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ゾンビもの!  作者: どぶねずみ
鈴宮高校開放編
10/91

せんきょ★告示

 ガラス張りの学食は夕日の斜が射していた。

 150人を収容できるスペースの半分以上が埋まっている。どうやら生き残った学生のほとんどがここに集まっているようだった。

 

 いつもの日常とまったく変わらない喧騒、窓の外を徘徊するゾンビを除けば、数時間前まで普通にあった日常がそこにはあった。

「なーおい。なにやってんのよん♪」

 声のほうを向くと頭に三角巾を巻いた伊草麻里が厨房の中から俺に手を振っていた。

 厨房を覗くと数人の女子が働いていた。伊草はその中のひとりだった。

「どう? 驚いた? 有志で学食のものを調理したのよ」

「ああ。温かいものを食えるのは助かるな」

 そういえば俺、昼はそら豆パンを1個だけだったなあ。クリームパンとハバネロカレーパン、どうしたんだろう?

「たぶんあんたで最後よ。待ってて。今作ってあげるから。ていうかあんたカツ丼ねん♪」

「別にいいけど、なんでカツ丼?」

 伊草は、少しだけ言葉を詰まらせて言った。

「……肉系の出が悪いのよ」

「……まあ、少なからず生の死体をみんな見てるもんなあ。それよりおまえカツ丼作れるんだ。すごいな」

「ふふん、まいったか、って言いたいところなんだけど、実はレトルトをご飯に乗せるだけ」

 伊草は、ドンブリにご飯を盛ると、湯煎して温めたカツ丼の元を乗せて味噌汁をトレイに置いた。

「うちの学食ってレトルトだったのか?」

「私も今日知ったわ。あ、でもご飯はちゃんと炊いたしラーメンとかはちゃんと茹でて作ったのよ?」

 それにしたって麺は製麺所から買ってるものだろう。そう思ったが俺は口にしなかった。ボランティアで料理をしてくれている伊草に言うことじゃないと思ったのだ。

 俺は伊草に礼を言ってカツ丼の載ったトレイを受け取った。

 以前、というのはほんの5~6時間前までは伊草とは最悪の関係だった。それが、まあ普通の会話ができる程度にはなっている。俺には、それがなんだか嬉しかった。

「おい、直以」

 その声は荒瀬先輩だった。俺は須藤先輩と荒瀬先輩の2人だけで陣取っている長テーブルを見た。

 そこには大皿に盛られたなにかの肉があった。鶏肉か豚肉かの区別もつかない。とろみがついて照かったその肉は、見方によってはおいしそうと言えないこともなかった。

「おまえ、ここで一緒に食ってけ」

「いや、やめときます」

 俺は即答した。荒瀬先輩は険のある目をさらに険しくして俺を睨んだ。だってあんた負のオーラを出しまくってんだもん。

 対して荒瀬先輩の横の須藤先輩は後ろにお花畑が見えそうな勢いで幸せに浸っている。なにがそんなに嬉しいんだ?

 このテーブルには正反対の空気が、コラボ、というかごっちゃ煮、というか、とにかく混ざり合ってカオスを現出させている。普段だったら男どもが、外見だけは完璧な須藤先輩の周りに群れるんだろうが、この空気には近づけないようだった。


「あ、やっと来た。直以せんぱ~い、こっちでーっす!」

 俺は遠野に呼ばれて聖と雄太のいるテーブルに座った。と、その前に……。

 俺は遠野の低い鼻を摘まんだ。

「……にゃにしゅりゅんでしゅか!」

「おまえのせいで俺は変な勘違いをされている」

 まあ、別に名前で呼ばれることに不都合はないんだが、一応制裁はしておかないとな。

 俺は遠野から手を離すといただきますをして味噌汁を一口飲んだ。

 うまかった。

 やっとまともにありつけた食事だ。俺は、無言でカツ丼を貪り食った。

「やれやれ、まるで欠食児童だな」

 俺は味噌汁を飲み干して一息ついた。

「うるせえよ。それで聖。おまえらなにやってたんだ?」

「明日の朝にでも試作品を見せられるよ。期待しているといい」

「? そうか。楽しみしといてやるよ」

 俺はどんぶりに残っている最後のご飯粒を食べた。と、そこであることに気づいた。

 誰も席を立たないのだ。

 学食に来たのは俺が最後というのはどうやら本当のようで、すでにほとんどの学生が食事を終えている。なのに、誰も立ち上がらない。

「なあ、雄太。なんでみんなここに集まってるんだ?」

「なに言ってるんだ? 飯食いに来たんだろ?」

「そうじゃなくて……、食い終わってもまだここにいるだろ?」

 雄太は、やっと俺の言ったことの意味がわかったらしく、大きく頷いた。

「ここにいるように言われてたんだよ。須藤生徒会副会長に」

 俺は遠野の入れてくれたお茶を啜りながら須藤先輩を見た。

 須藤先輩は、俺を見ていた。

 そして、立ち上がり、透き通る声で言った。余談ながら、テーブルの上のなにかの肉はなくなっていた。燃え尽きた荒瀬先輩と共に……。

「さて、みなさん。聞いてください。まずはありがとうございます。えっと、これが適当な言葉かはわからないけど、生き延びてくれてありがとうございます」

 黄金色に染まる学食内は、静寂に包まれた。そこにいる全員が須藤先輩の次の言葉を待っていた。

「今わたしたちの置かれている状況は深刻です。ネットも電話も通じない。いつ救援がきてくれるのかもわからない。にもかかわらず、ゾンビは溢れ私たちを脅かしている」

 須藤先輩は、言った。

「これから、私たちが生き残るための話をしようと思います」

 須藤先輩は人好きのする微笑を浮かべて続けた。

「残念ながら私たちの知っている情報はあまりにも少ない。街はどうなっているのか、世界はどうなっているのか、警察は、政府は機能しているのか? 今の私たちには確認がとれません。でも、わかっていることもあります。それは、今私たちがとりあえずの安全が確保できていること。私は、ここ、鈴宮高校での立て篭もりを提案します」

 俺は聖を見た。

「おまえの入れ知恵か?」

「もともと彼女自身にも腹案としてもってようだがね。まあ、ばらばらでいるよりまとまってくれているほうが私としてもあつかい易い」

 須藤先輩の演説は続く。

「もちろんこの中には家族との再会を求める人や、こんなところにいられないと考える人もいるでしょう。そういった人たちはどうかご自由になさってください」

 そう言って須藤先輩は学食の出口を細い指で指した。

 俺は、舌打ちをした。

「爆弾女め。えげつないな」

「うまい、というべきだよこれは。須藤清良、なるほど、生徒会副会長を務めるだけのことはある。老獪だな」

 須藤先輩の緩やかな口調と外見にほとんどの学生は気づいていないが、従えないなら出て行け、と言っているのだ。

 すでに斜陽は傾いている。もし本当に家族に会いたくても、今から出て行くなんて自殺行為だ。さらに、自分の行動を決めかねている連中も多くいるはずだ。そういった自分では動かない連中を自分の支持に取り込んでいる。

 今、須藤清良に反対するのは自分から学食を出るという行動を行えるものだけだ。しかも、その行動は学校から出て行かなければならないというおまけまでついているのだ。

 

 須藤先輩はきっかり10秒ほど無言で学食の出口を指していた。その間、学食から出て行った学生はひとりもいなかった。

 須藤先輩は手を下ろし、なにかを言おうとした。が、それを遮った少女がいた。確か、先ほどあった少女、進藤紅といったか。

 遠野は進藤を見て軽く声を上げた。

「友達か?」

「いえ。確か彼女、入学式のときに1年代表だった娘です。なんでも入試の成績が一番だったって」

 俺は視線を進藤に向けた。口をへの字に曲げた鉄面皮は健在だった。進藤は無言の注目の中、須藤先輩のところまでゆっくりと歩いていく。

「あなたは、1年の進藤紅さんね? なにかしら?」

「はい。1年を代表して発言させてもらいます。当然ですが、私たち1年は去年この学校にいませんでした。それは、去年の生徒会選挙で投票していないということです。私はここにいるみんながまとまることや学校に立て篭もることに異存はありませんが、支持した覚えもないあなたに無条件で従うことはできません」

 須藤先輩は進藤の射るような眼差しをやんわりと受け止めた。

「進藤さん、それではあなたはどうしたらいいと思うの?」

「私は、この場での選挙を提案します」

「っは!」

 その吐き捨てるような笑いは俺のすぐ近くでした。

 聖だ。こいつ、また面倒なことしようってんじゃないだろうな?

 聖は演技がかった動きで立ち上がると、学食中に響くよく通る声で言った。

「民主主義は非常事態には向かない、とはJ・F・ケネディの卒業論文、『イギリスはなぜ眠ったか』の中の一節だが、今この状況が非常事態であることに異論を唱えるものはいないだろう。そして、この状況の中で、外面のいいだけの宴会部長のような人間に我が身を託すものもいないだろう。ならば、リーダーはこの状況下で口だけではなく実際に行動した人間であるべきだと思う」

 そう言うと聖は俺を見下ろした。なんか、すっげえ嫌な予感がする。

「直以。きみがみんなをまとめるべきだと私は思う。この中でも、直以に助けられた人間は少なくないはずだからね」

 この、ヘビースモーカーが! 脳みそまでニコチンに毒されてるんじゃねえのか?

「それで、直以くん。きみはどう思う?」

 須藤先輩の発言で全員の視線が俺に集まった。

 俺は、イスに座ったまま言った。

「……気持ち悪い」

 俺はお茶を一気に飲み干し、もう一度同じことを言った。

「気持ち悪いんだよおまえら全員。なんだよ選挙って、なんだよリーダーって。なんでそんなこと決めなくちゃなんねんだよ」

 進藤は無表情を崩さずに言った。

「これから私たちは救援が来るまで共同生活をすることになります。100人近い人数で行動するなら、集団のまとめ役は絶対に必要です」

「じゃあなんでその100人は黙ってんだよ」

 俺は、立ち上がった。

「喋っているのは立ち上がっている数人だけ。周りはそれをただ聞いているだけ。まるで出来の悪い舞台かスガ子のドラマじゃねえか。あるだろう? 俺がやりたいとかあいつには任せられないとか。自分のことは自分で決める、それが民主主義だろう!」

 

 しばらく無言の静寂が続く。が、誰かがぽつりと言った。


「俺は……、須藤さんがいいと思う」

 声は、次第に大きくなっていく。

「そうだよな。元々生徒会の人だしな。あの人なら安心して任せられるよな」

「まってよ! 今さら学校の権威なんて持ち出すの?」

「ここは人望があって信頼できる人のほうがいいんじゃ……」

 喧々囂々、テーブルごとに議論は行われている。俺は、聖を一発小突いて座った。

「この、馬鹿が。なんで俺を巻き込むんだよ」

「きみがまとめ役になれば私たちの生存率も上がるんだよ」

「傀儡なら雄太でいいだろうが。見た目だけはいいから票は稼げるぞ」

「雄太では駄目だ。彼の広い視野は得がたいものではあるが、それはあくまで個人のもので全体を見渡すものじゃないからね」

 遠野は、俺の空になったコップにお茶を注ぎながら、俺の顔を窺った。

「直以先輩は、リーダーやりたくないんですか?」

 こいつの視線はまっすぐすぎる。俺は、視線を逸らすためにお茶を一口飲んだ。

「……向いてないんだよ。さっきだって教室に立て篭もっている連中に指示を出すのに、自分でも嫌になるくらい手間取ったし」

「でも結局最後にはみんな従ったんですよね。それってすごいですよ。きっと私じゃあ、いうこときいてくれないもの」

 俺は机に突っ伏した。

「違うんだよ。そうじゃねえんだよ~」

「なにかトラウマでもあるんですか……ぎゃん!」

 言い終わる前に遠野は雄太に頭を叩かれた。それが禁句だと悟ったのか、遠野は申し訳なさそうな顔をしてテーブルに顎を載せて俺を見た。

 俺も同じ姿勢になる。自然と、口元に笑みが浮かんだ。


 と、突然視覚と聴覚が消えた。

 俺は隣の聖を、雄太は遠野をかばうように立ち上がる。

 しばしの静寂、太陽光発電が切れたのだとようやく気づいた。

 あれほど騒がしかった学食は電気が切れたことで無音が包んでいた。みんな急な事態に話を止めたのだ。

 須藤先輩の透き通る声が学食に響いた。

「どうやら時間切れのようね。みなさんもそれぞれの意見があるようですし、明日の朝、また話し合って選挙をしましょう。夜は長い。みなさん、自分の考えをまとめておいてください」

 それを合図に解散になった。幸いにも月明かりがあるため、足元は明るい。

「いつの間に日が暮れたんだ? 気づかなかったな」

 電池式の掛け時計を見ると、まだ6時半だった。なるほど、日の出までは十分過ぎるほど時間があった。

「直以くん!」

 須藤先輩と荒瀬先輩だ。須藤先輩は眉間に皺を作って俺を睨んだ。

「もう、やってくれたわね。選挙なんて面倒なことして」

「大丈夫でしょ? あんた見た目はいいから選挙なら勝てますよ」

「それが困るの! 本当だったら格子整えて直以くんに丸投げするつもりだったのにい! 選挙で選ばれたら逃げられないじゃない!」

 この女、なんて恐ろしいことを計画してやがったんだ? ふと横を見ると聖は慌てて俺から目を逸らした。……こいつもグルか。だから進藤の発言にケチをつけていたのか。

「……荒瀬先輩。あんたの苦労、少しだけ分かった気がします」

「……そうか」

 荒瀬先輩は遠い目をして、ただそれだけ、ぼそりと呟いた。


ケネディの件は嘘です。ていうか昔読んだときはあったと思ったんですが、確認が取れなかったので。どこかの誰かと勘違いしている可能性大。まあ、フィクションってことで見逃してください。


突然ですがどぶねずみは車には興味がありません。ですので他少説でエンジンがどうしたハンドルがどうしたといった描写はほぼ読み飛ばしています。

どぶねずみの車と同じように銃に興味のない人もひょっとしたらいるんじゃないかと思いました。

この小説ではそれがストーリー上必要な場合を除いてなるべく小道具はぼかすことにしました。

情景描写があいまいになるし、そういうのが好きな人には不快な思いをさせますが、どうぞご了承ください。

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