くまたくろーす
タイトルとは裏腹に、恋愛ものです。作者同一かよってぐらい、縡月にしては珍しく甘いです。
夜に読んでいただけると、雰囲気出るんじゃないかなぁと思います。
あなたのサンタクロースは、一体どんな姿をしていますか?
あれは、私が小さな頃に一度だけ聞いたお話。
クリスマスの夜、皆が寝静まった頃、良い子の所には、“くまたくろーす”というクマのサンタクロースがやってくる。くまたくろーすは、子ども達の事など何でもお見通し。翌朝早起きをすると、枕元の靴下の中にはとっても素敵なプレゼントが待っている。
もふもふした毛、くりくりしたまんまるの瞳。その全てが愛らしく、しかも彼は夢を与えてくれるというではないか。サンタの格好をした可愛らしいクマのイラストに、幼い私は目を奪われた。
あの日から、私の中のサンタクロースは“くまたくろーす”だ。彼以外にはもう、考えられない。ずっとずっと、周りの皆がサンタクロースを心待ちにしていた時、私はおじさんではなくクマを待ち望んでいたものだ。
それは今でも、夢に出てくるほど――
*
「あっはっは」
「な、笑う事無いでしょう!?」
十二月の初め。今年もくまたくろーすが夢に出てきたのでそんな話をしたら、案の定、盛大に笑われた。
「だってよぉ、そんな昔の事なのに、未だにこの時期になると見るって、夢で見るって」
「ひどいなぁ……」
彼は、現在付き合って八カ月の私の彼氏だ。とはいえ、出会ったのは大学での時の事。研究室の先輩だったので、付き合い自体はもっと長いのだ。だからついつい、こうやって油断してしまう。
それに、なんてったって今回は付き合って初めてのクリスマス。浮かれていたのもあって、つい昔の事も交えて話をしてしまったのだが……。いや、笑われるのは覚悟していたからまだいい。でも、こんなにお腹を抱えて笑う事は無いと思う。まぁ、ひかれなかっただけましか、とポジティブに考える事にする。
「そんなに会いたいのかよ」
ようやく落ち着いた様子の彼に笑いながら問いかけられ、当たり前すぎる事だったのでとっさに、
「う、うん」
と頷いたら、また吹き出された。
「な、何よ。悪い?」
尚も微笑みというか、にやにや笑いを絶やさない彼に、ついに苛立ちを隠せなくなった私は、
「私がそんな風に見えないから? 可愛いもの好きじゃ駄目って訳?」
ついつい喧嘩腰になる。自分がそういうキャラじゃない事を分かっているから、尚更腹立たしくなったのかもしれない。
「そこまで言ってないじゃん」
流石に私が怒っている事が分かったからか、彼は笑うのを止めた。
「そう聞こえるのー」
それでも腹の虫は収まらず、正攻法で言いくるめようと私は反撃を開始する。
「私の中でのサンタさんはくまたくろーすなんだもん。サンタに会いたいって思うのは別に普通でしょう?」
ところが彼の方がやっぱり上手。こう一蹴されてしまった。
「お前の年じゃなければな」
そして、止めの一撃。
「これだから、いつまでメルヘンやってんだって馬鹿にされんだよ」
彼の言葉は、私の心にずしりとのしかかる。私だって、ちゃんと分かっているつもりなのだ。歌詞じゃないけれど、夢見る少女じゃいられないって、理解しているはずなのに。
「いいわよ……。別に、そんなのどうだって」
子どもっぽいのかもしれない。だからそんな、責めるような言葉を言ってしまったのかもしれない。
「それより、どうせ、会えないんでしょう……?」
「……悪い」
零れ落ちた言葉は、無かった事には出来ない。気が付いた時には時すでに遅し。流石に、彼も決まりが悪そうになって、その日は気まずいムードのまま、過ぎ去ってしまった。
あれが、クリスマス前に会える、最後の機会だったのに。
「本当に、会えないんだ……」
街はカップルや家族連れでにぎわっているというのに、私は一人、部屋の中にいる。電気も点けないで、布団を頭からかぶって不貞寝して。
「なんでこんな時に限って、誰もいないのよ……」
両親は仕事で帰りが遅くなるというし、弟に至っては彼女とデートだ。
カーテンの外、イルミネーションで彩られた街。いくら手を伸ばしても、あの温かい光には届かない。
――ねぇ、寂しいのは私だけ? 貴方がこんなに恋しいのは、私だけなの?
想いが伝わっているのかどうかさえ、もう分からない。
いや、実際の所、そこまで会っていない訳ではないのだ。たった二週間。メールなら、多少は返ってくるし。
元々、彼は社会人、私はまだ学生だから、会えるのなんて週に一回だし。
ただ、彼からの連絡が、一度も無かった。ただ、それだけ。
付き合う前の方が、一緒にいられる時間だって長かった。だからかも、しれない。
“独りよがりな想いが、暴走しているんじゃないか”
“本当はうざったいのではないか”
そんな疑念が、頭をよぎるのは。
でも、こんな事言える訳が無い。だって、口に出したら、信用してないんじゃないかと思われるかもしれないから。折角、私だけの彼になったのに。それを失ったら……。いや、違う。私は恐いのだ。嫌われるのが、怖い。だから、言わない。
――二人でいる時は、隣にいる時は、愛されてるって実感出来るんだけど。
そして、思考は更に深まっていく。淋しさは抑えきれず、今にも溢れだしそうだ。
もしかしたら、会いたいと強く言えば、駄々をこねたら、彼は時間を取ってくれたのかもしれない。しかし私には、それが出来なかった。物分かりの良いふりをして、結局うじうじしている。天の邪鬼で、ひねくれ者。
――もっと、素直に甘えられたら。
そうしたら、くまたくろーすは私の所に来たかもしれないのに。
凍てつくような寒さが、私の心に雪を積もらせる。一筋頬を伝う雫も、氷を溶かしてはくれない。
寒さが一層厳しくなって、布団を頭からかぶり直す。
ちょうど、その時だった。
どうせ着信などないだろうと油断して枕元に置いていた携帯が、けたたましい音を響かせる。奇しくも、それは気分だけでも盛り上げようと設定した、しかし実際には寂しさを助長させる結果としかならなかった、“ジングルベル”だった。
「はうっ!?」
音に驚いて飛び上がると、外の冷気が直に伝わってきて、慌てて布団を巻き直す。そして、鳴りやまぬ携帯をひったくるようにして取ると、画面を開いた。そこに表示されたのは、予期せぬ人物の名前。彼からのメールだった。
「なん、で……」
時間を確認すると、もう二十五日になっていた。確かに、流石にそれならば仕事は終わっているだろう。だがしかし、何故こんな時間に届いたのか。その謎は解せないまま、私はメールを開いた。
中に入っていたのは、たった一行。
“外、見て”
「なんで、外なのよ……」
そう言いつつも、適当な上着を羽織り、窓を開ける。何があるのか、純粋に興味が湧いたからだ。だがやはり、家の中でもその冷たさは忍び寄っていたように、ベランダに出た途端、妙に澄みきった空気が私を覆う。
「うー、寒っ。って……!?」
あまりの寒さに身を縮こませつつ、なんとなく下を覗いたら、そこにいたのは不格好な着ぐるみの、不器用なクマのサンタクロース。此方に向かって、ぶんぶんと大きく、恥ずかしげもなく手を振っている。
「どうして……」
あんなに、馬鹿にしてたのに。
訳が分からなくてそのまま立ちつくしていると、また携帯が歌った。今度は、“あわてんぼうのサンタクロース”。電話の着信音だった。
深呼吸をして、出た瞬間に何か叫んでやろうと思ったのに。こんな事言われたらもう、私は黙るしかなかった。
『めりー、くりすます』
「……っ」
息を飲み込んでいる間に、そのまま、電話は切れた。
「ばか……っ」
私はすぐに、家を飛び出した。
だって、私が本当に欲しかったのは、くまたくろーすにお願いしたのは、“あなた”だったんだから。
「メリークリスマス!」
やっぱり、くまたくろーすは、私のサンタさんでした。
短いですが、甘いお話が書きたくなって書きました。
自分に足りないものだなぁ、と一人ぼっちでちょっと泣きながら書いていたのは内緒です(笑
そんなこんなで、少しでもほんわかしていただけたら幸いです。