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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮朝倉戦争編
35/91

もっと、ちゃんと口説いてよ

 朝倉市役所の制圧後、俺は鈴宮高校に戻らずに朝倉市の建て直しを手伝っていた。

 

 最初、鈴宮高校から来た俺たちは、治安維持という名目で朝倉市に残っていた。

 やることは山積みだった。ごみや死体の処理、安定した供給のための食料調達と生産体制の確立。安全確保のための市役所周辺のゾンビ掃討。それに、避難民分散のための土地確保。

 幸いにも朝倉市の避難民は今までの無気力症が嘘のように活気に溢れていた。俺たちが指向性を示すだけで、避難民の人たちは率先して動いてくれた。

 やがて、鈴宮高校に攻め入って捕虜になっていた連中も解放されて戻ってきた。

 それに伴って鈴宮高校の兵は帰還を開始する。

 大地を先頭に、雄太や紅も鈴宮高校に帰った。

 

 俺も、じきに帰れるはずだった。電気云々は別にしても鈴宮高校は慣れ親しんだ場所だ。                       

 それに、農作業もしたい。戦場になった荒地は踏み荒らされ、その多くをまた一から耕さなければならない。他人の評価はともかく、俺自身は怒鳴り散らして周りに命令しているより土弄りが合っているのだ。


 だが、この他人の評価というものが厄介な代物だったのだ。






 鈴宮高校に帰る兵を乗せる最後のバスが出発しようとしている。実に1週間も滞在した朝倉市役所から去るために、俺はバスに乗り込もうとした。

 だが、俺を止める影があった。

「菅田、直以さんですね」

 俺を呼び止めた男は、ずいぶんと姿勢がよかった。私服を着ているが、肩幅や筋肉の付き方からずいぶんと鍛えているのがわかった。

 俺は、乗りかけたバスから一度降りて、男に向き直った。

「ええ、そうです。あなたは?」

 男は、俺に敬礼をして自分の姓名を名乗った。

「自分は松村力まつむらちから巡査です。機動隊で赤木巡査部長の部下でした」

 俺は、少し引いた。年下の俺にここまで丁寧に返事をするとは思わなかった。その理由を、俺はすぐに知ることになる。

「あ、ああそうなんだ。そういえば赤木さんは?」

 松村は、懐から取り出した封筒を俺に渡した。

「これは?」

「赤木巡査部長の遺書です」

 俺は、言葉を失った。

「菅田さんに渡すように言付かっております。どうか拝見してください」

「……赤木さんはなんで死んだんだ? 降伏してくれたときは怪我をしているようにも見えなかったけど」

「赤木巡査部長は自害されました」

 特に親しかったわけでもないから本当のところはわからないが、赤木はそんなことをする人にはみえなかった。それに、その赤木がなんで俺に遺書を残したのか? 考えても結論は出そうになかったので、とりあえず俺は遺書を受け取った。


 遺書の前半は、赤木の生い立ちが書かれていた。中学からの試合の成績。なぜ自分が警察になったのか、なにを考えて生きてきたのか。

 言っては悪いが、俺には関係のないことだった。ああ、そうなのか、くらいの感想しかない。

 だが、後半は違った。俺に関わることが書いてあったのだ。

 要約するのなら、こうだ。


 自分は今まで常に正しい行いをするように心がけてきた。自分にとっての正義とは警察であり、朝倉市の事務局だった。

 それは2つとも崩壊してしまった。もはや正義の存在しない世界に留まることはできない。だから自分は自害する。

 だが、自分には部下がいる。部下にまで自分の信念を押し付けて自殺を強要することはできない。

 今後、部下たちは自分の命令に従ったことで、事務局を支持していたという理由で朝倉市では迫害されるだろう。だから、部下たちの去就は信頼できる人物(それがなぜか俺)に任せたい。




 ずいぶんと勝手な言い草だった。最初は白け、最後には怒りを感じた俺は、遺書を両手で挟んでくしゃくしゃにした。

「ふざけてるな。この遺書の内容は知ってるのか?」

「いえ。ですが今後は菅田さんに従うように指示されています」

「ざけんな!」

 俺は、松村の胸倉を掴んだ。

「てめえの好きで死んで後は任せたってか? ただの現実逃避じゃねえか! なんで俺がそんなやつの頼みを聞かなくちゃなんねえんだよ!」

 松村は、微動だにせず俺の言葉を聞いていた。俺は、少しだけ冷静になれた。

「……悪い。あんたが悪いわけじゃないもんな」

「いえ。赤木さんの自殺は自分も憤っていますから」

「それで、あんたは本当に俺みたいな青二才に従う気なの?」

「生き残った機動隊員で話し合いました。私を含めて3人があなたに従います。残りは、それぞれの意思で動くそうです。事実上、この県の機動隊は解散しました」

「だけど……、赤木って人は俺をそう高く評価してなかったはずだよ」

 初めて会ったとき、他の多くの人がそうであるように俺にではなく大地に話しかけていたのだ。大地に頼むのならともかく、俺に頼むということそれ自体が不可解だった。

「直以、そろそろ出発するわよん♪」

 バスの窓から身を乗り出してそう言ったのは、俺たちと共に最後まで残っていた麻里だ。

「ああ、わかった。今行く」

 俺は、バスに片足をかけた。

「松村さん。悪いけど、俺はあんたたちを受け入れる気はないよ。これからのことは自分で判断しなよ」

「……わかりました」

 俺はバスに両足を乗せた。そこで立ち止まる。

「直以先輩、遅えっすよ。なにやってたんすか?」

 俺は目を閉じた。


 浮かぶ紅蓮。


 あのときと、同じだった。

 

 俺は、隆介に言った。

「隆介、先に行っててくれ。俺にはやり残しがあるみたいだ」

 俺は、そのままバスから飛び降りた。隆介が慌ててバスから降りてくる。それと同時にバスの扉が閉まった。

「なんでおまえまで降りてくるんだよ」

「先輩こそ、せっかく帰れると思ったのになにやってんすか!?」

 と、そのとき、もうひとつお荷物が窓から落ちた。麻理だ。

 麻理は綺麗に着地すると俺に詰め寄ってきた。

「な、直以。あんたねえ! どういうつもりよ!」

 俺は、バスの運転手に合図を送った。バスは緩やかに走り出す。

「松村……」

 俺は、年上の機動隊員だった男を呼び捨てにした。

「俺は、あんたたちなんて背負えないし、その気もない。だから、自分の面倒は自分で見てくれ」

 松村は、姿勢を正して俺に応えた。

「はい、わかりました!」

「俺の行動が間違っているって思ったら躊躇わずに見捨ててくれていい。俺に従うのも従わないのも、自分で判断してくれ」

「わかりました。菅田さん、これからよろしくお願いします」

 松村は、清々しい敬礼を俺に返した。



俺は、出掛かったため息を飲み込んだ。










 長く降り続いた雨がようやく止んだ。

 おそらくは梅雨空におけるエアポケットのような時間帯。

 重く低い空を俺は見上げていた。

「直以、なにやってんの?」

 軽い足取りで近寄ってきたのは伊草麻里だ。

 俺は、濡れたベンチに腰を下ろした。

「いや、さすがに疲れたなって思って」

「そうね。ここ最近はずっとゾンビ退治してるもんね」

 俺たちは、避難場所の確保のために連日街に繰り出して、ゾンビ掃討に精を出していた。

 松村はやはり現役の機動隊員だっただけあり、抜群の活躍をしていた。

 それに対抗するように隆介も頑張っていた。まあ、隆介の場合は猪突しすぎてかえって危なっかしい場面も多々あったが。

「それにしても、なんで避難民を分散させないといけないのよ。食料の確保ってんならわかるけど、それだけじゃないんでしょ?」

 麻理は俺の隣に座ると、当然の疑問を聞いてきた。俺も、聖に何度も聞いたことだった。

「単純に避難場所には鈴宮高校と同じように非常食が備蓄されているってのは私でもわかるけど」

「分散すれば食料確保の手間も省けるだろ?」

「1000かける1も200かける5も一緒じゃないの?」

「1000人分の食料を作る畑は広大でも200人分の食料を作る畑は小さくてすむだろ?」

「う~ん、なんか誤魔化されている気がするのよねえ」

 麻理が納得できない理由はわかる。それは、防衛上の理由からだ。兵力は集中しておくもの、分散は各個撃破の対象になるからだ。そう思っているのだろう。

「聖が言うには理想的な環境都市っていうのは池の中なんだってさ。外部エネルギーは太陽光のみで閉じた世界で完全に成立しているやつ」

「池って、鯉とかが泳いでる庭の池のことなの?」

「貯蔵された食料なんていつかはなくなる。なくなったときのために自給自足の体制を整える必要がある。鈴宮高校はそのコンセプトで動いてんだけど。そのためには一極集中型ではなくて地方分散型にしなくちゃいけないんだとよ」

「あんた、わかって言ってるの?」

「……いや、実はよくわかってない」

 俺と麻理は腕を組んで唸った。

「まあ、単純に防衛上の理由もあるんだと思うけど。鈴宮高校の200人に対し、近くに1000人規模の勢力があったら今回みたいに脅威になるかもしれない。だからわざと散らした」

「あ、それならわかるわ」

 俺と麻理は、今度は同時に頷いた。

 そして、顔を見合わせて笑った。


 麻理は、笑顔のまま俺に言った。

「そろそろ、教えてよ」

「なにがだ?」

「バスから降りてここに残ったわけ」

 麻理は、微笑を浮かべている。俺が、どう出ても対応できるように、だ。

「別に、大した理由があってってわけじゃあないんだけど……」

「私には……、話せないこと?」

 麻理はじっと俺の目を見てくる。

 俺は、少し考えて背もたれに寄りかかった。

 

 今からする話は、梨子には話せないだろうし、聖には自分からは話さなかったことだ。

 だけど、俺は今から麻理には自分から話してみることにした。

 なぜそうしようと思ったのかはわからない。まあ、率直に心情を表すなら、俺は麻理に甘えたのだろう。


「昔語りの愚痴になるけど、聞いてくれるか?」

 麻理もベンチの背もたれに寄りかかって聞く体制を作ってくれた。背中が濡れるのもかまわずに、だ。

「俺が、小学4年のときに、32人を殺した話だ」





 あれは、俺が小学4年のときのこと、クラスの連中も半分以上が2桁の年齢になった秋の頃だ。


 校舎が火事になった。


 理由は用務員がゴミ袋にまとめておいた焚き火の燃えカスが再燃焼したとも、去年卒業した不良中学生が小学校に忍び込んで吸っていた煙草の燃え殻とも言われているが、本当のところはわからなかった。

 最初、火事の第1報が入ったときは誰も慌てなかった。

「先生は下級生の避難誘導を手伝ってきます。落ち着いて、大人しく待っているように」

 教壇に立っていた担任の女教師はそう言って教室を出て行った。

 避難は、最初に最下級の1年生とその引率の6年生。次は2年と5年。3年が続いて俺たち4年は最後だった。

 避難に時間でもかかっているのだろう、俺たちはそう思って大人しく待っていた。

 だが、廊下に煙が溢れてくるに至って、俺たちは待っていられなくなった。

 当時俺は代表委員なるものをやらされていた。大地が他の委員をすでにやっていたために、大地の腰巾着だった俺が代わりに勤めていたのだ。

 教師を待たずに避難する。決断してからの俺たちの行動は早かった。

 体育館に向かうときのように男子と女子で2列縦隊を作って走らずに階下に向かっていく。大地が最後尾、俺が先頭だ。

 煙は段々に酷くなっていったが、俺たちは大きな混乱もなく、無事に外に脱出できた。

 ちなみに、女教師は隣のクラスの男教師と並んで外で先に避難して俺たちを待っていた。

「あなたたちならちゃんと逃げてこられると先生わかっていました」

 確か、そのときはそんなことを言っていたと思う。

 だが、その女教師の顔色はすぐに青白く変わった。

 人数が、足りないのだ。

 俺のミスだった。人数を確認せずに避難を開始してしまったのだ。

 俺は慌てて校舎内に走って戻った。静止の声は、パニック状態になっていた俺には届かなかった。

 

 足りなかった同じクラスのやつは、教室の隅で震えていた。ぽっちゃり系の女子だ。

 俺はその女子を無理やり立たせて、教室の外に連れ出した。

 と、そのとき、あることに気づいた。隣の教室には生徒が丸々残っていたのだ。

「なにのんびりしてるんだよ。火はすぐそこまできてるんだよ!」

「ぼくたちは先生にまっているように言われてるんだ。勝手に避難したら怒られちゃうよ」

 そいつらは現状をまるで認識していないらしく、穏やかに談笑などをしている。

 すでに廊下には煙が充満し、先も見えない状態だ。

 ここで下手に避難するより、消防隊の人に助けてもらうほうが安全かもしれない。

 俺はそう思った。いや、そう思い込もうとした。


 俺は、そいつらを見捨てた。


 同じクラスのぽっちゃり女子の手を引き、俺は階下に向かった。

 焼ける空気とむせる煙の中、なんとか出口付近まで着いたところで消防隊員に助けられた。

 煙る視界と紅蓮の炎の中。俺は気を失い救急車に運ばれた。

 だが、隣のクラスのやつはひとりも助からなかった。




「その隣のクラスのやつが総勢32名ってわけだ」

「あんた、そんなことを気にしてんの?」

「そんなことってなんだよ。事実死んだ子供の親には集団で責められたしな。あんたが殺したってさ」

「やつ当たりね。それもたかだか10歳の子供にそんなこと言うなんて」

「だけど、事実俺が殺したようなもんだよ。俺があいつらに状況を説明していたら、助けられたかもしれないんだ」

 俺は、付け加えた。今回の松村が教師の指示を盲目に信じて焼け死んだ隣のクラスの連中とかぶった、と。

 麻理は、少しだけ間を置いて、ベンチから立ち上がった。

「……ねえ、直以。なんで直以が説明しなかったか、教えてあげようか?」

「自己保全のためだよ。説明している時間で俺の逃げる時間までなくなるかもしれなかったからな」

「うん。そうだね。でも、それは直以の自己保全じゃない。直以、覚えていない? あのとき、直以は腕を、女の子に引っ張られたんだよ」

「……なに言ってんだ?」

「まだわからないかなあ。そのとき助けてもらった女の子は、私なの!」

「……はぁ?」

 麻理の言っている意味がわからない。

「え、だって、えぇ!?」

「まだわかんないの? あんたと私は、小学校が一緒なの。クラスも一緒。半年以上一緒のクラスにいたのに、なんで名前とか覚えてないの?」

「だって、あの子はぽっちゃり……」

「痩せたのよ! あの後すぐ転校してアメリカ行っちゃったけど、そこでミリシアとかに通ったりでけっこうアウトドア派やってたしね。でも……、私はあのときのことを今でもはっきり覚えてる。あなたに、感謝している」

 麻理は、困惑する俺に微笑みかけた。

「私は高校であなたを見たとき、すぐにわかったよ。でも、あなたは私のことなんて見向きもしなかった。私には、それが許せなかったの。だって、私だけあのときのことを覚えていたなんて馬鹿みたいじゃない」

「あーっと、え~っと……」

 頭がついていかない。情報処理が、追いつかない。麻理は、俺の言葉を待ってくれていた。

「とりあえず……、ありがとうな。少しだけ気分が軽くなったよ」

「ええ。直以が罪の意識を感じる必要なんてない。もしそれを感じるんだったら、自分のために直以の袖を引っ張った当時の太っていた私よ」

「いや、でもやっぱりあれは俺のせいだったんだよ」

「あんたも、相当頑固ねぇ。じゃあどうすればいいのよ」

「結局、覚悟決めて責任背負ってくしかないってことなんだろうな」

 あのとき、うまく説明できて隣のクラスの連中を連れ出せたとしても、無事に脱出できたかどうかはわからない。俺がそうなりかけたように、結局は煙にまかれて焼け死ぬことだって有り得たのだ。

「……ねえ、直以。私はどうすればいい? どうすればあなたを慰められるの?」

 麻理は腰を屈めて座っている俺と同じ目線になった。

 俺は、油の切れた頭をフル回転させて答えた。

「……セックスがしたい」

「……はぁ!?」

 俺は片頬を吊り上げた。うん、ばっちりお返しができた。成功だ。

 麻理は、しばらく固まっていたが、腰を起こして前髪を掻き揚げた。

「……それ、やめておくわ」

 まあ、そうだろう。俺と麻理は、そんな仲じゃない。過去のことがわかったのなら、なおさらだ。

 だが、麻理は続けてこう言った。

「もっと、ちゃんと口説いてよ。そうしたら抱かれてあげるから♪」

 今度は、俺が固まる番だった。

 麻理はそんな俺の顔を見て満足そうに頷くと、軽い足取りで去っていった。

「……マジで? ひょっとして脈ありだった?」

 誰も見ていないのをいいことに、俺は妄想にふけることにした。


 麻理と愛し合っているところを想像する。


 なぜか、すぐに梨子のジト目が浮かんできたので、妄想はやめることにした。


今回は話の展開を早めるためにダイジェスト多用でお送りしました。

ぶっちゃけ、書いていて楽しくなかったです。

だけど、チマチマ書いていたらまた進みが遅くなるし・・・。

悩みどころです。

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