つくられた恋心
今回動物関係していないのですが!
でもどうしても書きたかったので、書きました。
甘酸っぱい?バレンタインのお話です。
二月十三日。製菓メーカーの販売戦略だと知りつつも、“女の子”とカテゴライズされる生き物は、皆こぞってお菓子を作る。一応、“女子高生”というパッケージに包まれている私も、その例に漏れる事無く、こげ茶色の甘い香りに包まれている。そして、恒例行事にしやがった何者かを恨みたくなるようなイベントに強制参加だ。そう、私はこのチョコレートをとある男子に渡すのである。それも、周りがでっち上げた偽りの“好きな人”に。
エントリーナンバー謎番、とある普通の女子高校生。私は明日、好きでも無い男に、愛の告白をしちゃいます。
*
きっかけは、よくある世間話だった。
「ねーねー、青沼君ってかっこよくなーい?」
「かっこいーよねー!」
「頭いーし」
「スポーツ万能だしー」
「クールだしー」
『やばいよねー!』
キャハハ、と楽しそうに笑う彼女達。やばいのはお前らの頭だ、と言ってあげたかったがぐっとこらえ、
「そうだね」
と当たり障りのない受け答えをする。いつもならこれで、次の話題に移行するはずだった。この話は、一日の間に彼女達がする膨大な量の中身の無い会話の渦に飲み込まれ、排水溝へと消えていくはず、だったのに。このすぐ後に、
「神埼、先生が呼んでる」
と、親切にもご本人が登場しなければ。渦中の人物が、わざわざ私の前にやって来なければ。
「ありがとう」
私はそのまま職員室に急行したので、後の話は伝聞から推測するしかないのだが、どうやら面白がった友人達は、青沼君が私の事を好きなのではないか、と妄想を膨らませたようだ。そして、それをどこからか聞きつけた男子が、神崎も青沼の事が気になっているらしい、と広める。それにさらに尾ひれをつけて、二人は両思い、早くくっついちゃえばいいのに、とあらぬ噂をたてる。この発想の柔軟さと、それを三日のうちにやってのけた行動力だけは、色々超越し過ぎていて尊敬に値する。日本国民が全員このような考え方であるのならば、近年ガンガン入ってきている外国の文化と共存できているのもうなづける。火のない所に煙は立たないと言うが、火種は煙草の火程度でも、いや、むしろカイロぐらいでも充分らしい。あいつらの発火点って、もはやぬるま湯クラスなんじゃないだろうか。
とまぁ、そんな訳で私には“青沼君の事が好き”というレッテルが貼られた。今日やった授業の内容なんてほとんど覚えられない癖に、一度固定した“キャラ”に関して、彼女達はそれが貼り替えられるまで、否、それに飽きて貼り替えるまで、忘れる事は無い。遠足の班決めから文化祭の配役に至るまで、彼女達はあの手この手で私達をくっつけようとした。私は時に乗り、時にやんわりと丁重に拒んだ。彼の事は確かに、この学校には珍しく普通の人だという事で気になってはいたが、でもそんなレベルである。いくら円滑な友人関係を守る為とはいえ、あまり混み入った事はしたくなかった。好きでも何でもない女に付きまとわれるのは、彼の方も困るだろうし。だが、そんなのらりくらりとかわしてきた私にも、避けられないイベントがあった。
それが明日、2月14日。本来ならば三世紀に、異教徒の迫害にあって殉職した方の祭日であるところの、バレンタインデーである。まぁ、起源から言えば恋人達の日である事には間違いはないのだろうが、それにしたって日本のこの文化はちょっとどころではなく、かなりいかれていると思う。私見だけれども。
勿論、彼女達がそんなおいしいイベントを見逃してくれるはずもなく。
「ね、未怜。バレンタイン、どうするの?」
当然のように、むしろ待ってましたとばかりに、尋ねられた。
「え? 何の事ー?」
とぼけてみるも、
「もう、しらばっくれてもだーめ」
「告るんでしょ? 青沼君に」
友人達に四方を固められ、逃げる事も許されない。
「無理だよぉ」
これは本音だ。好きでも無い人に、何故振られる事を分かっていて、恥をかいてまで告白せにゃならんのか。
「大丈夫だって」
「告っちゃえよー」
「えー」
こうなってしまっては、波風を立てたくない私としては、逆らえなくて。
『ふぁいと!』
現在チョコレート作りにいそしんでいる、という訳だ。……自分でも、損な性格だとは思う。でも、昔からこうなんだから仕方が無い。流れに逆らわずに生きてきた代償。楽に生きるには、このぐらいは仕方が無いのだ。現に、私はもうすでに同様の手口で五人に告白させられている。まさか高校生にもなって続くとは思ってもみなかったが。
いつか、他の女の子みたいに、本当に好きな人に告白してみたいものだ。
ま、別に好きな人が他にいる訳じゃないから、良いんだけど。
「青沼君、ちょっと良い?」
「何?」
そして当日となってしまった翌日。もう六回目ともなれば、呼び出し方も渡す場所も方法も、手慣れた物だ。にやにやとした視線を感じつつ教室を後にし、人気のない昇降口へ。色々試してはみたのだが、休み時間中の下駄箱というのがなんだかんだで一番人が少ない気がする。
「あの、これ」
到着してから少し間を作り、もじもじと両手でチョコを差し出す。
「え? 俺に?」
あんなに騒がれていたのに、彼は気が付いていなかったのだろうか。意外そうな表情で私に尋ねた。というか、例え勘付いていなかったとしても、今日というこの日に呼び出されるという事は目的は一つしかないと、彼は思わなかったのだろうか。
「……うん」
「ありがとう、でも受け取れないや」
「そう、分かった。いきなりごめんね」
突然の事だ。こういうパターンも想定している。私は少しうつむき、ショックを受けているように装って、踵を返そうとした。もうこの一件は、それで終わるはずだったのに。友達に上辺で慰められて、綺麗さっぱり無かった事になるはずだったのに。またしても彼の一言で、事態は思わぬ方向へと歩を進める。
「だってお前、俺の事好きでもなんでもないんだろ?」
「……え?」
――見透かされていた、ですって。
まさかだった。あまりにも想定外の事に、私は動揺を隠せない。
「なん、で」
完璧だった、はずなのに。現に、他の友人達は華麗に騙しきれていたのに。
すると、彼の口から飛び出してきたのは、何とも間の抜けた言い分だった。
「んー、俺も気になってたから」
「へ?」
「あんなにでかい声で話してたら、聞こうとしなくても耳に入る」
「あ」
――気付いてたのは気付いてたのね……。
まぁ、あれだけ大っぴらに話していたのだ。聞こえない方がおかしいか。
「でもお前、俺の事見てたりする訳でもないし、自分から関わってくる訳でもないし」
「う」
この人は本当によく見ている。そう思った。少し侮っていたが、いやはや油断ならない。だからだろうか。同じような軽い口調で、しかしだからこそ破壊力のある一言で、止めを刺された。
「お前って、自分の意思とかないの?」
図星をつかれて、一瞬ひるむ。
「……何も、知らない癖に」
彼女達が面白半分でやっている事なんて、重々承知している。影で私をどうおもちゃにして遊ぼうかという計画を立てている事も。私は体の良い操り人形なのだ。そして、それを受け入れている。はぶかれる事もなく、いじめられる事もない、ただ少しだけ自分の思い通りにはいかないこの位置を、私は自ら進んで手に入れたのだ。彼にとやかく言われる筋合いはない。
「ああ、知らないね」
私の勢いに少し圧倒されたようだが、前と変わらず飄々とした様子で続ける。
「ただ、これだけは言える」
何故か、絶対の確信を持って、彼はその言葉を告げた。
「俺の方がきっと、お前の事見てたよ」
それは否定しない、が。何の関係があるのかと少し戸惑う。その隙をついて、彼はこう畳み掛けた。
「だから無理すんなって。いやなら断れよ」
「……考えとく」
十分にその言葉の意味を咀嚼してから、私は言った。そして、
「……ごめん」
頭を下げる。流石にばつが悪かった。
「ま、嬉しかったから良いよ」
「嬉しかった?」
今まででも十分すぎるほどに意味が遠かったり、一見的外れにも思える発言を繰り返した彼であるが、これは本当に意味が分からなかった。
「なぁ、断っておいてあれだけど、食わないならそれ、俺が食ってもいいか?」
「なんでよ」
「お前の事が気になるから」
それじゃダメか、と逆に尋ねてくる彼。これを素でやっているのだとしたら、自覚が無い分性質が悪い。そんな彼に、私は初めて素直になって言った。
「じゃあ、ダメ」
「なんで」
「まだ、好きじゃないから」
そして、先程の仕返しとして、自分の言葉に責任を取ってもらう事にする。
「断るのも、勇気なんでしょ?」
だって、君がそう言ったんじゃない、と悪戯っぽく笑う。それを気に入ったのか分からないが、彼も微笑んだ。
「じゃあ、来年、楽しみにしてる」
「それはどうかな?」
つれないなぁ、と苦笑されたが知った事ではない。この気持ちがどう転ぶかなんて、私にだって分からないのだから。
その後教室に戻り、友人には受け取ってもらえなかった、と嘘をついた。すると、まるで予期していたかのように、すぐさま“可哀相な未怜ちゃんを慰める会”が発足され、プチお菓子パーティーが開催。それで一通り満足したのか、彼女達はそれから、あまり口うるさくなくなった。一方、私はと言えば、相変わらず流れに身を任せてはいたが、適度に自ら舵を切るようになった。それを微笑ましそうに見てくる姿があるような気がするが、気の所為だと思っている。
しかしまぁ、長い冬が明け、ようやく芽が出たこの気持ちを、ちょっとだけ、ほんの少しだけだけど、大切にしようと思う。