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物知りなおじさん

このお話は、割とファンタジーっぽいです。テーマ「秋の夜長に」

 世の中は理不尽だ。どうして、生まれた時には運命が全て決まってしまうのだろう。僕だって、好きでこんな風に生まれた訳じゃないのに。

 僕は、生まれた時から目が見えない。その所為で、両親にも、弟にも迷惑をかけている。それに、きっと、皆僕がいない方が幸せなんだ。だから――

ヒュオオオオオオオ

 正確な高さは知らない。でも、きっと、ここからなら、大丈夫。僕は、この世からいなくなれる。手探りで、窓枠に手を掛ける。よし、慎重に、慎重に。こんな所で下手に音を出して、人が来たら厄介だ。落ちつけ。巡回が来るまで、あと1時間以上はある。ゆっくりやればいい。

 丈夫そうな所に足を掛け、やっとのことで手すりの上に座る。さぁ、後は少し体を傾けるだけ。ほんの少し、前へ乗り出すだけでいい。これで、僕は自由だ。

 その時、ふわっと風が吹いて

「そこのお主。そんな所で何をやっているのじゃ?」

落ちついた大人の、男の人の声がした。

「!?」

 驚いた僕は、そのはずみで落ちそうになる。

「お、おいおい。危ないじゃろうに。とりあえず、もうちょっとましな所に座りなさいな。話を聞くにしてもそれからじゃ」

 男の人は僕の体をふわりと支えると、そう言ってそのまま、僕を手すりから下ろしてくれた。

 だが、とても感謝するような気持ちにはなれなかった。だって、僕は……

「……父の使いですか?」

「? 何の事じゃ?」

「とぼけないで下さいよ! どうせ貴方も、あの人の差しがねで僕を見張っていたんでしょう?! 助けたなんて思わないで下さい! 僕はこれから」

「しーっ」

「?!」

 最初は小声で喋っていた僕の声が、感情的になるあまり大きくなってきた所で、男の人は僕の口を何か布のような物でふさいだ。

「ほれ、あんまり大きな声を出しては、そなたの言う“父の使い”とやらに見つかってしまうぞよ」

 ……確かに。男の人の言う事はもっともだった。だから僕は、了承したという意味を込めて、こくこくとうなづく。すると、口にあてがわれていた布が外れた。

「あ、貴方は一体誰なんですか? 部外者はここへは立ち入れないはずですが……」

「ほう。ようやく、儂がそちらさんの者ではないという事が分かったらしいな」

「はい……。あの人の手の者なら、今頃僕は父の元へ連れ去られているでしょうから」

 そう、悪魔のようなあの人の元へ。そして、また僕は光も届かないような場所へ、入れられてしまう……。

「ふむ。先程から、自分の父親の事をあの人呼ばわりとは……。何か、訳がありそうじゃの? 儂で良ければ、話ぐらいは聞くぞよ?」

「・・・」

 正直、迷った。

 さっきまで僕は、あそこから飛び降りて死ぬつもりだった。そのぐらいしか、僕が死ねるような方法は思いつかなかったからだ。しかし、この人に邪魔をされ、苦労して登った手すりからも下ろされてしまった。これではもう、今日中に死ぬのは無理だろう。だったら……。

 僕は、この見ず知らずの人に、全てを打ち明けてみる事にした。きっと、何も状況を知らなかったからこそ、話す気になったんだと思う。

「……驚かないで、聞いて下さいね?」

「嗚呼、約束しよう」

 そして、僕は語り始めた。


 僕の家はかなり歴史のある名家で、本来なら僕は、その跡取り息子だった。

 ところが、僕の目がこんなんなばっかりに、僕の母は責め立てられ、僕は僕で様々な治療を受けさせられた。そのお陰で、光ぐらいなら感じ取る事が出来るようになったが、それでも全快には至っていない。

 しかし、それからしばらくの間、僕は普通の子どもと同じように教育される。読み書きが出来なければただひたすらに、手にまめが出来るほどに書かされ、物が判別できなければ分かるまで覚えさせられ、運動が出来なければ体力が無くなり力を使い果たしぶっ倒れるまで鍛えさせられた。

 そうやって父は、僕を“普通の子ども”として育てたがった。

 その企みは成功したようで、僕は小学校に入るまでには、普通の子どもと同じように生活できるまでになった。

 そして、やっぱり普通の子が通う有名私立学校へ入学させられた。

 しかしこれが、不運の始まりだった。

 “普通に生活できる”のと“普通の生活”は違う、という事を、僕はその時始めて知る。そして、“普通”でない事は子どもの世界では“異端”である事と同じだ。

僕は、その世界から追放された。

それでも、父は僕を“普通”の人間として育てる事に躍起になっていた。

親からの重圧、周囲の期待、同級生達からの視線。全てが雁字搦めに僕を捕え、縛り付ける。そんな地獄のような日々は、僕が小学校3年生の時、唐突に終わった。

弟の誕生である。

 遅すぎた、とも思われるかもしれない。しかし、父は母と再び交わる事を嫌った。僕のような子を産んだ母には、もう価値も興味もなかったのだ。しかし、離婚してしまっては、体裁に傷がつく。そこで、母を地下室に閉じ込め、自然に死ぬようにしむけたのだ。勿論、餓死しない程度には、水も食料も与えていたらしい。が、一切日の光が届かない暗闇に、堪え切れる人はそうそういない。母は最終的に、自ら舌を噛み切って、死んだ。

 それからすぐ、今の奥方と結婚、そしてそれから1年余りで弟は生を受けた。五体満足、顔立ちも精悍として利発そうな、元気な男の子が生まれたのである。

 こうして、僕は“存在しなかったモノ”となった。

 初めは、僕も母のいた地下室に入れられた。

 だが、僕も同じ方法で自殺未遂を測ったところ、流石に死なれるのはまずい、という事になり、今の部屋に移された。この、塔の最上部、全面ガラス張りの部屋の中に。見通しも良く、普段は執事やお手伝いの誰かしらが一緒に住んでいる、いや、僕を見張りながら身の回りの世話をしているので、下手な事は出来ない。でも、今日は違う。だって、今日は――。


「弟の誕生日?」

「そう。大事な跡取り息子の誕生日パーティーだもの。皆、そっちに行っちゃって、しばらくは帰って来ないんだ」

「……だから、こんな事を?」

「うん」

 だって、僕は所詮要らない子。誰からも必要とされない、父親からは認識もされていない、この世界に存在していない子どもだ。だったら、いっそのこと、いなくなってしまえば……

「名も知らぬ少年よ。人生、そう捨てたものでもないかもしれぬぞ?」

「……そんなこと、どうして言い切れるんですか?」

「要は、君は自由になりたいんじゃろう? じゃったら、ここから出ていけばいいじゃないか」

「え……?」

 この家から出て、違う場所で一人で暮らしていく。そんな事、考えた事もなかった。それはきっと、僕がこの家に縛り付けられているから。でも……。

「ここに君の居場所が無いというのなら、他の場所で探せばいいじゃないか。きっと、どこかに君を受け入れてくれる人はいるぞ? 何なら、儂と一緒に来ても……」

 おじさんの提案は、とても素晴らしいようなものに思えた。初対面の僕にもこんなに優しくしてくれる人と、一緒に暮らす事が出来たら、どんなに楽しい事か。

 うん、決めた。おじさんについていこう。そう思って、“僕を連れて行って”と言おうとした時

「お、お兄様」

幼い子供の声がした。

『!?』

「まさか、噂の弟君かの?」

 実を言えば、この時まで僕は弟の声を知らなかったのだ。多分、弟も僕の顔を知らない、というか存在すら知らないはずだと思っていたが……。しかし、それにしても何故ここへ? というか。

「お、お前、パーティーはどうしたんだ?」

「こっそりと抜け出してきました」

「何故こんなところに?」

「お兄様に、一目お会いしたかったのです。……風の噂で、私に兄がいる事は知っていましたから」

「・・・」

 会って、どうするというのだろうか? 僕に恨み事でも言うつもりだろうか? それとも……。

 僕が、弟がここに来た真意を測りかねていると

「ほれ。折角弟君が来てくれたんじゃ。そっちを向いて顔ぐらいみせてやりなさい」

おじさんの声がした。どうやら、僕は弟に対してそっぽを向いていたらしい。おじさんが僕の手をとって方向転換させてくれた。その際、

「え?」

と弟が吃驚していた。

「嗚呼、怪しいもんではない。儂はお兄さんの味方じゃよ」

 どうやら、見ず知らずのおじさんがいた事に驚いていたらしい。しかし、納得がいっていなかったようなので、僕もフォローを入れる。

「大丈夫。この人は父の差しがねではないよ」

「まぁ、それはそうですけど……。だってふ」

「お互い秘密があるって事で、な?」

「!? ……はい、分かりました。もう何も言いません。お兄様は、貴方を信用してらっしゃるみたいですし」

「? 何だ? 秘密って?」

 それに、おじさんの秘密って何だろう? こういう時、目が見えないのはとても不便だと思う。気配は感じ取れても、表情は読めないからだ。

「……はい。実は、それを伝えに来たのです」

「?」

「私は貴方の弟ではありません」

「え?」

 どういう事だ? まさか、今更血がつながっていない、養子だとか言い出すのではないだろうか。しかし、弟は僕の予想をはるかに超えた事を言ってのけた。

「妹なのです」

「……嘘だろ? だって」

 男の子が生まれたからこそ、僕はお払い箱にされてしまったんじゃないのか?

「……お父様は、子どもが生まれればそれが男だろうと女だろうと、関係なかったみたいです。ただ、あの人は“跡取りとして育てる”だけですから」

「でも、それじゃ……」

「幸い、まだ私は幼いですから、このように教育されてもばれずには済んでいます。……初対面で看破されたそちらの方には、驚きを隠せませんが」

「まぁ、年の候と言う奴じゃの」

「……でも、このままだったら私、本当に男の子にされてしまいますわ」

 確か、今は6歳ぐらいであっただろうか。そろそろお洒落もしたくなる年頃だろう。髪を伸ばし結わえたり、綺麗なドレスも着たいだろう。しかし、

「僕がこんなんだから……」

弟は、いや、妹は妹でずっと、この家に縛り付けられていたのだ。

「……本当はこんな話、したくは無かったんですけどね。廊下で先程の一部始終を聞かせてもらって、考えを変えました。確かに、お兄様はお兄様で苦労なさっていたのでしょう。しかし、それでこの家から逃げられては困ります。それに」

「それに?」

「何より、私が寂しいです」

「・・・」

 何だろう。これじゃどっちが年上か分からないじゃないか。それに、身構えていた僕が馬鹿みたいだ。

「おじさん」

「なんじゃ?」

「本当だね。まだまだ世の中捨てたもんじゃないみたい。僕、もう少し頑張ってみるよ。妹の為に」

「そうかそうか。それは良かった。ではのぉ」

バサバサバサ。

 親切なおじさんは、羽音と共に去っていった。


裏テーマは「盲目の少年とフクロウ」。

大分前になくした原稿その1を、記憶だけで再現してみました。

そして、次の更新はいつになる事やら……。気長にお待ちくださいな。

では。

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