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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮朝倉戦争編
25/91

歌を歌おう♪ エクストラストーリー2

梨子視点です。


時間軸は少しこの後の話と前後します。

 夜が来た。

 と、言ってもまだ19時にもなっていない時刻だ。私こと遠野梨子にとっては大好きな人たちと過ごせる、一日で一番楽しくて有意義な時間の始まりだ。

「あ~あ、今日も疲れたなっと」

 直以お兄ちゃんは図書室の床に敷いた低反発マットに寝転がった。以前使っていたダンボールの代わりの、私たちの敷布団だ。私たちは、この低反発マット2枚で雑魚寝するのだ。2つのダブルベッドで4人が寝るって感じだと思う。

「直以。どうなんだ、新しく来た連中は」

 窓枠に腰を下ろした聖お姉ちゃんは煙草の煙を外に吐きながら言った。

「ああ、頑張ってくれてるよ。この調子なら夏までに荒地を全部耕せそうだ。ただ、荒瀬先輩が凝っちゃってなあ。ビニールハウスとか、川辺で水田作るとか言い出してんだよ」

「食料面での問題は解消か?」

 低反発マットの上で胡坐を掻いている雄太お兄ちゃんはギターの弦を調整しながら言った。

「まだまだだろう。避難民もこれからどんどん増えるだろうしな」

「ふむ、頭の痛い問題ではあるな」

 私はうつ伏せに寝転んだ直以お兄ちゃんの背中に寄りかかりながら聖お姉ちゃんに聞いた。

「ここって何人くらい収容できるの?」

「校内全体を使えば500人くらいは可能だな。ただし、これは校庭と体育館を入れて、だ。校舎内、それは電気を享受できる範囲、という意味だが、それだと200人といったところだろう。部活棟の荷物を整理すればもう少しは収容可能か」

「ふーん、今でももういっぱいなんだね」

「そろそろここも明け渡すことになりそうだな」

 直以お兄ちゃんの言葉につられて私は図書室内を見渡した。月明かりに照らされたその空間は、広々としたものだった。隣の蔵書室と合わせると教室5つ分もあるのだ。

 そこを私たち4人だけが使うわけにもいかない。ここを明け渡すのは残念だが、仕方のないことなのだろう。

「しかし、もうひと月か。やっと、というべきか、まだ、というべきか」

 雄太お兄ちゃんは視線を窓の外に向けて言った。そうだ、私たちが初めて過ごした夜もこんな月の明るい日だった。

「梨子くん、近々家に戻ってみるかい? 両親がいないといってもそこで生活していたのなら私物が残っているだろう。それを取りに帰るだけでも有意義だと思うが」

「聖にしては気が利くな。梨子は自分からはそういうことは言わないだろうしなあ」

 3人は笑顔で私のことを見ていた。

 優しい人たちだ。この人たちは私と同じ立場であり、私と違って家族がいるはずなのに、それでも私を優先してくれているのだ。

 私は、笑顔を作って首を横に振った。

「ううん。私はいいよ。だって、お洋服とか必要なものはもうこっちで揃えちゃったもん」

「でも、趣味のものとかは置いたままだろう?」

「私、お小遣いが少なかったから。だからあんまり荷物とかないし、趣味……って言うのかな、暇つぶしの読書の本も市の図書館で借りてたから。私、図書館で休日のAV室借りる常連だったんだよ♪」

「AⅤ! ……ぐは!」

「な、なに、どうしたの、直以お兄ちゃん!」

「い、いや。なんでもない……」

 直以お兄ちゃんは額を押さえて拳を握っている。拳の隙間からは煙草の吸殻、額には少しだけ灰が付いていた。推察するに、聖お姉ちゃんに煙草を投げつけられたのだろうか?

「直以、AV室ってのは視聴覚室のことだぞ」

「知ってるよ! そういえば、ここも一応、AV室ってことになるんだっけな」

「そうなの?」

「少しだけ違うな。ここは、昔、音楽室だったんだ。私たちが入学するより前に音楽の授業そのものがなくなってしまったので図書室に改造されたんだ。以前の図書室は蔵書室だけだったらしい」

「ほら、梨子。あれがその名残り」

 雄太お兄ちゃんの指の先には、グランドピアノがあった。色々な荷物が置かれている。それがピアノだと、言われて初めて気が付いた。

「聖、せっかくだから1曲弾けよ」

「聖お姉ちゃん、ピアノ弾けるの!?」

「うむ……、まあ、嗜み程度には」

「こいつ、小さいときからピアノ習わされていたらしいけど、お勉強ほどうまくいかなくてトラウマになってるんだってさ、……ぐふぁ!」

 今度はしっかり見た! 聖お姉ちゃんが投げた煙草は絶妙のコントロールで直以お兄ちゃんの額にヒットしていた! 額に当たった煙草をマットに落ちないように空中でキャッチする直以お兄ちゃんも凄かった!

「しかし、誰も引かないピアノだ。調律もしていないだろう」

「大丈夫だろう? 3月に一回使ってるから」

 私は直以お兄ちゃんに聞いた。

「3月になにしたの?」

「ゲリラライブ……てほどのことでもないけど。俺たちが許可とらずに演奏したんだよ」

「そうなんだ。直以お兄ちゃんはボーカル?」

「いや、俺はドラム」

 私はタコ口を作った。

 私の知らない3人の過去。3人が共有するその記憶に当然だが私はいない。私は、それがすごく羨ましかった。

 聖お姉ちゃんは私のタコ口をいいほうに勘違いしてくれたらしい。窓枠から飛び降りるとピアノの前に座り、鍵盤を撫でて音程を確かめた。

「この暗がりでは音譜は読めないな。暗誦している曲だけだぞ。雄太、きみもやるんだぞ」

「あいよ」

 雄太お兄ちゃんもギターを持って立ち上がり、聖お姉ちゃんの横に立った。

 聖お姉ちゃんは、鍵盤を鳴らした。




 すごくきれいな旋律。

 

 流れるような歌声。

 

 世界が一瞬で生まれ変わるような浮遊感に、私は包まれた。

 

 いつか、どこかで聞いたことのある英語の歌。

 

 私は、いつの間にか泣いていた。

 

 涙の意味がわからない。




 感動。

  

 焦燥。

 

 そして恐怖。




 それらの情動に追い詰められるように、私の心はいっぱいになった。


 私は、直以お兄ちゃんの胸に顔を埋めた。

 直以お兄ちゃんは、そっと私を抱き留めてくれた。

 聖お姉ちゃんの歌声と直以お兄ちゃんの心音が重なる。

 それで、私は安心した。


「……梨子くんには少し早かったかな」

 困惑した聖お姉ちゃんに答えるために、私は満面の笑顔を作って直以お兄ちゃんの胸から離れた。

「すっごくきれいな曲♪ これ、なんていうの?」

「これは、アイルランド民謡のサリーガーデンズだよ」

「ダウン・バイ・ザ・サリーガーデンズ。歌詞的には失恋ソングなのだが、梨子くんには思い当たることがあったのかな?」

「う~~ん、そうなんだ。でも、私って失恋したことないしなあ。どちらかというと、私は……」

 と、そのときだった。

「ちょっとあんたたち!」

 突然図書室の扉が開かれる。大股で入ってきたのは、伊草麻里先輩だ。

「今、何時だと思ってんのよ!」

「まだ7時だけど……」

「時間なんて関係ないのよ! 音が漏れてることを注意しにきてやったのよ!」

 直以お兄ちゃんは麻里先輩に怒鳴られて小さくなってる。

 そうか、窓を開けっぱなしだったから音が中庭を通じて学校中に届いてしまったのだ。

「まったく、周りの迷惑を考えなさいよね。共同生活してるんだから」

 そう言って麻里先輩はなぜか靴を脱いで低反発マットの上に座った。

「それで、次はなにやるの?」

 麻里先輩は直以お兄ちゃんにしなだれかかった。麻里先輩は帰国子女らしく、ボディランゲージが激しい。 ……帰国子女だから、だよね?

「なにやるって、これでお終いだろ。周りに迷惑かけたんじゃこれ以上やれないよ」

「なによ、嫌味ったらしいわね! 私が来たんだからもう一曲くらいやりなさいよ!」

「……おまえ、注意しに来たんじゃなかったっけ?」

「知らないわよそんなこと!」

「相変わらずめちゃくちゃだな!」

 直以お兄ちゃんは麻里先輩のこと、苦手って言っていたけど、この2人、本当は仲がいいんじゃないだろうか?

「失礼します」

 今度図書室に入ってきたのは紅ちゃんとさっちゃんだ。さっちゃんは靴を履いたまま低反発マットにダイブする。

「なんだ、紅も注意しにきたのか?」

「いえ、私は近くで演奏を拝聴しようと思いまして」

 そう言って紅ちゃんは靴を揃えて脱ぐと、直以お兄ちゃんの隣に座った。ちなみに、ついさっきまで私が座っていた位置だ。気のせいかもしれないけど、最近の紅ちゃんって、直以お兄ちゃんに近くないかなあ。

「グーッドイ~~ブニング♪ なにか楽しそうなことしてるわねえ」

 今度の来客は須藤先輩と荒瀬先輩。荒瀬先輩はイスに座って足を組んでいるが、須藤先輩は低反発マットの上に座り、さっちゃんを羽交い絞めにした。さっちゃんは苦しそうにもがいているが、須藤先輩はぬいぐるみを抱くようにさっちゃんを離さなかった。

「梨子く~ん」

 聖お姉ちゃんに呼ばれて、私は立ち上がって低反発マットから離れた。

「なあに?」

「ダニー・ボーイは知っているかな?」

「うん。中学校の音楽でやったもの。英語歌詞で歌えるのはそれくらいだからよく覚えてるよ」

「よし、それじゃあ次はこれだな」

「うん! ……うん? 雄太お兄ちゃん、ひょっとして、私が歌うの?」

「もちろん。聖のやつは煙草やっているだけあってのどが弱いんだよ」

「え~~! そんなの無理だよお!」

「だが、やらないと暴動が起こりそうだぞ」

 振り返ってみると、図書室への来客はさらに増えていた。すでに、20人は超えているんじゃないだろうか。

「直以お兄ちゃんはなにもやらないの?」

「俺は駄目。道具がねえもん」

 いつ来たのか、直以お兄ちゃんは私の隣に立っていた。荒い息を吐いて髪を乱している。いったいなにがあったのだろうか?

「ほら、梨子。やれ」

「もお~お、MCも私がやるのお?」

 私はにやにやしている直以お兄ちゃんのすねを素足で蹴ると、演奏をまっているみんなに向き直った。


「こほん、え~っと、きょうは即興ぱじゃま演奏会におこしいただきありがとうございます。おみみ汚しだとは思いますが、一生懸命演奏しますのできいていってください」

「こいつ、初日の放送も無難にこなしたし、けっこうこういうこと向いてんのかな?」

「なにげに度胸もあるし頭の回転も速いんだよ」

「こほんこほん! それでは奏者を紹介しまっす! まずはメインボーカルの、直以お兄ちゃんで~~す!」

「このやろ!」

 直以お兄ちゃんは私を捕まえようとするが、私はさっとかわし、直以お兄ちゃんにおもいっきり舌を出した。




 即興ぱじゃま演奏会がそのあとどうなったかというと、すごく盛り上がった。

 観客も図書室いっぱいになるくらい増えたし、奏者を入れ替えていろんな曲をやった。

 グリーングリーンはみんなで大合唱したし、直以お兄ちゃんと雄太お兄ちゃんが歌いながら踊った赤鬼と青鬼のタンゴはおなかが痛くなるほど笑ってしまった。

「みんな、娯楽に飢えていたのねえ」

 と、須藤先輩はしみじみと呟いていたのが印象に残った。

 

 みんなが夜遅くまで一緒に過ごした、最初の夜だった。


どうも、どぶねずみです♪

故あって(極めて個人的な都合)今話を先に投稿させていただきました。前後関係からよくわからない箇所もあると思いますが、近日中に次話とその次の話も投稿しますので、ご了承ください。



……個人的な印象としては、なんか梨子が人気ない気がする。でも! どぶねずみはこの子を押していきますよ!

とってもいい子ですし、直以以上のメインキャラですから!

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