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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮朝倉戦争編
29/91

男がやるにはスェアは恥ずかしい

 鈴宮高校に戻った俺と雄太を出迎えたのは、熱気だった。

 校内のそこかしこで討論会が開かれ、時には怒号が、あるいは殴り合いが展開されている。

 朝倉市のバラックで見た避難民とは正反対の光景だった。

「やあ、直以。無事に帰れたようだね」

「あ、直以お兄ちゃん、お帰りなさい」

 図書室に入ると、聖と梨子が机に向かって一冊の本を覗いていた。古臭いその本は、孫子だった。

「小難しいもの読んでるなあ。梨子の読むようなもんでもないと思うけど?」

「私の読むようなものってどんなの?」

「そうだ、なあ。赤毛のアンなんてどうだ?」

「あれ、なにげに面白いよな」

 そう言ったのは雄太だ。

「雄太お兄ちゃん、赤毛のアン読んだの?」

「直以も読んでるぞ」

「へ~~、すっごく意外。なんか、赤毛のアンって女の子女の子してるから、男の人は読まないものだと思っていたんだけど」

「ロックの敵は常識ってね。直以もけっこうはまっていたよな」

「ああ。読んでみるとけっこう面白かった」

「うん♪ 私も読んだよ。でも、けっこう読んでいない人、多いんだよね。やっぱり、少女文学の上に古典って言われちゃうと、読みづらいところがあるみたいだよねえ」

 俺たちが赤毛のアン談義に興じそうになるのを、読んでいない人である聖が咳払いして止める。こいつ、プルーストは読破してるのになあ。

「直以。今、私たちはお勉強中だったのだよ」

「それで孫子? なんで?」

「少しでも直以お兄ちゃんの助けになりたくて」

 梨子はにっこりと笑ってそう言った。俺は、照れ隠しのために梨子に背を向けて本棚に向かった。

「いきなり孫子じゃ難しいだろう。ほら」

 俺は本棚から取り出した本を梨子に渡した。梨子はその背表紙を読む。

「……戦国策?」

「高1じゃあ漢文の読解すらできないだろ。俺がそうだったし。まずはこれで漢文や古代中国の歴史に慣れたほうがいい。知ってる故事や逸話も出てくるから読みやすいと思うぞ」

 梨子はさっそく戦国策のページを開いた。

教え子を取られた聖は頬杖をついて俺を睨んでいる。こいつは教師には向いていない。理解力が高いから凡人が学習にどれだけ苦労するかがわからないのだ。

「……それで、どうだったんだ、朝倉市は」

「予想以上に酷かったよ」

 俺と雄太は朝倉市で見たことを聖に話した。

 聖は、俺たちの話を聞き終えると、煙草に火をつけて煙をゆっくりと吸い込んだ。

「なるほど、な。あまり愉快な展開ではないというわけか」

「そういうことだ。むこうはどうあってもやる気だ。それを避けるにはこっちが折れるしかない」

「それで聖。今のところ、校内の様子は?」

「ん……。五分五分といったところかな。思ったより降伏派が伸びている。元からいた須藤清良反対派に加えて新しく参入した連中が中心で、な。それに、生存を賭けてゾンビと戦うのとはわけが違う。今回は、生存者同士で争うことになるからな」

「抗戦派でも気後れする連中はいるってわけか」

「そういうことだ。ぶれていないのは木村大地の一派くらいだな」

 俺は、窓から中庭を見渡した。

 そこでは、健司が校舎に向かって学校の危機と団結を叫んでいた。

 まんま体育会のノリだ。盛り上がるのは身内だけ。それ以外の反応は冷ややか。選挙しかり、案外この手の演説ってのはそういうものなのかもしれなかった。

「それで、直以。どうする?」

「どうするとは?」

「私たちの去就だ。直以派としては意思の統一を図っておいたほうがいい」

 俺は、机に座る3人を見た。雄太と聖はまっすぐ俺を見ている。梨子は、読書に夢中だった。

 俺は、言った。

「降伏派を支持する」

 雄太と聖は同時にため息を吐いて頷いた。

「……理由を聞かないのか?」

 聖は鼻でせせら笑う。

「聞くまでもない。どうせ、殺し合いをしたくないとか、そんなヒューマニズム満載なことを考えているのだろう?」

「今さらだけどな」

「……おまえら、きついよ」

「それじゃあ一応荷物はまとめておくな」

「ああ、そうしてくれ」

 雄太と聖には説明の必要がない。それが俺には、見透かされているようで不愉快でもあり、理解されているようでありがたくもあった。 

 

 俺は窓から離れて梨子の隣のイスに座った。

「あ、直以お兄ちゃん。蛇足ってこれが出典だったんだねえ」

 問題があるとすれば、今まで読書に夢中でなにも聞いていなかったこいつだ。梨子を、どうするかだった。

 俺は、梨子に言った。

「梨子。話がある」

「? なあに、改まって」

 梨子は本を閉じ、身体ごと俺に向き直った。

「えっと、な。俺たちの今後のことなんだけど……」

「ふんふん。それで?」

 どことなく軽い調子の梨子。

「俺たちは……、明日朝倉市の要求をどうするか決めるだろ?」

「うん。私たちは反対派なんだよね」

 聞いては、いたのか。

「それで、もし明日反対派が多数を取ったら、俺たちはここを出て行く」

 梨子は、ほんわかした笑顔に困惑を浮かべた。

「多数を取ったのに、出て行くの?」

「須藤先輩ひとりだけを追い出すわけにもいかないだろ。まあ、荒瀬先輩も一緒だろうけど、俺たち、俺と雄太、聖は、須藤先輩たちと一緒に行動する」

 梨子は、了解したと言わんばかりに神妙に頷いた。

「それで……、おまえはどうする?」

 俺がそう言った瞬間、梨子の表情が消え、肩口まで伸びた栗色のおかっぱ頭が逆立った。

 そして、梨子は部屋の気圧が下がる勢いで息を吸い込んだ。


「すうぅぅぅ……、 ばあぁかあああぁあぁーー !!」


 あまりの大声に、俺はイスごと仰け反った。

「なんでそういうこと言うの!? 直以お兄ちゃん、酷いよ! ひどすぎるよぉ!」

 梨子は、今度は大粒の涙をぽろぽろと零しはじめる。

 助けを求めるために雄太を見た。雄太は露骨に視線を俺から逸らした。

 今度は聖を見た。聖も、俺から視線を逸らして煙草を揉み消していた。

 こいつら、使えねえ!

 俺は、そっと梨子の肩を抱いた。梨子は俺の胸に抱きつく。俺のシャツが涙で濡れた。

「うぅ……、ひどいよう」

「ごめんな、ごめんなあ」

 俺は子供をあやすように梨子の背中を撫でた。

 

 どれくらいそうしていたか、梨子は目を赤く腫らしてゆっくりと俺の胸から離れた。

「まあ、ほら、梨子。もし明日抗戦派が多数取れば俺たちも須藤先輩も「直以お兄ちゃん!」お、おう」

「私がなんで怒っているかわかっていますか?」

 梨子は大きな瞳を細めて俺を睨んできた。こいつ、けっこう迫力あるな。

「私たち、初めて会ったときに、これから一緒に生きていこうって約束したよね!? なのになんで黙って一緒に来いって言ってくれないの?」

 こいつは、あのときのことをそう解釈していたのか。

「ああーーっと……」

 視線を逸らそうとすると、梨子は俺の頭をがっしりと掴んでそれを阻止する。なんか、言い逃れできない雰囲気だ。

「……ここなら一応の安全は確保されているし、生活もそれなりに始まっている。ここを出て行くってことは、それを放棄するってことだ。なにが起こるかわからないところに、無理に付き合わせられないだろ」

「私は……、やっぱり足手まとい?」

 俺は、やんわりと梨子の手を払い、梨子の頬を撫でた。

「そんなわけないだろう」

「それじゃあ今後も、これからも私たちは一緒だって約束して」

 梨子は、微笑を浮かべて言った。

 不覚にも、俺はその顔に見惚れてしまった。

「やれやれ、これは全面的に直以が悪いな」

「直以は人の心がわかってないよなあ」

 今まで黙っていた聖と雄太が苦笑混じりにそんなことを言う。こいつらは……。

「そうだ、せっかくだからスェアをやろうよ!」

「「うぇぇ!?」」

 俺と雄太は同時に変な声を上げてしまった。

「梨子くん。そのスェアとは一体なんだい?」

「えっとね。赤毛のアンで、アンと親友のダイアナがやった親友の誓いなんだ」

「ふむ。そんなものがあるのか」

「うん♪ え~~っと、赤毛のアンはっと……」

 梨子は嬉しそうに本棚を漁る。泣いたカラスがってやつだ。

 俺は、雄太と顔を見合わせた。あの恥ずかしい文句を言わされるのか……。

「あった。それじゃあ、まずは聖お姉ちゃん♪ 今から私が言うから名前を変えて同じように言って♪」

「う、うむ」

 梨子は、まるで牧師のようにそれを独唱した。

「わたくしは太陽と月の輝くかぎり、親友、牧原聖へ忠実であることをおごそかに宣誓します」

「わたくしは太陽と月の輝くかぎり、親友、遠野梨子へ忠実であることをおごそかに宣誓します」

「これで私と聖お姉ちゃんはスェアした親友だよ♪」

「うむ、そうか」

 聖は、ホクホク顔で嬉しそうにしている。

「さって、次は直以お兄ちゃん☆」

「おぇ? いや、まずが雄太だろう?」

 俺は視線で雄太になんとかしろと言った。雄太は、無言で頷いた。

「なあ、梨子。これ、男には恥ずかしいんだけど……」

「オトコもオンナも関係ないよ。ロックの敵は常識! さ、雄太お兄ちゃんも言って♪ わたくしは太陽と月の輝くかぎり、親友、青井雄太へ忠実であることをおごそかに宣誓します」

「まてまてまて! 俺はいい! 俺はいいけど、梨子はいいのか?」

「? なにが?」

「スェアってのは友情の誓いだぞ。愛情の誓いじゃないぞ」

「……はッ!」

 梨子はなにかに気づいたように口を押さえると、上目遣いで俺を見た。

 そして、なにごともなかったようにイスに座ると、戦国策を読み始めた。

「……なんだか知らないが、助かったのか?」

「直以、おまえにとっては余計追い詰められたのかもしれないぞ?」

 なにやら人の悪い笑みを浮かべる雄太を、俺は一発殴りつけてやった。







 翌日の朝食は、俺の想像とは違って厳粛としたものだった。

 本来150人収容の食堂に臨時の席を設け、鈴宮高校にいる全ての人間172人が顔を合わせているのに無駄話はほとんどない。

「昨日のうちにみんな結論を出したのかな」

「語り尽くせるテーマでもないと思うけどな」

 全員が食事を終え、それでも席を立たずに無意味な沈黙が食堂を覆った。

 キリキリと、弓を引き絞っている感じ。

 あるいは我慢できなくなった誰かが暴発するのを待っているのか。

 その仕掛け人であるところの須藤清良は、優雅にお茶なんかを啜っている。

「おい、聖。なんとかしろよ」

「さて、私にはどうすることもできないな」

「そもそも須藤先輩はなんで動かないんだ?」

「待っているんだよ」

「なにを?」

「自分の対抗馬が出てくるのを」

 聖は、わざとなのだろう、食堂にいる全員に聞こえる声で言った。

「誰が自分を追い出そうとしているのか、自分が追い出されたその後、ここを指揮することになるのは誰か、朝倉市の傀儡として踊るのは誰か……」

 俺は須藤先輩を見た。須藤先輩は、微笑を浮かべて俺を見返した。

 それが、聖の言ったことを肯定していると、俺には理解できた。

 

 食堂内がざわつき始める。

 それに合わせるように、紅がひとりひとりに投票用紙を配り始めた。

 投票用紙は白紙だ。つまり、なにを書くかの様式が決まっていなかった。

 抗戦か降伏か、のみの投票ではなくなっていた。

 いつの間にか、須藤先輩支持か不支持かに置き換えられていたのだ。

 聖は、俺の耳元で呟いた。

「リスクマネジメントの極みだね。自分の不利を支持に変えるんだから。中には抗戦派であるにも関わらず須藤清良不支持もいるだろうに。木村大地の一派のようにね」

「……えげつないな。相変わらず」

 この爆弾女は、抗戦イコール自分の支持という図式を無言で作り上げていたわけだ。

 おそらく、聖が言わなくても他の誰かがそのことを明確にする手はずになっていたんだろう。

 しかも、自分の対抗馬となる存在を封殺した上で、だ。

 自分に反対するからには、自分に成り代わってこの場で存在をアピールできるもの。その覚悟のあるもののみが反対を、不支持を表明できる。

 そんな覚悟を今この瞬間に持っている人間が、さて、この中に何人いることか……。

「無責任な批判を認めないって点では立派だけどな」

 俺は、投票用紙に「抗戦反対」と書いて、須藤先輩の前に飛ばした。

 須藤先輩はそれを見て、必死に笑いを堪えていた。




 結果は予想通りのものになった。153対11、無効が8票で、鈴宮市は朝倉市に抗戦することになった。

 須藤先輩が立ち上がり高説を述べると、形式的にではあっても支持をした連中、つまりはほぼ全員が拍手喝采でこれを迎えた。

「……論点をずらしておいてよくやるよ」

「直以くん、私のこと、見損なったかしら?」

 当人である須藤清良が聞いてくる。

 俺は、本音で答えてやった。

「いや、惚れ惚れしてますよ。うまくやったもんだってね。詐欺の類だとは思いますけど、もともとあんたの人格なんてまるっきり買ってないから」

 須藤先輩は、悪そうな笑みを浮かべて言った。

「正直、私が動くまでもなかったかな。残念ながら、晴美ちゃんでは私の対抗馬にはなれなかったみたい。お互いのために、それはよかったんだけどね」

 実行されなかったもの、実行されたが目に見えないもの、……この人は、一体いくつの策略を用意していたんだか。

「だけど、下準備は整えたわ。一応であっても、全員が抗戦を考えているのなら、戦いやすいでしょ?」

「あんた、そこまで考えていたのか……」

「ええ。後は、あなた次第」

 須藤先輩は、俺の肩を軽く叩くと、去っていった。

「俺次第、ね」

 俺は勢いよくイスから立ち上がった。

「わかってるよ。不愉快ではあるけど、これ以上は逃げられそうにないからな」

 俺は、赤木の顔を思い浮かべて、食堂から出た須藤先輩を追った。


お気に入り100人突破!

ありあ~っす!


これからもっと質を高めて執筆していくので引き続きお付き合いください!

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