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2-3 追伸

 本校には社会科、情報科、技術科という三つの科がある。


 人が生活する上で基礎となるインフラや社会設計、食料維持など戦争以外の政務従事を目指すのが社会科。

 軍事的な情報戦を含め、生活に必要なネットワークの維持・発展法を学ぶのが情報科。

 戦争で勝つための方法を兵士として学ぶのが技術科。


 ここでは入学後一年を経ると定期的に適性検査が行われるようになり、それから半年が過ぎる頃にはこの三種類に分類される。

 始めの一年間は三つを万遍(まんべん)なく修めることになり、次第に適性ごとに比重が変わり、二年も半ばになる頃には例外なく専門科目に割り振られる。


 勉強が苦手な人も、戦闘が苦手な人も、はたまたどちらも不得手な人でもこの学校、社会、国家は見捨てはしない。

 一人として社会不適合者を見逃さない。


 親元を離れて間もなく右も左も分からない子供たちを、卒業と同時にすぐにでも国家で使える人間にするのが「学校」というものの存在意義だと国は(うた)う。


 資源の限られた世界において、使えない人間を出さない、出させない制度というのは、実に合理的で理に適っていると僕は思う。

 でなければ僕は今頃不必要な人間、いたずらに資源を食らう虫として日の当たらない場所をこそこそしなければならない所だ。


輻輳(ふくそう)・開放運動、滑動性眼球運動――いわゆる追視というやつだ。それに加え、衝動性眼球運動、ピントを合わせる調節機能、形態知覚及び空間知覚、手などの身体との協合が挙げられる。我々人間が『見る』という行為一つについてもこれだけの工程を経ている訳だ」


 社会、情報、技術科。

 いずれにせよ生きて行くのに欠かせないという点で共通している。

 僕はその中から技術科を割り当てられ、適性通りに本能のままにあることを国家から期待されている。


 学校を出て間もなく戦場に立つため、技術科は他の二つに並ぶ重要科目として必須とされる。


 まだ割り振りが済んでいない一年と半年の間、どの国民も戦闘が行えるように、体術を基本とし、銃火器の取り扱い、大小戦闘機での戦闘訓練を一通り行い、戦争に備えることが義務付けられている。


 だが実質これについては全て技術科出身の人間で(まかな)われているため、大概が「戦場に立つ者の苦しみを分かつ」という綺麗な名目で収まっているらしい。


「先程の『見る』工程について『身体との協合』というのがあったが、戦場では特にこれを逆手に取った妨害攻撃が主流になっている。簡単に言えば、我々の視覚を騙すことで何らかのミスを誘導するということだ。これは空間の光を特殊な装置によって現状とは異なる視界を作っているに過ぎない。驚くほど単純だ。しかしそれにさえ引っ掛かるのが人間というやつだ」


 技術科の特徴は主に「体を動かしていれば良い」というものだ。

 もっと言えば「体を預ければ良い」だけ。


 つまり、修学期間中は銃や戦闘機に成り切って、あとは飯と排便場所について考えていれば良いのだ。


 これは極論だが、社会科や情報科に比べれば圧倒的に座学の時間が少ないことは事実で、技術科は時に「脳筋科」と揶揄されることもあるらしい。

 特に、戦闘機などを上手く扱えず、必然的に成績が低くなる連中に向けてその言葉は向けられる。


 が、元よりそういう人間を寄せ集めた科なのだから、殊更にそのことを強調するのは間違っている気がする。

 上手くやっている僕までその部類に当てられるのも余り良い気分ではない。


「外殻は常に的確な判断を下している。乗っている人間はそれを素直に聞き入れ従っていればいい」


 全くその通りだと思う。

 クズならクズなりに言われた通り、それ以上間違いのない方に従うべきだ。


 ここにおいてはただ本能のままにあればいい。


「『何もするな。何も考えるな。本能を剥き出しにしろ』。その点、勉強嫌いなお前たちは得意なはずだが、どういう訳か戦場だと咄嗟に可愛くなってしまう。まぁ、俺はそんなお前たちが大好きな訳だが、どういう因果か戦場という『オジ様』にそういう趣味はないらしい。だが勘違いするな、俺はホモじゃない」


 クドウ教官の冗談――生殖行為が特殊化した今、性的少数派(マイノリティ)の話は古典的な『オヤジギャグ』にまで地位を高めた――を受け、ここぞとばかりに下種な笑い声を上げる技術科連中。


 こうしたことは日常茶飯事であり、とても他の科には見せられたものではないが、僕たちは決して座学を(おこた)っている訳ではないことをどうか分かって欲しい。


「しかし恐怖を覚えることも本能だ。よってお前らはある意味正しい。人間という意味で、だ。だが戦場においてそんなものは要らん。同属と殺し合う場で無駄な情を抱き、恐怖した時、真っ先に死ぬのはお前だ。勿論犬死したくないことも分かっている。だったら訓練をしろ。より本能を引き出し、時に押し殺す術を学べ。自分は出来ない、無駄だと思うな。機械が故障したらどうする」


 十数年前、初めて外殻の起動テストが行われて以来、戦闘機は文字通り完璧なものであり続けてきた。

 恐らくこれからもそうであるだろうし、完璧同士のぶつかり合いが今後無くなることもないだろう。


 だが不測の事態を常に予測し備えることも僕らの義務だ。

 戦闘機が自律を失ったらどうする。敵機に破壊されたらどうする。外殻無しにどうやって闘う……。


「お前らの迷いが自機を故障させる。そして万が一にも機械は自ら故障する。だから銃を習え。それがないなら体術を習え。体が駄目なら頭を使え。だから座学に習え。壊れた外殻は何も教えてくれない。外殻のないお前らに何ができる。裸になったお前らに出来るのは、精々もがくことくらいだ」


 僕らに出来るのは「もがくこと」。


 でも僕は訓練以外じゃいつだってもがいている。

 もがきたくもない世界でもがいている。


 やること全部、いる所全てが息苦しい。

 期待通りの生活、安定した社会なんて要らない。


 僕は手足を投げてようやく落ち着き、銃を握って前に進み、外殻の中で息継ぎをする。

 僕に必要なのはそれだけだ。


「いいか野郎共、アイクラに習え。以上」


 終了の鐘と一緒になって僕の名前が出てくる。

 何故か、という疑問の前に言い様のない驚きと嫌気が僕の頭を支配した。


「アイクラ、放課後教官室まで来るように」


 そう言い残して去るクドウ教官を遠い目のまま見送る。

 返事を待たずにさっさと行ってしまう辺り、僕に拒否権がないことは明白である。


 確かクドウ教官は僕を余り快く思っていない。

 僕の外見、態度、素行、何が気に入らないのかは分からないけれど、僕と接する際の教官の口調や表情からは明らかに嫌気が見て取れる。

 そもそも外殻に頼り切る戦い方が好きでないことにも原因が在るのかもしれない。


「大人気だなアイクラ君。僕は君の隊にいられてとても光栄だよ」


 詮索はさて置きアリサに連絡を入れよう。

 放課後に用事があることなんて滅多にないせいか、常日頃から彼女と帰宅する習慣にあるのだ。


 かと言ってソウマが目の前にいる手前、直接話すことも(はばか)られるため幾つかのパターンから素早く体細胞付加型微細機(アドブレイン)でメールを構成して送る。


「教官に呼ばれたのは他でもない。先週の模擬戦で大臣様がお目に掛けて下すったんだ」


 どうでも良いことを妙にムカつく口調で喋りまくるソウマ。

「あー、鼻が高いな」とか耳元で嫌味たらしく言うものだから、思わず唾でも噴き掛けてやりそうになったが如何(いかん)せん今はそれどころの騒ぎではない。


「おうアテル、何話してんだ?」


 気付かれていないとでも思っているのか、にやにやと嫌らしく笑う男を押し退()けてセイジが間に割り込んで来た。


 全くいいタイミングだ。

 彼とて別段意識したつもりはないのだろうが、今はその無頓着な性格が幸いした。


「さっきの教官の話について――」

 一瞬にして僕の机を占領したセイジを横に渋々といった様子でソウマが去って行く。

 いい気味だ。あとは目の前に突っ伏す彼を何とかするのみである。


「ああ、さっきのって『眼球運動』とかの話か?」

「そうそう。ソウマがどうしても分からないって言うから」


 今はそれどころではない。

 メールの構成ミスによって僕はとんでもない後悔をしているところだ。


 ――放課後、平時の行動パターン、「下校」、断り、理由、結び、追伸……。

 追伸。


『たとえ戦火が二人を分かつとも、君への愛は永遠に変わりはしない』


 このような古典的な臭いセリフを僕が選択するはずがない。

 三世紀以上も前のフィルムを閲覧した形跡。

 それらを基にアドブレが自動生成してしまったのだ。


「はー……あいつってもしかして頭悪いのか?」

「ん、んー……そう、かもしれない……」


 これがボケでないのが彼の凄い所だ。

「ソウマは頭が悪いのかもしれない」、傑作だ。

 全くもって盲点だった。


 正直笑いを(こら)えるので精一杯である。


「じ、じゃあセイジ、また明日」

「おう!」


 勢いよく突き出された拳を背に、やや早足で廊下に駆け出る。


「あ、アテル君!」


 背後からの声に教官室へと向けられた足を止める。

 自然と持ち上がる口角を掌で固く抑え、目を閉じ一呼吸置いてからようやく振り向くと、学生鞄を持ったユカリさんが立っていた。


 彼女は教室の前から小走りで僕の前へとやって来る。


「その、アリサのことなんだけど……何かあったの?」

「……これと言って、何もないんだけど」


 実際思い当たることがピンポイントに在り過ぎて言うに言われない状況である。


 恐らく彼女は、先程のメールを受け取ったアリサの何らかの反応、もしくは、普段通りに僕と下校しないことを不審に思ったのだろう。また、その両者ということも考えられる。


 だが、目の前に僕がいながらアリサの話から切り出したこと、下校が別々になる事態も稀にあることを鑑みるに、つまり、彼女がアリサについて聞きたいことは、先程の「反応」の件だと推測される。


「ふーん、そうなんだ。なんかいっつもアテル君と帰るから珍しいなぁと思って」


 推測というものは、往々にしてそれに関わる雑多の不確定要素によって覆されるものだ。


 現状に至って僕の推測は(ことごと)く挫かれたものの、この程度で心まで折れていては「人間」など到底やっては行けない。それに予想の範疇(はんちゅう)ではあった。


「教官室に呼ばれてるんだ」


 返答は意外だったが、正直アリサの反応について詮索されなかったことは僕にとって何よりよかった。


 そして、ここで(もた)げるのが「なら何故ユカリさんは僕に話し掛けて来たのか」という疑問である。

 予想としては僕に何らかの要求、または僕を通じたアリサへの要求などが挙げられる。


 いずれにしても僕が何らかの要求を受け、それに応えねばならないというリスクが生じる。

 等価交換といった取引を持ち掛けられることも予想されるが、仮にそうだとして、これ以降彼女や彼女以外の者と――意識的にしろ無意識的にしろ――最低一回以上のコミュニケーションの必然性が生じる時点で僕の不利益は確定する。


 おまけに僕が望むことは何一つない。よって彼女は僕に一方的な要求をすることになる。


「へぇ凄いね。それって代表会議か何かでしょ? うちのエリカちゃんも呼ばれてたよ」


 彼女の言う「エリカ」とは、情報科でも特に成績優良とされるヒューマノイドの女生徒のことだ。

 高成績や人格が買われ、二年次の科目分けの際に生徒会長として任命されている。

 本来ならばアリサが引き受けるはずだったのだが、何故か断りを入れたことで彼女が選ばれた。


 本校では通例として三つの科から数名ずつの役員とそれぞれの代表者が選出され、社会科と技術科を繋ぐ中間の位置にある情報科の代表が学校の主導を握る。


 だからアリサやエリカさんが三科目中で特別優れているという訳ではないが、それでも二人は他とは違う有能さを(そな)えている。


 以前アリサが生徒代表を辞退したことについて、生徒会長となったエリカさんから直々に尋問された覚えがある。

 生真面目な彼女は、アリサの辞退には兄妹(バディ)である僕が絡んでいるに違いないと考えたらしい。

 対する僕は彼女の話を聞いた上で、ただ「知らない」とだけ答え、彼女はそれを聞いて渋々立ち去った。


「エリカさんまでいるのか……」

 それを差し引いても彼女は本校の模範生徒として良くやっていると思う。


 間違いでなければ、彼女はあの憎々しい男ソウマの家系に当たるらしい。


 以上を受け今考えるべきことは、それほど凄い「エリカ」という人物を目の前のユカリさんが前置きにしている点についてである。そして僕がこれから向かう場所にはエリカさんがいる。

 もしもそれがユカリさんの言う「代表者会議」ならば、何ら断る理由もない僕は恐らく技術科の代表者となる。

 

 つまり、要求されるのはそういった僕の立場を利用したエリカさんとの何らかの交渉という可能性が高い。


「だったら仕方ないか。それじゃアテル君、また明日ね」


「う、うん」


 ユカリさんはその黒く長い髪を翻し、未だ日の差し込む廊下をゆっくりと歩いて行った。


 全く人間というのは分からないものである。

 他の生物、機械とは違う、より独特な思考を持ったもの。何やら動く曖昧な物。そういうのをまとめて全部人間と言うんだと僕は思う。


 彼女が単独で話し掛けて来るのは珍しいことだ。

 故に僕は警戒した。そして無駄だった。


「お、アテルじゃん。何やってんの?」

「教官室に向かうところ」


『追伸 永遠にお慕いしております』


 再び、今度は怪訝(けげん)な顔で見送るセイジと別れる。


 正直気乗りはしないが避け得る術もない。

 故に、先程よりもやや速いペースで廊下を走り始めた。



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