攫われの夜
初投稿になります。よろしくお願いします。
時は戦国。国と国が火花を散らし、ときに村ひとつが地図から消えるような乱世のただ中。
だが寒村・比良野は、大名南雲家の領地として、戦の噂こそ届くものの、初秋の風の中、どこか他人事のように静けさを保っていた。南雲領は海には面さず、四方を山間部に囲まれた土地。山は荒れた世の中を反映するように闇が濃く、暗闇には異形が巣食っている。そのために他国からは攻めにくく、外部から隔絶されたような場所。
18歳のまいはその村の外れで、父と二人きりで暮らしていた。
家は茅葺き、土間も狭く、冬は隙間風が刺すほど貧しい。
それでも父はいつも「まいがそばにおるだけでよい」と笑い、まいもまた、父と簡素な味噌汁をすするときが一番心が落ち着いた。母はまいが物心着く頃には他界していたが、どこにでもいる、ありふれた貧しい農民の親子。
しかし、村人たちはそんな二人に妙に距離を置いていた。
まいはその理由を深く考えたことがない。
父に似ず、夜目にも映える白い肌と黒髪。背丈や体型、顔つきなどは平凡であるのに、毎日陽を浴び汗に塗れても、子どものころからどこか「村の色」と馴染まない自分。そういう体質なのだろうと受け入れてしまっているが、他の人にはそうは思われないらしい。
幼い頃から同世代には馴染めず、大人達には遠巻きにされてきた。まいは内気な性格なのもあり、どうやって馴染む努力をしたら良いのかもわからない。
ただ一人、幼なじみの弥助だけは違った。
炭焼き小屋を手伝いながら、何かとまいの家を気にかけてくれる1、2歳ほど年上の優しい青年。快活な性格と高い背丈、健康的な小麦の肌で、まいとは違い村の若者の中心的な存在。彼だけは周りのことなどかまわず、昔から家族同然に扱ってくれた。
「まい、今日も草払い手伝ってやるよ」
「うん。ありがとう。お父さん、この前腰やっちゃってから全然なの」
「親父さんももう若くはねぇもんな。でもこれで貸し一つ、だな」
「もう!うちに何もないの知ってるでしょ!」
そんな他愛のないやり取りが続く、穏やかな日々。まいもまた、弥助のことは兄のように、家族同然に思っていた。先の不安は尽きないものの、変わり映えのしない生活。
――その静けさが永遠に続くと思っていた。
日がくれ、村全体が灰色に沈みきった頃。空にはやけに明るい満月がのぼっている。
まいと弥助が取れた野菜を抱えて帰途につく山道に、“そこだけ空気が歪んだような気配”が立ちのぼった。
ひとりの侍が、道の真ん中に立っている。
六尺(約180cmほど)程度だろうか、背丈は高い。
紫の直垂を風もないのに靡かせ、月光を受けた横顔は人の形をしているはずなのに、どこか現実から逸脱していた。
まいは足を止めた。
(……きれい)
恐怖より先に、そう思わせてしまうほど、遠目にも男は異様なまでに整っていた。
だが、次の瞬間、背筋に冷たいものが走る。こちらを向いた男の切長の双眸が、常人のものではなかった。
光を宿しているくせに色がわからない──
闇そのものが形になったような、不気味な美しさ。
男はゆっくりと口を開いた。
「まい、と申すな」
声は低く、よく通る。
柔らかさなど一滴もないのに、ぞくりとするほど耳に馴染んだ。
「……な、なんでしょうか?」
野菜を抱えたまま、まいの手が震える。
逃げたいのに、体が動かない。
まるで目の前の男に視線を縫い止められたようだった。
「南雲家よりの命で、お前を迎えにきた」
男は弥助に一瞥もせずゆっくりと歩み寄る。
砂利を踏む足音が、静まり返った山道に吸い込まれていく。
その美貌が近づくほどに、ただの武士ではないとわかる。
人間にしては気配が静かすぎる。
夜風に紛れて消えるような存在感のくせに、目を離せない。
「離れて……ください」
まいの声は震えていた。
男は止まらない。
「おまえには、来てもらう他ない」
背筋に緊張が走る。
「なんで……理由を…理由はなんですか…っ?」
まいが叫ぶより早く、男は手を伸ばしてきた。その時、
「待て!」
弥助が間に立ちはだかってくれた。
幼い頃から頼りにしてきた広い背中。だが、今は安堵よりも不安が勝る。弥助も男の異様さを感じているのだろう、拳が震えていた。
「てめぇ、どういう了見でこいつを連れてくってんだ!殿様の命令だろうとワケくらい言いやがれ!!」
問い詰められても男は微動打もしない。
「てめぇ!」
痺れを切らした弥助が胸ぐらに掴み掛かろうとした、次の瞬間。
弥助の体が、音もなく地面に沈んだ。
男が手を振ったわけでも、力を込めたようにも見えない。
ただ“触れた”。
それだけなのに、弥助は苦痛の声も上げられず崩れ落ちていた。
「弥助!!」
まいは駆け寄ろうとするが──
その腕を男が掴んだ。
冷たくも熱くもない、奇妙な体温。
まいはぞくりと震えた。思わず男の顔を見る。
「離して! 弥助に何をしたんですか……!」
「殺してはおらぬ。眠らせただけだ」
そう言う声は落ち着き払っているのに、その瞳には“他人の感情を汲む”という気配が微塵もない。
まいは恐怖しつつも、家族同然の幼なじみを案じて手を振り払おうとする。
しかし、抵抗虚しく、男は簡単にまいを肩に抱え上げた。
どんなに暴れようともびくともしない。
まるで意志を持った鉄に抱えられているようだった。
「やめ……放して……! 弥助……!」
「これ以上ここにいれば、そこの男も、家で伏せっている父親も──危険に晒されるだけだ」
男の言葉は淡々としている。
慈悲ではなく、ただの事実として告げているようだった。
(弥助……お父さんだって、巻き込まれる……)
まいの胸を焼くような恐怖が満ちる。
男の目的はさっぱり検討もつかない。
ただ一つだけ確かにわかること。
――逆らっても勝てる相手ではない。
まいはしばしの沈黙のあと、覚悟を決めた。
「……わ、わかりました。行きます、
行きますから……弥助と父には、何もしないでください……」
喉がつまり思うように声が出ない。怖い。行きたくなんかない。それでも。
地面に倒れ伏す、いつも守ってくれた弥助は動きもしない。……自分が、守るしかないのだ。
まいの言葉を聞いた瞬間、男の腕の力が緩んだ。
「賢明だ」
男の肩から下ろされ真横に立つ。
至近距離で見る月に照らされた横顔は、やはり人間の美しさをはるかに超えていた。
光と影の境界線のように冷たく、言葉に尽くせないほど整いすぎている。
まいは泣きながら弥助を見つめた。
地面に倒れたまま動かない幼なじみ。
自分からはどうしても脚が固まって動けない。それを見越してか、男は再びまいの手を取った。
手首には先ほどと同様に、温かくも冷たくもない体温。それに引きずられるようにして、まいは月明かりとは反対の、暗い山道へと歩き出した。
これが、すべての始まりだった。
この夜の月影の下で出会った男──生田高成が、まいの運命を根底から塗り替えていくことを、まいはまだ知る由もない。
はじめまして。uhmaroと申します。
初めての投稿にサイトの使い方も何もかも手こずっておりますが、子供の頃考えたストーリーをどうにか形にして消化したい次第です。
今のところ主人公が不憫な展開が延々と続き、ウキウキとイラストを描いていたまいの扱いに、書きながらこちらも鬱鬱としております。
仕事をしながらの投稿となり、この先の展開についてもある程度の構成はあるものの修正しながら書いております。
更新頻度は抑えめになるかもしれませんが、お付き合いいただけると幸いです。




