不思議は微笑む
用語解説:コンソール
VAの学習に使うコンソール(操作卓)は、レコーディングの開始やステージの切り替え、環境設定等に使用される。
「こ、これで良いのかな?」
ごっついヘッドギアを装着した私は、ブースの中で思わず問いかけた。
「大丈夫、問題無いよー」
ヘッドホンから、かすみの上機嫌な声が応える。
例の事件の翌日、私はVAルーム内のレコーディングブースに居た。
昨日の日本中での大規模なサーバー障害は、原因不明としつつも夜半に収束し、今朝は通常通り稼働している。
柊学園は念のため今日は休校となったが、設備全般の稼働に支障はない。
かすみは休校になったのを幸いと、早速、私にVAのレコーディングをさせている。
VAのブースは広さ10m四方ほど。
ガラスの向こうにコンソールを備えた部屋があるのは、普通のサウンドのブースと大差無い。
違うのはレコーディングする私の装備の方で、ヘッドギアにキャプチャ用のセンサースーツを着用している。
「これで座標だけじゃなく、脈拍も発汗も記録できるの?」
スーツに着いた薄いブレスレット様のセンサーを指す。
「うん、それ以外にも色々記録するよ?」
「何で疑問形なの!」
え、なに、どんなデーターが記録されるか分からないのは微妙に怖いんですけど‥。
「座標だけじゃ‥駄目かな?」
「リアルなVAを作るには必要な事だから‥お願い!」
残念ながら妥協はしてくれないらしい。
確かに、VAが単なるCG映像と異なるのはまさにここ。
元となるモデルの動作を再現しつつ、調整されたAiがその場、その状況での反応を返す。
例えば、ステージに予想外のギミックを組み込んで、VAの驚く反応を見せたり、リアルタイムでのインタビューに答えさせることも出来る。
ステージ毎に違う、広さや高低差も、Aiが対応してくれる。
そのためには、できるだけ多くの動作データーベースと如何に動作Aiを調整するかーーークリエイターの腕とセンスが要求されるのだった。
「んじゃ、ステージのセットアップするね」
再びのかすみの声とともに、ヘッドギア内の映像が切り替わる。
現実のブースから石造りの古代神殿の様なステージへ。
「凄い‥これ、かすみが作ったの?」
思わず声が漏れる。
フル3Dのゲームや映画も珍しくは無いが、それと比べても緻密さや空気感が格段に高く、いわゆる作り物っぽさが無い。
そこに立つ私の衣装は、古代ギリシャ様をベースとしつつ、細かい装飾品やフリルが存分に付いている。
普段、シンプルな着こなしをしている私としては、この衣装は少し気恥ずかしい。
「ちょ、結構、露出度高くない?」
「えーー、これくらい普通だよぉ」
今まで何度もかすみのVAの衣装を見てきて、可愛いなー、位にしか感じなかったけど。
バーチャル環境とはいえ、自分がその恰好をしてみると、相当恥ずかしい。
ーーーかすみ、もしかして私にこういう衣装着せたかったーーの??
ちょっとだけ、かすみを見る目が変わりそうだった。
「エフェクト入れるね」
今度は古代神殿にフワフワと柔らかく光る球体が浮かんだ。
と、傍らを光を纏ったピクシーがふわり、と飛び去る。
ファンタジーでありながら触感すら感じる程の景色に思わず周囲を見回してしまった。
「じゃあ、とりあえず歌ってみる?」
「あ、ごめん、思わず見惚れて」
我に返って応える。
「全然大丈夫だよー。そういう反応も全部VAに映すから、色々な反応してくれたほうが良いの」
「そ、そう? んじゃぁ‥始めるね」
空間全体にBGMが流れ始める。
神殿の雰囲気に合わせたゆったりとしたメロディ。
かすみと相談して、ステージに合わせて選んだ曲。
軽くハミングする様に歌詞を紡ぐ。
合わせて踊ると言うより、歌詞に合わせ軽く体をスイングさせる。
それに合わせバーチャルな薄布を纏った衣装が揺れる。
その様子にも作り物っぽさは一切無い。
私はかすみの才能に改めて関心した。
それから数時間、様々なステージに合わせて選んだ曲を歌ってみた。
SFの様なメカっぽい場所、廃墟、森の中。
どれも私には現実としか見えず、その中で歌うのは純粋に楽しかった。
今日の予定を消化したので、これで終了のハズ。
「もうこれ外して良いの?」
ヘッドギアを指さす。
「あ、ちょっと待って‥ステージがいつの間にか‥」
戸惑うかすみの声。
と、目の前の景色が再び変わる。
広い、草原の様な場所。
足元の草まで限りなくリアルだが、違和感がある。
「かすみ、これ何のステージ?? オブジェクトも何もないけど‥?」
光ったり形を変えたりして、曲のイメージを盛り上げるオブジェクトが、この草原には何もない。
「明日香さん、はじめまして」
「えっ??」
背後から声を掛けられ、思わず振り向く。
いつの間にか背後に金髪の美少女が笑顔で立っていた。
年齢は私達より2学年ほど下だろうか?
VAに年齢は意味が無いようにも思ったが、表情や屈託の無さに幼さを感じた。
「なに、これ?」
VAのレコーディングにモブキャラクター登場する事は有っても、それが話しかけて来るというのは聞いたことがなかった。
金髪の少女はざっくりとしたワンピースに裸足。
前髪をキラキラとしたクリップらしいもので止めている。
少し北欧系を感じさせる顔立ち。
「あなた、誰? かすみの作ったVAじゃないよね? 雰囲気が違うし」
やはりVAにもクリエイターの趣味や傾向が反映される。個性といってもいい。
「そうです。明日香さんとお話ししたくて、かすみさんのステージをお借りしました」
『明日香、誰と話してるの? 大丈夫?』
混乱するかすみの呼びかけ。
どうやらコンソール側にはこの様子は届いていないらしい。
「突然レコーディングに割り込むなんて、強引‥」
と、そこまで言いかけて、ある事を思い出す。
「あ、昨日ゲームの途中でチャットしてきたのも、あなた?」
「お分かりですか。それならお話が早いです」
少女は微笑みながら傍らに来る。
「私、明日香さんのファン、なんですっ!」
キラキラと目を輝かせて金髪の少女は言った。
「どう思う?」
数分後、コンソールブースの椅子にかすみと向かい合わせに座り、先の事を尋ねる。
「一緒にステージをしたい、かぁ」
先の少女の言葉を反芻し複雑な顔をするかすみ。
VA同士の競演、コラボといったものは珍しくない。
むしろ距離に関係ないバーチャル空間ゆえ、海外のVAなどとの交流は現実より多い。
だがそれは、双方が取り決めや手順を経由して、初めて可能になるものだ。
一方的に他人のレコーディング中に侵入するなど、技術的にも容易な事ではない。
「大体、あれはVAの自立動作なのかな? 誰かが操作してる?」
「VAが勝手に共演依頼するなんて聞いたことないよぉ。もし本当なら完全人格ってことになるし‥」
言いつつ前髪をいじるかすみ。
「いくら本物の人間に近い反応をするといっても、あくまで学習された行動だもんね」
「もちろんだよ。勝手に他の人のステージに入り込んで、共演依頼するVAなんて、どうやっても作れないし‥」
かすみはキュッと手を握り考え込む。
「ステージに入り込んだ方法も不明?」
「考えられるのは、サーバー経由での侵入かなぁ。でもそんなこと可能なのかな?」
かすみの言葉も歯切れが悪い。
膨大なAiの学習を必要とするVAのレコーディングは、グローバルネットワークをバックボーンとした演算サーバーのリソースを使用している。
そういう意味ではネットワーク常時接続が当然だけど‥。
「ネット越しに電卓を使ってたら、PCが踊り出した様なものだもんね‥」
私も複雑化するネットワーク技術にはあまり自信がない。
「明日、学園の管理者に相談してみるね。で、明日香ちゃんは??」
かすみは不安げな視線をこちらに向ける。
「一緒にステージをするのは良いんだけど…学園の宣伝にもなるし‥」
金髪の少女はスフィア、と名乗り一か月後の学園祭後に共同のステージを開催しないかと提案してきた。
もちろん登壇するのは私をベースにかすみが作ったVAと、スフィア。
ステージのセットアップ等はスフィアが全て行うから、こちらはネットワーク上で身一つで先方に行くだけだ。
「でも本当に、VAフェスのステージで?」
「さすがに信じられなくて、タイムテーブル調べてみたら‥」
かすみは傍らのコンソールを操作し、VAフェスのスケジュール表を画面に表示し、該当部分を指さす。
「え、メインステージ? 大トリ? 噓でしょ!?」
私は思わず息を呑んだ。
国内外の有名VAが並ぶリストの最後にスフィアの名前が載っている。
「しかも、ここ見て」
画面の隅の更新時刻表示を指さすかすみ。
昨日の17:00。
その時刻は‥。
「ありえないよね? だって昨日の17時には日本中のネットワークがダウンしてて‥」
そう、その時刻にはVAフェスのステージを予約することも、エントリーをすることも不可能だったはずだ。
スフィアの屈託のない笑顔とこの不気味な事象の相反に、私は何か背中を冷たいもので撫でられたような不安を感じた。
かすみちゃんは予定より良いキャラになりました。
引き続き宜しくお願いします。




