2-5 死に方
明日から実社会に放り出される生徒などにはお構いなしに、今日も抜かりなく炎天下での通常訓練が行われる。
登校直後から上気し切った校内も、教室を跨いだ頃には最高潮に達していた。
いつも以上に浮かれた態度や言葉から察するに、彼らはこれから向かう戦場を実地訓練か何かの授業と勘違いしているようだった。
未だに正確な情報が出回っていないということは、昨日の報告が誰の「口」からも漏れていないということに他ならなかった。
もしかしたら死地に向かうかもしれないことを知っている僕は、それが不気味と感じるより前に滑稽に思えてしまうのだった。
「おいアテル、明日からについて何か聞いてないのか?」
「ないよ。ただ明日から実戦が始まるとしか」
僕は行くんだ。どこの誰よりも剥き出しに成れる所へ。
そこでは例外なく、誰もが単なる生き物であることを自覚できる。
ならばたとえ意識に反したとしても、そういう場に出られることは少なくとも生物としてこれ以上ないくらい普通のことで、幸いなことなのだと思う。
既に授業が始まろうという今この時、何の臆面もなく何気なく話し掛けたであろうセイジについても同様に言える。
だから人間が戦いを求めるのは、少なからず生物であることを忘れない為でもある。
そしてそれは、人間が作り出した「行き過ぎた社会」への小さな抵抗だ。
誰が真に求めた訳でもなく進化を続け、いつしか独り歩きを始めた見えない支配者。
社会はやがて人間をその構造の一部に取り込み、人はその中で混濁し、真に個人であることを見失った。心身はおろか自らの居場所さえ他者任せにさせた。
自分以外の誰かが勝手に決めた場所なんて大概が詰まらない。
そんな所にジッと閉じ籠った果てにあるのは十中八九で破滅だ。
自らを殺す事。他者から殺される事。社会に殺される事――。
しかし、今やいずれも誘導された意思に過ぎない。
僕らは自らの意思で取り戻すべきだ。生き物として生き、死ねる場所を。
「起立、礼、着席」
社会は進化し過ぎた。
より良い生活を求めた人間は、自分たちの環境を発展させることをあたかも義務であるように振る舞い、やがて自らが作った物さえ理解できなくなった。
年間自殺者数の増加を筆頭に、再び見つめ直すには余りにも酷となったそれの理解を拒んだ。
起立に礼に着席。生徒たちがこの一連の動作に深い意味を求めなくなって久しい現在、一体どれほどの人間がそんな「どうでもいいこと」を考え、行動しているだろうか。
僕は思う。
たとえ校長が下さった訓示の、世論との矛盾点が解消されたとしても、この国はいずれ破滅する。
「起立、礼」
だからどうすると言うこともない。破滅は破滅だ。僕は今まで通り正しいと思うことをする。
今回はただ、それについて表向きの社会に順応するか、世界に順応するかの選択を迫られたに過ぎない。
「ったく、相変わらずあちーなぁ。んじゃまたなアテル」
「ああ」
そうだ。たとえ僕の周りに何があろうと、僕は共通して出来損ないであって、結局は外殻に頼るしか能のない人間なんだ。
何時、何処で、何を、何故するかではない。
僕は外殻に居て、外殻の一部になって、外殻の意思に従って動き、死ぬ。
世界への順応など、これに乗った時点で完遂するのだ。
僕のような人間には実に分かり易いシステムであり、だからこそ大切な場所に成り得る。
「隊長、本日もどうぞ宜しく」
『全部隊配置に移動中、残り二分後に本作戦を開始します。どうかお気を付けて』
アリサの声に対する快い感じ。ソウマへの嫌悪。両者を並べることへの拒絶感。
自然に感じられるそれら全ての感覚が、結局は僕がここに存在するため、位置を確認するための理由付けに過ぎない。
快感は僕をそこに留め、嫌悪感によってはそこから離れる。
実体のない関係、社会を嫌悪する僕は、快感さえ捨て、留まることをせずして外殻に閉じ籠る。
それから戦場に出て、国防の名目で人を殺し、殺されることで世界に一石を投じられたならば上出来だ。
図らずも国の役に立って、尚且つ、自分の意思を完遂できる。
素晴らしい。素晴らし過ぎて涙が出る。
誰かのために動いて、誰かのために生き、死ぬ。
何だか皆はそういう考えに捉われている。
馬鹿馬鹿しい。こんなにも「他人のため」と言いながら利己を求める世界で、他人のために死ぬなんて、どう考えても矛盾が過ぎる。
僕は今まで他人と何一つ変わることなく、否応なく社会に適応してきたつもりだ。
そして今後もそうして行くだろうと漠然ながら思っていた。
しかし、戦場、明確な死を突き付けられた今、その考えを改めた。
そう、僕は死というものを恐れている。これまでに無かった最高にリアルな感覚だ。
世間体などと豪語する見栄っ張りにけしかけられることには吐き気がする。
だからこそ自分の生き方、死に方くらい自身の力で見付けたいと切に思う。
「……破滅か」
『え、隊長何か言いました?』
作戦まで残り一分。
徐に上がる体をそのまま機体に預け、軸索に繋がれるのを感じながら、頭上に広がる青い空を見上げる。
すると目の端で二つの何かが飛び交った気がした。
やがて荒野を映し出すモニターは瞳孔の開き切った目を覆い、本体は太陽が焦した剥き出しの体をその内に納めた。




