人形と少女
用語解説:Ai人形
綺羅博士が研究していた技術の一つ。
Aiの医療面での応用を目的に研究が行われていたが、
制御での困難が多く実用化されていない。
使用者の脳波をAiが解析学習し、人形を動かすもの。
「おじさんは、だあれ?」
少女は再び口を開いた。
昼過ぎの病室。
部屋にいるのは少女と父だけ。
窓から差し込む陽光がカーテン越しにも眩しく、ハレーションを起こしそう。
少女は5歳くらいだろうか。
「おじさんはね、蒼井お兄さんの知り合いだよ」
「お医者さん、なの」
少女は悲しそうな顔で訊ねる。
「違うよ。お医者さんは嫌い?」
「嫌い。痛い注射するし、外に出してくれないもん」
「そうなんだね。私は円花ちゃんが退屈しないようにプレゼントを持ってきたんだ」
父はそう言うと、脇から熊のぬいぐるみを取り出した。
「ぬいぐるみ? 沢山あるし‥」
見るとベッドの上には既に幾つかぬいぐるみが置かれていた。
「このぬいぐるみは特別なんだ。ほら、これを被ってみて」
父はそう言うとヘッドギアを取り出した。
今、私が使っているのと比べるとかなり不格好だが、それは確かにヘッドギアに違いない。
「これ?」
少女は不思議そうに眺めていたが、進められるまま被った。
「そうそう。それで、熊さんの手を動かそうと考えてみて?」
「え、触らないで?」
「うん、考えるだけで良いんだ」
「‥‥あっ!」
見ると、熊のぬいぐるみがひょこひょこと手を動かしている。
「凄い凄い! どうやってるの、これ!」
少女は瞳をキラキラさせながら、ぬいぐるみを見つめる。
「‥人形の中に妖精さんが居て、円花ちゃんの考えてることが分かるんだよ」
「嘘! 妖精なんて居ないもん!」
「本当だよ。 絵本に書いてあるような妖精じゃないけど、考えていることが分かるんだ」
「へぇぇ、これ、おじさんが作ったの?」
少女は疑わしそうな視線を送りつつも、興味は隠しきれない。
「そうだね、おじさんは妖精使い‥みたいなものかな」
「ふーん‥」
「練習すれば、もっと沢山動かせるんだ。やってみたいかい?」
「やってみたい!」
少女は食いつき気味に答える。
「じゃあ、毎日少しずつこれを被って、熊さんを動かす練習をしてみて?」
「少しずつなの?」
頬を膨らませ、不満そうに言う。
「そう、あまり沢山動かすと、妖精さんが疲れちゃうからね」
そう言われ、納得したようだ。
「分かった、少しずつにする」
少女は約束した。
会話が終わると、父は看護師を呼び、何事かを話すと部屋を出ていった。
「なにこれ‥」
私は愕然としていた。
今、目の前で展開されている事は、全て知らない事ばかりだった。
研究所に少女が居ることも、父がそのために専用のAi人形を作った事も知らない。
一体、父は何をしようとしていたのだろう??
混乱する頭を抱えて、私は一旦病室を出た。
この世界の中で、ここだけがあまりに異質だ。
違和感の原因は‥何だろう。
過去の現象を再現しているのは間違いないのだけど。
それに少女の容姿も気になる。
どこかで見たような気がするが、思い出せない‥。
‥と、少女と父の会話がきちんとした言語に成っていたことに気づく。
他の人達の会話は、会話している風ではあるものの、ランダムな音に過ぎない。
一方、二人の会話はきちんと意味があった。
それは、Aiがこの時の会話を重要な情報と判断して、学習しているということ。
これは‥スフィアの手がかりが掴めるかもしれない。
私はもう一度ドアを開き、病室内に入った。
私はこの世界を探索するうちに一つのルールに気がついていた。
それは、部屋を出て扉を閉めると、部屋の中の状態がリセットされるということだ。
どれだけ引き出しの中を室内にばら撒こうと、一旦外に出て扉を閉め、再度中に入れば完全に片付いていた。
再び病室内に入ると、ベッドに寝ていた少女が身を起こした。
「妖精使いのおじさん!」
少女が嬉しそうにベッド脇の父を呼ぶ。
‥あれ、会話がさっきと違う。
「熊さんはどう? 上手く動かせるようになった?」
「もちろん!」
少女は熊の人形を取り出し、ヘッドギアを被る。
ベッドの熊はピョコンと起き出し、ダンスを踊りだした。
「これは‥凄いね! 円花ちゃんは人形遣いの才能あるよ!」
父は驚いた様子で動くぬいぐるみをみつめる。
「本当?」
「本当だよ、他の人はこれほど上手に動かせないんだ」
「えへへ、嬉しい! でも‥」
「何か気になるかい?」
「ベッドの上だけじゃ、熊さん、あまり動き回れない。私と同じ‥」
「そ、そうか‥。それじゃ熊さんをもう少し大きくして、病室中で動けるようにしてみようか?」
「ホントに? やった!」
両手を挙げて喜ぶ少女。
その後、父は熊の人形を受け取ると部屋を出ていった。
私はいたたまれなくなって、再び病室を出た。
分かっている、これは嫉妬だ。
私は子供の頃、父にはほとんど遊んで貰った記憶がない。
それなのに、この少女はプレゼントを貰ったり、親しげに会話をしている。
それが父の仕事の一環なのだろう、と理解はしていても感情が納得できない。
父は私よりこの娘を愛していたのだろうか‥?
そんな、答えの出ない感情がぐるぐると渦巻く‥。
『きゃぁーー!』
背後の病室から突然の悲鳴が聞こえてきた。
慌てて部屋に飛び込むと、黒ブヨが少女を襲おうとしていた。
ここで剣を振ると、少女も傷付けかねない。
私は腕の鎧で黒ブヨを払い飛ばした。
腕先を衝撃が襲い、痺れる。
吹っ飛んだ黒ブヨとの間合いを詰め、レーザーブレードで斬り伏せる。
『ぶしゅーー』
風船から空気が抜ける様な音と共に、黒ブヨは消えた。
「お、オバケ」
突然のことに怯える少女。
「大丈夫、もう退治したから」
少女の肩を優しく撫でる。
この少女はAiが作った虚像に過ぎない。
こうやって落ち着かせても、意味は無い。
それは分かっている。
それでも、目前で怯える少女を放置する事は出来なかった。
「お姉さん、ありがとう!」
しばらくして落ち着いたのか、少女が礼を言った。
あれ、そう言えばこの娘、私が見えてる?
「えーと、円花ちゃん? 私が見える?」
「変なの。ちゃんと見えるよー。この前もそこの所に居たでしょ」
「あれ、前回も?」
「見えてたけど‥怖い顔してたから、幽霊かと思っちゃった」
「ゆ、幽霊じゃないし」
なんだろう、このちょっと生意気な感じ。
どこかで見たような。
「妖精使いさんの、お友達?」
「んー、なぜそう思うの?」
「妖精使いさんと一緒に、部屋に入ってきたから!」
「ま、まぁ、そんなものかな‥」
話しつつ私は理解した。
これって、スフィアと話してる時と感じが似てる。
少女の容姿も髪色の違いはあれど、スフィアに似ている。
それに黒ブヨが反応したということ。
であればこれは、きっとサインなんだ。
「円花ちゃん、私に渡すものとか、伝言とか無い?」
「?? お姉ちゃんに?」
「そう」
「えー、知らない人にあげるもの、無いよ?」
あ、あれ? やっぱり違う?
「あ、でも妖精使いさんにー、お手紙渡したくて」
「私が渡してあげる」
「じゃぁ、お手紙書くから、後で取りに来て」
「うん、分かった」
一旦、病室から出て一分ほど待ち、再び入る。
少女の姿は消え、ベッドの上には一通の手紙が置かれていた。
表にはたどたどしい字で『ようせいつかいさんへ』と書かれている。
”円化ちゃん、ごめんね。読ませて貰うね”
私は心のなかで詫び、手紙を開いた。
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