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理想のヤンデレ幼馴染と過ごす幸福な毎日。それを壊しに来たのは、網タイツの催眠おじさんでした。  作者:
催眠アプリとおじさんと彼女

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第5話 幸福の終わり

奪い取ったスマホの画面には、禍々しい赤と黒で出来たアイコンが並んでいた。


「俺の催眠が効かないのは、お前がアプリ持ちだからだろ! 公安の回し者か、それとも野良の所有者か……っ、どっちでもいい、殺さないでくれ! 俺だって公安に脅されて、これを付けられてやってるんだ!」


目の前のおじさんは、網タイツの脚を震わせながら必死に命乞いをした。彼が自らの首元を指さした時、俺は絶句した。


パンティ姿の首筋に食い込んでいるのは、よく見たらただのレザーチョーカーではなかった。 鈍い光沢を放つ金属製のリング。その側面には小型の受信機らしきものと、規則的に点滅する赤いLEDランプ。


「……爆弾? 本当なのか、それ」


「本物だ! 逆らったら公安が俺の首を消し飛ばす……! 頼む、スマホはやる! だから見逃してくれ!」


おじさんの言葉は支離滅裂だったが、その怯えようと、首に巻かれた首輪の重厚な質感は、ここが俺の知っている平和な日常ではないことを突きつけていた。


「……公安? 爆弾? わけがわからない。俺はただ、千歳に何をしたのか聞きたいだけだ」


「……千歳? ああ、あの女か。お前みたいなアプリの所有者かもしれないやつを探るために接触しただけだ。あいつには『催眠』をかけたよ。俺のことをただの知り合いだと思い込み、見たことを忘れるようにな。あいつは素直に掛かったぞ」


「千歳には俺のことを聞いただけで他に何もしてないんだな」


「あたりまえだ、変なことをしたと公安にばれたら俺の首が飛んじまう」


「お前の恰好は変態的だけどな」


「この格好はアプリの所有者を捕まえるために仕方なくやっているだけなんだ」


おじさんの言葉に、胸の奥が冷たくなる。千歳はやはり、こいつに催眠をかけられていた。

だが、おじさんは俺の顔をまじまじと見つめ、パンティの奥の瞳を細めた。


「……なあ。お前、本当にアプリを持ってないのか? なのに、俺の命令が『効かない』……?一般人なら確実にハマるはずなんだ。……まさか、お前……」


おじさんは何かに気づいたように絶句し、ひきつった笑いを浮かべた。


「……ひ、ひひっ! お前のようなむかつくくらいのイケメンには不釣り合いの彼女だと思ったぜ」


「……何?」


「強すぎる暗示が掛かっている間は、弱い催眠には掛からない。それがこのアプリのルールだ。俺の催眠が効かないのは、お前が強靭だからでもお前がアプリ所有者だからでもない。お前の脳が、すでに別の『誰か』によって、一台のスマホの全リソースを注ぎ込まれて、入り込む隙間もないほど隅々まで書き換えられてるからだ!」


心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。 書き換えられている? 俺の脳が? 誰に?


「う、噓だ。おれの人生はおれの……千歳がそんなことするはず」


「思い出? 幼馴染なんだろ? だったら思い出してみろよ。小学校の卒業式の時、担任の先生の名前は? 中学の時に通っていた塾の場所は? ……あの日、千歳がどんな服を着ていたか、細部まで思い出せるか!?」


言われて、俺は必死に記憶を辿った。 ……思い出せない。 小学校の卒業式……感動した記憶はある。でも、先生の顔が思い出せない。 記憶の断片が、千歳を中心にした綺麗な「ダイジェスト映像」のように整理されすぎていて、その背景にあるはずの雑多な日常が、抜け落ちている。


「そんな……そんなはずない!」


「……確かめてやるよ。このアプリには『解除モード』がある。やり方は簡単だ。解除モードにして、お前が自分自身を『撮影』すればいい。……お前が信じている『世界』が本物かどうか、試してみるか?」


おじさんは怯えながらも、残酷な提案をした。 俺は……震える手で、奪ったスマホを一旦おじさんに返した。 おじさんは震える指でスマホを操作し、画面を解除モードに切り替える。


「……さあ、自分で自分を撮れ。……それが『解除』の条件だ」


俺は、解除モードになったカメラのレンズを、自分に向けた。 画面に映る俺の顔。 シャッターボタンを、押した。


カシャリ、と乾いた音が響く。 その瞬間。


「が、あ、あああああああああああッ!!!」


脳を直接、巨大なドリルで抉られるような衝撃が走った。 視界が白濁し、平衡感覚が消失する。 俺の中にあった「瀬戸悠真」という人間の土台が、音を立てて崩壊していく。


美しい千歳の笑顔が、ノイズ混じりの映像のように歪み、溶けていく。 金木犀の香りが、鉄錆のような、古びたスマートフォンの熱を帯びた臭いに変わる。


――「ねえ、悠真くん。私たち、ずっと一緒だよね」


あの日。中学二年生の、夏休み前。 放課後の誰もいない教室。 俺の目の前にいたのは、絶世の美女ではなかった。 髪はボサボサで、眼鏡の奥の目は暗く、クラスの誰からも相手にされない、地味で陰気な少女。 彼女が、震える手で俺にスマホを向けていた。


――「アプリ……使ってみようかな。悠真くんが、私だけのものになるなら」


画面が光り、俺の「世界」が書き換わったあの日。 彼女を美少女だと認識し、彼女との偽りの過去を脳に植え付けられ、彼女を愛さずにはいられないように作り変えられた、あの日。


「……はぁ、はぁ……っ、うわあああああああ!!!」


視力が戻る。 隣に立っていたはずの「完璧な美少女」の幻影はどこにもいない。 俺の記憶の中にあった「十数年の記憶」は、わずか三年間、催眠アプリによって捏造されたハリボテに過ぎなかった。


「……気づいたか。お前を飼っていたのは、あの『千歳』って女だ」


おじさんの声が、遠くで聞こえる。 俺は地面に這いつくばり、吐き気をこらえながら、ただ絶叫した。 愛していた彼女の顔が、今はもう、思い出せないほどに変わり果てていた。

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