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2-2 無能《エリート》

 炎天下での訓練を終え、長々と陸路を揺られた僕らは格納庫入口にて解散し、今はアリサと一緒に食堂の席に着いている。


 先程の一件もあってか、お節介な彼女は僕が焼肉定食を選ぶに際して再び忠告をした。


 今度ばかりは正規に言葉での忠告を以て「大丈夫ですか?」とだけ確認しただけだ。

 さすがに二時間も空けずにあれだけ情熱的な口診を行われてはこっちの心身が持たない。

 それに、今の僕なら突発的に「淫乱女」と言って侮蔑(ぶべつ)し兼ねない。


 僕はそんな仕様もないことを言って彼女を悲しませたくはないし、彼女も僕という人間を知っているからこそそんなことはしなかった。


「美味しいですか?」

「うん。毎日だって食べられるよ」


 僕が(あらかじ)めそう言うのを知っている彼女はいつもの優しい微笑みで受け止めてくれた。

 果たしてこれがアリサだったから良かったものの、他のヒューマノイドやアドバイザーに聞かせていたらもう大変である。


『貴方は食肉アレルギーの傾向が微弱ながら検出されており、将来的に人体に及ぼす影響は発ガン性物質の直接的な摂取には劣るものの、極めて看過し難い数値が確認できます』


 絶対そう言うに決まっている。

 学校の方からも健康診断の結果から「食肉、主に牛、豚、羊などの四足動物の摂取は控えるように」と注意されているため文句も言えないが、ヒューマノイドは兎も角、アドバイザーの神経を逆撫でするようなあの無機的な声を聞いた日には(たま)ったものではない。


「ほどほどにして下さい」


 具体的には週に一度くらいにしておけと担任からアドバイスを(たまわ)った。

 これにより僕の「半強制菜食、時々お魚生活」が始まった。

 実際、学校に接続(アクセス)されている学内メッセンジャーに限らず、外食系の店にも公共ガバメントによって一食事のメニュー選択に至るまで規制を掛けられている。


 体細胞付加型微細機(アドブレイン)に逐一送られる『注意喚起(アドバイス)』を拒絶(ブロック)する術はない。


 だからここで食べられる焼肉定食、即ち日替わり牛豚定食は僕にとっての嗜好品である。

 僕はそういった事情をも(すみ)に追いやって全力で肉を味わいたい。


 故に、行儀よくパスタを食べるアリサを前に、一口大にスライスされた牛焼肉を温かな御飯と一緒くたに頬張る。


 と、それをゆっくり咀嚼した後に飲み込むのと同じくして僕の肩を叩く者があった。


「アテル君、一緒していいかな?」

「どうぞ」


 特に断る理由もなく、クラスメイトのツカサさん、情報科のユカリさん両名を招き入れる。


「んじゃ俺も構わんよな!」

 そこに追随するのが決まってセイジという能天気な男である。


 僕はこの三名が何故僕のような詰まらない人間と交流を求めるのかを知っている。

 しかし、知った上で尚嫌いになれないのが彼らの特質だった。


 彼らが僕と付き合う理由の第一は、技術科における生徒内の位置付けを有利にしたいということだ。


 自覚もある通り僕はこれと言った特異点はないが、戦闘機の操縦に関しては群を抜いて「本能的(エリート)」である。

 そうであるが故に、嫌でも学内で公表される成績は目立ち、生徒たちは僕という人格を無視して一目置きたがる。

 よってその人物と関係を持っているとなれば自然と注目も集まり、観衆側は意識せずともその人物を特別視する。


 そこを上手く利用すれば、何らかの取引の際に思わぬ収穫を得られるだろう。


 現に、セイジは僕の情報と引き換えに缶ジュース一本との交換に成功している。

 能天気な彼はその現場を僕に見付かった時、正直に謝って来た。

 言わなければバレなかったものを、律儀にも彼は僕にそのジュースを献上した。


 次に来る理由はアリサに向けられるもので、戦闘機にしか能のない僕は用済みとなる。

 アリサは気立てが良く、顔もいい方だ。おまけに他のヒューマノイドに比べて頭も良い。


 成績や外見は兎も角、気立ての方は主に兄妹である僕に原因が在る訳で、詰まる所、生活の大半を彼女に任せっ切りであることが幸いしている。

 要するに、人として大切とされるコミュニケーションやそれ以外の細々した雑務の大半を彼女に任せ――委譲し――たことで、彼女は真に人間的であることを求められ、やがて覚醒した。


 とは言え、(イクス)ヒューマノイドに人権が与えられて久しい今となっては、僕のような「人間とロボットの絶対的主従関係」といった考えは余りにも古い。


 果ては肉体を元の人間の同意下で半生物化して以来、ロボットと人、或いはロボット同士の交配など珍しくもなくなったのだ。

 僕のような利己主義の人間にはそのことが大層気に掛かって、殊更(ことさら)にそのことについて議論したがるが、ロボットを個として認める多数派の社会においてそれは無意味なものとなった。


 ロボットの半生物化、人種差別ならぬロボット差別の時を越え、ようやっとヒューマノイドと人間とが共存する社会ができた。


 確か切っ掛けは医療技術の進展だったと記憶している。

 人の肉体維持の必要性に伴って各部が機械化する状況下、ついに人間は体の大半を機械で補うことに成功した。

 同時に、機械に人の各部を移植することで新生物の創造さえも可能になった。

 特に、脳細胞や生殖細胞の一部を培養し人型に充当した、未交配のものを「イクスヒューマノイド」と呼ぶ。


 人から機械、機械から人。

 どちらも成り立つならば、一体どこに境界を設けるべきだろうか。

 約一世紀もの間、その議論が絶えることはなかった。


 後に、体外受精及び胎生が機械に頼れるようになったことで議論が終結の兆しを見せた。


 機械曰く「その生殖細胞なら私にも作れます。勿論、子を育てるだけの器官も備えています」。


 これにより純粋な「人」は生殖能力を失った。

 辛うじて残った生殖細胞を取り出し、受精から出産までも体外装置に委ねるようになった。

 母体や胎児に及ぶリスクの大幅な減少、胎児の適性に合わせた効率的な養育が可能となったのだ。


 新しい命の生成。

 それこそが生物権を得るための最重要事項だった。

 人もヒューマノイドも、試験管で受精し体外装置での培養が一般化された今となっては、両者の違いと言えば、祖先の遺伝子が機械の意志を通しているか通していないかといった程度だ。

 しかしそれすら、両者共に報酬系統に基づいた「意識」を有している時点で判別は不可能である。


 イクスヒューマノイドは人以上の知識、情報処理能力、人並みの不確定要素を所持し、また発見することができる。

 各部を人の細胞に頼るものの、成長し、子を生み、死ぬことだってできる。

 「命の回数券(テロメア)」によって老いることも可能だ。


 そこに、人が機械に頼り、生命を維持し、時に死に行くこととの相違はあるだろうか。


 僕は断じて「ある」と主張したい。

 機械は機械、人は人。人が利用してこそ機械だ。


 だが少なくとも、イクスヒューマノイドがある種の生物であることは認めざるを得ないとも思っている。

 そいつが人に類似し、且つそれ以上の知能を持つというのなら、共存するのが合理的だとも言える。


 恐らく僕は未だ見ぬ宇宙人を前にした時も同じことを考え出すだろう。


 かと言って偶々(たまたま)ライブラリで見付けたこの情報を鵜呑(うの)みにできるほど僕はお人好しじゃない。

 きっと軍事経済を発展させようとする国家が表向き、そういう風に操作したのだろう。


『人とイクスヒューマノイドに差異はありませんよ。だからどんどん人を増やし経済を発展させましょう』と。


 証拠に、従来型軍事産業の利益と家庭用イクスヒューマノイドや各部補助機器の利益との間には綺麗な相関関係が見られる。ただこれについては僕自身、こじ付けが過ぎた観は否めない。


 さて置き、誰の物とも知れない肉を媒介にした下ろし立てのイクスヒューマノイドや単純機械であるアドバイザーと違って、オーダーメイドで、尚且つ自他共に公認のヒューマノイドは、その脈々と受け継がれてきた完璧な知性と美しい容姿、加えて交配によって複雑化した不確定性というブランドを備えている。


 そこにはイクスヒューマノイドとして生まれた頃の機械的な名残は無く、純粋な「人間」としての温もりがある。

 故に、新たな人種として確立された。


 アリサは僕と先祖を共にする家族であり、僕をサポートするヒューマノイドだ。

 だから本当は、アリサが他の人間やヒューマノイドと適確に付き合えるのは、彼女自身のポテンシャルの高さがそうさせているというのが正しい。

 僕が言いたいことはただの気休めに過ぎない。


「ねぇアリサって社会科に興味あったりしないの?」

「ツカサまたそれ聞いてる!」

「だって、アリサだったら絶対トップ狙えるって」

「お前の中じゃいつだって他人が下じゃなきゃダメなのな。共生意識(ソーシャルポリシー)が聞いて呆れるぜ」

「分かってないなセイジ君は。実社会と学業成績をごっちゃにしてる時点で技術科随一の醜才(しゅうさい)っぷりを露呈しているようなもんね。はっきり言って気持ち悪いわ」

「きもっ――って、始めからそう言え! 泣けるけど!」

「……私は入学当初から情報科で通すと決めていましたので」


「え、それってやっぱりアテル君のためなの?」


 話の流れから何となく察しは付いていたが、何度目かになる質問のあと、決まって皆の注目が僕に集まる。


「少し休憩室で休んでくる」


 正直なところ、僕は注目されること全般が苦手だ。

 故に適当な理由を付けてはこうして逃げ出すことも間々ある。


 今回ばかりは言い訳の一つもある分、いつもより気兼ねなく席を外すことができる。


「では私も失礼します」

「うんうん。それが答えってことにしとく」


 殊更聞こえるように発せられたそれを僕は聴こえなかった振りをして、食器を手早く片付けてから賑やかな食堂を後にした。




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