夢の記憶
用語解説:Ai総合研究所
現在のAi財団の基礎となった研究所。
綺羅譲博士の先進的Ai理論の実証・運用を目的とし、様々な研究が行われていた。
多くの成果はAi財団へ発展的に移行されたが、一部、実運用困難として破棄された研究もある。
グローバルAiのメインモジュールにアクセスした私が見たのは、10年前のまだ財団になる前のAi総合研究所だった。
入り口に掲げられた看板、エントランスの照明‥間違いない。
「蒼井さん、ここで合ってる? 10年前の研究所だよ?」
『過去の学習データー、そちらの何処かにスフィアさんは退避していると思われます』
「ここでスフィアを探せば?」
『そうです。ただ、現在はグローバルAiの探索を逃れるため、何かのオブジェクト内に隠れている可能性があります』
「え、それ、どう探すの?」
『明日香さんが近づけば何らかのアクションがあるものと』
「オブジェクト全部は‥無理じゃないかな?」
『推測ですが、明日香さんになら判る、何らかのヒントがあるのでは無いかと‥』
「うー、分かった。とにかく行ってみる」
意を決し、私は研究所のゲートを入った。
研究所内は昔の思い出のままだった。
活気があり、何人かの研究者が行き交う。
来客が受け付けのAiに質問している。
昼過ぎのホールのテーブルで雑談するメンバーも居る。
だけどすぐに分かったのは、ここの人達はあくまで過去の残像だと言う事。
私が話しかけても反応しない。
一方、触ることは出来る。
ドアを開けることは出来るし、端末にも触ることはできるが、何も反応しない。
つまり、過去のある時点での状況を丸ごとAiが再現している訳だ。
考えていても仕方がない。
私は1階のホールの端の部屋に入ってみた。
引き出しを開け、片っ端から中身を取り出す。
が、特に反応もめぼしいものもなかった。
キャビネットを開け、なかに入っている資料を片端から取り出し、パラパラとめくってみる。
‥収穫なし。
この部屋を諦め、隣の部屋に入り、同様に調べる。
ここも収穫なし。
更に隣の部屋の扉を開ける。
「あっ!」
思わず声が出た。
その部屋には研究員と思われる人物が二人いたのだ。
二人でモニターの画面を睨み、何事か論議をしている。
が、二人の会話は無意味な音の羅列で、理解はできなかった。
Aiによる再現も、その会話内容にまでは至らないらしい。
二人は突然入室した私のことに気づく様子もない。
まるで自分が幽霊になった気分だ。
二人を無視して引き出しやキャビネットを調べるが、特に発見は無かった。
モニターに映っている文字列も無意味な羅列に見える。
私は無言で部屋を出た。
隣の部屋、更に隣の部屋‥調べても何も発見できない。
受付のコンソールの下まで覗いたが何も無かった。
1時間ほど1階を探索し、この階では無いと見切りをつけた。
時刻が気になって窓の外を見たが、時間は経過していないようで、来たときと同じ昼過ぎの日差しのまま。
全く時間が経過しない世界に閉じ込められるなんて、これが夜だったら、ちょっとした怪談だよね。
まぁ、幽霊は私の方なんだけど。
2階、3階、4階‥片っ端から部屋を調べたが、手掛かりは見つからない。
何も変化がないのは、肉体的にはともかく精神的にキツい。
まるで息のできない水中で、水圧に逆らい手足を動かし続けているみたいだ。
「駄目、全然見つからない‥」
つい、愚痴が溢れる。
と、
『頑張って、明日香ちゃん』
『気張れ、明日香!』
ヘッドフォンからかすみとヒロコの激励が響いた。
「おお、あんがと」
不思議なもので、それだけでやる気が戻って来る。
スフィアを取り戻し、グローバルAiの暴走を止めるんだ。
決意を新たにする。
そのまま5階の階段を登りきった時、目前に見覚えのある物体が現れた。
「黒ブヨ!」
その距離は1mほど。
こちらを発見したのか、急速に接近してくる。
「はっ!」
素早く身をかわしざま、例のレーザーブレードを一閃、黒ブヨを切り伏せる。
「蒼井さん、黒ブヨが居る!」
『明日香さん、大丈夫ですか?』
「貰った剣で叩き切ったけど‥良かったよね?」
『問題ありません。恐らく定期的に監視しているだけかと。ただ、あまり騒ぎを大きくすると発見される可能性があります。できるだけ見つからないようにして下さい』
「まじかぁ‥」
思わず声が漏れた。
探索ミッションに潜入ミッションも追加って、無理ゲーすぎる‥。
そこからは黒ブヨを避けながらの調査となり、一気に効率が落ちた。
扉を開ける時、角を曲がる時、向こうに黒ブヨが居ないか様子を探りながら行動する。
幸い、黒ブヨはさほど数は多くなく、しばらくするとどこかへ姿を消してしまう。
通路に従って移動しているだけなので、何とか対処できた。
それから2時間。
数匹の黒ブヨを倒しつつ、各部屋を調査するも結局収穫なし。
流石に疲れが来て、6階の階段を登りきった所で扉にもたれかかり休憩する。
‥手掛かりを見つけるのは不可能かもしれない‥。
一瞬、そんな不安が心をよぎる。
と、背にした扉に既視感を感じ、振り向く。
扉には”所長室”と書かれたプレートが掲げられていた。
「!」
思わず扉を開き、中へ駆け込む。
そこには10年前の父が居た。
最後の記憶と比べ、年若く少し元気そうだった。
父はデスクに居て電話を取り、何事か話していた。
「父さん‥」
おもわず声を掛ける。
けど、私の声が父に届くことは無い。
ここに居るのは過去のデーターをAiが再現した幻影に過ぎない。
「明日香、だよ」
私も10歳成長している。
仮に父が気付いたとしても、娘とは分からないだろう。
「会いたかったよぉ‥」
知らず、言葉が漏れる。
勝手に涙が溢れ、頬を伝って床に落ちた。
自分の中に、こんなにも強い想いが残っていた事に戸惑う。
いや、本心では気がついていたのかもしれない。
ゲームに没頭したり、VAをしたりしているときも、心の何処かに引っ掛かっていた。
しばし呆然としていた間に、父は電話が終わると席を立ち、部屋の外に歩いてゆく。
思わず後を追うと、エレベーターを使い、7階へと向かった。
あれ、研究所に7階はあった?
子供の頃の記憶では、6階の所長室までしか来た覚えがない。
7階が無かったのか、行かなかったから覚えていないのか、曖昧だ。
父はそのまま7階エレベーター正面の部屋に入った。
後を追って私も入る。
その部屋は病室のようだった。
白い壁に幾つかの医療機器。
中央にベッド。白いシーツがかかっている。
ベッドにはパジャマ姿の一人の少女が腰を下ろし、退屈そうに足をぶらぶらさせていた。
「おじさん、だあれ?」
父を見てその少女は問いかけた。
お楽しみ頂けたでしょうか?
作品のクオリティアップの為にもぜひご意見、ご感想頂けるとありがたいです




