―第5話 女中将―
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あれから1日は経った。
アルヴィナは大人しく牢屋の中のベッドで寝ている。
旅の疲労と今回のことで頭を使いすぎた、ということで眠気には耐えられなかったようだ。
しばらくしてだった。
牢屋の外から騒いでいる声がした。
その声があまりに大きい(しかも牢屋のある場所は地下な為響きやすい)のでアルヴィナは目を覚ました。
「…え…?なに…?」
起きたばかりなので頭はまだ覚醒しておらず、軽く混乱する。
「(あれ?なんで牢屋にいんの!?私ッ!………、あぁ…よくわからないけど盗人として捕まったんだっけ………
てかうるさッ!!)」
頭の中で自問自答をしてようやく頭が覚醒する。
とりあえず声に耳を傾けた。
『貴方たち馬鹿でしょ。
指名手配の盗人は茶髪で武器は大斧よ!それも確認せずに捕まえるなんて……
貴方たち解雇よ。
このことは上に伝えるから。』
『そ、そんなッ!!』
『あんまりです!』
『何をほざいてるのかしら?
貴方たちは我が軍の名誉を傷つけた…おわかり?
普通ならもっと罰を与えるべき……でも私の第一部下の子がかばってくれたおかげて罰はなくなったのよ。
それを有り難く思いなさい!』
若い少女の声だった。
あとは自分を捕まえた男たちの声だろう。
「(え…?てことは私出れる?)」
ギィ…と牢屋の古い戸が開く音がした。
アルヴィナは振り向いてそちらをみた。
「―申し訳ないわ…。無実である貴女を捕まえてしまうなど…」
一本の三つ編みに綺麗に結われた茶髪…、
わずかに鋭いが落ち着きのある髪と同じ色の目、美しい顔立ち、
軍のかなり上であるだろう制服に身を包む彼女は、そう言った。
「私はレギュレイシャン軍中将、ミリア・N・プリラスよ。
ロギアラ出身のアルヴィナ・キートゥスさんね?」
凛とした声でそう尋ねてきた。
「なんで知ってるの…?」
「貴女の持っていた証明書から叩き出しただけ。
レギュレイシャンならそれくらい容易いもの。」
アルヴィナの疑問に彼女はさらりと答えた。
「さて、貴女に詫びたいのだけれど……。
貴女、旅の者よね?
詫びとして、貴女の行くはずだった目的地へ送るというのはダメかしら?」
道中は私が護衛するわ、という彼女にアルヴィナは慌てる。
「い、いやいや!そこまでしなくても…!
しかもミリア中将さん仕事……」
「あら、気にしなくても大丈夫よ。
あのバカな部下たちのせいで仕事はパー。
それに真犯人はわかってるもの。
部下の不始末を上司が片づけるのは当たり前でもあるわ。」
淡々と答えるミリアに、アルヴィナは少し考えて込む。
「(確かにここからの道はよくわからないし、教えてもらえるのはありがたい……
それに、早くアイツらを懲らしめたい…)
……わかった、お願い。」
「えぇ。
じゃあとりあえず私の職務室に来てもらうわね。
ついてきて」
牢から離れていく彼女についていくアルヴィナ。
やはり階級の関係か軍人たちは皆彼女に敬礼をしている。
アルヴィナはそれを横目で見る。
「(…この人、ホントにオエライサンなんだ…。
私と同い年に見えるのに…)」
自分より低い背の彼女を、ただ不思議そうに見つめた。
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「入って、アルヴィナ・キートゥスさん」
「あ、はい…」
敬語(笑)
「(ナレーションうぜぇ…)」酷ッ!?
まぁいいや。
アルヴィナはミリアに言われ、椅子に座る。
彼女は特別な席に座って、アルヴィナに目を向ける。
「今回のこちらの事情に巻き込んでしまって申し訳ないわね…」
「あ、いや…、
こういうこと、よく慣れるから…。」
実際、巻き込まれたり、濡れ衣を着せられたりすることは何度かある。
だからか、今回のことに異常な焦りなどはなかった。
レギュレイシャン軍に捕まるのは初めてだったため、焦りはした。
「あの、事情って何かあったのかな?
聞いちゃ悪いなら聞かないけど…」
相手の様子を窺<<うかが>>いながら尋ねる。
ミリアは少し考え、そうね…、と口を開く。
「軍としてはあまり話すことではないけれど…
巻き込んでしまったからには話さなくてはね…」
ミリアは少し間をあけ、ゆっくりと話し始めた。
「知ってるかわからないけれど、悪徳団体の《モーモス》が活動を活発にしてるのよ、レギュレイシャンで。」
「《モーモス》ッ!」
その団体の名は、自分が追っているものだ。
アルヴィナは目を見開き、ギュッと拳を握りしめた。
「…知ってるのね、《モーモス》のこと…
最近、《モーモス》により国の管理している遺跡や建物が荒らされ、国宝や命が奪われているの…。
そのせいか、ちょっとした盗難でピリピリしちゃってて、位の高い軍隊まで動いてしまうしまつだったのよ。
貴女が捕まってしまったのは、そのため…
ホント、ごめんなさいね…」
経緯を話し、もう一度申し訳なさそうに謝る。
アルヴィナが慌てて大丈夫だからといえば申し訳なさそうな表情は緩まった。
「なら、いいのだけど…
あ、お茶どうぞ」
ミリアの部下らしい少女がお茶とお茶菓子を二人の間のテーブルに置いてくれた。
「あ、ありがとう…
いただきます…」
遠慮なくお茶を飲む。
ふんわりと優しい紅茶の香りが鼻へ伝わる。
香りもよく、甘さもちょうど良かった。
「おいしい…。
こんなにおいしいお茶は初めて」
お菓子も食べたが、やはり上品な味わいでかなり美味だった。
流石は中将殿が食するお茶とお茶菓子だと心の中で思った。
「今日は私、仕事があるの。
街の外の宿を取ってあるから、今日はゆっくりお休みなさい。
昼頃に宿で待ち合わせましょう。」
はい、と宿にチェックが入った街の地図と軍に取られていた自分の所有物を渡された。
「あ!私のナイフと荷物!」
「全部あるはずだけど…確認お願いできるかしら?」
「え?あ、うん…」
すぐに荷物の入ったバックを確認する。
お金も《ガイアの涙》もとりあえず全て入ってあり、アルヴィナは安心したように笑った。
「うん、大丈夫。
ミリアさんありがとうございます。」
「ふふ、この場合はどういたしまして、かしらね」
アルヴィナの嬉しそうな表情に、中将殿は柔らかな微笑を浮かべた。
その後は、軍の敷地の外までミリアの部下に案内してもらい、ゆっくりとした足取りで宿へ向かった。
この出会いが、更に物語を加速させているなど、黒髪の少女は知らない…
―歯車は噛み合った。主の歯車は純白の歯車と漆黒の歯車と廻りだす―