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消えた火曜日

タイトルの謎は一文目でぴんとこられる方もいらっしゃるかと思います。

今回はちゃんと人間(学生)がメインです。

原点回帰で、おそらく青春っぽい感じに仕上がっている、と信じています。

 ある朝目が覚めると、

「ちゅう」

俺はネズミになっていた。

――え。

「ちゅううううううううううううううううううううううううううううううううううう!?」

 叫び声さえも間抜けなのが、その姿と相まって、余計に辛かった。


――どうして、こんな事に……。

 最初は、漠然とした、それでいて圧倒的な違和感でしかなかった。何故なら、俺が起きた原因というのが、“布団が重かったから”なのだから。真冬ならともかく、今の時期は毛布一枚で寝ているのだ。重いと感じる訳がない。にもかかわらず、息苦しさで目を覚ましたのだ。何かがおかしいと感じて普通だろう。

 そして、徐々に頭が覚醒してくるにつれて、最大の疑問が生じた。

――あれ? 俺の部屋って、こんなに広かったっけ?

 六畳一間、一般的な二階建て住宅の角部屋の一室。それが、ホテルの大ホールのような広さになる訳がない。それによくよく見てみると、まず布団がありえない分厚さになっていたし、箪笥も巨大なビルと化している。教科書なんて、コンクリートの壁のようだ。

 部屋がだだっ広くなり、家具が大きくなる。枕元に置いておいた携帯は、ほぼ自分と同じサイズ。これらが示す事象は、ただ一つ。自分が小さくなったのだ。だが、この時はまさか姿すら変わっているなんて、どこぞの夢見る少女のように小さくなってしまった、という妄想ですら突飛なのに、まさか動物に変わっているだなんて、そんな事、考えもしなかった。

 しかしここでなんとか心を落ち着かせようと顔を洗いに行ったのがまずかった。いや、知らないまま家を出るような事にはならなかったので、そこは救いなのかもしれないが。兎に角、俺は洗面所で、鏡に映った自分の姿を見てしまった。毛むくじゃらで灰色の小さな固まりになった姿を。

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 ようやく驚けるようになった俺ではあったが、あまりに声を張り上げた為、反動で流し台から落ちてしまった。暗転。


 再び目を覚ました時には、太陽はすっかり昇り切っていた。

――やばい、学校に連絡するの忘れてた。

 急いで携帯の元へ駆けより、全身を使ってこじ開ける。前足を不器用ながらに使用して、一文字一文字、丹精込めて文字を打っていく。ネズ公でも頑張ればメールは打てるんだな、と新たな発見をした。

 これで学校へは行かなくてもなんとかなる訳だが、それでも、いつまでも部屋に残っている訳には行かない。幸い、我が家では出ていくのも帰るのも俺が一番遅い為、こっそり出掛けてほとぼりが冷めてから帰れば問題無いだろう。最悪、姿が元に戻るまでは野宿でも構わない。それこそ、メール一通で済む話だ。こういう時、放任主義の家庭で良かったと思う。

「さて……行くか」

 少しだけ開いていた窓から、ひょっこりと顔を出す。あまりの高さに目がくらみながら、雨どいに必死にしがみつき、すーっと下りていく。どこぞのヒーローみたいだな、と思いつつ、英雄はいつも命がけなんだなと体感した。


 どんな絶叫系アトラクションも裸足で逃げ出すアクロバティックな着地を無事に成功し、町内散歩に繰り出した俺であるが。

「広いなぁ……」

 いつもは重い足取りでもすたすたと歩き去ってしまう道が、マラソンコースに見える。

「……腹減った、なぁ」

 そういえば朝食も取らずに出てきた事を思い出し、ふらふらとさまよう。鼻をひくつかせ、食欲をかきたてる、良い匂いのする方へ。

 やってきたのは近所でも有名な、俺もよく買いに来るお惣菜屋さんだった。

「ま、まぁほら、ちょっとぐらいなら……。そんなに量を食べる訳でもないし」

 かぐわしい誘惑に駆られ、一歩、また一歩と足を進める。台をよじ登り、あと少しでコロッケに手が届く、という時、

「くっくっく……」

上の方で、地を揺るがすような低い声が聞こえた。

「来たな、ネズ公」

 見上げると、そこには、箒を持ったおばさんが、仁王立ちをしていた。背筋を汗が伝い、悪寒が走る。それは、これから繰り広げられる三十分にもわたる死闘を、予感していたのかもしれない。

「今日こそ、覚悟ー!」

 ばしぃん!という轟音が鳴り響く。紙一重で避けた俺の体は、むなしくも突風により宙を舞った。

「ネズミ違いですううううううううううううううううううううううううううううううう!」


 その後、床に叩きつけられ、腰を強打してしまった俺は、その後も繰り出される連続攻撃から間一髪で逃れていた。そして、文字通り命からがら、これ以上おばさんを刺激しないように、商品を器用に避けつつ、段ボールの隙間をぬって逃走を試みる。

「ネズミって嫌われ者なんだなぁ……」

 そういえば、調理部の連中も困っていると言っていた。しかしこの仕打ちはいくらなんでも酷いだろう、とも考えたが、今までは普通にやってきた事でもある。それを考えると、何とも言えない。

「うーむむむ、ここも行き止まりか……」

 そんな事を考えつつ、必死で抜け道を探す。おばさんの箒が届かない店の奥まで入り込んだのはいいものの、大量の段ボールに阻まれ、脱出する事が出来ない。

「逃げ道は、あそこ、か?」

 最初は壁づたいにてこてこ歩いていたのだが、それも限界だと悟ると、この部屋で一番高いであろう棚によじ登った。そして、ようやく光が差す所を見つけたので、そちらへ一歩踏み出そうとした途端、

「こっちに来るな!」

同類の声がした。驚いて下を見ると、何やら埃や虫やらが異常に溜まっている事に気が付く。いくら倉庫の隅とはいえ、食料品を扱う店にしては、おかしい。そう思ってよくよく見ると、それはただ留まっているのではなく、固定されている事が分かった。そこでやっとこさ、俺はその正体に行きあたる。

「こ、これは……、とりもち!?」

 触らないように注意しつつ、声のした方へ歩み寄っていく。

「そうだ。人間共の卑劣な罠さ。俺は捕まっちまったんだ。お前だけでも、逃げるんだ!」

「……ちょっと、待ってろ」

 俺はこっそりと戻り、雨漏りがあったのか水のたまったボールを全身で移動させる。人間サイズからならば小さいのだろうが、ネズミにとっては二百ミリリットルでさえ大荷物だ。

「な、何を」

 困惑する同士に向かって、俺は出来る限り平静を装い、余裕さえも醸しだし、言った。

「困った時はお互い様、だろ?」

 ネズミだろうと関係ない。彼だって、俺に危険を教えてくれたのだ。このぐらいは当然。いかに俺が適当な人間といえども、放っておける訳がない。

「悪いが、水浸しにするぞ。覚悟してくれ」

「それで、とれるのか?」

「多分」

 とりもちだってべたべたしている何かだ。水に弱いだろう。そうでなくても、多少は取りやすくなるはずだ。

「じゃあ任せる」

「……行くぞ!」

 えい、とちゃぶ台返しの要領でボールをひっくり返す。ばっしゃーん、と勢いよく水が彼の体目掛けて流れていく。

「助かったぜ……。ところでお前、見ない顔だな」

 体をぷるぷると振るい、水気を掃いながらこちらに歩いてやってくる彼。よくよく聞けば、低くて男前な声だ。もっとも、人間が聞いたらただの金切り声なのだろうが。

「ああ、まぁな」

「最近こっちに来たのか?」

「そんな所、かな?」

 ネズミになったのは今日な訳だから、まぁ間違ってはいない。

「じゃあ皆に紹介してやるよ。ついてきな」

 そう言うと、先程まで捕らわれていたとは思えない速さで、彼は走り始める。一方の俺はと言えば、まだ慣れぬ四足歩行で、なんとか彼の軽快なスピードに食らいついていった。


「着いたぜ」

 名も知らぬ彼に息を切らしながらつられてやってきたのは、路地裏の一角だった。そこだけ少し広くなっていて、広場のようになっている。

「ここが、俺達の溜まり場さ」

「あら、ネズ太じゃないの」

 どうやら、彼はネズ太というらしい。彼に気付いたメスのネズミが、話し掛ける。

「やぁ、元気そうで良かったよネズ子」

 わいわいがやがや。他にも沢山のネズミ達がいて、それぞれいくつかのグループを作りながら、ばらばらに話をしていた。

「ネズ子さんとこは子だくさんねー」

「あら、ネズ美さんのところだって」

 まるで井戸端会議のように、主婦顔負けで話す彼女達。否、こちらでは本当に主婦なのだろう。種族が違うとはいえ、その辺りはどこも同じのようだ。

「こんな感じでな、毎月この日には皆で集まって、適当に話をするのさ」

「へぇ~」

 俺がネズ太に説明を受けていると、

「おい、聞いたか!」

またもや知り合いなのであろう、別のネズミが現れた。

「何が?」

「ネズ吉とネズ博のやつ、ついに結婚するんだってよ!」

「マジで!?」

「っていうか男同士じゃ……」

 そんな素朴な疑問は、

「プラトニックだって最近は流行りなんだぜ?」

という言葉と、見せつけられた熱い抱擁によって強制的に黙らせられた。

 ネズミにも個性があり、一匹一匹違う事を、俺はこの時初めて知った。


 そんな愉快な仲間達に混ざって、俺もノリで話を合わせていると、突然、

「敵襲!」

カンカンカン、という音と共に、怒号が鳴り響いた。いつの時代の伝達方法だよ、とつっこみたくはなったものの、聞いた途端に、集まっていたネズミ達は一目散に散らばっていく。どうやら、充分にその機能は果たしているらしい。

「何もたもたしてんだ!」

「早く逃げろ!」

「お、おう……。でも、何が来るんだ?」

「決まってんだろ! 俺らの最大の敵……」

「にゃーお」

『でたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

 そうだった。この時、奴の登場する今の今まで、俺はすっかり忘れていた。昔から、ネズミの天敵と言えば、猫を差し置いて他にはいない、という事実に。

 塀という高い舞台に、颯爽と躍り出るように登場した狩人。その目はランランと輝き、鋭い爪と牙は獲物に飢えている。可愛い顔して、一旦スイッチが入れば、小悪魔なんてものじゃない大魔王である事を、俺はこの時実感した。

――猫こえええええ!

「捕まったら最期だ! 全力で逃げろ!」

「お、おう!」

 言われるまでも無く、その恐ろしさは、殺気として肌で感じとっている。腰がひけそうになりながらも、前足と後ろ脚を懸命に駆動させた。

「ネズ太!」

 足がもつれたのか、それとも先程まで捕まっていたから実は弱っていたのか。どうしてかは分からないけれど、横を走っていたはずのネズ太が、視界から消えている。驚いて急ブレーキをかけると、後方に倒れている彼の姿が見えた。そしてその後ろには、黒い悪魔。

「うおおおおおおおお!」

 腹はくくった。迷いなんて、あるはずもなかった。

「新入り!?」

 ネズ吉やネズ博が止めようと伸ばした手を無視して、俺は猫に向かってつっこんでいく。否、正確には倒れている友の元に。

「ネズ太、危ない!」

 あと少しで牙の餌食になりそうな彼を、渾身の力を込めて突き飛ばす。

「にゃーん」

 後ろから、獲物をとらえた時の楽しそうな声が聞こえてきた。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

――もう駄目だ。

 目をきつく閉じ、全てを覚悟した。

――このまま死んだら、どうなるのかな……。

 家族や友人、人間の知り合いの事を考え、そこで俺の意識は途切れる。



「おい、起きろ。朝だぞ」

「……どうした、嫌な夢でも見たのか?」

 翌朝、兄貴の声で目を覚ますと、俺は人間に戻っていた。

「あれ?」

「どうした? 気分でも悪いか?」

「いや、そうじゃないんだけど……」

「しっかりしろよ。お前、今学期は一回も休んで無いじゃないか」

――え。

 それはおかしい。俺は昨日、確かに休んだはずなのに。驚いて携帯を確認すると、そんなメールを打った形跡は見つからなかった。

「そう、だっけ」

「そうだよ。お前にしちゃ、さぼらないでよくやってるって、父さんも母さんも褒めてるんだから」

――どういう事だ? どうしてメールが無いんだ?

「さっさと支度しろよ」

 訳が分からなくなっていたが、時計を一瞥した俺は、一旦全てを忘れて、支度にいそしむ事にした。


 どうやら、俺は昨日も学校へ行き、部活動もこなしていたらしい。では、あの火曜日はどこに行ったのか。夢と切り捨てるにはあまりにもリアルな、ネズミとしての生活を。

 釈然としない頭で、ふと、路地裏を見た。姿こそ見えなかったが、彼らは今日もどこかで、細々と、しかしたくましく生きている。

「俺も、頑張らなきゃな」


 足取りも軽く、爽やかな風と共に、俺は商店街を駆け抜けた。


もしもある日突然ネズミさんになってしまったら。

この主人公である彼は、若干適応力がありすぎるような気がしないでもないですが、でもいつも無気力な青年にもこういう熱い心が眠っていたんだよって所が書けていれば良かったのではないかなぁと思います。

そんな訳で、ちゅーずでいなお話でした。

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