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1-6 権能者たち

        *


 次の始まりは少し変わっていた。 


 当然のように始まった私の意識を強く刺激するものがあった。

 それはイルカのような鳴き声で私に盾突いた。


 追い出そうとしていたのだ。

 全く存在するはずもなかった者を、手放しで享受(きょうじゅ)されるはずであった約束された意識という世界から。


 私は無い腕を振り上げて下ろすイメージで散々に声の主を叩きのめした。

 そうしなければ自分というものを保つことができないと直感したからだ。


 不思議と息が上がるのを感じた。自身がいきり立っていると感じられた。


 結果的にその「行為」は功を奏した。

 そして弱々しくなったのをいいことに、これまた無い足で踏みつけるようなイメージで(とど)めを刺した。

 言い様のない解放感を覚えた。


 その後の転生においても何度か同様のことを行った。

 しかし共生に至ったのは今の「サチ」が初めてのことだ。生まれてすぐに瀕死だったことが不幸中の幸いだったのかもしれない。


 やがて明るい世界へ更に(まぶ)しい光が差したのを感じた直後、私の第五の生が既に始まっていたことを知った。


 優し気な顔の女性が私を見詰めていた。

 体中が温もりに包まれ、何にも代えがたい心地良さを感じられた。


 女性は猫に似た耳と尾を持つべネル種マオ族の母だった。

 釣り目で、笑うと()き出る八重歯もあり、顔付はまるで大きくした猫のようだった。

 控え目に言ってとても可愛らしかった。


 父も同様にべネル種ではあったが、狼に近い容姿からはクーン族であるらしかった。


 二人は傍目から見ても仲睦まじい夫婦の一つだった。

 今の世界にも人里離れた地で、性質の近い種族間や全く異なる種族同士での交配は極稀(ごくまれ)に見られるが、この頃――今から五千年程前――は地域によって疎まれはしても迫害されるまでの対象ではなかったようだ。


 この第五回以降、私は「目立たない」という強い意志の下に生活するよう心掛けた。

 家族以外のコミュニティと関わる際は最善の注意を払い、必要最低限の信用できる人たちとだけ付き合うことに決めた。


 街には近付かない。学校にも行かない。

 私には街の喧騒から遠く離れた、この穏やかな農地だけで十分だった。

 心の底からそう思えるようになった。


 家族の飛び抜けた明るさや、雄大な農耕地帯特有の寛容さもあってか、私の容姿も不思議なくらい何ということもなしに受け入れられていた。


 それもそうだ。ただ目玉が一つというだけの話なのだ。


 変化の乏しい緩慢な日々を過ごした。

 訂正。緩やかに移ろう季節の色に浸りながら穏やかに日々を過ごした。


 十八になる頃には初めての子も授かった。

 お相手は同じ集落の同じべネル種の男性。

 兎に似た目耳尾を持つコニ族の彼は、猫のような私の耳や尾を可愛いと言った。

 大きな目を若草のように綺麗だと言ってくれた。とても幸せだった。


 やがて彼が死に、子供たちはとうに自立し他の集落に移り、私の知る者も大半が年と共に一新され出した四十の頃――べネルは他種族と比べて短命――。


 村の若い娘に気遣われながら共同の畑の手入れを終え、もうじき帰ろうかと腰を伸ばした直後、聞き慣れない声で私に話し掛ける者があった。


「もしもしそこのお姉さん。少しお話、よろしいですか」


 雨が降ったばかりでぬかるんだ畦道(あぜみち)に立っていたのは、赤茶けた長髪を後ろに束ねた「着物」姿の男性だった。

 長い耳と年齢不詳の整った顔立ちからは彼がエリン族だとすぐに分かった。

 農耕地帯でも私のいるコミュニティでは珍しい種族だったので一層目についた。


 ちなみに私に「お姉さん」と言ったのはお世辞でも何でもなく、べネル種も基本的に成人後の容姿が変わらないところからきている――同種であれば年齢による見分けもつくらしいが、私は今でも「色」以外では判別できない。


「はぁ。こんな老いぼれに何か御用ですかね」

「これは失礼しました。あまりにもお若いものでつい――」


 男はわざとらしく婆さんを演じる私に向けて律儀に謝罪した。

 慌てた様子からも本当に悪気もなく言ったことなのだと知れた。

 この人は悪い人ではない。


 若い時より明らかに動きの鈍った足を支え更に「よっこらしょ」と言って男に歩み寄った。


 彼は鮮やかな金色を(たた)えた太陽のように燃える赤だ。


「おや、どうやら私の見立ては間違いではなかったようだ。あなたは日本人ですね。しかもただの人ではない――あなたは何かしらの権能を持っている」


 私も見た瞬間から彼が普通の人ではないことを知っていた。

 彼は<火>の力を持った権能持ちだった。

 しかも同じ日本人の転生者――元よりこれまで日本以外の転生者と会ったことがない――。


 途中から日本語を混ぜていたことに今更ながら気付いた。


「私はカインと言います。街で武器商を営んでおります」

「へぇ、街……そんなお偉い方がこんな辺境に何の御用ですか?」


 街で営業権を得られるということは、中層以上の階級を有することを意味している。

 加えてエリン族ともなると特権階級の転生者とつながっている可能性も考えられる。


 ある程度国の情勢を把握していた私は、彼自身よりも、彼の背後にあるものに強く警戒した。


 そんな杞憂が脳を支配していたからか、無意識の内に顔も強張(こわば)っていたらしく、彼は私の意図に気付いて胸襟(きょうきん)を開いてみせた。


「誤解しないでください! 私はあなたに危害を加えるつもりなんて全くありません。ただ、私の興味本位で他の『権能持ち』の方について知りたかっただけなんです。――あの、気分を害されたのなら非常に申し訳ない」


 彼は嘘を言っていない。

 嘘を吐く者は皆その身に付ける色をコロコロと明滅させるのだ。


 ――おまけに長身の異国情緒溢れるイケメン。これはもう赦さないはずがない。


「カインさん、あなたのことをもっと詳しく聞かせてください」


 別段、彼に詰問しようとか脅しをかけようとか、ましてや取って食おうなどという意図は決してないのだ。

 私は彼の誠実さに只々感服し、信頼に足る人物だと確信した上で彼や、彼の知る「世界」に関するあらゆる情報を引き出し摂取したいと考えただけだ。全く以て他意はないのである。


 態度、見掛け通りの誠実さで彼は、自身や周囲のこと、知っている世界のことについて惜し気もなく話してくれた。


 先ず、自身の境遇や〈火〉の権能について触れられた。


 彼カインは五百年前に転生した。

 生まれて間もなく自身の過去の断片が記憶にあることに気付いた。

 しかし死因や世間に関する記憶はなく、朧気な時代背景、言語や常識的な作法、ルール、幼い頃に近しい間柄の子供と遊んだ記憶のみが残っていたという。

 名前も失われていたため、転生後に街の魔術師に「カイン」の名を授かったそうだ。


 カインは中層にあるエリン族の商人の家で生まれた。

 私も初めはそうだったが、慣れない言語に戸惑いながらも、将来は街の商人としての活躍を期待された彼は猛勉強をして今の地位までのし上がった。


 彼と初めて会ったその頃、カインは中層でも屈指の豪商として知られていた。

 彼の性格からして、個人的な儲けよりも他者を活かすやり方が豪快に映ったのかもしれない。


 ただし、その本意は彼自身の権能を胡麻化すための口実に過ぎないのだと後に聞かされた。


「失敗した」話はいつの世もどこの誰から聞かされようと有用であることが多い。

 カインの失敗は、若い時分に権能を「ひけらかしたこと」だった。

 生まれ持った異能なのだから、それを誇示して何がいけないのかと言いたくもなるが、この世界においてヒューム以外の「人間」が力を持つということは(すなわ)ち嫉妬を通り越して排除の対象となることを意味している。


 彼は勤勉の最中、(いにしえ)の書物に触れることによって自身の〈火〉を見出し、それをあろうことか憎き学校で披露してしまったのだ。


 私はそこまで聞いてその後の事態を察し、彼の懴悔を制した。


 しかし幸いなことに彼は学校を追われるのみに止まり、家業を継ぐ時期が少々早まる程度で済んだ。

 エリン族で、しかもイケメンであったことが功を奏したことは想像に難くない。


 生まれてから五百年もの時を過ごし、豪商と呼ばれるまでに成長した彼だが、いくらエリン族が長命とは言え三百年を越える例はかつてなかった。

 権能が関係していることに言及した段階で、彼はそれ以上の詳細を割愛した。


 彼は商業仲間の他にゴドウという男性と関係があることを語った。

 他意はない。交友関係である。

 カインはゴドウのことに触れる時は決まって「どうしようもない奴だ」と言わんばかりの気軽さで話す。本当に気の置けない仲であることが察せられた。


 当のゴドウとは、この農耕地帯から更に外れた辺境中の辺境にある森林の中で単身暮らすオルガ族の変わり者だ。

 水牛のように立派な二本の角を生やした二メートル超の巨体は、街の喧騒はおろか、農耕地帯のささやかなコミュニケーションをも嫌っていた。

 少し私に似ているのかもしれないと思い、後になって何度かカインと伴に会ったことはあるが、その変人ぶりは私の想像を遥かに超えていた。


 私とゴドウの「はじめまして」は轟轟(ごうごう)飛沫(しぶき)を上げる瀑布(ばくふ)にあった。


 大地を揺るがすほどの轟音の中、それに背を晒す男の雄姿はまさしく圧巻であった。


 偉大な自然界においても彼は群を抜いていた。

 見た瞬間に「変態だ」と思った。


 しかし、私は〈地〉の権能持ちでもあった彼のことを心から尊敬している。

 元の通りの(ちり)となり、世界に散った彼と共にあることを誇りに思う。


 カインによると、この世界は途方もない時を経てきたという――〈時〉という概念を持ち込むのは不謹慎ではあるけれど、歴史の尺でしか世界を見通すことのできない人間には仕方のないことだ――。

 その時の中で、転生者は何の前触れもなく世界に現れた。

 私たちが把握するよりもずっと以前からそれは繰り返されてきた。


 転生者の記憶も、元いた世界での時代背景もバラバラであった。

 そのため、今の(ゆが)んだ世界を作り上げた人間を知ることは不可能だ。


 ただ、僅かばかりだが矯正することはできる。

 自身の身の回りといった極狭い世界に干渉することは誰にでもできるものだ。


 カインは世界で自分に出来得ることを常に模索していた。

 権能所有者の探索もその一環だった。

 莫大な魔力を有する権能者を圧政の抑止力として機能させる。力を持つ者が為し得る考えだ。


 同時にカインは権能を誇示することを酷く恐れていた。他に方法はないかと考え続けていた。


 彼自身の〈火〉、ゴドウの〈地〉、私の〈風〉。

 これらを使わずしてどのように動くのか、或いは如何に扱うべきかと。


 宮殿――要塞の中心部、上層に(そび)える巨大な施設――で祭祀を司る聖女が〈水〉の権能を持っていることも把握していた。


 この薄汚れてしまった島――ヒュームの蔓延る島(ヒュムスイスラ)――を正したい。

 これが彼が常に掲げた目標だった。

 遠い昔、未知の種族との関わりを忌み嫌った人間(ヒューム)らの「魔術」によって(そら)へと飛翔させられたこの憐れな離島を解放したかったのだ。


 幸いなことに、私を含めた権能者は皆それを強く望んでいた。


「――そう言えばカインさん。『常世』についてご存知ですか?」

「トコヨですか……いえ、初めて耳にしましたが」


 辺りもすっかり暗くなり、少し肌寒くなった。

 その頃には独りの住処となった家へと彼を案内し、淹れた茶を前に話題が途切れて気まずくなった私は常世について尋ねた。

 彼は知らないと言い、彼がこの世界に直接転生してから権能を継承したこと、ゴドウや恐らく聖女様もそのような空間には至っていないだろうと応えた。


 聖女は世襲制で、その血族のみが水の権能を引き継いでいたらしい。


「彼女は一体どうしているのでしょうか――……あの国にいて真っ当な扱いを受けているとはとても思えないのです」


 私は彼の言葉を何となしに聞き流しながら卓上の蝋燭に火を灯した――その頃の私は魔鉱石のランタンなどの魔道具を嫌う傾向にあった。


 小さな炎に揺られる彼の横顔はいつになく愁いを帯び、私の中の何かを酷く(たぎ)らせた。


        *


 後にひょんなことからカインは過去の記憶を取り戻し、私の生前の兄であったことが発覚した。

 それは私にとってもかなりの衝撃であり、酷く自己嫌悪に(おちい)った時期でもあった。


 今の彼はズィンイと名乗り何かと私を気にかけてくれている。


 その翌年に私の第五は終わった。間際には村の全員が私の元を訪ねた。

 中にはカインの姿もあった。

 彼は深い眠りに向かう私に「再び見付ける」ことを約束してくれた。


 薄れ行く意識の中でも、嬉しい気持ちで胸がじわりと熱くなるのを感じられた。


        *


 幸福なことに、島の崩落までの転生は農耕地帯で為された。

 まだ未熟な意識の中で、その度に安堵した。


 嗚呼、私の生はここにあることを赦されたのだと。


 一度自らの意志で命にけりを付けたことのある私は、転生を経て、繰り返される生であるほど命を粗末にするだろうと思っていた。

 しかし、繰り返すごとに「また次がある」という強固な後ろ盾があることによって、「もう少し頑張ってみよう」と思えるようになり、次第に何としても(まっと)うしてやろうという勇気を持つことができた。


 同じような考え――ある種の「終わりを見据えた諦観」――を持った強い仲間もできた。

 我々は最早、突然の終わりも、老いさえも恐れはしない。


 転生できるからではない。

 やるべきことを常に考え、初めから終わりまでをも自ら選び取ることができるからだ。


 あの頃の私たちは「明日はどんな生を迎えてやろうか」といった気概に満ち満ちていた。



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