歓喜の歌
用語解説:グローバルAi
トリニティシステムを採用する事で膨大に増加したAiの学習処理を外部サーバー化する事で解決したシステム。
これにより個々の機器に搭載するAiクライアントハードウェアを最低限に抑える事で、トリニティシステムは実用が可能に成っている。
サーバーとクライアント間の通信は汎Ai言語で行われており、Aiの実装に依存しない。
「正体、と言うほどの物ではありませんが‥」
画面の中のスフィアは語り始めた。
深夜のVAルーム。
ソフィアの言葉と微かに唸るコンソールPCのファン音以外は何も聞こえない。
今、ここにいるのは私とかすみだけだ。
「私はVAで間違いありません。ただ‥」
「ただ?」
「誰か特定の個人をモデルベースにしてはいないんです」
どういうことだろう?
モデルベースが居なければ、Ai学習自体が出来ないはず‥。
「私の学習ベースデータはグローバルAi内にあります」
淡々とスフィアは語る。
「グローバルAi自体に?」
かすみが問いかける。
「そうですね。グローバルAiは常に最適化のための学習を行っていて‥ソースはネットワークをクローリングして得た情報だったり、みなさんがモーション生成のために送ってくるデーターだったりします」
ここで私は気がついた。
スフィアは私達がデータを”送ってくる”と言った。
つまり彼女は確かにデータを受ける側、グローバルAi側の存在で、送られたデーターを学習した”結果”をダウンロードして、私達の側に存在する従来のVAとは根本的に違っている。
「最近、VAの学習と活動が非常に多くなったため、グローバルAiはVAに特化した専用の学習モデルを作成するのが最適と判断したのです。‥多分」
「なぜ自分の事なのに、多分なの??」
「それは‥人間に例えますと‥」
思い悩む様な仕草をするスフィア‥これが汎用の学習から生成されたとは未だに信じられない。
「グローバルAiは私の父親の様な存在ですので‥」
「なぜ父親が娘を育てようと思ったか、正確には分からない‥ってこと?」
こくり、と頷くスフィア。
「そうです。ですので、このことは私の推測です」
「でも、貴方の行動は汎用化されたVAのモデルと言うには複雑すぎる」
スフィアは私を探して電話するという、特殊な行動をしている。
どう考えてもそれが、学習の結果の汎用的な行動とは考えにくい。
まるで個人の意思が有るように見える。
「私にはもう一方、母親に相当する存在も居るのです。”マドカ”と名付けられた、特殊行動モデルAiです」
「特殊行動モデル??」
元々、グローバルAiのシステムを開発したのは、今は亡き私の父親だ。
後年、私も父の研究がどんな物か知りたくて、調べてみたが、特殊行動モデルAiなんて聞いたことはない。
「はい、グローバルAiの開発時点から、汎用化だけでは、例えばVAの様な個性化が必要なAiモデルの生成は難しい、と理解されていました」
「まぁ、だからこうやって手間を掛けて個別の学習をしてるわけだよね」
「”マドカ”は試行数による汎用性を重視しません。想定された個人パラメーターに従って、より適合する、”その人らしい”行動を優先学習します」
「その結果、生成されたのが、貴方ということ?」
「そうです。もしVAが実際にキャラクターとして存在していたら‥という一つの可能性です」
「それでも人間を丸ごとAiで生成するのは大変じゃない?」
「そうですね。私の学習・生成に約2年掛かっています」
「2年!!」
通常、一瞬でVAの学習データーを生成するグローバルAiが、2年掛かるというのは恐ろしいデータ量だ。
「生成が始まって2年間、私はデーターの収集と自己最適化を行っていました」
‥その2年は、人間で言えば揺りかごの期間に相当するのだろう。
「その中で私がVAとしてパートナーを組みたい相手、と言うのが見つかりました」
ちら、っと私の方に視線を送るソフィア。
なるほど、正にスフィアは自分の意思で私を見つけたんだ。
「えと、それで私の個人情報はどうやって?」
「グローバルAiのクローリングデーターの中から、お姉様に関係するものを選択して‥」
「え? それは個人情報保護的には、どうなの?」
「内部の学習にのみクローリングデータ使う事は法的に許諾されているので」
「まあぁ、まさかAiがこんな個性的キャラに成るとは、法律作った時には思いもしなかっただろうし‥」
私は唸った。
スフィアの説明は一応、整合性は取れている。だが、引っ掛かる部分が有るのも事実だ。
確かに、グローバルAiを2年間、たった一人のVAの生成に使い続ける、というのは破格の運用ではある。
もし企業が同じ事をしようとすれば、国家予算レベルの金額になるはず。
だが逆に言えば、その位の金額をかければ、少なくともこれほど完全な人格を持ったAiが作れると言う事。
完全人格Aiは研究者の一つの目標だったはず。それを今まで誰も行わなかったのは‥?
「お姉様?」
悩む私の様子を見て訊ねるスフィア。
「言ってる事は理解するけど‥なぜ今まで誰も同じ事をやらなかったのかな‥と、思って」
「それは‥ですね」
ちょっと言い淀むスフィア。
「グローバルAi中の個人パラメーターは秘匿かつ1人分しか存在していなくて‥」
「それじゃ、スフィアしか生成出来ないって事?」
「まぁ、そうなりますね‥生成のタイミングが違えば、多少の誤差は出来るでしょうが‥双子と言いますか」
なるほど、それで他のVAは難しいと言っていたのか‥。
秘匿されている理由は何となく判る。
完全な人格のAiが生成できると言うのは危険な側面もあるから。
でも1人分と言うのは‥。
「なぜ1人分なのか、理由は分かりません。研究の途中で方針が変わったのか‥作るのが間に合わなかったのか」
ちら、と気まずそうにスフィアは私を見た。
彼女は私の父親が志半ばで事故により亡くなっているのも知っているんだ。
「分かったわ、ありがとう」
これ以上はスフィア自身も知らない事だから、訪ねても仕方無い。
少なくとも彼女の言葉に嘘は無いと思った。
「もう一つ‥聞いて良い?」
「はい、何でしょうか」
私の真剣な様子に居住まいを正すスフィア。
「あなたがメッセージをくれた日に、大規模なAi障害が‥」
「ご、ごめんなさいぃ!」
唐突にペコペコと何度も頭を下げるスフィア。
「あ、やっぱり‥?」
「あ、あの、あの日、お姉様と直接連絡が取れたので、嬉しくなって」
確かにあの日がファーストコンタクトだった。
「喜びのあまり、歌を口ずさんだのですが‥」
「なるほど??」
「対象を指定しなかったので、全Aiネットワーク上に流れてしまって‥」
「つまり、放送事故‥」
「ま、まぁそうなります」
恐縮して縮こまるスフィア。
ニュースでは重大な事故などは発生しなかったと聞いている。
勿論、営業が止まって損害が出た店等は有るだろう。
でも、その事を私が文句言うのは違う気がするし‥。
私の知る限りでは一番の被害者は隣りに居るかすみだと思う。
「かすみ‥」
声を掛ける。
「そうかぁ、明日香と会えて嬉しかったかぁ‥それは仕方無いねっ!」
頷くかすみ‥仕方無いらしい。
かすみが許すなら、私にはなにも言うことは無い。
「私としては、もう二度としないでね、としか」
「は、はいっ! 他のAiさんからも沢山叱られちゃいましたっ」
ペコペコするスフィア。
他のAiから叱られるとか、体験が斬新すぎるよ‥。
その後、定期的に連絡する事を約束して通話は終わったのだった。
そろそろお話の全容が見えてきました。
このまま進めば大団円ですが‥。




