第2話 催眠おじさん登場!
「あんな奴のどこがいいんだよ」
クラスメイトたちの言葉に、少しの憤りを感じた。
あんなに美しくて献身的な千歳を「暗い」だなんて、あいつらの目は節穴か何かなのだろうか。いや、あいつらが千歳の可愛さに気づかないのならそれでいいかと、自分に言い聞かせた。
放課後、そんなやり取りを思い出しながら、俺は一人で校門を出た。
今日は千歳が委員会の仕事で遅くなるという。 幼馴染と常に一緒にいるのが当たり前だった俺にとって、この「空白の時間」はひどく手持ち無沙汰に感じられた。
一人で帰るなんて、いつぶりだろうか。 いつもなら彼女と一緒の道で帰るのだが、今日はなぜか、ふらりとどこか遠くへ行きたい気分だった。
「たまには、違う道を通ってみるか」
いつも通る駅への大通りを避け、線路沿いの古い住宅街へと足を向ける。
細い路地、ひび割れたアスファルト。夕暮れ時の街は、どこか知らない場所へ繋がっているような奇妙な静寂に包まれていた。
真新しいコンクリートの建物に、年季の入った木造アパート。新旧の建物が不規則に並ぶ中に、ぽつんと自動販売機が置かれた一角があった。そこに、目的もなくふらりと立ち寄った時だった。
「…………っ!?」
心臓が跳ねた。 呼吸が止まり、全身の毛穴が逆立つような感覚。
そこに、 「それ」 は立っていた。
自動販売機の薄暗い明かりに照らされていたのは、この世の常識を根底から覆すような、異常を煮詰めたような存在だった。
顔には、明らかに女性用とわかる使い古されたパンティを深く被っており、その上から覗く目は、何かに飢えたようにギラギラと光っていた。 首には犬の首輪のような太いレザーチョーカ、床には男のものらしきカバン。 そして、その体。小太りな中年男性の肌を晒しながら、着用しているのは素肌に食い込むほど細い紐状の衣装……いわゆるV字のマイクロビキニ。さらに下半身には不釣り合いなほど精巧な網タイツが、その無駄毛を透過させながら食い込んでいた。
「…………」
その変態は、手に古びたスマートフォンを握りしめ、獲物を探すように周囲を見渡している。 俺は反射的に、路地の影に身を隠した。 心臓の音がうるさくて、相手に聞こえてしまうのではないかと思った。
(なんだ……あれ。なんだよ、あの格好。警察……警察を呼ばなきゃ……)
震える手でスマホを取り出そうとしたが、ある違和感に気づいて指が止まった。
その変態のすぐ横を、主婦らしき女性が自転車で通り過ぎていく。 仕事帰りと思われるサラリーマンが、スマホを見ながらすぐ後ろを歩いている。
だが、誰も、その男に目を留めない。 悲鳴も、通報も、不審がる視線すらもない。 まるですぐそばに咲いている雑草か、置かれたゴミ袋を避けるかのように、ごく自然に、無関心に、彼らはその「怪物」の横を通り過ぎていくのだ。
「う……あ……」
喉の奥から小さな声が漏れた。 その瞬間。 パンティを被った男の首が、ギチリ、と不自然な角度でこちらを向いた。
目が、合った。
「あ……?」
男の口から、か細い、しかし明らかに驚愕を含んだ声が聞こえたような気がした。
「……っ!」
声にならない叫びを上げ、俺は踵を返した。 背後から男の焦ったような声が聞こえたような気がしたが、振り返る余裕なんてない。 脇目も振らず、肺が焼け付くような痛みを感じるまで走り続けた。 背後にあの「網タイツの足音」が迫っていないか、誰かが追いかけてきていないか。 恐怖に支配されたまま、俺は逃げ帰るように自宅へと駆け込んだ。




