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2-8 疑似転生の欠陥

 周囲の索敵を済ませた外殻は軸索を通した覚醒物質によって僕を平常の精神状態に戻した。


 僕の周りには当然のように他の外殻がいて、一昔前の外殻の残骸と、中に居たであろう人間の何かがそこら中に散らばっていた。

 僕らが使用する武器は基本的に機関銃と光学ナイフだから、近くに転がっている物は手に持つナイフで切った物で、遠くの物は機関銃で撃った物になる。


 遠くの物は割と少なく、恐らく流れ弾か、死角から他の外殻に狙われた物だろう。


「防衛網を突破した敵戦力の殲滅を確認。負傷者一」

『了解。再度待機を命ずる』


 頭の中ではそれらが「気持ち悪い物」と分かっているはずなのに、外殻が送り出す脳内物質が原因なのか、全く現実感が湧かない。


 本当に僕らがこれをやったのか、目の前にある物がまるで信じられない。

 当然僕らは人の死骸やこんなにも外殻が大破した状態を一度だって見たことはない。


 同系統の外殻の一つが消失した。機体(かれ)鹵獲(ろかく)を恐れて自壊を選んだのだ。


 自機の視界ログを見る限り、腕を落とされた時点で既に迷いはなかったのだろう。

 肉片や戦闘服はおろか、機体の残骸すら蒸発するほど見事に跡形もなくなっている。


 しかしその経験は残った我々の外殻を通して核に蓄積され、中の彼は出立前のバックアップや残器となって基地に戻った。だから「負傷」。


 外殻との接続が切れたとき、僕らはこれら一連の記憶を綺麗さっぱり忘れるだろう。

 適合率が高い者ほどその傾向が強く、弱い者でも無意識下の感覚的な記憶さえ消し飛ばすことができる。

 だから再び戦うことに違和を感じることなく、戦った後も自己嫌悪に(おちい)ることもない。

 全て座学(コンセンサス)で得た情報だ。


 フワフワした感覚。視界がぼやけ、いつも以上に覚醒レベルが低下している。


『現後衛部隊及び後援部隊に告ぐ。直ちに基地へ撤退せよ』


 背く理由もない僕らは素直に命令に従う。

 向こうで何があったかは知らない。でも命令には従う。命令だから。


「全方位異常なし。基地へ撤退する」


 部隊内の応答が入った直後、不意に意識が遠退いて行くのが分かった。


 ――『戦闘開始』。


        *


『――甚大な損傷を確認。早急な自壊(パージ)を推奨します。残器確認。接続状況、良好(クリア)


 意識が覚醒する。


 連続した実践下での戦闘にさすがの心身も悲鳴を上げたらしい。

 いつの間にか大地を滑空し機体の自律機構に揺られていた。


 上部を損傷したのか、炎天から降り注ぐ日差しが容赦なく身を焦がす。


『――状況は』


 発声すら(まま)ならない。よって意識下での慣れない信号を基地へ送る。


『――……早急な自壊を――……』


 不思議と周囲には機体が一つもない。あるはずの応答もない。

 絶えず脳内に流れ込んでくるのは、部隊内のいずれかの機体が発する自壊勧告のみ。

 少なくとも本部からの状況説明は下されるものと思ったのだが。


 モニターが不在のため目視で後方を確認する。

 戦闘があったと思われる場所は既に遥か先になった。

 仕方なく自前の水晶体を最大限に引き伸ばして見る。


 在った。

 目視での把握には限界があるが、一機だけ不完全な状態で外殻が放棄されている。

 型は間違いなくこちらの軍の物だ。あの状態では敵方に鹵獲されるのも時間の問題である。


『基地への帰投を見送る。直ちに不完全消失体の処理に向かう』


 自律機構を停止させようと手に意識を向けるが全く動く気配がない。

 それほどまでに消耗したのだろう。試みに外殻に処理の旨を意識的に送り込んでみるが一向に反応がない。


 羽音。発電機のプロペラや冷却器のファンの音とも異なる音。

 触覚に併せて、嗅覚、聴覚が次第に平時の状態に戻りつつある中、自身の周囲から鳴るその異音がはっきりと聞こえ出した。


 ふと何気なく地面を見たとき、自身の腕が目に入った。先程から妙にジクジク痛い。


 前腕部の途中からその先が消えている。しかも両腕共に。

 これほどまでに損傷を受けて意識を保っていられたのは、体内の医療用ナノマシンが痛覚遮断と止血を担ったためだろう。若干痛みを残すのは治療の必要性を認知させるためだ。


 本土への帰還は許されないだろうが、一先ず基地に戻り次第復旧する必要がある。

 いずれにせよ、二日間は戦線とはおさらばだ。


 前方から数機が近付いてくる。ここまで来ればもう眠っても大丈夫だろう。


 疲労感に身を委ね眠りに落ちかけた瞬間、目の端に信じられないものが映り込んだ。

 咄嗟に覚醒仕切れていない頭で、前方からやってくる物の正体を必死に考える。


 頭、胴体が三つ。複数本の手足。


 一か所を中心に連なり丸みを帯びたそれは、高速で荒野を駆けて来る。

 余りの速さに、表情のない頭と付属した腕や胴体が力なく脚の勢いに揺られている。


 無造作に揺られる姿が言い様のない恐怖をかき立てる。


『戦闘開始』


 自動的に臨戦態勢とならない自機に向かってもう三度目になる命令を下す。

 しかし全く反応がない。そればかりか朦朧とするはずの意識は完全に覚醒した。


 僕は外殻を失っていた。

 横目で羽音の正体を捉えた直後にそれを察した。


 羽音の主は僕の胴体に何かを突き刺し、ひたすら先へ先へと進んでいる。

 そのため宙吊りになった僕の体は後ろに反り返り、あたかも滑空しているかのように錯覚したのだ。


 大きな複眼と(くちばし)のような長い口吻を持った主は時折何かに突き動かされ、何度も身震いをした。その度に背中に刺さった棒状の物に違和感を覚えた。


 外殻から切り離された以上、自身の手で終わらせる必要がある。やり方は座学で学んだ。

 しかし、手足の自由が利かない状態ではそれすら不可能だ。

 動かない口には土の味がする綿のような物がぎっちり詰め込まれている。


『アリサ、聞こえるか』


『――はい。良好です』


 駄目元で個人間通信(パーソナル)に呼び掛けると、狙い澄ましたかのように返答があった。


 彼女はこれまでも変わらずそうであったが、今ほど心強いと思ったことはない。


『敵勢力に捕らわれて身動きが取れない。至急、そちらから自壊機構を作動させてくれ。それと外殻が一機――』


『できません』


 遠隔操作で本体(ぼく)に備わった自壊機構を作動させればすぐさま本拠地への帰還が可能である。

 残器との接続状況が不明なのは心残りだが、この際細かいことは気にしていられない。


『すまない。今は冗談を言っている時間がないんだ。頼む』

『冗談ではありません。アテルさん本体の自壊機構は既に遮断済みです。残器との交信も途絶えています』

『遮断済み、とは一体どう言うことだ。残器からの反応がないのは確認済みだ。しかし最新のバックアップもある。何ら問題はないはずだろう。早く終わらせてくれ!』


『――いいえ。終わらせません。長い目で見ればそちらの方が安全であると判断しました』


 彼女は何を言っているんだ。

 このままでは敵方から尋問を受け、果ては意識すら改竄されてしまう。

 僕から引き出した情報と鹵獲された優秀な外殻の量産を許してしまえば、我が軍の形勢は圧倒的に不利になる。それが奴らのやり方なのだ。


『頼む! もう時間がないんだ!』


『いずれ、近い将来彼らはこの国に止まらず世界すら変えてしまうでしょう。こちらの生活圏(パブリック)に到達するのも時間の問題です。その時になってしまえば、もうどんな人間も残っているという保障はありません。ですから、私は「忘れられた記憶(ネクロシグネチャー)」と自称する彼らと取引をしました。我が国についてのあらゆる情報と引き換えに「善良な人」を救って欲しい。そう願いました』


 ――仮に彼らの捕虜となった場合、この身が朽ちるまで転生の機会はない。

 同値の意識が複数存在することはできないからだ。

 正確には不可能ではないが、それらはいずれも何らかの異常を(きた)す。

 既に人体での実験で慢性的な意識の乖離(かいり)、統合失調症に似た症状が確認されている。


 一度症状を来した者は、たとえ意識を一つに絞ったとしても症状が緩和されることはない。

 故に人為的な転生は慎重であらねばならないのだ。


 しかし、この状況では捕虜として「朽ちる」という保障もない。


『奴らは既に、こちら側の闘い方を知っていたのか』


『はい。我が軍の作戦は彼らに把握されていました。更に言うと、転生により際限なく経験を蓄積するという方法を彼らは有史以前から獲得していました。それ故に、我々が同じ方法を取ることを見越して「対転生亜空間帯(アナザーワールド)」を生み出しました。そこに幽閉されたオリジナルは正常な転生が不可能となります』


『ここが安全とは全く思えない』


『少なくともこちら側にいるよりは彼らのいる日本西部の方が生存の可能性は高いです。彼らには我々の生活様式に似た独自の文化を持っていると聞きました。しばらく暮らしていればじきに慣れるでしょう』


『僕たちはまだ日本にいたのか――……なぁ、アリサ。君が取引したっていうお相手はこちらか?』


 通信状況によってどこまで感覚共有できているかは分からないが、目の前の光景を両目に焼き付ける。


 灰色の肌に灰色の髪。こちらを見下ろす白濁した一つ目。

 一糸(まと)わぬ少女がその小さな体の倍はある白い翼を広げ、悠々と羽ばたいている。


 先程まで僕の片足を喰らっていた多面の生き物や、背中に刺した棒から恐らく卵を産みつけていた蠅の主は、この神々しい少女の現出と伴に忽然と姿を消した。


 余りに唐突な存在。もしかしたら彼女は既にここにいたのかもしれない。


『また、会えるかな』


『……』


 僕は異形を前に釘付けになる芋虫のような体を奮って起こし、背を反らせたまま彼女の下す答えを待つ。


 ――長い沈黙。いつの間にか辺りの荒野は一面の草原へと変わっていた。


 身を焦がした灼熱の陽光は温かな朝の日差しになった。


『どうかお元気で。いつまでもお慕いしております。もしも(ゆる)されるならば――』


 少女が微笑んだ。

 白銀に染まる髪をそよ風に任せ、やがてその小さな体ごと遠ざかって行く。


 少女の姿が薄れ行くに連れ僕の意識も消え失せて行くのを感じる。


        *



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