鈴宮朝倉戦争戦略会議
今回は状況説明が長々と続きます。
斜め読みで読み飛ばしてくださいませ。
「さあ、て、と。それじゃあ始めましょう」
格子窓から陽光の差し込む校長室に、昨日と同じように俺たち1班の全員と各班長が集合していた。
紅はガラス製のテーブルの上にA1の紙を広げた。そこに書かれていたのは、学校の縮図だった。
「みんな、ここに集められた理由はわかっているかしら。投票により、私たちは朝倉市の要求を蹴ることに決定した。だけど、本当にそれでいいのかしら? ここでは、それをもう一度考えるために集まってもらったのよ」
「どういう意味ですか?」
須藤先輩に代わって、俺は答えた。
「朝倉市と戦争して、勝てるのかどうか……」
班長たちは、ざわめきだす。
考えていなかったわけではないだろう。
政治家に投票したら丸投げで終わっていたときとは違う。
指針を決めたからには、それに向かって行動するのも自分たちであることを、今、全員が認識していた。
「な、直以。いくらなんでも戦争ってのは言いすぎじゃないか?」
健司の言葉を、聖は封殺する。
「戦争とは、敵を強制してわれわれの意志を遂行させるために用いられる暴力行為である。朝倉市は我々を従わせるために武力行使に訴え、それに我々が抗うのならば、それはまさに戦争だろう」
「鈴宮朝倉戦争ってところかしら?」
それを聞き、気を利かせたつもりだろうか、紅はホワイトボードに鈴宮朝倉戦争戦略会議なる見出しを書いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
いきなり胸を揺らしながらそう言ったのは、内藤だった。
「みなさんも知っての通り、私は降伏を支持しました。そんな私がここにいてもいいんですか?」
「当然よ、あなたは私が選んだ班長なんだから」
須藤先輩は優雅に席を立つと、そっと内藤のところに歩いていった。
「それとも、あなたはここを出て行きたいの?」
「え、いえ、でも……」
須藤先輩は内藤の肩を抱いた。女2人の胸と胸がぶつかり、柔らかく潰れた。
「あなたはみんなのためを思って発言した……、大丈夫、みんなそれをわかっているわ。これからも協力していきましょうね」
「はい……」
嗚咽混じりに内藤は頷いた。周りから見たら感動的なシーンかもしれない。だが、俺には須藤先輩の黒い尻尾が丸見えだった。
「……とんだ茶番だな」
「直以お兄ちゃん、心が汚い!」
梨子の言葉が俺の胸に突き刺さる。くそう、梨子、おまえ騙されてるんだって。
「とにかく、そろそろ本題に入ろうぜ」
「まず決めるべきは、なにを持ってこの戦争、我々の勝利となし、敗北とするのか、だ」
「目標の設定、ですね」
「そう、今ここで我々が話し合うことは、その目標を到達し得るかどうか、そして、そのためにはなにが必要か、ということだ」
「そんなの簡単でしょ。数日以内に来るだろう朝倉市の暴力集団を撃退したら私たちの勝ちよ」
そう言ったのは、俺の隣にいる伊草麻里だ。聖は麻里に頷いた。
「うむ。目標は明確かつ簡略でなければならない。紅くん、記載を」
紅はホワイトボードに書き込む。梨子は、それを見て俺に言った。
「やっつけたら勝ちってことだよね」
「そういうことだ。わかりやすいだろ」
「ん♪」
「さて、それでは次だ。我々にそれが可能なのかどうか」
「可能なのでしょうか? 朝倉市は1500人、我々の10倍以上の避難民がいると伺っておりますが」
紅以上の丁寧語、切れ長の瞳に艶のある黒髪を持つこの女性は5班の班長、支倉涼子先輩だ。
剣道部の主将で、全国区の選手だと聞いている。
この人にはある逸話がある。
あるとき、ちょっとしたことで支倉先輩にケチをつけた馬鹿教師は、こう言った。
「女だったら竹刀なんて振り回してないで花でも活けてろ!」
それに対して、支倉先輩はこう答えて、馬鹿教師を黙らせたそうだ。
「ご心配なく。華道も茶道も一流以上でこなしますので」
事実に基づく逸話だ。
その逸話の通り、支倉先輩は慇懃でありながらも言い逃れを許さない強烈な視線を聖に向けた。
聖は、どこか愉快そうにその眼光を受け止める。
まったく、どうしてうちの学校の女はこうも個性が強いのばっかり揃っているかね。
「今、支倉涼子女史の言ったことは如実に事実を語っている。それは、朝倉市の実情と弱点を簡潔に表しているものだ」
「どういうこと、かしら?」
「朝倉市にいる1500人という数は、避難民であるということだ。雄太」
名前を呼ばれて雄太は一歩前に出た。そして、俺たちが昨日朝倉市で見てきたことをみんなに話した。
「1500人いるのかどうかは、さすがに数えなかったけど、朝倉市にいる多くの人間は避難民で、庇護を受けている立場だった。俺たちのように、それぞれがなにかやっている人たちじゃなかったよ。女子供も多くいたしな」
「数は多くても、朝倉市の事務局はそれを兵士には使えないということだな。そして、内紛を抱えている朝倉市がこちらに向けてくる兵力はそれほど多いものにはならないだろう」
「抽象的だな。具体的な数を言えよ」
聖は、ウェーブのかかった髪を後ろに払い、俺を見た。
「正確な数を算出するのはさすがに難しい。まあ、目算でいいのならやってみようか。まず、1500人のうち、半数は女子供やご老体で除外。それからさらに半数は事務局に反対する連中として除外。さらに半数はその反対派に対する備えとして除外。紅くん、残った数は?」
「187.5人です。繰り上げて200人といったところでしょうか?」
「ずいぶん大雑把な計算をしやがったな」
「だけど、それくらいなら戦力差はほとんどないよな」
校長室は、勝算を見つけてにわかに盛り上がり始める。
危険な状態だ。こういうときに出る楽観論は諌めないと大変なことになる。
そう思った俺は、水を挿すことにした。
「わかってんのか? そいつらはただの200人じゃねえぞ。機動隊員がいるんだぞ」
実際は本物の機動隊員は1割もいないだろう。だが、それを無視して話を展開するのは危険すぎる。
と、そこで今まで黙っていた大地が発言した。
「須藤先輩。そろそろ俺たちにも本当のことを教えてください。銃は、あるんですか?」
須藤先輩は微笑を浮かべたまま、紅を見た。紅は、大地に答えた。
「現在鈴宮高校にある銃器は、拳銃20丁、小銃と狙撃銃が5丁ずつ、軽機関銃が1丁です」
「なんだ、それだけあるなら余裕だろう」
「悪いけど、そんな単純なもんじゃないわよ」
健司に釘を刺したのは、麻里だった。
「この中、ううん、この学校中で銃器をまともに扱える人間が何人いるのよ。銃って、そう簡単に素人に扱えるもんじゃないのよ」
全員が押し黙った。そういえば、紅は普通に使ってたな。
「それに、実は私たちの持ってる弾って、弾頭が特殊で貫通力が弱いのよ。テレビで見るように機動隊員が盾並べて前進してきたら対抗できないわ。あの盾、改造トカレフくらいなら楽に防ぐらしいから」
「機動隊員が、引いては盾が問題、なのかしら」
支倉先輩は、どこか楽しげにそう言う。
「盾をどうするか……」
ちょんちょんと、梨子が俺の袖を突付いた。
「盾って前だけだよね。後ろや横から狙えばいいってこと?」
「まあ、簡単に言えばそうなんだけど……」
「それなら、狙えるところに誘導すればいいんだよ。例えばロータリーとか」
梨子は、地図のローターリー部分を指差した。
「……悪くない作戦だけど、ちょっと難しいかな。ロータリーまで入れちまうと、校舎に入り込まれるかもしれない。そうなると乱戦になる。俺たちは所詮は高校生だ。成熟した機動隊員を抑えるのに何人がかりになるか見当もつかないよ」
「むう、それなら校舎外にそういう場所を作ればいいんだよ」
「将来的にはともかく、今はそれを作る時間がないな」
即席の稜堡では簡単に崩されるだろう。だけど、いつかは校門前に欲しいな。今は荒地から校門の中まで素で見通せるからなあ。
「梨子ちゃんの言った作戦、けっこういいんじゃない?」
麻里にそう言われて、梨子の顔が輝く。
「ロータリーに引き込んで3方から火力を集中したら校舎に侵入する余裕なんてないでしょ?」
「雄太、もしロータリーまでの道を確保できたらどうする?」
「車で校舎に突っ込むかな。車の中にいれば弾除けになるだろ?」
「そうだ! 撒きビシみたいのを撒けばいいんだよ。ほら、忍者が使うやつ!」
自信満々に言う梨子に答えたのは、どこかで見たことある松葉杖をついた男だった。その男は、俺の隣にいる麻里にウィンクして言った。
「牧原さんの要請を受けて昨日から車による突撃対策の道具は作っています。まあ、撒きビシではなくて針金を使った……」
「なんか話が止まらなくなってる……。自分の話を延々と続ける、専門職にありがちなタイプだな。ところで麻里。あいつ、誰だ?」
「9班班長の小峰卓也先輩よ。科学部部長の。ほら、初日に私とあんたで助けた連中の中にいたの覚えてない?」
「……まるっきり覚えてない」
「あんた、ほんっと物覚えが悪いわね!」
いつの間にか班長たちはそれぞれのグループを作り、各々で話し始めている。
まとまりがなくなりかけたそのとき、周りを黙らせたのは須藤先輩の澄んだ声だった。
「それで、小峰くん。ロータリー用の車避けは準備できるの?」
「いえ、無理ですね。当初の予定は敷地外の要所要所に敷設できるだけ。それでも材料も期日もギリギリなのに、それ以外なんて物理的に不可能です。物資の調達と時間をもらえればなんとかなりますが?」
「補足しておこう。もし当初の予定を廃して校舎前に車避けを設置するなら、他の箇所から破られる可能性が高い。そうなるとロータリーにおびき寄せるという前提が崩れることになるだろう。校舎外の車避けは、大前提として必要だということだ」
「ちなみに、物資を調達してきたらどれくらいで作れるんです?」
俺がそう言うと小峰はすごい勢いで俺を睨んできた。え、なんで俺、こいつに恨まれてんの?
「ぼくは、必死で頑張っているんだ! 横から口出ししないでもらいたい!」
「はあ、すんません。それでどれくらい……」
「きみぃ! き、き、きみには人の血が通っていないのか!?」
なんなんだ、いったい。なんかものすごく理不尽な怒りをぶつけられた気がする。
「えっと、小峰先輩。とりあえず、今でもぎりぎりで、とてもこれ以上を作る余裕なんてないってことなんですよね」
「はいマリしゃん♪ そのとおりでしゅ!」
しゃんって……。
「ごほん! とにかく、その作戦は最終手段にしよう。その作戦自体が成立しないかもしれないからね。今からする話は機動隊員の盾をどう無力化するかと、機動隊員の強力な個を潰すために、どうやって集団戦を挑むかに要点を絞って欲しい」
聖がそう言うと、議論百出という展開になった。
あれはここが駄目。それはあれが駄目。
ホワイトボードに作戦の数々が書き込まれた。
どれも決め手に欠く案が出ては消え、出ては消えする。
格子窓から陽光が差し込まなくなり、昼が近くなってきた頃、俺は爆睡中のさっちゃんをおんぶする荒瀬先輩を見た。この人は、今まで一度も発言していなかった。
「荒瀬先輩。なにかありますか?」
俺の発言に、周りは一斉に会話を止めた。
荒瀬先輩は常に日陰にいる人だが、実際に須藤先輩と表裏であり、影の実力者であることは全員がわかっているのだ。
荒瀬先輩は、さっちゃんをおんぶしたまま言った。こんな格好なのに威厳があるから凄まじい人だ。
「直以、戦争に勝つための要素を言ってみろ」
俺は、少し考えて答えた。昨日出しっぱなしになってた孫子を読んどいてよかった。
「道天地将法」
正確には五事を持って備え、七計を持って比べる、だ。
「牧原。朝倉市と比較しながら説明してみろ」
「……道とは、上と下が一体であること。世論に沿った行動をしているか、ということだ。我々は先ほど投票で抗戦すると決めた。これは、上と下が一体になっていると言えるだろう。対して朝倉市は避難民と事務局の間に食料を起因とした対立がある。これは、一体ではない状態だと言えるな」
俺は聖に続けて答えた。
「天地は、そのまま。天候と地形ってことだ。天候はどうしようもないが、俺たちの不利にはならないだろう。雨が降っても校舎内に避難できるしな。逆にあいつらは雨宿りするにもゾンビどもが徘徊する場所を確保してからじゃないとできない。地形は、朝倉市が鈴宮高校に攻め入るという形である以上、戦場選定権利が俺たちにある。迎撃するのか篭城するのか。迎撃するならどこで迎え撃つのか」
聖は不敵な笑みを浮かべて俺を見た。
「将とは優れた将軍が指揮を取っているか。ふむ、これについては一見現役機動隊員が指揮を執っている朝倉市が有利に見えるな」
「向こうの指揮官はたぶん赤木武志巡査部長だ」
「巡査部長か。機動隊では分隊長クラスだな。確か5名編成だ。大規模な兵を指揮した経験はおそらくないだろう。直以、きみと条件は同じということだ」
……なんで俺?
「と、とにかく将についてもそれほどの不利はないってことだ。それで最後の法! これは戦うための軍政、軍令が整っているかどうか。まあ、俺たちは班単位で行動している。十分とはいえないが一応の体裁は整えてある。朝倉市は……、おそらく、なにも整えていない。まとまった行動をしてくるのは機動隊員くらいだろう。それも、うまく機能するとは思えないが……」
俺は、抗議に来た避難民を殴り殺している機動隊員を必死で止めている赤木を思い出した。
数が多いということは一見有利だが、それは統括できていることが絶対条件だ。それができなければ、その集団は単なる烏合の衆だ。
荒瀬先輩は、強面に笑みを浮かべた。
「敵の弱点が見えてきたな。機動隊に拘り過ぎるな。全体を見ろ」
「ふ……む、敵の弱点を突く、か」
「だからどうやって機動隊員を避けるかを……、いや、確かに機動隊員に拘りすぎていたか」
おそらく孫子なんて読んだこともないだろう荒瀬先輩に諭される。
ったく、この人、底が知れないなあ。
「さて、とりあえず今日の話し合いはこれくらいにしましょう。もうすぐお昼だしね。結論は出なくてもできることは山ほどあるはずよ。まずはそれをしましょう」
須藤先輩が手を叩いてそういうと、張っていた空気が一気に四散した。
「とりあえず、時間が欲しいわ。最低でも車避けが全て設置できる程度の時間は……」
そう言って、須藤先輩は班長連中を見渡して、最後に雄太を見た。
「臼井くん、雄太くん。あなたたち2人にお願いするわ。明日朝倉市に行ってきて」
臼井海斗先輩は3班班長で校内で1,2を争う美青年だ。見た目では雄太も劣っていないとは思うが、人気では比較にならない。スポーツマンの大地とは違う、優男タイプのモテ男だ。
「なるべく向こうの事務局長をおだててきてね」
朝倉市の事務局長は倉木とかいうおばさん議員だ。イケメン2人を揃えたのはそういうことか。
「それで、降伏勧告を拒否するって伝えるんですか?」
「それは……危険だな」
うろたえる白井に、須藤先輩は笑顔で、さも楽しそうに言った。
「ううん。鈴宮高校は、降伏勧告を受諾しますって、チワワが怯えるように伝えてきて♪」
今話の部分は本来ならば、そんなことがあった的なダイジェストでさらっと流す部分、また、そうすべき部分だったのですが、くどくどと書き連ねてみました。
理由は、ちょっとした実験です。
今話はなるべくシーンを変えずに書きました。
内容的には意味がないのですが、流れとしてどんな効果があるか確認したかったためです。
まあ、結果は大失敗だったわけですが……。
いつも以上のお目汚し、どうもすいませんでした。
・・・なんか最近謝ってばっかりです。