16話:秘策
「それでは、予選第二試合を開始します!」
午前にも聞いたその声とともに、視界が闇に包まれ、転移が始まる。
「……住宅街か」
視界が戻ると、俺は石造りの家が並び立つ通りの真ん中にいた。
石畳の道には花壇や荷車など、擬態できそうなものがいくつか置かれている。
マップとの相性は悪くない。
建物の中はどうかと近くの扉に手をかけるが、ぴくりとも動かない。
どうやら中には入れないらしい。
「それじゃ、今回は待ち伏せかな」
街中は森と違って視界を遮れる場所が少ない。
こちらから探しにいくよりは、誰かが来るのを待ったほうがいいだろう。
そう考えた俺は花壇に擬態して、元々あった花壇を貪納にしまう。
これで擬態は完璧だ。
触られたらバレるが、そこまで近づかれたら影呑を使えばいいだけ。
俺が気をつけないといけないのは、影呑を使う瞬間に誰かに見られていないかってことだけだ。
しばらくすると、鎧を着たゾンビが通りに現れた。
周囲を警戒しているようだったが、もちろん俺には気づかない。
ゾンビが俺の前を通り過ぎたところで、誰もいないことを確認して擬態を解除。
そして一気に距離を詰め……《影呑》。
「ご馳走様でしたっと」
それにしても無音で背後から忍び寄って即死攻撃とか、もうミミックじゃないよな。
アサシンとか忍者とか、そっちの方が近い気がする。
ま、楽しいからいいんだけど。
その後も通りにやってきたプレイヤーは、俺に気付かずに目の前を通り過ぎていく。
見た目は完全に擬態できているから、当たり前と言えば当たり前なのだが、背を向けた相手を食べるだけの簡単なお仕事だった。
そんな油断が呼び寄せたのだろうか、4人目のプレイヤーを食べたところで、突如影が差した。
嫌な予感を感じてその場から飛び退くと、さっきまで俺がいた場所にハーピーの蹴りが突き刺さった。
石畳が砕け、破片が飛び散る。
まともに食らったら即死だろう。
「くっそ見られてたか!」
俺はハーピーとは逆方向に全力ダッシュで逃げる。
空飛んでる相手に正面戦闘とか、無理。
当たり前だがハーピーは俺を逃すつもりがないようで、再び空へと飛び上がって俺を追い始める。
空を飛んでいるだけあってハーピーは俺よりも早く、じわじわと距離が詰まっていく。
このままではジリ貧だ。
「ならこっちだ!」
俺は狭い路地へと飛び込み、入り組んだ道を走る。
狙い通りハーピーもここでは飛べないようで、舌打ちをして地面に降りてくる。
地上では、俺のほうが僅かに速かった。
徐々にハーピーとの差が広がり、このままなら逃げられる。
そう思って角を曲がったところで、何もない行き止まりが現れた。
「まじかぁ……」
逃げられないなら戦うしかない。
俺は覚悟を決め、貪納から二つのものを取り出す。
そしてちょうど準備が終わったところで、ハーピーが姿を表した。
「行き止まりとは残念だったな」
ハーピーはニヤリと笑い、逃げ場を無くして道の端で立ち尽くす宝箱に近づいてくる。
「一撃で楽にしてやるよ!」ハーピーが地面を蹴って飛び上がろうとした、その瞬間。
ハーピーの背後から、闇が広がった。
「なんとか間に合った……」
闇はハーピーを飲み込み、背後にいた俺へと戻っていく。
タネは簡単。
ハーピーが俺だと思っていたものは、ドルガルが作った"俺と同じ見た目のダミー箱"。
本物の俺は、最初にしまっておいた花壇に再擬態していたってわけだ。
擬態が間に合うかは賭けだったが……
まあ、間に合ったからいいだろう。
「それじゃ、またさっきの通りに戻るか」
まだしばらくは人も多いだろうし待伏せでいいだろう。
そう考えて路地を抜け、元いた通りに戻ってきた、その瞬間。
HPがじわりと減った。
「……は?」
攻撃を受けた様子はない。
敵の姿も見えない。
だが、じわじわとHPは減り続けている。
何かに攻撃されていた。
攻撃を避けようと通りを走るが、HPの減少は止まらない。
絶対に何かがあると再度辺りを見渡すと、上空に"黒い目玉"が見えた。
あそこから攻撃されている。
そう確信した俺は家の陰へと姿を隠す。
そこでようやく、HPの減少が止まった。
「あーバレちゃいましたかー。私はアイちゃん!よろしくお願いします!イェイ!」
上空……おそらくあの黒い目玉から、能天気な声が聞こえてきた。
なんなんだよ、ほんと。




