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両極の氷

本当は夏に出したかったんですが、生憎思いついたのが八月三十一日と、どこの小学生の夏休みの宿題だよ!って感じになってしまったので、こんな中途半端な時期に出してみます。

ペンギンの恋物語のお話です。珍しくちゃんと恋愛モノ。

いつもだったらお相手は人間なのですが、今回は其方も動物です。

最近動物メインでやってなかったので、たまにはいいかなと思い書いてみました。何事も挑戦ですね。

 俺はいつも、太陽が眠りにつく頃に一人で海岸に向かう。地平線を一望出来るこの場所で、何者にも邪魔されず赤い夕陽を見るのが好きからだ。毎日のように、南の最果てであるこの地から、独り黄昏る。物想いにふけるには絶好の場所だった。

 そのまま、その場所で闇を迎えるのもおつなんだろうが、生憎とそれは難しい。何故なら。

「おーい、ペン()

 決まった時間に見回りに来る、杓子定規な青年がいるからだった。

「今行くよ」

 俺はペンギンのペン人。とある事情により、野生動物の保護、及び観察、調査を行う団体でボランティアのアルバイトをしている青年、()(ろう)に世話になっている。

「どうした? 最近元気ないな?」

「なんでもねえよ」

「なら良いんだけどな? 何かあったら遠慮なく言ってくれよ?」

「分かってるって」

 動物好きを公言するだけあって、俺達の微妙な変化にも汰朗はよく気が付く。それがありがたくもあるのだが、今度ばかりは素っ気なく対応せざるを得ない。

――こんな事、言える訳がないよな。

 見上げた空は、今日も青く美しい。澄み渡る背景に映える白い雲に、俺は想いを馳せる。

 そう、これは恋煩い。しかもペンギンの俺が違う種族の、遠く遠く離れた北の国にいる白クマに恋をしていて、一度だけ会った彼女の事を今でも想っている、なんて。そんな話、いくらお人好しの汰朗でも、信じてはくれないだろう。



 彼女と出会ったきっかけは、よくあるベタなシチュエーションなんか尻尾を巻いて逃げ出すぐらい、デンジャラスでスリリングだった。


 あれは、唐突に俺らの住み処に侵入してきた。黒づくめで完全防備。手には何やら得体の知れないガスと、重厚な檻を持ったあいつら。音も無く侵入してきたつもりだろうが、その異質な気配を、野生の勘は察知した。今までにもこのような危機は何度もあったから、慣れていると言えば慣れていたのである。日々立ち向かっている大自然という敵の方が、遥かに強大で恐ろしいからかもしれない。

 それからは無我夢中で、迫りくる黒い影から逃げた。俺は当時、若頭という立場だったので、どうにか仲間を逃がそうと必死だった。だから、背後から忍び寄るあいつらに油断してしまったのだろう。水の中に飛び込めば何とかなると思っていたが、甘かった。悔しいが奴等の方が、一枚も二枚も上手だったのである。

 結果的に、俺はあいつらに捕えられてしまった。


「ん……。ここは、どこだ?」

 目が覚めた時には、なんだかだだっ広い空間にぎゅうぎゅう詰めにされていた。暗くてよくは見えなかったが、ぬめぬめしたモノやふわふわしたモノに押しつぶされ、部屋の大きさの割に息苦しかったのは確かである。

「どうやら私達、閉じ込められてしまったようです」

 数秒の後、俺の呟きに律儀にも答えてくれる優しい声があった。それはふわふわした方から聞こえたようである。

「そうか……。って事は、お前さんも動物か」

「はい。ここにいる皆、世界各地から連れてこられたみたいです」

「成程な……」

 どうりで、感じた事も無い気配があるはずだ。俺を南極からわざわざさらうような奴等である。他の皆も、僻地から捕えられてきたのだろう。

「お前は、どっから来たんだ?」

 これからどうなるのか。不安を抑えきれなくて、少しでも忘れたくて、柔らかな声にすがりつく。本当、この時の俺の情けない事と言ったら。部屋が暗かった事に、これだけは感謝しなければならない。

「私は、北の方です」

「俺は南だ」

 正反対だね、とこんな事でもない限り会えなかっただろうという事実に、何故か二人そろって笑った。皮肉ここに極まれり、である。

「南かぁ……。きっとあったかいんでしょうね」

「あー、いや。南と言っても南国ではないんだ。俺の住む所は、一面氷の大陸さ」

「あら、では私とおそろいですわね」

「なんだ。やっぱりお前も寒い所の生まれか」

「はい」

 捕まっているにもかかわらず、その時だけは何故か和やかに、彼女ととりとめのない会話をした。ご趣味は、なんて、まるでお見合いでもしているかのように、俺達は自分の事を話した。

 俺達があまりにもリラックスして喋っていたからか、他の奴らも近くの者と話をしていた。そんな時、唐突に扉が開いた。差し込んだ光に思わず目がくらむ。

――まずい、俺達が喋っているのがばれたのか!?

 改めて、捕えられているという事への恐怖に身を固くした。しばらくして目が慣れてくると、奴等が此方に近づいてくるのが見えた。

「……ちっ。運搬の奴、適当に放り込みやがったな……」

「仕方ないっすよ。それまでは部屋がここしかなかったんだから」

「ぐだぐだしてないで、とっとと片付けるぞ」

『おー』

 どうやら彼らは、俺達を分ける為にここに来たらしい。地域別に連れていかれている所を見ると、盗んできただけあって動物にはそこそこ詳しいらしい。

「な、何をする! もっと丁重に扱いたまえよ」

「いや、触らないで!」

 しかし、扱い自体は乱雑だ。傷付いても構わないというように、腕や足、つかめる所をひっぱって放り投げていく。

 ふと気が付くと、俺は先程まで話していたふわふわした者に、手をつながれていた。驚いてそちらを見ると、純白の美しい毛が見えた。

「あんた……白クマだったのか」

「そういう貴方も、ペンギンさんだったのね」

 実物を見た事は勿論無かったが、知識としては知っていた。だが、実際に見ると、なんというか、その、そう、

『可愛い』

不謹慎ながらも、またもや二人で笑ってしまった。

 すると、その声が耳障りだったのだろう。

「あ? なんか楽しそうだなぁ、おい」

 犯人グループの一人に目をつけられてしまった。

「ちょうど良い。来い!」

「きゃあ!」

 北から順番に選んでいたからだろう。彼女は標的となり、無理矢理腕を引っ張られた。

「おい、乱暴はよせ!」

「あ? うっせえなぁ。ぴーぴーぴーぴー鳴くんじゃねえよ」

 どうやら、この人間には俺達の叫びが聞こえないらしい。無理も無い。俺達の言葉を理解できるのは、理解しようと思う純粋で優しい心が必要なのだから。こんな奴等に分かられたらたまったもんじゃない。

「いいから離せよ!」

 それでも俺は奴の足にまとわりつき、何とか抗おうとする。ここでみすみす彼女を渡しては、男ペン人、一生の恥である。

「うっぜえなぁ、お前の番はまだなんだよ。ひっこんでろ!」

「うわ!」

「ペンギンさん!」

 俺の必死の抵抗も空しく、彼女は連れていかれた。後に残ったのは、蹴られた際の腹部に残る鈍い痛みと、何も出来なかった悔しさ、そして、彼女の手の温もりだけだった。


「くそお! なんでだ、なんでなんだよ……」

 彼女が連れ去られ、ついで周りの者達も次々にいなくなる。そろそろ俺の番も近いだろう。全てを諦めた、その時だった。

「警察だ!」

「なんでここが!」

「逃げるぞ!」

 どうしてかは分からないが、助かった。犯人達は次々に捕まっていく。もう大丈夫、直感的にそう判断した俺は、一目散に駆けだした。


 目的の彼女は、すぐ隣の部屋ですでに保護されていた。

「おい、あんた、大丈夫か!?」

「貴方こそ……ご無事で何よりです。大丈夫でしたか?」

 彼女は見た所傷一つなかった事に、俺は安堵した。

「なーに。こーのぐらい、平気平気……いてててて」

 安心したからだろうか。鈍い痛みが戻ってきた。

「平気じゃないじゃないですか!」

「へへへ……。でも、あんたが無事なら良かったよ」

 それは本心だった。彼女は心配したような、それでいて照れているような複雑そうな笑顔で笑う。素敵だな、と素直に感じた。

そう言えば名乗って無かったな、そう思い、ここで俺は名前を告げた。

「俺、ペン人って言うんだ」

「私は白奈」

 その後、二言三言会話をし、俺達は別れた。願いを込めた、誓いを交わして。

『また、どこかで』



――あの人、今頃どうしているかしら……。

 遠くの空を見つめて思うのは、あの時一度だけ会った、あの人の事。凛々しくて、でもどこか可愛くて。私の心は、あの人でいっぱい。

「どうしたの、白奈。元気ないね?」

 私達を保護してくれている団体でボランティアをしている少女、時史(このみ)が今日も私を気遣ってくれる。

「ううん、なんでもないの」

 もう忘れてしまっているとは思う。それでも。

――ペン人様、白奈は今でも、貴方様の事を思っております。



 思えば、最初に声を聞いたその時から、俺は彼女に惚れていたんだと思う。だから、今回上京を決めたのも、柄にもなく一筋の希望って奴にすがってみたくなったからだ。

「ペン人ー、大丈夫か?」

「随分あっちぃなぁ、こっちは……」

 船に揺られてどんぶらこ。トラックに揺られてよっこらしょ。今俺は、日本っていう島国にあるこいつらの施設に向かっている。何でも、先の密輸で傷付いた動物達を本格的に保護する場所らしい。そんな事はどうでも良かったのだが、あれに関わった者達が集められているというのは気になった。

「すぐ涼しい場所に連れてってやるからよ」

「おー」

 しかし、トラックの中は冷房が完備されているはずなのに暑い暑い。ホームシックになりそうなぐらいには、故郷の氷が恋しい。

 目的地に着き、大袈裟なぐらいどでかい施設の中を、よちよち歩きで汰朗に必死でついていく。するとしばらくして、ひんやりとした空気が漂ってきた。

「着いたぞ、ここだ」

 倉庫のような扉を開けると、先程よりも強く冷気が押し寄せる。人間の彼は身を縮ませたが、俺にとっては極楽の気分だ。

「お、先客がいるみたいだな」

 中を覗くと、確かにそこには俺達以外の気配があった。人間の少女と、それから、あれはもしかして……。気になって駆け寄ろうとした時、

「汰朗!」

少女の方がそれよりも早く俺達に気付き、此方へと走ってきた。

「時史か?」

 どうやら名前で呼び合っている所を見ると、二人は知り合いらしい。

「久しぶり~!」

 しかし、近付いてきた勢いそのまま抱きついたのを見て、俺は認識を改める。彼らは恋人同士のようだ。

「うわ、くっつくなよ」

 汰朗がそう言いつつも彼女を離さないのが、その良い証拠である。

「おーおー、ラブラブっぷり見せつけてくれちゃってよー」

 すっかり圧倒されてしまった俺は、もう一つの気配の主の事を失念していた。

「ペン人様」

「な、なんだよ」

 だから、照れ隠しのようにつっけんどんな言い方をした俺を、責めないでやってほしい。

「お会いしたかったです!」

 もっとも、当の本人は差して気にした様子も無く、先程の少女をまねて俺に抱きついてきた。と言っても、身長が違い過ぎるので、俺はすっぽり抱きかかえられた状態になっているが。くそう、こういう時背の高い奴等が羨ましくて仕方が無い。

 ……好きな女ぐらい受け止めてやれるぐらいの背丈が欲しいと言ったら、彼女は笑うだろうか。

「お前もかよっ。……俺も、ずっと会いたかったよ」

 まぁ、今は考える事よりも、この再会を喜ぼう。彼女が俺の事を覚えていてくれて、また、同じように好きであってくれたというこの幸運を噛みしめなければ。

 しばしの間、俺達はずっと抱き合っていた。その後、手近にあった段差に腰を下ろす。俺が彼女の膝の上に、まるで子どものように座っているのは仕方が無い。彼女が離してくれなかったし、何より俺も離れたくなかった。

 沈黙が流石に気まずくなってきたので、流れてしまった月日を埋めるように、俺は彼女に語りかける。

「あー、えっと、今までの状態ってさ、人間の言葉でなんて言うんだっけ?」

「遠距離恋愛、ですか?」

「そうそう、それそれ」

「北と南。遠かったですものね」

「でももう、俺はお前を離したりしないぜ?」

 気の利いた話題は思いつかなかったが、その分せいぜい格好付けて台詞を言わせてもらう。気障なのは性に合わないが、せめて見栄ぐらいは飾らせてくれ。

「このちっぽけな氷なんかあっちゅう間に溶けるぐらい、熱い恋をしようぜ」

「……はい」

 寄り添う二人を阻む物はもう、何も無い。


何故生み出されたのか分からないぐらい、珍しく終始甘いですね。

……後から見直すの辛かったなんて口が裂けても言えませんが。

(注:作者は甘い話が大の苦手です)

お楽しみいただけたのなら幸いです。

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