仮想と現実
用語解説:Ai財団委員会
内部では単に委員会と呼ばれる事も。
Ai財団の主要なスポンサー企業10社の代表が参加するAi財団に対する管理組織。
Ai財団の無秩序な行動や暴走を防ぐための組織で、人事や予算執行には委員会の承認が必要。
Ai総合研究所時代からのスポンサー企業がほとんどで、綺羅博士の理念に賛同して参加している。
各委員は引退した企業の会長等が就任する名誉職なので平均年齢は高め。
Ai財団へ到着した私達は、正面のゲートを抜け、カーポートで車から降りる。
「え?、ここ? もっと大きい建物かと‥」
ヒロコがちょっと拍子抜けしたように聞いた。
周囲には植栽や植え込みが多く、一見公園のように見える。
「グローバルAiのモジュールは地下にあるので、地上部分は最低限です」
蒼井さんが説明する。
アプローチを少し歩き、エントランスホールを抜けると、奥にある管理棟へと出る。
管理棟の建物を見て私は、昔の事を思い出していた。
懐かしい‥ここは元々、父の研究施設だった所だ。
周囲にどんどん施設が増築されていったので隠れる様に建っているが、まさにここで父は日夜研究に勤しんでいた。
私も何度か見学に来たことがあった。
「ほら、ここからメインモジュールが見えるよ」
道すがら私は二人をフロアの一角に案内する。
「うわ、すごっ!」
「大きいね‥」
ヒロコとかすみは管理棟の床を見て声を上げた。
管理棟の床は一部がガラス張りになっていて、そこから地下のAiのメインモジュールが見学出来るようになっている。
メインモジュール、いわゆるAiの頭脳にあたる部分は、冷却水の循環した巨大な水槽の中に浸っている。
その大きさは100mほどの球体で、そこから電力やデータ通信のケーブルが伸びる。
元々は50m程の大きさの球だったが、何度にも渡る拡張で今の大きさになった。
「蒼井さん、さっき、私しかできないって言ってたけど‥」
地下へと降りるエレベーターの中で私は訊ねた。
「私のハイプライオリティコントロール(優先制御権限)の事ですか?」
「はい、現在、グローバルAiのメインモジュールに直接アクセス出来るのは、実質明日香さんだけです」
実はAi財団の中でも、一部の人しか優先制御権限の事は知らない。
元々は父がグローバルAiの基礎研究をしていた時、セーフティのために設定された機能で、権限を持っていたのは父と蒼井さん、私の三人。
グローバルAi内に直接、生体認証キーが設定されている為、本人の希望なく外部からの改変は不可能だ。
勿論、当時子供だった私の権限はあくまでおまけで、万が一にも二人に何かあっときの予備として設定されていたに過ぎない。
「蒼井さんも権限持ってたんじゃ‥?」
「私の権限は委員会指示で移譲しました。それが最高技術責任者の就任にあたっての条件でしたので‥」
「色々と面倒なんだね‥」
恐らく、一人の人間に権限が集中するのを避ける狙いがあったのだろうと推測する。
「じゃあ、委員会の人がVAやる事も?」
「いやいや、あの方たちには不可能でしょう」
私の知っているAi財団の委員会のメンバーは‥まぁ‥そうだよね。
「もう使わなく成った機能だったので‥まさかこんな事が起きるとは‥」
話している間にエレベーターは地下フロアに到着する。
案内された先には懐かしい機器があった。
父が当時使っていた物だ。
「急遽ですが、メンテナンスをさせて使えるようにしました」
てきぱきとコンソールの設定をしながら蒼井さんは言った。
「ん、準備してくる」
そのまま隣にある準備室へ向かう。
「皆さんはこちらへ」
蒼井さんはかすみ達をブース向かいの席に案内した。
数分後、私はVA装備を整え、ブースに入った。
財団謹製のヘッドギアとスーツはびっくりするくらい軽く、動きやすい。
ただ、ちょっと‥。
「蒼井さん、このスーツ、その、透けすぎじゃ‥」
VA部で使っていたスーツはごく薄いウエットスーツみたいなもので、いかにも『着こむ』という感じだった。
一方で今回用意されたスーツはとても伸縮性のある薄いゴムのようなものでできていて、体にフィットし動きやすい一方、ボディラインも丸見えだ。
決して透明という訳では無いけれど、もう少し配慮して欲しい。
「研究中のマイクロセンサ-内蔵マテリアルを使ったスーツです。通気性、伸縮性、トレース性とも現時点で最高の物ですが‥従来の方が良いですか?」
「あー、まぁ‥いいか」
蒼井さんとしては特に他意はなく、最高のものを準備したのだろう。
ただ、ちょっと見た目の配慮ができてないだけで。
あれだけ美形なのに未だに独身な理由は、そういう所だと思う。
蒼井さんがカウントダウンを始める。
「では、リンクします。3・2・1・スタート」
かすかな浮遊感とともに景色が変わる。
ここはまだ準備用の小部屋のような所だ。
『明日香さん、聞こえますか。簡単に装備の説明をします』
装備?
言われて見ると今回の衣装は小型のガードを付けた少女戦士風だった。
ビキニアーマーとは言わないが結構、露出度は高め。
これ、蒼井さんの趣味?
「蒼井さん、このデザインって‥?」
『人気のあるVAの中で戦闘にも適した物を参考に生成したのですが‥?』
本当に戸惑っている様子の蒼井さん。
「いえ、大丈夫です」
最早、気にした方が負けなのかもしれない。
『その、鎧部分はこちらでガードをかけてありますので、T細胞に触れてもしばらくは平気なはずです』
「あ、本当に意味あったんだ」
『逆に鎧を付けてない部分で接触するとダメージ受けますので注意して下さい』
「はい」
『次に腰の剣ですが、それでT細胞を含むオブジェクトを破壊できます』
腰を見ると、剣の柄部分だけの様な物が‥。
「柄しか無いけど?」
『強く握ると刃が発生する様になってます』
試しに握ると、光る刀身が現れた。
これってレーザーソード??
『攻撃処理は非常に負荷が高いので、必要時のみ実行する様になっています』
なるほど、それでこんな風に‥。
『連続して使えるのは10分程度と考えて下さい』
まぁ、よほどの大群相手でなければ大丈夫だろう。
どちらにせよ10分もチャンバラしたら、こちらの体力が持たない。
「それで、どうすれば?」
『まずはスフィアさんを探します。見つけられれば手助けしてもらえると思いますし‥』
「ん、了解。探し方は?」
『スフィアさんが居るのは学習ブロック内の深層部領域と思われます。学習時の状況を再現しますので、そこから探して下さい』
「学習時の状況ってどんなの?」
『明日香さんも見知った風景です。見ればお分かりになるかと』
「そう? それならやってみる」
『映像まではトレース出来ませんが、こちらとの通話回線は確保してあります。いつでも連絡してください』
呼吸を整え、気合いを入れる。
スフィア、きっと助けるからね。
「行ってくる‥ハイプライオリティコントロール、綺羅明日香!」
同時にグローバルAiへの接続が始まり、周囲の風景が変わる。
その風景に思わず声が出た。
「こ、此処は?」
確かに蒼井さんの言う、見知った景色が広がっていた。
そこは10年前、私がまだ子供の頃に訪れた父のAi総合研究所の建物だった。
遂にスフィアの救出が始まります。
無事に彼女を助けられるでしょうか。




