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1-5 第三、第四

 最悪なことに、新人種(ヒューム)の子として産声を上げた。


 自分でもとことん運のない奴だと思う。

 生前に受けた「(さち)」という名を最も嫌うのは、それから数時間後、生家に程近い崖から空に向かっておくるみごと放られた時だった。


「神付く子よ。汝のあるべきところに戻り、その力を(かえ)したまえ」


 この世界で「神付き」とは要するに「奇形」のこと。

 親の哀しみと周囲の奇異の目を(あざむ)くために作られた言葉、神付き子に対するせめてもの情けである。


 (てい)のいい御言葉を受け、私は空へと放たれた。


「おいおいおい!? 投げんなよ! 私はお前たちの子だぞ!」と必死に思い続けるも虚しく、次第に迫る果てしない地面(せかい)を感じながらクルクルと空を回っていた。

 

 やがて来る第三の「死」を予感し、せめて何か試しておこうと思い立ち、風の権能が顕在かどうかを確認してみた。


 エウルの話では、常世で「継承」した時点で世界に降りるということだった。

 だから、継承していない私なら、もしかしたらまだ使えるんじゃないかと思えたのだ。


 案の定、使えた。

 一瞬だけそれらしい風を巻き起こして消えた。

 落下時の風圧の方が圧倒的に強かったが、魔法が発せられた時の感覚は間違いなく常世で感じた時のものだった。


 見紛うはずもない。「死」に至るほど繰り返した魔法なのだ。馬鹿みたいに。


 地面が目前に見えた時、意識がなくなった。

 正確には「見えた」のは目視ではなく、風の権能だったので「感じた」の方だろう。


 私は無意識に世界を色として感じ取ることができるようになっていたのだ。


 その後、私を放った謎の宗教は消滅した。

 およそ教えのみで島を支配したものはついぞなかった。いずれも民の肌に合わなかったのだろう。


 四度目は裕福なエリンの家庭に生まれた。名はウルカ。

『|ヒュームの蔓延(はびこ)ヒュムスイスラ』でも、社会的な地位のある種族になれたのは幸運だった。

 おまけに子供に恵まれない家庭であったらしく、私が単眼で産まれたことを両親共に大いに驚きはしたものの、前回のようにいきなり放り出されることはなかった。


 長命なエリン族は性交頻度が極めて少ない。

 故に子供が産まれ難いことを差し引いても、単眼の明らかに異なる形状をした個体を()むでもなく、育てようとまで思えた寛容さには感嘆せずにはいられなかった。


 初めての我が子に惜しみない愛情を注ぐこのエリンの夫婦に何かしたいと思った。

 是が非でも期待に応えねばならないと思った。


 それから十五までを人里から離れた農耕地帯で心優しい両親と共に過ごした。

 何不自由ない、満たされた生活だった――朝は日の出と共に母の優しいキスで目覚め、父に伴って実り豊かな畑や果樹園で汗を流し、昼は実りで体を満たした後、穏やかな風に身を任せ木陰にて(しば)し眠る。


 日のある内に収穫をまとめ、傾いた日を背に家路につく。

 温かな光の漏れるそこからは、帰りを待ち望んだ家族が手を広げて迎え入れてくれる。


 下界から遥か上空に浮かぶ島には天災がなく、収穫の周期はあれども、こうして変わらない日々を送っていた。


 しかし、転機は訪れた。


 司祭が視察にやってきた。

 街の上層部から農耕地の調査のために複数の魔術師を伴って来訪したそのヒュームの男は、エウルに次いで私がこの世界では初めて会う転生者だった。


 権能のない男が私を同じ転生者だと見分ける手段はない。

 よって、司祭はただ私の容姿を忌み嫌った。

 態度にこそ表さなかったが、その時見た彼の「色」は濃厚で、明らかに私に対する警戒と嫌悪の念を示していた――この頃には既に人の感情の起伏程度であれば察することができるようになっていた。

 彼が転生者だと知ったのはこの国の情勢を知った後のことだ。


 成長を遂げた単眼族の物珍しさからか、司祭は私に街へ同行するように勧めてきた。

 色を見て疑り深くなっていた私は、この男が街へ私を引き擦り込んで始末しようとしていると考えた。

 三回目の教訓もあってそう疑いたくもなった。


 そしてその疑念は後に遠からず的中した。


 両親に対する破格の援助、街での生活の保障、学校への入学特待など、あらゆる好条件を並べて司祭の男は無知な私を誘惑した。

 それほどの権力をこの男が持っているのだろうかと疑いもした。


 が、元々世界に、この島の街に対して多大な好奇心を燻らせていた私は敢えて男の提案に乗ることに決めた。

 同じく無知だった両親は私の決断を大いに歓迎した。


 しかし、この島の情勢を知る者であれば、ヒュームからかけ離れた種族であればあるほど、もっと警戒して(しか)るべきだったのだ。


 表向きでは他種を認める国家も、その実、上層部は全てヒューム至上の思想に()りつかれた転生者によって支配されていた。

 例外的に数名のエリンが内政に関与していたが、これも(てい)の良い隠れ(みの)に過ぎなかった。

 上層では政務はおろか、発言の機会すら認められていなかったという。


 そもそも「ヒュームに最も近い知性的な種族」と見ている時点で他種排斥の意志が色濃く感じられた。


        *


 生家を発って二日後。丘の先に「街」が見えた時、衝撃を受けた。


 出発前、男の乗ってきた魔石で動く機械仕掛けの「車」にも驚いたが、その「異様」は風読みでそれとなく俯瞰して見た比ではなかった。


 莫大な規模の要塞が周囲の環境を飲み込み、外界を威圧していたのだ。

 日を受けても尚薄暗い下層から段々に土台が連なり、中層、上層へと家屋が(ひし)めき合っていた。


 石造りの施設群は下から上に向かって様式が異なり、下は背の低い平らで粗末な家屋が密で、螺旋状に土台が隆起した更に上には縦横に広い華美な家屋が広がっていた。

 最上部に至っては最早「城」で、背の高い城壁も相まって、総じて「要塞」と呼ぶに相応しい様相を呈していた。


 ――憎い。


 知っていたとは言え、この城が多くの犠牲の上に築かれているという事実を、眼前の規模の暴力を以て再認識した。

 歯噛みし要塞を凝視する私を、ただの田舎者の奇形と(とら)えている男も滅茶苦茶にしてしまいたかった。


 その日から三か月間を私は要塞で過ごした。


 男は私に中層の一角にある家屋を与えた。

 要塞の大半を下層が占める中、下層との境とはいえ中層に住めるということだけでも好待遇だと思えた。


 しかし、三階建ての空き家で、下層から立ち昇る糞尿の混じる臭気に耐えながら過ごす三か月は想像よりも遥かに過酷だった。


 単眼族が嫌われることを事前に知っていた私は、街に入った時から顔を隠すことに細心の注意を払っていた。

 目深に被ったフードに加え、不本意ながら男に強請(ねだ)って露店で買ってもらったお面を着けて車の(すみ)に隠れていたのだ。


 それが住処に到着後、数分もしないうちにすぐ下の簡素な城門――下層と中層を隔てた門。中層、上層間のものは装飾が施されている――を隔てて怒声が上がった。


「下層民の成り上がりが!」「いい気になるなよ!」「この恥晒しめ!」といった内容の心無い罵声を私に、と言うより家屋に向かって浴びせていた。


 司祭の男が何の見返りもなくこの空き家を与えた理由が分かった気がした。

 家屋には目立った外傷や汚れはないものの、日当たりの悪い表からして外壁に(かび)が生え、窓辺に掛けられた植物は枯れて原型を留めていなかった。

 この様子だと両親への支援の方も怪しいと思えた。


 特に心に刺さったのは学校での出来事だった。


 何故そんなところに行ってしまったのかと今でも後悔している。

 生前も大して好きでもなかった場所に、わざわざ(しいた)げられると知った上で行こうとしていたのだ。

 最早狂気の沙汰である。


 その頃の私はそれほどまでに人に飢えていた。


「一つ目」というのが私が人生で初めて付けられた渾名(あだな)だった。

 勿論(まご)うことなき侮蔑(ぶべつ)の意志が込められている。


 元いた世界でも本名でしか呼ばれることのなかった私は、どことなく複雑な気持ちで渾名を受け入れた。受け入れざるを得なかった。


 ここの種族的な差別意識は想像に輪をかけて酷かった。

 借家での罵声を除いて、私が初めて直接受けた洗礼は「見せしめ」だった。

 その名の通り、私がこの世界で生を受ける際に宿命的に特徴づけられた「単眼」が(さら)されるのだ。


 初日からなるべく目立たないようにフードとお面で顔を覆っていた私を(いぶか)しんだ――そうしないというのも無理な話だが――男子生徒が私の隣に座り優しくこう言うのだ。


「こんにちは。初めましてだね。この辺りでは見ない顔――いや顔が見えないんじゃ分からないよね!」


 仮面を()がされ顔が(あら)わになる。

 教室中に悲鳴と好奇の入り混じったどよめきが起こる。


 その「優しい」生徒は奪い取った面を教壇に飾り、私に向かって「来い」と乱暴に手招きした。

 自己紹介をするよう耳元で命令した彼は、教壇から少し離れた特等席でいやらしい笑みを浮かべ眺めていた。


 顔を覆った私はお面を取り戻すことも忘れてそのまま教室を飛び出した。

 去り際、再び下卑(げび)た笑いに揺れる教室を横目でチラと見た。


 どこもかしこもヒュームに埋め尽くされた猿山だった。


        *


 街で生活を始めて一週間で学校に行き、初日で既に不登校になっていた。


 外出も最低限に済ませ、ほとんど決まった近所の店を行き来するだけの生活へと変貌していた。

 お金は時折様子を見に来る司祭の手下が置いていった――十日は食料に困らない程度の銀貨。


 司祭は何かと理由をつけて私の衣服を()かせると、伴ってきた別の男と共に観察し帳面を付けることを繰り返した。

 ()()()の研究のために必要なことなんだとか。


 不毛な日々が続き、郊外にある実家へ帰りたいと切に思うようになった頃。


「ウルカさぁーん! 忘れものですよぉ!」


 後をつけられたらしい。

 窓の下には教室の生徒が全員集合したのではと目を疑うほどの人数がたむろしていた。

 男女問わず私を袋叩きにする算段なのだ。


 娯楽に飢えた彼らは、私という新しい玩具(おもちゃ)を振り回したくて仕方がないのだ。


 ――どうしよう。殺してくれようか。


 残酷な考えが(よぎ)ったが、少なくとも今ではないと思った。

 こうなったらこの世界の(ゆが)み具合を思う存分堪能してやろうとすら思えた。


 どうやら私は生前にも気付かなかったが、相当なマゾ気質を備えているらしかった。


 何度呼んでも一向に出てこないのに痺れを切らせ、今度は罵声と共に窓に石を投げつけてきた。

 それが止むと、下の方から扉を叩く音が聞こえてきた。


「誰かいますか?」とか「ごめんください」といった感じではなく、本気でぶち壊そうとする威力だった。

 やがて壊れた扉からカエルが雌に群がるような勢いで家になだれ込んできた。


 目星は付けていたらしく、真っすぐに三階の窓辺にいる私の元へと向かってきた。


「この化物が! 観念しやがれ!」


 閉めた扉を蹴破り複数の男子が飛び込んできた。

 獲物を追う獣のように爛々(らんらん)と光る目で私を(とら)えた。

 中には棒切れやナイフを持ち出した者もいて、正直物凄く恐かった。


 初めて見る雄の姿に全身が凍り付くほどの恐怖に強張(こわば)った。


 始めは殴る蹴るの容赦ない暴行を受け、次第に力が弱まったかと思えば、内の一人が目の前にナイフを突きつけ脅してきた。

 それから首元にナイフを置きながら、私の体を散々犯した。


 一回を機に多くの男子がそれに(なら)った。

 躊躇(ためら)いがちだった動きも番を重ねるごとに段々と激しくなっていった。


 化物の体の有用性に気付いてしまったのだ。

 生まれて初めて得られる快楽はこの世界の何よりも淫靡(いんび)で刺激あるものだったろう。


 崇高な行いの副産物はどこまでも人を狂わせ支配する。


 しかしそれが真の意味で成就することはなかった。

 悦びに震える男たちの(ゆが)んだ顔は、一時(いっとき)に床に伏した。


 痛みに藻掻きながら放った私の魔法が彼らの首を()ねたのだ。


 もういいと思った。

 私が初めて犯した殺人だった。


 股を割って今にも入らんとする頭を失ったモノを()け、裕に十は超えようかという(むくろ)を見渡した。


 当然の報いを受けたのだ。やってやったという達成感。


 ほとんどが半裸のまま横たわる顔のない肉塊と、部屋に充満した血生臭さがすべてを台無しにした。


 しばらくして、静かになった部屋の様子を見にきた女子たちは部屋に踏み込んだ途端に奇声を発して逃げていった。

 腰を抜かした数名が一様に失禁していた。

 とても気持ち悪い光景だった。


 人を殺めてしまったという漠然とした罪悪感が少々、犯されてしまった心身の痛み、血と糞尿の入り混じった異様な景色。

 それらが綯交(ないま)ぜになって私のその後をどうでもよくさせた。


 ぼうっと(ひざ)を着いたまま血溜まりの肉と同じ床に座り、女子共が呼んできたであろう衛兵たちに囲まれるまでその狭い世界を眺めていた。


 衛兵は私に触れることもなく、言葉を掛けるでもなく、ただ目だけは合わせまいと注意をしているようで、背後に回り込むなり私の首を落とした。

 切られた痛みは無かった。


 ただ、体と断絶されても臭いは分かるようで、最後に嗅いだ部屋の臭いが下層に漂うものと重なって胸糞悪くなった。


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