2話:洞窟に広まる噂
待ち伏せ生活開始から30分。
「……流石に飽きた」
ゴブリンを何体か食べてレベルも少し上がったものの、正面から戦えばまだ負けるだろう。
洞窟の奥で動かずにじっとしている時間は想像以上に暇だ。
いや、ミミックとしてはこれが正しいんだろうけど……
プレイヤーとしては何かしていたい。
「チュートリアルエリアだからなんだろうけど、モンスターの密度が低いんだよなぁ。もうちょい数が多ければじっとしてるだけでもいいペースで食べれるんだろうけど……」
ガタガタと体を揺らしながら愚痴をこぼすと、ちょうど通路の奥からペタペタと足音が聞こえた。
ゴブリンだ。
そこで、あるアイデアを思いつく。
音でゴブリンを釣れるんじゃないか?
俺はやってきたゴブリンをサクッと影呑し、通路へ出てリズムを刻む。
ガタタッ、ガタガタッ、ガタタタッ……!
うん、うるさい。
これならゴブリンも様子を見に来るに違いない。
しばらく続けると、通路の奥にゴブリンの姿が見えた。
「よっしゃ釣れたっ!」
ゴブリンに怪しまれないよう動きを止める。
するとゴブリンは音が途切れたことに驚いたのか、キョロキョロと辺りを見渡し……宝箱を見つけた。
ゴブリンは怪しげな宝箱を警戒しているようだったが、それでも好奇心には勝てなかったようだ。
ゆっくりと蓋に手を伸ばす。
この距離まで来ればこっちのものだ。
━━《影呑》。
蓋が勢いよく開き、箱の中から闇が飛び出す。
ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく闇に取り込まれ、消滅した。
影呑最強!
この作戦はどうやらうまく行ったようで、何もしなかった時に比べて気持ちゴブリンが多くやってくる。
自分が動いているから、あまり暇ではないというのも嬉しいポイントだ。
「いいねぇいいねぇ。効率上がってきてるねぇ」
調子に乗った俺は、更なる一手を思いつく。
ガタガタとリズムを刻んで移動しつつ、落ちている石を集める。
そして片っ端から曲がり角にシュート!
「これで石を投げた先にゴブリンがいれば、石とガタガタ音の二重で興味を引いて、いい感じにこっちにやってくるってわけよ!完璧!天才!」
……が、この作成はうまくいかなかった。
俺の姿を見たゴブリンは、何か気持ち悪いものを見たという顔で引き返していく。
側から見れば俺は、ガタガタと音を鳴り響かせ、闇から石を生み出しばら撒く怪物である。
ゴブリンたちが避けるのも当然だった。
「やりすぎ、ダメ、絶対……」
俺は反省した。
音も石も、片方だけなら気になるだろうが、やりすぎると恐怖が上回る。
君子危うきに近寄らずって事なんだろう。
いや、君子なら片方だけでも避けるのか?
……まあ、どっちでもいいか。
「そうだ、ガタガタ音で聴覚、石で視覚ときたから、次は嗅覚......匂いで釣ってみるってのはどうだ?」
とは言ってみたものの、ミミックには鼻がないのか、そもそもこのゲームは嗅覚を再現していないのか、辺りを嗅ぎ回ってみたものの特に匂いは感じない。
そうか、嗅覚があったらゴブリンの匂いもあるんだもんな。
ありがとう運営、俺、ゴブリンの匂いは嗅ぎたくないわ……
「となると……どうするかなぁ。ゴブリンたちも妙に知能が高いから、あからさますぎると気付かれるし……」
次の誘導に悩んでいると、どこからか聞き慣れない音が聞こえた気がした。
耳を澄ますと微かに、だが確かに、コトッ…コトッ…と明らかにゴブリンとは違う音が聞こえてくる。
待望の、新しい敵だ。どうやら足音はこちらに近づいてきているようだった。
俺は急いで通路の端に寄り、動きを止める。
下手に動いたせいで気づかれて、《影呑》が使えなくなるのは致命的だ。
俺は普通の宝箱ですよー。あやしくないですよー。
ミミックらしく真面目に宝箱に擬態していると、そいつはやってきた。
錆びた短剣、革の鎧と靴、そして緑の肌。
どうやらゴブリンウォーリアというらしい。
……うん、結局ゴブリンだったわ。
ウォーリアは周囲を警戒しながらこちらへと歩いてくる。
噂に聞いていた、"変な宝箱"が俺だと察したのだろう。
そして俺の姿を見つけると、短剣を構え……勢いよく突き立ててきた。
鋭く、しかし不快ではない作り出された痛みが俺を襲う。
声が漏れそうになったが、必死に堪える。
まだ「ただの宝箱かも」という疑念の段階だ。
だが、ここで声を出せばアウト。
そうなれば俺に勝ち目はない、だから、耐える。
ミミックの血の流れていない体が幸いしたのか、棍棒で殴られた時よりもダメージは少ない。
もちろん少なくないHPは削られるが……耐えられる。
そしてついにその時が訪れる。
ウォーリアは俺を"ただの宝箱"と判断したようだ。
短剣を置き、宝箱の蓋に手をかける。
蓋がほんの少し持ち上がった、その瞬間。
宝箱の内部で、闇が蠢いた。
その奇妙な感覚に従い、俺はスキルを発動させた。
「喰らえ!《影呑》ッ!!!」
蓋が跳ね上がり、闇が溢れ出す。
ウォーリアは目を見開くが、それ以上の抵抗はできなかった。
闇はウォーリアの鎧を、短剣を、そして体を、瞬く間に塗り潰していく。
目の前の全てを喰らい尽くした闇はするりと箱に戻り、静かに蓋が閉まる。
俺の、勝ちだ。
「っしゃオラァ!そろそろこのダンジョンも卒業か?」
ウォーリアを倒したことによるレベルアップと共に、謎の自信が湧いてくる。
が、そこでふと思い出す。
あのゴブリン。
攻撃すらできずに負けた、敗北の記憶。
多分、今の俺なら……勝てる。
いや、勝つ。
「よし、ボスに挑む前哨戦だ!」
そう決意し通路をガタガタ進んでいくと、ペタペタ…ペタペタ…と聞きなれた足音が近づいてきた。
「さあこい。今度はこっちの番だ」
ゴブリンへのリベンジが、幕を開ける。




