7話:宝箱、襲来
騒動の翌日、俺は再び魔物組合を訪れていた。
理由はもちろん、クエストを受けるためだ。
「すみませんこれ、お願いします」
「……今回は何個持ってきたんですか?」
俺の姿を見て、ダークエルフさんの耳が震える。
完全に昨日の騒動が染み付いてしまっている。
「今回は討伐なので安心してください」
「それはよかったです。もうあんなトラブルは経験したくないので……」
胸を撫で下ろしたダークエルフさんは、紙を受け取って仕事モードに入る。
「さて、今回のクエストは『境界の古城』でのモンスター討伐20体。報酬は90ゴールドですが、間違いありませんか?」
「大丈夫です」
俺がここを選んだ理由は、進化のためだ。
ここにはガーゴイルやリビングアーマーなど、ミミックの親戚が徘徊している。
こいつらと戦えば、進化の参考になるだろう。
「こちら受理させていただきました。頑張ってくださいね」
にこりと笑うダークエルフさん。さあ、次の冒険の始まりだ!
◆ ◆ ◆
ということでやってきました、『境界の古城』。
ここは光陣営と闇陣営の中間地点にあるため、光陣営のプレイヤーもそこそこやってくるらしい。
そして肝心のモンスターたちは、"擬態するもの"らしくはなかった。
飛び回る石像と歩く全身鎧。
どちらも堂々とダンジョンを闊歩していて、擬態する気なし。
おそらく彼らは擬態先の性質を活かし、純粋な戦闘力を高める方向に進化したのだろう。
「俺がなりたいのは、これじゃないよな」
俺は今の影呑頼りの戦い方が気に入っている。
だから、この方向性は無しだ。
そうと決まれば、後はさっさと討伐を終わらせて報告に……
そう思ったところで声が聞こえた。
ダンジョンでは初めて出会う、プレイヤーだ。
「なあ、ここの敵硬くね?別のとこいかね?」
「クエストも受けちゃったし、移動するならクリアしてからねー」
「ここは宝箱が美味いんだよ。罠もあるけど、運が良ければレアアイテムが手に入る。狙うしかないだろ?」
そんな話をしながらやってきたのは、槍使い、弓使い、そして神官の三人組。
どうやら宝箱を探しているらしい。
それなら、ミミック(俺)の、モンスターとしての仕事を果たすとしますかね。
このゲームでは陣営間のPKが推奨されている。
PKに後ろめたさを感じる必要はない。
相手が三人なのは気になるが、別に負けたっていい。
なんてったって、勝とうが負けようが、間違いなく楽しいんだから。
それからしばらくして、彼らは宝箱に扮した俺を見つけた。
「お、噂をすれば宝箱じゃん!やりぃ!」
「よし、任せろ。《罠探知》」
弓使いの目が淡く光る。
スキル名からして、俺に罠が仕掛けられていないかを調べているのだろう。
……俺って罠じゃないよな?
実質罠ではあるけどさ。
「罠はない。開けて大丈夫だ」
どうやら俺は罠ではないようだった。
よかった。
「いいもの出ますよーに!なむー!」
「っしゃ、俺の運を見せてやる!」
「お前ら元気だなぁ……」
神官が祈り、槍使いが指を鳴らし宝箱に近づく。
それを呆れ顔で眺める弓使い。
そんな楽しい冒険の一幕を、ぶち壊す。
戦闘、開始だ。
━━《影呑》
プレイヤー相手に通じるかが少し心配だったが、影呑は俺の心配をよそにあっさりと発動。
いつものように闇が槍使いを包み、飲み込む。
ダメージ減衰もなし。
即死だ。
「えっ!罠ないんじゃなかったの!?」
「くそっ!あれは罠じゃない、ミミックだ!」
神官は驚きながらも杖を構え、弓使いは素早く矢を放つ。
放たれた矢は正確に俺の眉間……蓋を打ち抜き、体の内部に衝撃が走る。
HPが20%ほど削られた。
すごい、戦ってるって感じだ。
思わず笑みが漏れる。
さて、わかっていたことだが真っ向勝負では敵わない。
だからやるべきことは離脱と……誘導。
俺は彼らがきた方向とは逆に走り出す。
目指すのは今までの探索で見つけた"いい場所"。
あそこまで誘導できれば、勝てる。
「こら待てっ!ケインの仇っ!」
「あまり離れるなよ!」
HPが削れた俺を倒せそうだと思ったのだろう。
二人とも俺のことを追ってくる。
わざとじゃないけど、攻撃を受けて良かった。
「ちっ、速い!魔法で止められないのか!?」
「走りながら詠唱とか無理ぃ!」
スピード勝負は俺の圧勝。
飛んでくる矢にさえ気をつければ容易に逃げ切れるだろうが、今回の目標はそれじゃない。
追跡を諦められないよう、付かず離れずの距離を維持して走る。
そして辿り着いたのは、吹き抜けがある大ホール。
すぐさま階段を駆け上がり、上階の手すりの上で身を潜める。
「……見失ったか」
「あのミミック足早すぎだってぇ……」
少し遅れて二人がホールへと辿り着いた。
それを視認した瞬間、体の重心を前へと倒し落下する。
ミミック特有のガタガタ音も、これなら鳴らない。
狙うのは弓使い。
ヒーラーは脅威になり得ない。
「《影呑》」
「な━━!」
気づいた時にはもう遅い。
闇が弓使いを包み、その悲鳴すらも飲み込んだ。
「ご馳走様っと」
地面に着地した俺は、ゆっくりと神官に体を向ける。
「ひえっ……わ、私食べても味しないタイプだからぁぁあああ!!!」
神官は体を翻し、逃げていった。
味しないタイプってなんだよ……
ま、回復職一人じゃ戦えないし逃げるのはよくわかる。
きっと戦ったら俺が負けるんだけどさ。
「それじゃ、今回は俺の勝ちってことで」
神官は追わずに、その場で深く息を吐く。
本当に楽しかった。
気づいていない相手を飲むのも、俺に気づいている相手に奇襲を決めるのも。
俺はやっぱり、今のミミックが好きみたいだ。




