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月の鎌 — Lunar Scythe —

作者: yutsura
掲載日:2026/09/01

「あれは死神の鎌だよ。世界の魂を狙っているんだ」


 そう彼は言った。

 空に昇る、細く長い三日月を見つめていると、本当に、その通りなんじゃないかという気分になる。

 くすんだ紺碧の世界で唯一、精彩を放つ鋭い光。


 小さな影が月を横切り、ドキリとした。月の鎌が動き出したのかと錯覚する。

 影は宵闇の中へと、すぐに消えた。

 月は静かに輝いたまま横たわっている。


 僕は彼に視線を向けた。

 影に沈んだ彼の姿に、ふと思った。

 彼は――誰だっただろう?

 知っているのに、知っているはずなのに、顔も名前も思い出せない。


 おぼろな輪郭の彼が、手を差し伸べて言った。


「さあ、行こうか。もう、ずいぶんと遅れてしまった」


 僕は震えて息を吐き出した。

 ためらいを覚える。なのに、彼の瞳へ吸い寄せられるように手を伸ばした。

 冷たく、温かな手だった。


 優しく強引に手を引かれて歩き出す。

 彼の背中は見えない。

 僕は――どうして彼の瞳が見えたんだろう。

 月のように、柔らかく刺すような光を湛えた瞳だった。


 見上げると月は消えて、空にひびが入っていた。音もなく亀裂は広がり、剥がれた空の欠片が雪のように舞い落ちていった。

 ああ――。

 僕は思い出し、呟いた。


「僕たちは月を……」


 僕は手のひらに感じる、凍るような焼けるような感触に導かれるままクレーターの陰を歩いた。



 強い揺れに襲われて、僕は目を覚ました。体を起こすと同時に自動ライトが点灯する。机に置いていた本が床に落ちていた。


 ぬるりとした感触を覚え、手のひらを見つめた。黒く光沢のある粘液。着替えた……はずの作業服を着ている。作業服にも手と同じような黒い染みが、ぽつぽつと広がっていた。


 疑念と不安は、心臓を打ち抜く警報に遮られた。

 人工重力が切れて、体が浮き上がる。体にまとわりつくブランケットを剥ぎ、壁を蹴って窓へ向かった。

 熱を帯びた手が冷たい窓に当たると、締め付けられる心臓の、悲鳴のような声で言った。


「ブラインドオフ」


 白く濁っていた窓は一瞬でクリアになり、外の様子をあらわにした。

 ブロックノイズの走る紺碧の空に、ひび割れた満月は浮かんでいた。音もなく亀裂が広がり、剥がれた月の欠片が落ちていく。


 呆然と見上げる目の前で、月が大きく弾け飛んだ。残った三日月のような光を、無数の影が横切る。

 突風が吹き荒れ、壁が、床が、振動を始めた。歪み、軋み、傾き……僕の世界は空へ立ち昇っていく。


 月に開いた穴の中――深淵の宇宙へ。

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