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2-6 無知

 適合率九〇パーセント超。

 実戦当日の朝、特区に向かう輸送機内でもう三度は聞いている言葉だ。


 これは昨日の訓練で僕の外殻をモニタリングした結果であり、狭い部隊の間で広まるのは必然のことであった。


「いやー、隊長のお陰で僕も鼻が高いよ」


 そしてソウマが嫌味たらしく近付いて来ることも予想の範疇だった。

 しかし、いつもながら注目を受けることを嫌う僕は、いつにも増してその視線を嫌った。


 今向かっている「特区」とは、本土西部における最重要防衛区域のことで、いわゆる戦線というやつだ。

 とは言え、沿岸部を除いた内陸にもなれば対空ミサイルによる迎撃が主であるため、比較的安全と言われている。

 そのため、(まば)らではあるものの町や主要施設の多くが残されており、東部に若干劣る程度には人口もある。

 沿岸部における他国侵略の原因は、他国間の情報収集の遅れによって沿岸整備が間に合わなかったことによる。

 西部における失敗を喫した我が国だが、それらの情報を基に東部沿岸の完備に成功している。


 適合率九〇パーセント超がどれほどのものかと言うと、セイジ曰く、現在のタイプの外殻が開発されてから半世紀、九〇を超したのはいずれも陸軍で優良とされる第一線兵士の三名のみであったらしい。


 加えて、三名とも実戦においてその数値を発揮し、途端に心臓発作、昏睡といった異常を来しており、今でも二名は昏睡状態にあり、内一人は敵の攻撃によって負傷した。


 どういう訳か三名共に残器への転生後も元に戻らない。


 今回のように平常を維持した例は初という話だ。目立つのは止むを得ない。

 こうなった以上、図らずも得られた威勢を活用する術を考える必要がありそうだ。


『間もなく特区地下入口に到着。間もなく特区地下入口に到着』


 車内放送が広い輸送機内に響く。

 それを受け今までだらけていた技術科連中が動き出す。


 後部には窓がないため、今の今まで地上を走っているとばかり思っていたが、どうやら僕たちは最重要区域の地下に出向いたようだ。


「もたもたするなー! お前らの行動一つに人命が掛かっていると思え!」


 手にしたケースが想像以上に重かったせいかバランスを崩した僕に向け、これ見よがしにクドウ教官が声を張り上げる。

 先程から引っ切り無しに動き続ける男共を怒鳴り付けるクドウ教官の顔は、心なしかいつもより輝いて見える。


「アテル」


 小一時間ほど車内と薄暗い地下倉庫とを行き来した僕らは小休止を与えられ、例外なく疲れ切った表情を引っ()げたセイジがそう声を掛けて来た。


「俺たちが今まで運んだ荷物、あれ何だか知ってるか?」

「さぁ、重量的に生活物資か何かじゃないか」

「そう。だが見たかあの量。俺たちの予定滞在期間が精々一週間だとして、あれだけの物資を必要とするかどうかだ」


 確かに、実社会に出る以前の身分では学区外への最大外出期間は一週間と、長くても十日と規定されている。

 だが、僕にはセイジが何を意図して話しているのか分からず、ただ適当に「はぁ」とだけ応える。


「勿論非常時を想定してのことかもしれない。でもよ、運送班の奴に聞いてみると『倉庫内にもまだまだ十分な物資があった』そうだ。何かおかしくないか?」


 言われてみればおかしくないこともない。

 そもそも特区に地下があったことさえ初めて知ったこの頃。西部中央に本国最大の軍基地があるにも関わらず、誰かの意向で僕らは地下に置かれ、何故か軍の物資がここにある。


 察するに、この地下倉庫は東部の物資を一時的に西部下に保管するための施設と見た。

 比較的安全な西部内陸とは言え、状況故に上手く(まかな)えない物資も在るのかもしれない。


「俺たち、もしかすると帰れないかも……!?」

 物資の相当量から、自分の滞在期間を察したらしいセイジが一人(わめ)く。


「……」


 彼の言っていることも一理ある。しかしそうと決め付けるにはまだまだ情報が少な過ぎる。


 だが期間が延びることに関しては願ってもないことだ。


        *


「おおおおおお!」


 到着早々、第一回目の作戦参加が本土ではなく、大陸東部であると分かったとき、我が校技術科の雄叫びが地下倉庫内に響き渡った。


 早速実戦らしい実戦ができる、訓練の成果を見られるかもしれない。

 そんな期待に胸を膨らませた生徒たちは颯爽と飛んで来た運搬ヘリに輸送機ごと吊られ、約二時間ほど空路に揺れた。

 到着後、当然先程のような運搬作業はなく、運送班のみが外殻の移動と設置を行い、整備班によって最終チェックが行われた。


「本日より君たちには我が部隊の後援として活躍してもらいたい。今回、こちらの指示がない場合は待機に徹する訳だが、気を緩めることなく、訓練とは違った雰囲気に逸早く慣れることを期待している」


 戦線から離れた位置に設営されたテント内にて、少佐の有り難い訓示を頂いた技術科のやる気は最高潮に達した。

 見ている限りでは、今にも飛び出して暴れ出しそうな奴らがほとんどだ。

 実戦に近付けるということもあって、僕も妙な緊張感を忍ばせている。


「どうやらこの辺りは位置情報が不明瞭なようだ」


 僕の横でそうぼやいたのはソウマだ。

 相変わらず嫌らしく口元をにやつかせながら、目を逸らそうとする僕の視界にわざわざ入り込んでから倉庫の方へと歩いて行った。


 一々ムカつく奴だ。「位置情報が不明」なんてことは、そもそも情報を得るための接続(アクセス)権やら外部端末やらを学校側に預けてある以上明白なのに、ああして僕の嫌がることを知りつつ話し掛ける。最低な野郎だ。


「なんだあいつ」


 (いきどお)りを覚え奥歯を噛みしめている所へ、外殻用の対圧戦闘服に着替えたセイジが休憩室に戻って来た。


「ソウマの野郎、いっちょ前に紋付(もんつき)着やがって……かっけぇな畜生」


 セイジの言葉を追って倉庫に消え入るソウマの背中を確認する。

 そこには確かに我が校の校章(エンブレム)が入っていた。

「紋付」が意味するのは即ち学年主席。


 二年次半ば、つまり社会科、情報科、技術科の三科に分かれる際、それぞれの科において最も成績が優れた者に対して与えられる制服にそれは付随する。

 今でこそ僕が技術科の主席であるが、入学当初から他学科の勉学にも精通していたソウマは奇しくもトップの座にあったのだ。


 紋付を着る機会は特に制限されていない。

 つまりは特に意味をなさない代物であるが、時に階位授与式などの正式な行事にて着るのが通例となっている。

 よって、何でもない時にそれを着るということは、相当な目立ちたがり屋か、阿呆か、或いはそれ以外の制服を持たない物臭などが考えられる。


 二年次半ばの学年主席の座を逃した僕はこの紋付を持っていない。


「そろそろ着替えないと不味(まず)いんじゃないか?」

「いや、もう着てるし」

「おお! さすがはうちのエースだぜ!」


 脱ぎ去った作業着を整え、(あらかじ)め着込んだせいで汗ばんだ戦闘服のまま倉庫へと駆け込む。



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