神の血
高成に連れられ、馬に乗せられる。自分が操作するわけではないといえ、触れたことすらないまい戸惑った。決して足元が良いとは言えない、城までの道。
何度か馬から落ちかけるも、その度に足をとめ高成は馬上へと引き戻してくれた。心配することもしないが、文句を言うわけでもなく、ただ静かだった。
途中、緊張しながらも名前を問うた。
生田高成と名乗ったその男は、改めて見ると歳は20半ば、30歳までは届かないだろうと思われた。
村の情勢ですら疎いまいでも名を知る、南雲家随一の手練れ。
昔、村の娘達がきゃーきゃーと高い声で噂していたが、ここまでの美丈夫であるとは思わなかった。
まいは納得すると同時に、名の知れた忠臣が、自分を攫いにきた意味を考える。
……殿の命令。
この男の一存ではない、何か大層なことに自分は巻き込まれている。
そのことに、さらに心は重く沈んだ。
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山道を越え、南雲家の居城へと運ばれる。
小高にそびえるその城はとりわけ大きいというわけでもないのに、圧倒的な威圧感を放っていた。
日は登りかけているが周囲はまだ薄暗く、それがいっそう白い城を不気味に見せる。
「門を開けろ」
門番に短く高成が命令すると、重い音を響かせながら開錠される。
そして、
門が閉じられた瞬間、世界が切り離されたような気がして息が詰まった。
まいは城門を潜ると馬から下ろされ、目隠しをされた。
小さな音にすら聴覚が敏感になり身体を縮こまらせたが、高成は一言も発さず、初対面と同様にまいを担ぎ上げる。
「…どこに行くんですか」
当然、返答はない。
ただ荷物のように運ばれ、やっと止まったかと思えば粗雑に床へと下ろされた。
緊張にへたり込む。いざこのように扱われると、覚悟はしていたが恐怖が身体を支配し、思うように動けない。
しかし高成は容赦がなかった。
「立て」
ふらつきながらも立ち上がると、目隠しを外される。
恐る恐る目を開けるが周囲は暗い。
ここはどこだろうか。
「…悪く思うな」
「え」
ようやっと闇に目が慣れたかと思った途端、まいは突き飛ばされーーー座敷牢に押し込まれた。
尻餅をつき、ささくれた畳で手のひらが痛む。
「っ痛……」
手のひらにちくりとした痛みが走る。
そのままへたりこんでゆっくり目を開くと、格子の先に高成はいた。
薄暗い、湿った匂いのする一間。
窓も小さく、光がほとんど入らない。
畳以外に何もない部屋。
恐怖に加えて、次は絶望がじわじわと足元を犯し始める。
高成は無言で戸を閉め、重い金属音とともに鍵をかけた。
味方になってくれるそぶりは、一つもなかった。
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少し明るくなった室内が再び闇に包まれ始めた頃。
時折り眠気に意識を失いかけたが、まいは緊張の中で眠れるほど肝は座っていない。部屋の隅で膝を抱え過ごしていた。
父と弥助の安否が気になるが、考えたとて結論が出るわけもなく、疲労した頭は考えるのをやめた。
ひとしきり泣いてもみたが、もう涙も渇き頬に乾き張り付いている。
ただ茫然と過ごしていると、牢に向かって足音が聞こえてきた。
ーーー高成、だろうか。それにしては足音が多い。
(嫌だ、嫌だ、放っておいて…っ)
この一変した現実に再び引き戻される。
まいはさらに身体を縮こまらせ、現れる者を見据えた。
暗闇に行燈の炎が灯され、ゆらりと2人の影が壁に浮かぶ。
現れた男は高成と、もう1人。
見るからに上等な着物を纏い、茶筅髷を結った人物。三十半ば、高成とはまた違った整った顔をしているが、その眼光は薄く濁り、どこか蛇を思わせる男。
「これが“贄”か。……ほう」
上から下へと舐めるような視線。
まるで物の価値を確かめるような眼差しだった。
「ただの小娘ではないか。見ろ、かわいそうに震えている」
小馬鹿にするように男は言うがまいは気にならない。ただ、その男のそばに膝をつきこうべを垂れる高成。その様子から、この男が南雲家の当主ーー南雲景綱なのだと思った。
「娘、名は何という」
答えねば、殺されるだろうか。
しかし、乾いた喉はなかなか声を発することができない。
「殿、私が答えまする。名はまい、村外れの百姓の娘のようです」
主君の前とて、高成の無表情と静かな声音は変わらない。
まいが怯える様子が面白いのか、景綱は目を細めこちらをじっと見ている。
(早くどこかへ行って…!)
まるで蛇に睨まれた蛙のように、まいはじっと耐えるしかない。たった数秒だったが、まいには延々にも思えた。
「…………。」
沈黙が流れ、まいの背中に汗が伝った頃。
景綱は扇子を取り出すと、埃を払うように軽く仰いだ。目線はまいから外れ、座敷牢の中を見渡すようにゆっくりと歩き、至極つらなそうな顔をする。嫌な表情だが、景綱は高成と違い表情豊かなようだ。
景綱は高成に命を下す。
「女子をこのようなところに置くのは忍びないな。高成、もう少し善処してやれ」
「……は。」
そして、再びまいに視線を戻すと、今度はやけに親しげな穏やかな声音で話しかけてきた。
「お前を迎えたのは南雲家の栄華を守るためだ。」
「お前は神に近い血を持つと聞く。ならば守るのは当然であろう?」
“何を言っているのか”。
理解できず、まいの喉がひりつく。
逃げ場もない牢の中で告げられた言葉に、足元から暗闇に落ちるようだった。言葉の意味はわかるが、理解を頭が拒む。
返答もよくわからないまま黙りこくっていると、景綱はにまりとよくわからない笑みを浮かべたあと、「また会いに来る」と言って牢を後にした。
高成も追従し、足音は遠ざかる。
再び部屋は闇に満たされ、短く、だが最悪の印象だけが胸に残った。
「……贄って、どういうことなの…」




