゃんだ。取り付く島もない。私と接しているときは常に笑顔だった木村先輩が、今では歯噛みしている。

 

 私は、おろおろしてしまった。梅雨のせいでみんな気が立っている。

 そんな中でのこの空気。

 私が原因で暴動なんてことになったら目も当てられない。




 そんな私を助けてくれたのは、やっぱり私の好きな人だった。



「りこぉ~~!」

 今までの誰よりも粗野に図書室のドアは開かれた。

 入ってきたのは、待ち望んだ人。直以お兄ちゃんだった。

 直以お兄ちゃんは私を見止めると、安心したように息を吐き、私に笑顔を向けてくれた。

 私は、今の状況も忘れて直以お兄ちゃんに駆け寄ろうとした。だけど、私と同じように聖お姉ちゃんも駆け出そうとしていた。思わず私たちは足踏みしてしまった。

 その間に雄太お兄ちゃんが直以お兄ちゃんにタオルを渡していた。しまった、一番乗りを取られた!

 直以お兄ちゃんは雨に濡れた髪をタオルで拭くと、雄太お兄ちゃんにタオルをぶつけた。

「おい、雄太! 嘘流したのおまえだろ!」

「そうでもしなくちゃおまえ、帰ってこなかっただろ? こっちはこっちで大変だったんだよ。おまえの帰りがもう少し遅かったらこっちから会いに行くところだったんだぞ」

 あれ? ひょっとして、私と聖お姉ちゃんが密かに立てていた計画って、ばれてた?

「あ~疲れた。食料輸送に来た連中からこの話聞かされて、隆介にバイク走らせて即行で戻ってきたんだぜ」

 直以お兄ちゃんは今まで私が座っていたイスに座った。そこで、初めて直以お兄ちゃんは木村先輩に目を向けた。

「あれ、大地。図書室にいるなんて珍しいな。大してもてなさないけどゆっくりしていけよ」

「……用は済んだから、今日のところは帰るよ」

 そう言って大地先輩と周りのひとたちはすごすごと図書室から出て行った。雄太お兄ちゃんと聖お姉ちゃんは、気づかれないようにハイタッチをしていた。

「なんだあいつ? なんかあったのか?」

「いや、それより直以。朝倉市の様子はどうだ?」

「ああ。順調だな。避難民の分散も済んだし、食料生産計画もぼちぼちできている。それでさ、ゾンビから開放した場所に下水処理場があるんだけど、そこでバイオガスの精製をしてみようって計画があってさ」

「ふ……む。なかなか興味深い。下水処理はいずれ対処しなければならない問題だったし、バイオガスは新たなエネルギー供給源になり得る」

「ねえ雄太お兄ちゃん。バイオガスってなに?」

「え~っと、わかりやすく言うと、おなら」

「お、おなら?」

「下水処理をするとさ、メタンとか二酸化炭素とかのガスが発生するんだ。それを集めて利用するのがバイオガス」

「へえ~、ガスが使えると便利だよね。温かいシャワーとかも使えるし、雨が降ってもちゃんとお料理できるし」

「おい梨子! ちょっとこっち来い」

 突然名前を呼ばれて、私は思わず背筋を伸ばしてしまった。そのまま気をつけの姿勢で直以お兄ちゃんの前に出る。

 直以お兄ちゃんは、上から下まで私を凝視した。

「……大丈夫そうだな。おまえが急に倒れたって聞いて、飛んで帰ってきたんだぞ」

「……私のために帰ってきてくれたの?」

「まあ、おまえのためってことでもないけど」

 直以お兄ちゃんは照れ臭そうに私から視線を逸らした。

 私は、直以お兄ちゃんが帰ってきたら、色んなことを話そうと密かに計画していた。

 だが、実際に戻ってきたら、計画は全て台無しになった。なにか、どうでもよくなってしまったのだ。


 だから私は、息を飲み込んで気合を入れ、直以お兄ちゃんに必要なことだけを言った。


「直以お兄ちゃん!」

「お、おう。なんだ?」

「おかえりなさい♪」

 直以お兄ちゃんは、ちょっとだけ呆気に取られた顔をして、苦笑しながら私に答えてくれた。

「ああ。ただいま。梨子」


 結局雨は止まなかったけど、直以お兄ちゃんは戻ってきてくれた。

 私には、今の私にはそれだけで十分だった。


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