時間は回る
用語説明「レコーディング」
ベースモーションを取り込み、リアルタイム学習で制御Aiを調整する事。
モーションを取り込む部分は、いわゆるモーションキャプチャと同じだが、以降の処理が異なる。
VAの場合、アーチストとしての意味合いから、昔からの「レコーディング」が使われる。
「お弁当、買ってきたよー」
コンビニで買った弁当を持って、私は深夜のVAルームの扉を開けた。
「ふぁーい」
部屋の奥、モニターに埋まった中から、かすみが答えた。
ふらつきながら立ち上がる。
怒涛のVA制作が始まった。
学園祭まであと4週間。
その間に制御Aiの調整、ステージからモーション、果てにはパンフレットの制作まで、やる事は山積みだ。
VA部の他のメンバーも手伝ってくれたが、特に制御Aiに関しては、特殊すぎてかすみが一人で行わねばならない。
かすみは昼休みと放課後はVAルームに籠りっきりで調整に明け暮れている。
帰宅はいつも深夜、週末は泊まり込みもしている。
VAルームの奥には簡易ベッドが置かれ、夜半に仮眠を取りながら作業する。
それは執念とも言えるレベル。
どうやらスフィアというライバルが登場したことで、かすみのやる気に火がついたらしい。
その脇でみなよんが、私のVAデーターを片っ端からかすみのVA用に変換。
こちらも相当の作業量のはずだが、みなよんは授業と平行でも楽々こなしている。
感服する私に、
「七尾さんの作ったデーターは完成度が高いから楽なのよ」
と、手早くコンソールを操作しながらみなよんは答えた。
私はと言えば、モーションの調整に合わせてブースに入ってモーションのレコーディングしたり、近くのコンビニまで夜食の買い出しに行ったり‥。
できる限りのサポートはしているものの、直接の制作には力を貸せないのがもどかしい。
再三、みなよんが私をVA部に勧誘したのを思い出す。
考えるにあれは、かすみが一人で苦労しているの知っていたからなのだろう。
そんな事も知らず、子供のような反発をしていた自分が情けない。
『とっとと入部しとけ、半年前の私!』
と、後悔したが、今は出来ることをするしかない。
「ね、眠い〜」
コンソールに向ったかすみが、目を擦りながらぼやく。
「大丈夫? 少し休む?」
「ううん、あと少しで一段落するから‥」
渡した蒸しタオルで顔を拭きながら答える、かすみ。
「VAの調整って、こんなに大変なんだね‥知らなかった」
「汎用データーだけで作れれば、簡単なんだけどね‥」
ちゅうぅ〜と、渡したビタミン入ゼリーのパウチをストローで吸いながら溜息をつく。
「でも、明日香ちゃんにそんなデーター使いたくないから」
「職人だねぇ‥って、私じゃなくて、Asでしょ!」
私とかすみ、それぞれをモデルベースに制作するVAはいつの間にか、部員の皆からAsちゃん、Ksちゃんと呼ばれている。
作業効率の観点から、容姿はほぼ私達のオリジナルのまま。
そのためか、故意か分からないが、かすみはAsの事を私の名前で呼ぶ事も多い。
時々かすみが、Asのデーターを見ながら、
『明日香ちゃん、可愛い‥』
と呟くのを見るけど‥‥。
ふ、深くは追求しない事にしよう。
「汎用のデーターは便利なんだけど‥」
溜息をつくかすみ。
「それだと無個性に成っちゃうって事だよね?」
VAの制御データーを作ると言っても、その莫大な全てを個人が0から作るのは不可能。
その為に、Aiの学習データベースには標準で使える汎用モーションが準備されている。
ただ、本来は汎用モーションは、例えば工場で使うヒューマノイドロボット等を想定している。
初期の段階で汎用モーションのみのダンス動画を見たが、単に音に合わせて動いているだけ。
とても魅力的、とは言い難い出来だった。
そこで各VA用にカスタマイズすることになる。
「うん、例えば‥」
かすみはコンソールの画面にAsが髪を掻き上げるモーションを表示する。
「明日香ちゃんだと‥時々これ、やるじゃない?」
「え?」
全然、意識して無かった。けど‥言われれば、時折そうしている気がする。
「これを、どんな時にこうするのか、頻度や回数、優先度を設定して、学習して、調整して、テストして‥」
「大変だよねぇ‥」
頷きつつ、かすみの観察眼に驚く。
普段から相当気を配っていなければ、できない芸当だ。
そんな日々が目まぐるしく過ぎてゆく。
学園祭まで日にちが迫り、もはや総力戦の状況。
VA部の皆も遅くまで残るようになってきた。
私達が作業を進めていると、VAルームの入り口から声がした。
「「こんばんわー、中等科スキー部でーす。お姉さまー」」
ドア口前に数人の中等科生徒がいた。
小中高一貫の柊学園ゆえ、学園祭は中等科も参加する。
多くの運動部は練習試合等を行うが、中には試合ができず模擬店で参加する運動部もある。
スキー部はその典型だった。
ただ、本来は中等科がこの時間に活動しているはずはない。恐らくこの娘達は隣の学生寮から来たのだろう。
「お、どうしたの?」
ドア口近くにいたヒロコが応じる。
「「差し入れです〜。スキー部特製の唐揚げ弁当はいかがですかー?」」
言われて、今日はちゃんとした食事をしていないことに気付く。
「「出来立てでーーす」」
私達の前にホカホカと湯気の立った弁当箱が置かれる。
途端に空腹感が目覚めてくる。
有り難く弁当箱を開けようとすると‥。
「あいや、待たれよ!」
ヒロコが制止した。
ドア口の生徒に向い尋ねる。
「これだけの物を、よもやタダではあるまい?」
「流石、御代官様、お目が高い」
「何が望みじゃ? 言ってみよ」
「あのー、ステージの前売り券など頂ければ充分で」
「うむ、苦しゅうない、持ってゆけ」
ヒロコは傍らのVAステージの前売り券を渡す。
中等科の娘達は喜びながら帰って行った。
‥‥え、なにこの茶番劇?
傍らのかすみに訊ねる。
「なんでわざわざ前売り券貰いに‥?」
「それは、学内販売分が完売しちゃったからだよ」
「本当?」
そこまで評判に成っているとは思わなかった。
「一部生徒の間では倍の値段で取引されてるらしいよ」
事情を知っているのか、ヒロコが言った。
「そ、そうなの?」
「ちょっと話題になってるみたい」
かすみは首をすくめて言った。
ブブー、ブブー。
スマホのコール音がなる。
集中して作業していれば、いつの間にか深夜。
皆は既に撤収したので、今は私とかすみだけ。
点けた画面に映っていたのは‥スフィアだった。
「お姉様、用意するとおっしゃったVAは‥?」
「ん、なんとかなりそう」
「良かったです。あ、そちらの方は‥七尾かすみさんですよね?」
画面越しに背後に居たかすみを見つける。
既に名前も知っているらしい。
「七尾かすみです。明日香ちゃんの幼馴染です」
かすみは画面を覗き込みながら自己紹介した。
「幼馴染?!」
スフィアが珍しく驚く。
「輪廻転生を繰り返しながら、幾度となく巡り合い、ついには時の果てまで運命を共にするという、幼馴染ですか!?」
私とかすみってそんな壮絶な関係だったっけ‥?
というか、そんなSFドラマみたいな関係、幼馴染の範疇から逸脱してない?
「そう、私と明日香ちゃんは、運命の赤い糸で結ばれているのです!」
腰に手を当て、自慢げに胸を張る、かすみ。
「ほ、本当ですか、お姉様?」
「えー、まぁ、幼馴染というのは嘘じゃないけど‥」
どう説明すればよいか悩んでいると、
「ちょっといいかな、スフィアちゃん」
かすみが割って入る。
「なんでしょう?」
「あなたは明日香ちゃんのこと、お姉様って呼んでるじゃない?」
どうやらかすみは、スフィアのお姉様呼びに文句があるようだ。
「はい、呼んでます」
「それって‥ずるくない?」
あれ? どういう意味?
「貴方が明日香ちゃんのこと『お姉様』と呼ぶなら、私にも明日香ちゃんを『お姉様』と呼ぶ、権利があると思うのっ」
「もちろんです。ぜひ、是非」
待って? 話の方向が違う気がする?
「だよね? スフィアちゃんとは気が合いそう」
「ハイ! もっと世界に明日香『お姉様』を広めましょう!」
「オッケー」
Vサインのかすみ。
「す、ストップ! そういうことは私に許可を取ってから!」
「「えー?」」
二人の声がハモる。
どうしてこんな短時間で、そこまでシンクロできるのよ。
この話題を進めるのはマズい。何とか別の話題を‥。
「そ、そう言えば、スフィアはどうやって私の番号を?」
「それは‥Aiデータベース最適化の中で、ですね‥」
どうして最適化と私の個人情報が関係するのだろう?
それ以前に、グローバルAiの最適化処理なんて、およそ個人が把握する内容ではない。
VAとて学習段階以外に、グローバルAiと直接接続することは無いと思う。
「スフィア、貴方、本当にVA?」
スフィアに以前から抱いていた疑問を投げる。
「あ、それ‥聞いちゃいます?」
スフィアはちょっとバツの悪そうな顔をして、舌をペロッっと出した。
エピソード6、追加しました。
この辺から世界観にも関係してきます。




