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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮朝倉戦争編
34/91

朝倉市役所制圧

 朝倉市のバラックをはじめて見た大地たちは、そのあまりの酷さに息を呑んだ。

「……ここまで酷いとは思わなかった」

 大きな羽虫がバスの窓ガラスにぶつかり、墜落した。

 片付けられない死体、山積みのゴミ袋、気力のない避難民……。

 俺が数日前に訪れたときより、状況はさらに悪くなっているようだった。

「直以先輩、そろそろっすか?」

 俺は窓ガラスから視線を外し、声をかけてきた隆介を見た。

 隆介は、機動隊員の格好をしていた。荒地の戦いで押収した機動隊員の装備のうち、損傷の少ない12着を持ってきているのだ。

 隣の大地や健司も機動隊員の格好をしている。俺が着ていないのは、単純に身長の問題でサイズが合わなかったからだ。

「俺、今まで警察を権力の犬って馬鹿にしてたけど、マジ尊敬しますわ。こんな重い装備持って動き回ってるんだから」

 そう言って健司は盾を重そうに持ち上げた。

 

 俺は、隆介の肩に手を置いて立ち上がった。

「よっし、それじゃあ最終確認しておくぞ。俺たちは機動隊員に化けて市役所に突入。地下にある食料保存庫を開放して市役所を制圧する。だけど、無理に戦う必要はない。食料保存庫の開放を第1目標にしてくれ」

「戦わないで勝てるのかよ」

 そう聞いてきたのは健司だ。

「逆に、正面から戦っても俺たちは勝てないよ。朝倉市の事務局を支持する連中はまだ多いようだしな」

「それじゃあどうやって勝つんだよ!?」

「だから、食料で朝倉市の避難民を味方にする。宮崎さん、頼んますよ」

 急に話を振られて、後部座席に座っていた初老のおっさんは勢いよく立ち上がった。

 大地が小声で聞いてくる。

「直以、あの人大丈夫か? 信用できるのか?」

「この状況で鳥居強右衛門でもないだろう。それに、あの人はおまけだよ。朝倉市の避難民を味方につける本命は、後ろのバスの連中」

「伊草たち、か」

「大地、食料庫のほうは任せるよ」

「わかっている。直以はどうするんだ?」

「俺は、麻里たちと一緒に行動する」

 俺は視線を前に向けた。フロントガラス越しに、朝倉市の市役所が間近に見えて来ていた。



 入り口前に止まったバスから大地たち偽機動隊員は市役所に突入していく。俺も戈を持ってバスから降りた。

「直以、どこに運ぶの?」

 俺たちの後をついてきていたバスから麻里たちが降りてきた。2人がかりで大型の鍋を抱えている。

 鈴宮高校から作って持ってきた食料品だ。お粥、おにぎり、味噌汁、そしてカレー。200人分の食料は、それだけでかなりの量になった。

 俺は辺りを見渡した。

 本来だったら入り口外のここで炊き出しをやるつもりだったのだが、生憎の雨だ。

 俺は、少し考えて市役所の一階に食料を運び込ませた。



 どこの市役所も、というと語弊があるのだろうが、朝倉市役所は他の多くがそうであるように無駄に大きくて豪華だった。

 吹き抜けの1階と2階。そこから差し込む灰色の光。

 俺たちは、炊き出しの用意を始めた。

 ただの箱になったパソコンを押し退け、空いた机の上にガスコンロをセットする。

 統括する麻里の指揮は見事なもので、俺が口出しする必要はまったくなかった。

「直以先輩、先ほど木村先輩から食料保存庫を確保したと連絡がありました。引き続き、上階の制圧に向かうとのことです」

「わかった。紅、雄太は?」

「もうすぐ到着するはずです」

 手順としては、先行した大地が朝倉市役所に奇襲をかけ、麻里が炊き出しの準備。遅れて来た雄太が炊き出しのことを避難民に伝えてここまで連れてくるということになっている。

 嬉しい誤算として麻里の手際がいい。おそらくわずかなタイムラグだろうが、少しだけ手持ち無沙汰になりそうだった。

 だが、それは嬉しくない誤算として外れることになった。

「おまえら、勝手になにやってんだ!」

 汚い濁声を発したのは、上階から降りてきた3人の男だった。

 太くて、でかい。おそらくは、機動隊員もどきの要員だろう。

「大地たちの討ち漏らしか?」

「いえ。どうやら本当に現状を理解していないようです。ですがどんな理由があろうと、ここで邪魔をされるわけにはいきません」

 紅は、俺の前に出るとぼそりとひと言。

「排除します」

 瞬間、紅は消えた。消えたと思えるほどの高速で真横にスライド、ひとり目の男の膝裏を蹴り抜き、屈んだところを鼻面に膝蹴り。

 あっけに取られている2人目の男に後ろ回し蹴り。自分の身長より高い位置にある男の顎先を踵が掠めた。

 ……そういえば、こいつ空手習ってるって言ってたっけなあ。

 慌てたのは残ったひとりだ。圧倒的有利であるはずの自分たちが鉄面皮美少女に瞬殺される。男は、たじろぎながらも俺に視線を向けた。

 まあ、俺は背も低いし歳も若い。くみし易いと思ったのだろう。紅と俺を比べるなら、その判断は正解だろう。だが、俺にはこの男の希望に応えてやる義理はなかった。

 男は腰を落とし、俺にタックルしてくる。直線的な動きだ。同じ動作なら、ゾンビのほうがパワーもスピードも強い。

 俺は、わずかに横にずれ、タックルをかわす。すれ違い様に戈を男の足首にかけて、回した。

 男は空中で一回転してタックルした勢いのまま地面に突っ込み、背中を強打した。追い討ちで一発、倒れている男の顔面に戈の柄を打ちこんだ。

「よう、やってるな」

 男たち3人を黙らせるのと同時、絶妙なタイミングで雄太が入ってくる。

「雄太、そっちの首尾は?」

「上々、っていうか、すごいことになるぞ」

 雄太の言葉の意味は、即座に理解できた。すでに雄太の後ろで避難民が列を成していたのだ。






 市役所の一階は戦場になった。

 麻里たちの配る食料を受け取った避難民たちは、床に直座りして飯を胃袋に掻きこむ。

 押し寄せる避難民を俺たちはなんとか誘導し、ひとりひとりに食料を渡していった。

 宮崎さんは、薄い髪を振り乱して事務局の悪逆性と自分たちの正当性を熱弁していたが、食うのに夢中の避難民は誰も聞いていなかった。

「すっごい数、直以。どうすんのよ。この調子だとすぐになくなっちゃうわよ」

 麻里の言葉を聞きとがめた避難民のひとりが、俺に詰め寄ってきた。

「俺たちのぶんはないのかよ! どういうことだよ!」

 もともと俺たちの持ってきた食料は200人分だ。朝倉市には1500人の避難民がいる。食料の絶対量は足りなかった。

 だが、それはあくまで俺たちが鈴宮高校から持ってきた食料だ。ここには、他にも食料はあった。

 俺は、ここにいる全員に聞こえるように大声で詰め寄ってきたおっさんに言った。

「少しは手伝え! 今から食料取りに行くぞ」

 俺はそれだけ吐き捨てるように言うと、地下の食料庫に向かった。俺の後を、無言で数人がついてきた。


 朝倉市役所の地階はそれ自体が広大な食料庫となっていた。とりあえず俺たちはダンボールに詰め込んである、調理しなくても食べられる乾パンなどを1階に運んだ。

それを麻里たちに渡して片っ端から分けさせる。

 再び地階に下りるときには、最初に言った倍以上の避難民が俺の後に続いた。

「米とか調理しないと食べられないのはどうするかなあ」

「それならここの食堂を使えばいい。いつも俺たちの配給食はそこで作られているし、ガスだからコンロが使えるはずだ」

 そう言ったのは、最初に俺に詰め寄ったおっさんだった。結局このおっさんはまだ飯を食っていなかった。それでも、俺の後について食料運びとかを手伝ってくれていた。

「よっし、それじゃあ、米を食堂まで運びましょう。それと、調理できる人を食堂に呼んでください」

 俺は言葉遣いを変えて避難民の人に頼んだ。返事は、即座に来た。

「それじゃあ俺の女房に料理させるよ」

「ああ、うちの母ちゃんも連れてくる」

 元々、避難民のほとんどは勤勉な社会人だ。環境の劇的変化やら栄養不足やらで足踏みしていたが、志向性を見出せば行動を開始する。

 発火材として機能した俺たちは、後は見ているだけでよかった。

 鈴宮高校から持ってきた食料がなくなる頃には、俺たちは見向きもされなくなった。

 避難民たちは独自に動き、今までの無気力症が嘘のようになっていた。

「ふう、私たちの仕事も一件落着ねん♪」

「ああ。もう俺たちが仕切らなくても大丈夫だろう。後は、宮崎さんに任せればいいよ。紅、大地たちは?」

「詰めの段階です。最上階の市長室まで朝倉市の事務局を追い込んだと先ほど連絡がありました」


 大地たちの活躍の影にも避難民の姿があった。


 市役所の1階や食料庫は比較的容易に制圧できた大地たちだったが、それ以降は事務局の連中と一進一退の攻防を続けていた。

 元から数の多い事務局支持派が態勢を建て直し、組織的反攻を開始すると今度は大地たちが押される側に回った。

 大地たちが崩れなかったのは、狭い室内戦で敵が容易に展開できなかったことと、防戦用の機動隊の盾、それと鈴宮高校から持ってきた数丁の拳銃のおかげだろう。

 数で押される大地たちは力押しができないし、事務局の連中も下手に攻めれば拳銃の餌食になる。

 お互いに攻め手を欠く拮抗状態を打破したのが、朝倉市の避難民だった。

 腹の満たされた避難民たちはこぞって朝倉市の事務局に敵対した。それによって大地は数による優位性を確保できた。

 あとは、力押しで最上階まで押し込んで今に至るのだった。奥の奥まで詰め込んだという感じになったが、このまま行けば事務局の連中も時を置かずに降伏するだろう。

 俺にはそう思えた。


「直以先ぱーい」

「なんだ馬鹿隆介。おまえは気持ち悪いから延びを使うな」

「……先輩って、俺に対する優しさがないっすよね」

「それで、どうした? 事務局は降伏したか?」

「いえ、まだっす。木村先輩が呼んでますよ。上まで来いって」

「ここまで来たらあいつらだけで大丈夫だろ? 俺がでしゃばっても反感買うだけだ。後から来て何様だってな」

「そうっすか? ま、俺は直以派だからは別に木村先輩の命令を聞かなくってもぜんぜんいいんですけどね。それよりそれ、うまそうっすね」

 隆介は俺の手元にあるカレーを見て涎を垂らした。

「……おまえはまだ駄目だ。事務局降伏させたら食わせてやるよ」

「ひっど! 俺、バスん中でおにぎり食べたっきりなんすよ!?」

 俺は、少し考えた。隆介がそうということは、まだ戦っている大地たちもそうだということだ。

「ったく、俺だけ一息つくわけにはいかないか」

 俺はまだ一口も食べていないカレーを隆介に押し付け、階段を上がった。隆介は卑しくもカレーを食べながら俺についてきていた。


 最上階は人に溢れていた。大地たちに協力している避難民だ。人を掻き分けて前に出ると、そこでは大地と健司が話し合っていた。

 大地は俺を見つけると健司との会話を中断して俺に向いた。健司は、険のある目でなぜか俺を睨んできた。

「直以、やっと来たか」

「こっちの状況は?」

「……見ての通りだよ。市長室に10人以上が立て篭もり中」

「力押しは?」

「銃を持ってるやつがいる。盾で防いだけど、近づくと撃たれた。危険すぎて力押しはできないよ」

「降伏勧告はしたか?」

「ああ。だけど、反応はなし」

「それじゃあ現状維持でいいだろ。腹が減ったらそのうち降伏してくる。見張り残しておまえらも少し休んでおけよ」

 朝倉市事務局は鈴宮高校のような生きるため、生活するための共同体ではなく、機動隊の暴力を前提とした権力組織だった。

 それは、もはやこの段階に至っては崩壊したといえる。言ってしまえば、このまま夜逃げされても一向に構わない。

 すでに、鈴宮高校は朝倉市との戦争に勝利したのだ。

 そのことを大地に伝え、俺は今度こそカレーを食べようと階下に向かおうとした。

 そのとき、市長室から数発の銃声が聞こえた。

 それを合図に市長室から機動隊員が出てくる。俺たちは臨戦態勢を取った。

「鈴宮高校の代表者の方はいらっしゃいますか?」

 機動隊員の呼びかけに、全員が沈黙した。

「いらっしゃらないのですか?」

 遅れながら大地が一歩前に出る。どうやら健司に背中を押されたようだった。

 機動隊員は大地に敬礼した。

「我々、朝倉市の事務局は降伏勧告を受諾します。受け入れてもらえますでしょうか」

「あ、ああ。わかりました。受け入れます」

「さっきの銃声は?」

 俺が聞くと、機動隊員は淀みなく答えた。

「倉木澄子事務局長と秘書の方が銃で自害なさいました。きっと事態の責任を感じたのでしょう」

 俺は、大地と話しを続ける機動隊員の横をすり抜け、市長室に入った。そこには3人の銃殺体があった。

「……額を撃ち抜いて自殺するやつがいるかよ」

 俺は、おばさん議員の死体を見た。目を剥いて仰向けに倒れている。その額には、赤黒い穴が開いていた。他の銃殺体も似たようなものだった。



 俺たちの最初の戦争は、こうして一応の終息を見せたのだった。




 軍事的衝突こそ終わったものの、朝倉市は問題は山積みだった。避難民を分散させなければいけないし食糧問題もある。

 それらの解決のためには、まず場所の確保、それにはゾンビの掃討が不可欠だった。

 俺は朝倉市に残り、宮崎さんを手伝うことになった。

 

 季節は本格的な梅雨入りを迎えている。


 大事、小事、さまざまなことに追われながら俺は6月を忙殺して過ごした。


 そして、そのことを聞いたのはそんな時期だった。


 それは、訃報だった。


 赤木武志巡査部長が自殺したのだ。


いつも以上にグダグダで強引な展開……。


おばさん議員には今回で退場してもらいました。実は秘書のボディーガードが息子だったりと色々な設定を考えていたんですが、ここでこれ以上こじらせても蛇足になると思ったので。


もし今後似たようなキャラが出てきたら、どうか鼻で笑い飛ばしてくださいませ。

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