ありそうでない話
光忠と翼、二回目の登場です。
卒業式シーズンという事で、そういう内容になっております。
これは私が、主から聞いた話だ。
主はこの春中学を卒業、四月からは晴れて高校生になる。
その卒業式で、正確にはその後に、何やら面倒な事が起こったらしいのだ。
“卒業式”、というのは、ただ学校から巣立っていく儀式ではなく、先生や後輩、学友達とのお別れの儀式でもあるらしく、毎年人気のある先輩は大勢の後輩たちに見送られて、学校を後にするらしい。我が主、佐倉翼もその一人で(主はサッカー部のキャプテンとやらをやっていて、特に女の子に大人気なのだ。ついでに、私が言うのもなんだが、優しいし、男前だ。格好良くて、成績も優秀、おまけにスポーツ万能。私は鼻高々である)式の後、友人と帰ろうとすると、たちまち女生徒に囲まれてしまったらしい。
「まぁ、それは言い過ぎだけど、実際何人かは来たんだよ。それでな、皆なんかもじもじしてたんだ」
そりゃあそうだ。いくら主がお優しいと言っても、相手は憧れの先輩。どう話を切り出して良いか、さぞ迷った事であろう。うむ、私にはわかるぞ、その気持ち。
「でな、そんな時にあいつが来たんだよ」
あいつ、とはおそらく、参道潤とかいう主の後輩の事であろう。主がそんな風に親しげに呼ぶのは、最近彼の事が多い。尤も、部活ではなく、園芸委員会の後輩らしいが。
主から聞いた話では、潤は成績優秀で真面目な性格らしい。年は二つ下の一年生らしいが、委員会では植物に対する豊富な知識から重宝されているようだ。事実、今年に入ってから学校の花壇が綺麗になった、と大評判である。私も主に連れられて見た事があるが、それは素晴らしかった。何より、秋に私の大好物であるヒマワリの種をくれるなど優しく、また記憶力に優れている所もある。
と、まぁ彼の紹介はこのぐらいにして。私は再び、主の話に耳を傾ける。
「そんでな。“翼先輩、ちょっと……”とか言うんで、ついてったんよ。そしたらさ、あいつ、何て言ったと思う?」
……? うーむ。これまでの流れから推測するに、学生服のボタン関連ではないだろうか? そんなやり取りがある、という事を前にどこかで聞いた事がある。
確か潤には、サッカー部のマネージャーの塚田花音とかいう、主曰く超可愛い、そして心配りもしっかり出来るという人間として完璧な女の子の幼馴染がいたはず。きっと、彼女にでも頼まれたのではなかろうか?
そう思い、私はその旨をジェスチャーを駆使して主に伝える。私は演技派なのだ。
主にはすぐに伝わった。
「なるほどなー。さっすが、光忠。それがフツーだよなぁ……」
私の推測を聞き終えて、主はとても複雑そうな顔をした。という事は、私の読みは外れた、という事だろうか?
「あぁ。あいつはな、大真面目な顔して、俺にこう言ったんだ」
*
潤に連れられて、俺は体育館倉庫の裏まで来てしまった。どうやら、彼は人気のない場所を探していたらしい。
「おい、潤。こんなとこまで連れ出して、話って何だよー?」
ようやく彼の歩みが止まったので、俺は尋ねてみた。何故なら、潤が下を向いて、一向に話し始めようとしなかったからである。そんなに言いづらい事なのだろうか、と俺も若干身構えた。
ところが、頬を赤らめて言った台詞は、俺が予想していた事とははるかに違う、むしろ凌駕するようなものだったのである。
「先輩! 第二ボタン下さいっ!!」
「……はいぃぃぃ?!」
まさか、こんな冗談を言う為だけに、俺をここまで連れてきたのだろうか。思わず、そう叫んでしまった。
「?」
ところが、潤はその反応が分からない、とばかりに首を傾げている。
「ちょ、ちょっと待て、潤。お前、その意味分かって言ってんのか?」
もしや、と思い、念の為聞いてみた。
「え? 尊敬する先輩からもらう物じゃないんですか?」
……返ってきた答えは、予想通りのものだった。
*
「つまり、だ。潤は意味をよく知らなかったから、そんなアブない発言をしてしまったんだな」
うんうん、と主は納得したように頷いている。いや、そこはそうするべき所ではないと思うのだが。 しかし……潤は世間知らずにも程がある。ハムスターの私でさえも分かるというのに。聞いた相手が主で良かったな、本当に。他の人に聞いたら、最悪とんでもない事になっていたかもしれないのに。私が見た所、潤は主とは違うとはいえ、相当な美少年だったからな。
それはそうと、主はきちんと彼の誤解を解いてあげたのだろうか……。それに、では誰に第二ボタンをあげたのだろう? 主の学生服には、確かに上から二番目のボタンが無い。
その旨を、やはりジェスチャーで伝える。
「あぁ、コレねぇ……。面白いから、潤にあげといた」
はっはっはっ、と笑っているが……主よ、それはきちんと誤解を解いたうえでの事だったのであろうな? 皆さんはもうお分かりの通り、潤はまごう事無き男である。それで何かややこしい事になっていないと良いが……。全く、主も物好きなお人だ。
本当に、人間とは奇怪な生き物である。
その後、潤が大量の女生徒に追い掛け回され、ボロボロになって帰ってきた、という噂が流れてきたが、その真相は定かではない。
という訳で、久々のコメディでした。
さりげなーく僕の他のキャラクターが登場したりしています。
こうやって、自分の作品内で相互にかかわっていることが割と多いです。