13話:進化
樹上から辺りの様子を窺っていると、戦闘音が聞こえてきた。
漁夫の利ができないかと様子を見に行くと、そこには異様な光景が広がっていた。
森の中にある広場で戦う二人のプレイヤー。
全身に鎧を着込んだプレイヤーが、メカメカしいゴーレムへと攻撃を仕掛けている。
それのどこが異様なのかといえば……ゴーレムが何故かポージングをしている、というところだ。
「ほらほら!その程度では僕に傷一つつけられないよ!」
「うるせえっ!!!」
ゴーレムは全身鎧が繰り出す攻撃を機械のような正確さで捌き、生まれた隙にポージングを繰り出す。
ポージングが何かのスキルの起点になっていると言うことでもないようで、完全に煽りと言うことだろう。
全身鎧の攻撃はゴーレムには届かないが、ゴーレムもポージングをするばかりで一切攻撃をしない。
奇妙な膠着状態が生まれていた。
それからしばらくして、状況が変化する。
俺と同じように戦闘音に引き寄せられたのだろう。
何人かのプレイヤーが広場へと姿を現した。
「君たちも僕のきらめきに目を奪われたのかな?いいよ、好きなだけ攻撃して。全て僕が受け止めてあげるからさ!」
既に全身鎧と戦っているにも関わらず、その場にいる全員をポージングと共に挑発するゴーレム。
やってきたプレイヤーたちは顔を見合わせ、全員でゴーレムに攻撃を始める。
一気に密度が上がった攻撃の前に、ゴーレムが初めて攻撃を受けた。
「素晴らしい一撃だ!その攻撃が僕をさらなる高みへと連れていく!さあ、もっとだ!」
ゴーレムは恍惚とした声色でそう言って、ポーズを決める。
本当に、何がしたいのかがわからない。
なんなんだこいつ。
「これだけ攻撃してるのに!なんで!当たらないんだよっ!!」
そんな声が示す通り、ゴーレムは複数人からの攻撃にも慣れたのか、再び攻撃が当たらなくなっていく。
振り下ろされる剣の腹を殴り払い、飛来する魔法をシールドで防ぎ、向かってくる巨体を受け流す。
どこまでも機械のような精密な動作。
流石にポージングの頻度は下がっているが、逆に言えばそれだけだ。
「どうして攻撃が当たらないかって?簡単だよ。僕は攻撃を見て、それにあった方法で対処している。そうすれば攻撃は当たらないのさ」
ゴーレムはそう言うが……
「言うは易しってやつだろうがっ!」
全身鎧に代弁された。
攻撃全部見てから対応とか、人間辞めてるよ。
まあ、ここにいる全員"人"ではないんだけど。
「ほら、もっと楽しもうじゃないか!」
そうして戦闘は続いていき、次々にプレイヤーが集まってくる。
気づけばこの広場では、ゴーレムを中心とした乱闘が繰り広げられていた。
俺も参加したいところだったが、広場には隠れられそうな場所がないため断念。
大人しく広場の端に生えている木の上で様子を見守る。
そして戦闘が始まってから、30分。
それまでひたすらに防御とポージングだけをしていたゴーレムが、動いた。
突如として光のバリアのようなものを呼び出して、周囲に群がっていたプレイヤーを吹き飛ばす。
「みんな、すごい楽しかったよ。けど、そろそろフィナーレの時間だ」
そう言ってポーズを取ると共に、ゴーレムの体が光を放った。
周囲から音が消え、光がゴーレムへと吸い込まれていく。
自爆だ。
そう理解し、少しでも広場から離れようと樹上を駆ける。
……だが、遅かった。
ゴーレムから解き放たれた光は一瞬で広場を、森を飲み込み、全てを消し飛ばす。
「いや、無理だろこれ」
光に飲まれ白に包まれた視界が、次の瞬間に赤く染まる。
即死だ。
そんなわけで、俺の予選は終わった。
もちろん残り8人には入れていない。
後で聞いた話だが、フィールドの二割近くがアレで消し飛んだらしい。
……いやほんと、どうしたら良かったんだろうな。
◆ ◆ ◆
「やっぱり進化しないとだよな……」
予選が終わった後、俺は一人街を歩いていた。
どこに向かっているという訳ではない。
ただ、なんとなくそうしていたかった。
予選に負けた理由は、あれだけ離れていれば大丈夫だろうと油断していたから。
そして何より、進化していなかったから。
何か、全ての場所に完璧に紛れられるような何かがあると、あって欲しいと、そう思っていた。
だが。
「やっぱり、どんな所にも紛れられるものなんてないんだよなぁ……」
水なら砂漠、岩なら建物の中、宝箱ならだいたいどこでも。
例え何を選んでも、絶対に隠れられない場面は出てくる。
全てに対処するなんてことは、不可能だ。
それでも。
何かいい選択肢が、完璧な進化がどこかに……
……何度も、何度も同じことを考えている。
俺はいつもこうだ。
大事な選択で、決断することができない。
そんなとき、ふと、ゴーレムの言葉が頭によぎる。
━━簡単だよ。僕は攻撃を見て、それにあった方法で対処している━━
「見てから……それにあった方法で、対処……」
足が止まった。
欠けていたピースがハマったような、そんな感覚。
今までは宝箱だった。
だから、進化する先も一つに絞らないといけない。
そう思っていた。
だが、俺は水でも、岩でも、宝箱でもない。
ミミックなんだ。
「そうだ……俺はミミック、"姿を変えて獲物を喰らうモンスター"だ!」
どんな場所でも、どんな相手でも。
欺き、騙し、喰らう。
必要なら、変わればいい。
それが……それこそが、"擬態するもの"。
「そう、だから、俺が望む進化は……!」
震える指でメニューを操作し、進化画面を表示する。
そこには、たった一つの名前が浮かんでいた。
シェイプシフター
それが、俺の進化先だった。




