戈
俺たちは降車後、早速ゾンビ掃討に入った。
隆介が率先して前に出て、雄太が俺の側面をサポートする。隆介と雄太の隙間を埋めるように8班の残りの男が動く。
悪くない手際だった。
隆介も頑張ると宣言しただけあってなかなかの活躍だ。
両手に一本ずつマスコットバットを持って振り回している。ゾンビを仕留めるという動きではないが、殴り倒されたゾンビは火薬棒で確実に倒せたので、結果として効率につながっていた。
「おい、隆介! 前に出過ぎだ。もっと下がれ!」
「大丈夫っすよ! こんなやつらに俺がやられるわけないじゃないっすか!」
「いいから下がれ!」
「す、すいやせん!」
ただ、ひとりで突っ走りすぎるところはあったが。
女子のほうも順調に薬局から薬を運び出していた。流れるような手際だ。
俺は、俺の隣に立つ紅に聞いた。
「紅、8班をどう思う?」
「内藤先輩のことですか? 処理能力は悪くはないと思います。きっと、学校の成績はいいのでしょうね。ですが、あくまで治世の能力で、なにかを成し得る力ではないですね。いいところ現状の維持が限界でしょう」
「おまえ、辛いね。俺なんかはどれだけ低評価なのか、聞くのが怖いなあ」
「私の中では直以先輩は高評価ですよ」
紅はにこりともせずそう言う。
「俺みたいな劣等生が?」
「学校の成績を気になさっているのですか? まったく無意味とはいいませんが、今さら気にする必要はないと思いますよ。評価する機関が機能していないのだから」
明治維新後、この国ではしばらくの間、薩摩や長州出身者が重用されるという縁故人事が横行した。
それはやがて弊害になり、能力が高ければ誰でも重用されるよう改革されることになるが、そのときに、さて、どのように能力を計ればいいのか、ということになった。
そこで、今までの縁故人事とは一線を画し、公正で誰が見てもわかる判別法として採用されたのが、試験制、噛み砕くなら入試テストだ。テストの点が高い低いで見分けるなのら能力の差は一目瞭然だ、というわけだ。
学業的にお世辞にも優秀とはいえない俺は、公正に見て劣等生であることは間違いない。
だが、紅は言う。それは誰によって試験されているのか。
それを試験する学校も文部省もすでに機能していない今、公正であっても内容自体に意味がないというわけだ。
と、そのとき同時に2人に声をかけられた。雄太と内藤だ。
「直以、ショッピングモール内のゾンビ掃討は大方終わったぞ。まだ見逃した箇所もあるだろうが、大声を出さなければ大丈夫だろう」
「直以くん、女子のほうも無事終わったよ」
俺は内藤の胸の縦揺れを見ながら言った。
「そうか。それじゃあ自由時間にしようか。ひとりでは行動しないことと遠くには行かないこと、それと大きな音を立てないことは厳守してくれ」
それを合図に各々がショッピングモール内に散っていく。
うきうき、とか、楽しそうという雰囲気はない。
電気がつかずに人がいない街。自分たちの知っているショッピングモールとの違いに、当惑しているようだった。
梨子はまっすぐに俺のところに歩いてきた。
「直以お兄ちゃん、これからどうするの?」
「とりあえずさっちゃんの酒。そのあとはおまえに付き合うよ」
「ほうとう? えへへ。それじゃあさっちゃんのお酒をすぐとってこよ~ね~♪」
梨子はほんわか笑顔で俺の袖を引っ張った。
「それで、梨子はどこに行きたいんだ?」
と、そう言ったのは俺の隣に並んだ雄太。その隣には紅。さらに隣には隆介がいる。
「……なに、おまえらも一緒に行くの?」
「直以先輩。俺、このショッピングモールでいいとこ知ってんすよ。今から行きましょうぜ」
「おまえは失せろ! んで、紅は一緒に行くか?」
「はい。ご一緒させて頂きます。単独では行動するなとの指示でしたので」
「そう! 俺もそうっすよ! 直以先輩、俺に付き合ってくださいよ!」
「あの、さ、紅。悪いけど隆介の引そ「お断りします」つ……」
即答だった。さらに紅は追い討ちをかける。
「誤解なきようにもう一度はっきり断っておきます。お断りします」
取り付く島もない鉄面皮だ。当事者の隆介は、少し目を赤くしている。俺は隆介に同情した。男の心は繊細なのだ。
「……あ~、そうか。それで、雄太は?」
「俺は梨子に服選び手伝ってもらおうと思って」
「服選び? おまえのか?」
「いや、聖の」
「そういえばあいつの着てるもん、制服とジャージのヘビーローテーションになってるよな」
「シャワーは毎日浴びてるみたいだけど、放っておくと普通に2~3日同じ服を着てるからなあ」
「懐かしいなあ。出会った当初はそんな感じだったもんな」
俺と雄太は内輪ネタで盛り上がった。ふと見ると梨子がアヒル口で俺を見ていた。
「聖お姉ちゃんって、そこまでだらしない人じゃないよお」
「今はな。去年までは男の俺が引くくらい身だしなみに気を使わないやつだったんだよ」
「今は違うんだよね」
「? ああ。今はだいぶマシになったと思うぞ」
「身だしなみに気を使い出したってことは、見られることを意識してるってことだよね」
「?? ああ、そうなるな」
梨子は眉間に皴を寄せた。雄太を見ると苦笑を浮かべている。なんなんだ、一体?
「それじゃあ雄太先輩と直以先輩で別れましょうよ。直以先輩、女の服選びって時間かかるんすよ。それだけで自由時間終わっちゃいますぜ」
「こいつ、本気で馴れ馴れしいな。俺まで名前かよ。だけど、2手に分かれるのは賛成だな」
俺は腕を組んで考えた。俺の頭の心の天秤は、梨子の笑顔と『いいところ』がせめぎあっていた。
そして、『いいところ』がわずかに勝ったのを確認すると、俺は言った。
「……そうだなあ。そうするか?」
「え~~、今日は直以お兄ちゃんと一緒にいようと思っていたのにい」
梨子は両手で俺の袖を引っ張る。こいつは、嬉しいことを言ってくれるなあ。
「2手に分かれたほうがよろしいのでは? 同じ場所で同じものを調達するより効率的だと思いますし」
紅がそう言うと、雄太も隆介も頷いた。
梨子は、そっと俺の袖から手を離した。上目遣いで俺を見ている。梨子の肩に、雄太は手を置いた。
「梨子、俺じゃあ不満か?」
梨子は慌てて首を横に振った。
「それじゃあ今日のところは俺に付き合ってよ。直以、梨子を借りるよ」
「ああ……。わかった」
梨子は、多少後ろ髪引かれる感じではあったが、雄太に連れられていった。
俺たちは雄太と梨子の2人がショッピングモールに消えるのを見送った。
ん? 2人?
俺は横を見た。そこには、微動だにせず立っている紅がいた。
「紅、梨子たちと一緒に行かないのか?」
「はい。私は直以先輩と一緒にいようと思います」
……俺は隆介に聞く。
「おい、隆介。これから行くところは女の子は連れて行けるのか?」
「あん? 別にいいんじゃないっすか?」
「俺たちがよくても紅がよくないだろ? 少しは気を使えよ」
「直以先輩。どこに行く気なんすか?」
どこって、おまえ……。
「いいところだろ? いいところって言ったらエロだろ?」
「直以先輩、あんた凄えっすね。俺、学校に寝泊りするようになってからエロ関係なんてまるっきり考えなくなってますよ」
「違うのか?」
「違いますよ。今から行くところは骨董屋です。俺の中学んときの友人の親戚がやってた店っす」
エロじゃないのか。せっかく梨子と別れたのに……。
「悪い、俺、梨子の後を追うわ」
「往生際が悪いっすね。時間が勿体無いからさっさと行くっすよ」
隆介は俺の襟首を掴んだ。俺は引きずられながら、ショッピングモールに入った。
窓ガラスを叩き割り、店内に侵入する。
俺たちは、隆介の案内する骨董屋に到着した。
薄暗い店内は、俺の想像する骨董屋とはまるで違っていた。
茶碗やら巻物やらの古美術品はなく、ナチスの軍服やらネイビーの制服やらが並んでいる。かといってミリタリーショップとも少し違う。区画を変えれば日本刀や鎧甲冑があるのだ。
「私の想像していた骨董屋とは違うみたいです」
紅は生地を確かめるように迷彩色のショートパンツを手に取っている。
「ああ。ま、いいほうに外れたよ」
俺は靴を脱ぎ、軍用ブーツに履き替え、ジャケットを羽織った。うん、悪くない。何着か拝借することにしよう。
「へへ、どうっすか?」
隆介は俺にジャックナイフを向けた。
「危ねえよ! だが、確かにいいものが揃ってるな」
「でしょ!? ここの店主、軍事マニアなんすよ。ミリタリーグッズだけじゃなくて、いろんな武器なんかも揃えているうちに骨董屋始めたらしいんす。直以先輩もいい武器を見つけてくださいよ」
武器、ねえ。俺は日本刀を手に取った。
「日本刀はお薦めしません。竹刀とは重さが違いますし、扱いには技術がいりますから」
そう言ったのは紅だ。
「まあ、俺には剣道の経験はないからな。下手に扱って欠けたりしたらもったいないもんな」
俺は日本刀を置き、横にある値札を読んだ。ゼロが6つ。おそらく美術品としての価値も高いのだろう。
「それじゃあナイフなんてどうすか? 日本刀よりは軽いっすよ」
「ゾンビ相手にナイフで接近戦は返り血が怖いな。感染の可能性がある」
そう言うと、隆介は手に持っているジャックナイフを置いた。俺は苦笑した。
「大丈夫だよ。ゾンビ相手には使えなくても、他には有用だぞ。威圧目的にも効果あるしな」
「威圧目的って……。直以先輩、あんたけっこう悪っすね」
なにを考えたのか、隆介の俺を見る目に尊敬の度合いが増えた。だから鬱陶しいんだって。
と、そこで俺はある一画に気付いた。
日本刀のように整列されている場所ではなく、どこか雑然と並んでいるものがある。ジャンクとは言わないまでも、いかにもな安物感が溢れていた。
俺は、そこにある浅黒い鉄を手に取った。
面にはなにやら文様が彫ってある。
鉄の冷たさが手の平に広がった。
「なんすか、それ。文鎮?」
「紅はわかるか?」
「……いえ、わかりません。武器ですか? 先が尖ってるし、両端は刃物みたいです」
俺は辺りを見渡した。柄の変わりになるものは、すぐに見つかった。
俺は2メートルほどの棒に、靴紐で鉄を垂直に縛りつけた。
「これでわかるか?」
「いえ、槍、じゃないですよね。付け方が違いますから」
「鎌っすか? それにしては柄が長いっすけど」
俺は、答えを言った。
「これは戈だ」
「か? なんすかそれ」
「古代中国で使われていた武器だよ。戦車がすれ違うときに、これで敵を引っ掛けて倒すって使い方をしたらしい。ちなみに、これと槍の機能を合わせたのが戟だ」
「あ、戟なら知ってるっす。三国志の呂布が使ってるやつっすよね」
「方天画戟ですね」
「直以先輩、すげえっす。頭いいんすね!」
「ものを知ってるだけの人間を頭がいいとは言わないんだよ」
少し前まで劣等生だと自認していたのに、頭がいいと言われて悪い気はしなかった。なるほど、聖が無駄ウンチクを披露したがるわけだ。
俺は、戈を一振りした。
空気を切り裂く音が店内に響く。重心が先にあるため、振り回さなくても力が込められそうだった。うん、使えるな。
ふと見ると、紅が俺を見ていた。無表情だが、いつもより少しだけ目を見開いている。知り合った当初だったら見逃していただろう変化だ。
「紅、どうした?」
「あ、いえ……。直以先輩のことを見惚れていただけです」
そう言って紅は視線を外した。
それって、どういう意味だ? そう聞き返すわけにもいかず、変な空気が店内に広がる。
「? 直以先輩、どうしたんすか?」
「なんでもねえよ!」
馬鹿は空気を読まない。だが、それは今はありがたかった。
と、そのときだった。
外から悲鳴が聞こえた。俺は内側からドアを蹴破り、外に飛び出した。
おいっす、ごぶさた、おらどぶねずみ。
被災者のみなさん、お疲れ様です。
まずは謝罪。2~3日で終息すると思っていた数日前の自分が恨めしい……。
どぶねずみは援助物資の仕分けボランティアに行ってきました。ですが、定員オーバーで参加できませんでした。関心が高いのは当然として、みんな行動しているようです。
安易に言うべきことではありませんが、これから少しずつでも良くなっていくと思います。そのために馬鹿高い税金を払っているんですしね!
ぼちぼち暗いニュースにも飽きた頃、連載をちびちびと再開していこうと思います。
暇つぶしにこれからもお付き合いくださいませ。