中度感染
「ゴーバック! 撃ち終えたらすぐに下がれ! 大地、装填はまだか?」
「もう少し!」
「わかった。多少なら遅れてもいいから確実にな。よっし、雄太、行くぞ!」
「おう!」
俺と雄太は金属バットを握ってゾンビの群れに突っ込んだ。
時刻は昼過ぎ、場所は特別棟4階。俺たちは、ゾンビ退治に勤しんでいた。
順調、とはいえないものの、俺たちはそれなりに成果を上げていた。
大地の取り巻きをふたつに分け、それぞれに火薬棒を装備させる。前衛が撃ち終えたら後衛と交代し、その合間を俺と雄太が時間稼ぎをするという戦術を取っていた。
飛び掛ってくるゾンビをかわし、すれ違いざまに膝を打って転倒させる。さらに横にいるゾンビのわき腹にグリップエンドで一撃、ヘッドキャップに手を添えて、力ずくで押し倒した。
後ろに飛び退き距離を置く。隣を見ると、雄太が荒い息を吐いて立っていた。
「こいつら、バランス悪いな。目が見えないなら当然か」
「油断するなよ。なにやってくるかわからないんだから」
「『こと真剣勝負に置いては確率論は通用しない。確率はパターンを生み、パターンは効率を上げる。だが、1パーセントで死ぬ場合、それがどれだけ高確率かわかるだろう?』」
俺は雄太を見た。雄太の口調は聖を真似たものだった。似ていない癖に、それが聖だとわかるのは、うまいというべきか。
俺は、視線をゾンビの群れに戻して言った。
「そういうことだ。自分の死をパターンに組み込むわけにはいかないもんな。殺されないためにも100パーセントの対応をしないとな!」
俺は手を伸ばしてくるゾンビを小手打ち、そのまま即頭部を殴りつけた。
雄太は狭い廊下内で俺と同士討ちしないように離れて金属バットを振るった。
雄太と戦っていると安心できる。雄太は、友人としてだけではなく、能力的な部分でも背中を任せられるやつだった。
「……俺も見劣りしないようにしないとな」
俺は、金属バットをゾンビの口にぶち込んだ。前歯を叩き折り、そのままノド奥を突ききる。ゾンビはもんどり打って倒れたが、ゆっくりと立ち上がった。
「直以、準備できた!」
「よし、雄太、下がるぞ!」
「了解!」
俺と雄太の間を、大地とその取り巻きがすり抜けていく。
破裂音が連続して響き渡った。
視界を覆うほどの黒煙、火薬と血の臭いが廊下中を覆った。
大地は火薬棒を担いでゆっくりと戻ってきた。
「お疲れ、なんとか目処は立ったかな」
「大地、油断するなよ。まだゾンビはいるんだからな」
「大丈夫だろ。だいぶ片付いたんだから」
最初、特別棟4階にいるゾンビは50人を超えていた。が、今は片手で数えられる数まで減っている。
減っているはずだった。
ゆっくりと晴れる視界、その先から、10人単位でゾンビたちが俺たちに向かってきていた。
「……まだこんなにいたのか」
「教室棟から来たんだろ。火薬を使うだけあって、音がでかいからなあ、それ」
大地の取り巻きは大地の周りに集まる。大地は、取り巻きの誰にも目を向けず、俺に言った。
「直以、どうする?」
正直、楽だった。俺が言っても人は動かない。だが、大地が言えば動く。大地を通して言えば、俺の言葉でも人は動いてくれるのだ。
「一度退こう。少し休んで態勢を整えて、それから出直そう」
俺は横にいる雄太を見た。雄太は、荒い息を吐いていた。
大地は、少し考えて、なにかを言おうとした。が、それを遮った影があった。健司だ。
健司は大地と俺の間に立つと、俺に言った。
「直以、後は僕たちに任せて君は休んでいてよ。戦い方はわかったから」
僕たち、ね。
自己と他己。
俺は大地一派ではないが、それでも、以前の仲間にはっきりと線を引かれたのには、少しだけ胸が痛んだ。
周りを見ると、大地の取り巻きは健司の言葉に頷いている。
大地が従っているために自分たちも従っていたが、普段から一緒にいない外様の俺の命令には反感を覚えていたってことだろう。
言葉を詰まらせている俺の肩を雄太が手を置いた。
「ここは任せようぜ」
俺はなおも逡巡したが、雄太の疲労を見て、頷いた。
「……わかった。大地、健司。後はおまえらに任せるよ」
俺は、先ほど雄太が俺にやったように、健司の肩に俺の手を乗せた。
「無理はするなよ。やばくなったら逃げるんだ」
健司は、俺の手を払った。
「直以。いつまで仕切ってるんだよ。君はとっくにバスケ部を辞めているんだよ。バスケ部のポイントガードは、僕だ」
「菅田、うぜえんだよ。さっさと消えろ」
そう言ったのは同じクラスのサッカー部のやつだ。それを合図に、大地たちは俺に背を向けた。俺は、結局こいつの名前を知らないままだった。
悲鳴は、俺と雄太が階段に差し掛かったところで聞こえた。
俺と雄太は一瞬だけ顔を見合わせ、今来た廊下を全速で戻った。
「なにがあった!」
誰も俺に答えなかった。答える必要もなかった。
サッカー部のやつがゾンビに馬乗りにされ、腕を噛まれていたのだ。
このまま殴りつけても金属バットでは同士討ちになる。俺は、ゾンビの脇腹を蹴りつけた。
だが、俺の足は空を蹴った。
「な!?」
ゾンビは間を置かず、今度は俺に飛び掛ってきた。それを雄太は金属バットで迎え撃つが、大振りで振られた雄太の金属バットは、やはり空を切った。
ゾンビが、かわしたのだ。
「早い、な」
「それに俺たちの攻撃をかわしている。目が見えているのか?」
ゾンビは、きょろきょろと辺りを見回し、俺に目を止めた。
まるで、猿だ。可愛らしさなど欠片もないが。
猿ゾンビは、歯茎を剥き出しにすると、俺に飛び掛ってきた。
今まで戦ってきたゾンビも、飛び掛ることはしてきた。だが、それは、飛びつくだけ、といった動きで、予備動作も大きく、かわすのに苦労はなかった。
だが、このゾンビがやってきたのは、助走をつけ、勢いを増し、抱きついてくるタックルだった。
俺は仰向けに倒された。
迫る口に金属バットを噛ませて防ぐ。
猿ゾンビは、首の力だけで俺に近づいてきた。
「貸せ!」
上で雄太の声が聞こえる。雄太は大地の取り巻きから奪った火薬棒を、猿ゾンビに突きつけた。
猿ゾンビは火薬棒の柄を片手で掴み、雄太の攻撃を止める。雄太が引いても押しても、火薬棒は動かなかった。
猿ゾンビは片手に火薬棒を押さえたまま、俺に顔を近づけた。黄ばんだ白目と臭い鼻息が間近に迫った。咥えられたバットからよだれが垂れそうになる。
瞬間、猿ゾンビが弾けた。
猿ゾンビは急に俺と雄太から飛び退き、額を押さえている。
俺は、床に転がっている鋼鉄製の銀玉を拾って立ち上がった。
そのまま背後にいる人物に声をかける。
「伊草、いつ来たんだ?」
「今よ。なんか尋常じゃない悲鳴が聞こえたから急いで駆けつけたんだけど。べ、別にあんたを助けに来たわけじゃないんだかんね!」
俺は、一歩前に出て俺の左に並ぶ伊草を見た。手には俺から奪ったモデルガンがある。
左に雄太が並ぶ。
「それより、見ろよ」
俺は雄太の指差した猿ゾンビを見た。
猿ゾンビは、額を押さえて蹲っていた。
「まさか、痛覚が残っているのか?」
「伊草、そのモデルガンの威力は?」
「ぼちぼち。人に対してならそれなりの効果はあると思うけど。ゾンビに対してはそれほどではないわね。ま、頭蓋骨にヒビくらいなら入れられるかな」
そう言って伊草は引き金を引いた。乾いた音と共に猿ゾンビの身体が踊った。
狭い廊下内、猿ゾンビは被弾しながらも迫ってくる。
「っち!」
伊草は膝立ちになり、モデルガンを単発から連射に切り替えた。
「雄太、俺がゾンビの足を止めるから、火薬棒でトドメを刺してくれ。頭に拘らなくていい。痛覚があるならどこでも聞くはずだから」
「わかった」
「伊草、援護してくれ」
「やってるでしょ!」
俺は、一歩前に出てゾンビに対峙した。
前傾姿勢、自分の呼吸を確認し、相手の呼吸を読む。
靴越しに床を踏みしめ、ふくらはぎに力を込める。
そして、俺は動いた。
猿ゾンビが動き出す直前、大きく息を吐き出した瞬間を狙い、潜る。
ゾンビの左脇をドライブ、一歩で抜き去り、そのまま、腰に抱きつく。
間を置かずに伊草がモデルガンを乱射、猿ゾンビは避けようとするが俺をぶら下げたままでは無理だった。
顔の前に腕を上げ、銀玉を防ぐ。
塞がった視界、雄太は、すかさず火薬棒で猿ゾンビを突いた。
乾いた破裂音。俺の頭上で肉片が舞った。
俺は、飛び散る血肉を避けて、猿ゾンビから離れた。猿ゾンビは胸部に大きな穴を開けて、ゆっくりと後ろに倒れた。
俺は、伊草と雄太を見た。
「アドリブにしてはうまくいったかな」
「いや、上出来だろ」
「ええ。悪くはなかったわねん♪」
俺たちは、笑顔で右拳を軽くぶつけ合った。
が、俺たちにそれ以上の談笑はなかった。
再び、悲鳴が上がったのだ。
俺たちは悲鳴の上がった方角を見た。そこには、大地たちが集まっていた。
大地の取り巻きを掻き分け、悲鳴の中心を見る。
そこには、鉄パイプを振り上げた大地と、先ほど猿ゾンビに噛まれたサッカー部のやつがいた。
大地は、鉄パイプを振り下ろした。サッカー部のやつはわずかに身をかわし、鉄パイプを肩で受けた。
響き渡る悲鳴、サッカー部のやつは転げ回った。
俺は、止めるために一歩前に出ようとした。それを雄太が止める。
「なんだよ、雄太」
「止めるなよ。もしあいつがやらないんだったら、俺かおまえがやっていたところだ」
伊草は大地から視線を背けた。これは、昨日俺が伊草の友人にやったことと、同じだった。
俺は視線を大地に向けた。
大地は、泣いていた。
「すまない。噛まれた以上、俺はおまえを殺さなくちゃいけないんだ。すまない……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺は、まだ生きてるしゾンビにもなっていな、ぐぎゃ」
大地は鉄パイプを振り下ろす。何度も、何度も、何度も……。
大地は、サッカー部のやつが動かなくっても、しばらくの間、鉄パイプを振り下ろし続けた。
ことが終わり、大地は血塗れの鉄パイプを廊下に放り出した。大地の取り巻きは、誰も大地に声をかけない。
俺は大地に声をかけた。
「大地、少し休め。一度退いて立て直そう」
「……いや、大丈夫だ。このままゾンビどもを一掃する」
大地は目を涙で赤くして、俺を見た。
「直以、悪いけどこのまま付き合ってくれ」
「ああ。わかった」
大地はそっと俺に近づいた。そして、俺にだけ聞こえる声で言った。
「俺は逃げないよ。こんな状況だ、やれることをやらなくちゃな」
そう言って大地は俺から離れ、周りに指示し出した。
「健司、下の階に行って手の空いているやつらを連れてきて。俺の名前を使っていいから」
「え、でも……」
「いいから。武器も人手も足りないんだから、少しでも効率よく行動しないと。日が暮れるぞ」
――効率、か。
被害が出ないように少数でやろうと言っていた大地。効率のため大人数でやると言う大地。
どっちも同じ大地だった。
「直以、やるぞ」
俺は、大地に声をかけられ、我に帰った。
「ああ。基本はさっきと同じ戦術で行くぞ! だが、さっきみたいに動きの早いやつがまだいるかもしれない。十分に気をつけろよ!」
大地は大きく頷くと、ゾンビを睨みつけ、振り返らなかった。
俺は、そんな大地に危うさを覚えた。
今回発覚! この作品のゾンビは呼吸します! まあ、血が飛び散ってる時点で心臓が動いているのはばれていたんですけど。
一応言っておかないと日和ってしまいそうなんで宣言しておきます。
うちのゾンビは生きている!